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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
1st magic 剣聖は走れない?
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「これで満足したか」


 正芳は訓練場の床に大の字で寝転がる明久の頭上から話しかける。


 どこか晴れやかな明久は後輩に負けた悔しさはあるが、後に引きずる性格ではない。


「オレの我儘ですんません。こいつは確かに必要な人材でした」


 明久が息も絶え耐えなまま謝罪と訂正の言葉を口にする。この程度で疲労するほど軟な鍛え方をしていないが、剣聖の放つプレッシャーが彼の体力と精神力を大きく削っていた。


 観客の大半はすでに解散していた。残っているのは設備に破損がないかの確認をする為の人員ぐらいだ。


「構わん。どうせ御剣の力はどこかで示す必要はあった、それが早まったに過ぎない」

「それでもケジメは必要です」


 仁に「すまん」と明久が謝罪している姿は、まるで昔の自分を見てるみたいで正芳が居心地の悪さを感じている。


 協力者の力が未知数なままで協力も何もない、仁の力を確認する場はどこかで用意するつもりだった。一方、春奈も戦力としてではなく支援としてだが、別の方法で力を計ることになっている。


「クソ真面目だな」

「先輩にだけは言われたくないですよ」

「――全くだ」


 照れ隠しに茶化すが明久がお互い様だと返ってくる。それに当然宗一と時雨が頷き、語部もひっとりと同意している。


「お前も同類だろ」


 笑顔より真面目な顔が似合う男達。宗一はそんな自分達の性格に肩を竦める。


「少なくともお前より柔軟さ。御剣の協力を提案したのは俺だろ?」

「柔軟じゃなくて悪知恵の間違いだろ」

「悪知恵で結構。そうでなくては次期当主は務まらんさ」


 開き直る宗一を正芳が「どっちにしろ堅物度は五十歩百歩には違いない」と時雨たちを笑わせ、明久に手を貸した。


「ありがとうございます」


 明久は正芳の手を取って立ち上がる。すでにその目は次を見据えており、自分がやるべきことを見つけていた。


「ああ、また腕を上げたようだな。――明久」


 負けた明久の背中を正芳が叩く。まるで運動部のような荒っぽいコミニュケーションだが、決して風紀委員全体がこんな空気というわけではない。


「――手も足も出ませんでした」

「三校戦までに対人訓練を積んだ方がよさそうだな。仁は……戦い慣れし過ぎだ」


 明久は見つけた課題である対人をどうやって鍛えるか考え込んでいる。次に仁と戦う機会があるかわからないが、毎年恒例の三校戦に備えた目標に定めたようだ。


「知り合いの魔術師によく遊ばれてましたから」

「異能は制限されてはるから負けっぱなしやったね」


 仁がWSDの試作品のテストで、何度も戦った他のテスター魔術師を思い出す。


 特別製であるWSDは強化外骨格を使わずに『運動音痴』を克服するための道具だ。完成品ですらないそれで軍の精鋭魔術師に敵うはずもなく、何度と試験場の床に寝かされたのを今でも覚えている。


「やっぱり、その操作系の魔術は訓練で培った力か」


 明久は仁が代償異能を無視した動きのタネを大まかに理解した。人形使いが人形を動かすように、自分を人形に身立てて動かしているのだと。


 もっとも強化外骨格による物理的な操作でなく、魔術だけでそれを再現したのは明久の想定する範疇を越えていた。


「訓練で得た……とは少し違いますよ。魔術のタネは俺じゃなくてWSDですから」


 桁違いな魔術の構築能力がある。明久にそう勘違いされそうになっていた仁はすぐさま訂正する。


 念動力は人間を動かすのを目的とした魔術ではなく、本来はただ物を動かす超能力がベースとなっている。もちろん中にはダンプカーを投げ飛ばす異能者もいるが、仁の念動力はただの魔術であった。


 その念動力で体を操作するというのは普通はしない。……というよりできないが正しい。念動力とは大雑把な魔術、――見えない手で物を動かすというのが近いだろうか。


 人間の体を手で動かしたところで、『剣聖』の力は発揮できない。


 その問題点を解決したのが量子コンピュータを搭載した仁のWSDである。一般的なWSDとは桁違いな演算能力によって、仁の異能が導き出す最適な動きの再現を可能にしている。


「そうか。だが使いこなしてるなら、それもお前の力だろ」

「――ありがとうございます」


 普通のWSDとは規格外なWSDを使ってる仁の後ろ暗さを知ってか。明久はもう一度仁の力を認める発言を重ねる。


「御守、堂島、設備にトラブルはなかった。このまま次に使う部と変わってもらっていい」

「雑用を頼んで悪いな、空条。 ――よし、本日のイベントは終了だ。この施設は後に使う予定があるので、速やかに退出してくれ」

「「はーい」」


 御守は施設の点検をしていた空条(くうじょう)伊澄(いずみ)に礼を言って、残ってる生徒会に訓練施設から出るよう指示を出す。


 もちろん、それに仁も含まれており春奈と冬乃に先に帰ってくれていいと伝えて、明久も一緒に更衣室へ駆け足で向かった。




 男の着替えに五分も掛からない、それぐらいなら別に雑談でもしながら待つか。そう考えた宗一達と春奈は訓練施設を出てすぐの場所で話に花を咲かしている。


「風紀委員内でも泊まり込みで対人訓練でもさせるか?」


 そこでは正芳が風紀委員の練度を上げるための話を宗一としていた。もし他の風紀委員が知ったら顔を青ざめていたに違いない。この場で意見を言える人間は執行部側の人間しかいないからだ。


「いいな、――生徒会執行部うちと合同でやるか」


 しっかりと筋肉のついた宗一を見て分かる様に、彼は運動部気質であるため強化合宿というモノに抵抗はない。


 それに待ったをかけたのが魔法戦術学を選択していない魔法科学組の会計と書記の二人だ。


「私とくう先輩は非戦闘員なので遠慮しときます」

「ああ、俺はお前らと違って座学が多いんだよ。勉強の時間が無くなるのは困る」


 警察や軍、それにハンターに就職することになる魔法戦術学の選択者と違って、魔法科学は学者や技術者希望だ。


 非戦闘員が本格的な肉体作りなぞナンセンスだと、もっともな理由を作って断る。


「自衛能力は必要だと思うが?」

「「授業だけで十分だ(です)!」」


 肉体労働の代わりに頭脳労働を選んだのに、なぜ厳しい扱きを受ける必要があるのか。詩織と伊澄は全力で不参加を主張する


 そんな生徒会のやり取りを春奈と冬乃は外野から眺めていた。


「先輩方は大変そうやなあ」


 言葉では心配してるが、春奈のにやけ顔は一切そんなことを思っていないことが分かる。


「あなたのその顔は同情してる顔じゃないですが?」

「人の不幸は蜜の味やもん」

「だから狐なんですよ――あなたは」

「うちは好きやで? かわいいやん、狐」


 どこか楽しそうに話してる辺り、本来の二人は仲が良い。それを普段から出せないのは冬乃が素直になれないのか、春奈が意地悪するかはわからない。


 着替えて外に出てきた仁は並んで待っている春奈と冬乃の元にやって来た。


「待ってたのか、悪いな」

「10分も掛からんねんから気にせえへんでええで」

「お疲れ様です、仁様」


 ギャーギャー、宗一に抗議する生徒会の二人を仁は不思議に思って春奈達に問い掛ける。春奈から何を抗議してるのか聞いた仁は納得顔でもう一度生徒会の面々を見た。


「お前たちも参加するか?」

「うちは新しいWSDの考案で忙しいからパスします」

「私は……ついていけそうにないので」


 仁の冗談に二人は外れそうな勢いで首を左右に振って逃げ出した。先輩達に別れを告げて、そのまま仁を置いて走っていく。


「それじゃあ、俺も行きます。お疲れさまでした」


 仁も同じく別れの挨拶をしてその場を去る。その仁の背中を宗一が止める。


「御剣……、お前単独行動するつもりか」

「でなかったら異能まで使いませんよ」

「――明久と互角に戦える時点で協力者としては十分だからな」


 宗一は携帯端末を取り出し、とある男の写真が写されたデータを見せる。


「一つ確認させろ。この中華人を知っているか」


 先週の土曜、公安の特殊部隊が発見した工作員の男。


 その情報は御調経由で、御守にも伝わり現当主――彼の父から宗一へ伝えられることになる。


 その直前、魔法省のトップである父が防衛相のお偉いさんと連絡を取り合っているのを見ていた。その慌てようと直後の父からの話で仁と工作員の男との間に何か繋がりがあるのだと宗一は推測している。


「御守の御当主から聞いてないんですか」

「口を閉ざされたんだ。聞くなら本人から聞けと――」


 あまり人に言いふらす内容でないのは宗一も想像に容易い。他の人間に聞こえない小さな声で話すのは仁を気遣ってだ。


「――十年前に俺が殺した魔術師――いえ、殺し損ねた魔術師みたいです」


 この男は十年前、御剣薫子――仁の母親が死んだ年、死んだ場所でその姿があったと記録にある。それ以降は何故か死んだモノとして扱われていたが、その理由がはっきりした。


「そういうことか。……無茶はするなよ、御剣」


 宗一は一礼して、春奈達を追う仁の背中を静かに見送った。

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