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向かいあうの明久と仁の間で宗一が貫禄のある声で話す。
「ルールはシールド戦だ。AIには第一位階以内の攻撃力で攻撃を許可している。これは競技目的ではない、よって明久が納得するかシールドを維持できなくなった時点で終了とする。後は常識に従え、魔法科学校にいるならそれくらいわかるだろ」
戦うのに十分以上の広さがある訓練場では、特に張り詰めた空気はなく。これから魔術を撃ち合うというのにどこか緩い空気があるのは、すでに仁達が打ち解けているからだろうか。
審判役は一同を代表して、試合を力尽くで止められる宗一が引き受けた。一応校医も傍に控えているが、医者が必要になるほどの大怪我は魔法科学校でも滅多に無い。
魔法というモノを科学的に系統立てた時、最初に定められたのが三大魔法だ。
そもそも魔法とは世界が所有する概念に干渉する技術。概念はイデアと呼ばれる領域に存在すると定義され、マナという精神エネルギーを使って現実世界に影響を与える。
概念を現実に上書きする、『具現化系魔法』
物質に概念を付与して変化させる、『変異系魔法』
概念に干渉して操る、『操作系魔法』
これらに含まれない特別な魔法も存在するが、ほとんどの魔法はこれらのどこかに属する。
シールドの正式名称、エレメントシールドは三大魔法の中で具現化系魔法に分類される魔術である。
仁が叩いたり、魔術をぶつけて耐久を確かめたシールドで具現化系魔法を説明すると――
形を決定付ける『防具』の概念因子に、世界を構成する五行概念を混ぜ合わせることによって、多少の攻撃を防ぐ魔術の鎧で現実を上書きするのだ。
「シールドに問題はないか?」
安全対策を念入りに確認した二人はシールドの半透明な膜を展開したまま、審判(宗一)に返事をする。
「「問題ありません(ないっす)」」
戦闘服に着替えた二人はそれぞれ腕輪型と繋がった拳銃型WSDを手に持つ。さらに学園が支給する戦闘服の背中部分にはWSDとは若干違う、魔術具がくっついている。
この魔術具はマナさえ供給すれば魔法師以外でも魔術を発動させることができる道具である。
後から効果や範囲を設定することはできないが、マナに情報を書き込む必要がないためWSDとの併用が簡単ということで安全装置として使うのだ。
それらの装備に加えて仁の左手には愛用している仕込み杖ではなく、鉄パイプのような訓練用WSDが握られている。
「こっちはいつでもいけるぜ、御剣」
「俺もいけます」
斉木明久は戦闘狂というわけではない。けれど、魔法科高等学校三校で競うスポーツが嫌いではない。まるで毎年行われるその三校対抗戦のようなワクワク感が明久の胸を高鳴らせる。
そんな興奮が収まる暇もなく宗一の開始のカウントダウンが二人の耳に入った。
「御剣! まずは小手調べといくぞ」
宗一の「始め!」という合図と共に明久が最初の魔術を発動させる。
本来なら先輩である自分から魔術を使うのはどうかと思うが、御剣は剣士の家系である。近接戦闘が得意な家系に中距離の間合いで何ができるのか。それを知るために、明久は御剣家を勘違いしたまま戦いを始めた。
「水の・弾丸」
明久は『水』に『弾丸』の概念で形を与えて撃ちだす。わざわざ彼が魔術名を口に出したのは中二病患者だからでなく、仁がどう対処するか見極めるためだ。
「さあ、どう捌く?」
概念を操る魔法にとって物理法則よりも概念的な対処が有効な事が多い。そして五行で考えた場合、水は土剋水。土で対処するのが正しい。
だがそれは今回において赤点を付けられてもおかしくない。
(土は論外、水が妥当だろうな。生憎だが俺に力を見せびらかす趣味はない)
仁の握るWSDの銃口に現れる魔法陣から明久と同じ水の弾丸を放つ。
力試しに相性が有利な魔術をぶつけて勝っても、それは当然のことでしかない。相性の不利な火で打ち破るのが仁の力を見せるにはもっとも効果的ではある。
ただ仁が思ってる通り、力を見せびらかすのは彼の性格に合わないのだ。
「後出しでも俺の魔術と同等の密度を持ってるのか」
二人の放った水の弾丸は一直線に衝突し、しぶきをまき散らしながら弾けて消えた。
魔術の強さとは概念そのモノが持つ強度とマナの密度で決まる。概念の強度は位階と呼び、炎は火より強く、爆炎は炎よりも強くなる――もちろん必要となるエネルギー(マナ)も増えるのだが。
そして密度とは概念を世界に顕現させるために設定した情報量の多さと言える。
後出しで動いた仁の方が概念の密度を補強する時間が短いにも関わらず、明久の魔術を相殺できたのはマナに情報を書き込む速度が速いからであった。
「相当手加減した魔術でしょ?」
仁の挑発にも取れる言葉に明久はほくそ笑み、次なる魔術の為にマナをWSDに流す。
「たっりまえよ。次はもう少し本気を出すぞ」
明久の左側に火の、右側に水の――二匹の鳥が空を飛ぶ。
戦う仁達から少し離れた場所で観戦する面々は、明久の技量に関心している者が多い。
「二年で中級の並列魔術ですか」
別々のWSDを同時に動かして二つの魔術を発動させるのは中級テクニックに分類される。
普通なら三年に上がる頃に習得するモノで、すでに使いこなしてるのは彼が優秀である証左。その上に中級魔術である生物の概念を併用するのは、数か月前まで一年生だったとは思えない技量だ。
「言っただろ。――優等生だと」
見た目からは想像できないほど優秀な先輩を驚く冬乃に正芳は自慢げだ。
「お前が次の風紀委員長に推薦するのもわかるな」
観戦場所まで下がって来た宗一は正芳の意見に同意する。正芳が明久に目を掛けており、次の風紀委員長にと考えているのも納得できた。
「仁君はどう対処するつもりかしら。中級の魔術はもう使えるのかな」
スポーツ観戦をしているかのような、ただの観客として感想を言う時雨に春奈が否定する。
「さすがに使えませんね。マナの供給量を増やしてエレメントの位階を上げれば打ち勝てますが……」
仁も春奈も多少は魔術を学んでいるが、二人が最優先に学ぶ必要があったのは異能を自分のモノにすることだ。さすがに一般的な魔術を覚える時間まではなかった。
異能を本能から道具に――本能のまま使う異能はただの魔法師でしかない。自由自在に使いこなしてこそ『高位魔法師』なのだ。
尚、仁の体を動かすのに使う魔術は、秋山の技術と安部の知識によって魔改造されたWSDの力。マシンチートに頼ったモノなので、魔術が使えるのとは若干異なる。
「ルール上……というより安全上それは無理よ。シールドが元々銃弾から身を守る防御魔術だっただけあって、魔術に対してそこまで強くも無いから」
魔法の火力を位階とするなら、級は魔法の耐久力や自由度となる。下級魔術である非生物の『弾丸』で明久の『鳥』を破壊するには一発では足りない。
「御剣君は下級魔法の数で対抗するしかないってことですか?」
愛子が正攻法な手段を挙げるが時雨は「さあ、どうかしら」と意味深なことを言う。その隣にいる春奈と冬乃が平然と観戦しているのに気付いた愛子は、きっと何か手段があるのだと察する。
(さて、数で潰すだけじゃ芸が無いよな。このままだと単独行動する(勝手に動く)のに必要な信用を得られないか)
奇しくも、時雨と似たようなことを考えていた仁は魔術師として戦うのをやめた。
いざという時に無駄な足止めを食らいたくない仁は異能を使うことにしたのだ。ただし、ステイツの特殊部隊に見せたレベルの異能を披露するつもりはない。
そもそも空間を切り裂くクラスの魔法はルールを軽く飛び越えている。
「『無念無想――、我こそ剣を以て理を覗く者也』」
剣聖とは剣士の最高位を指す言葉だけではない。剣を極めるとは禅を極めると同義であり、世界を認識する能力は他の特異異能を凌駕する。
仁の目からハイライトが消える。感情が消えたのではなく、凪のように穏やかな無我の境地へ足を踏み入れているからである。
「……怖いな」
張り詰めたような仁の空気の変化に明久の目は真剣なモノになる。今までのようなお遊びではない、本気になったのだと彼も理解した。
だがそれで怯む明久ならここには立っていない。彼は仁に漂う静かな迫力にすら喜々として立ち向かう。
「もちろん、見掛け倒しなんかじゃねえよな。――行け」
二匹の魔鳥は明久の命令で仁に向かって突進していく。生物型の利点である動物的な動きは迎撃と回避を難しくしているはずだった。
「おいおい、まじかよ」
仁が取った手段は単純だ。さっきと同じ魔術の弾丸でそれぞれの魔鳥を撃ち殺しただけである。
「中級魔術は弾丸の一発で破壊できるほど脆い構造じゃないぞ」
基本的に――、火も水などのエレメントは実体を持っていない。なので、魔術の一部を削られても最低限の形は保つことができるはずだ。
「この世に存在するモノの大多数には、自らの存在を保つ為に必要な場所があります」
「……魔術の核足る概念だけを撃ち抜いたって事か」
――攻守は入れ替わった。仁は次に攻めるのはこちらだ、とばかりに高速で加速する。
それに明久は面食らう。『運動音痴』の代償異能は装備(強化外骨格)で補うものばかりと思い込んでいた彼は、突然の近接戦闘を仕掛けてきた仁に対応の手が一瞬遅れる。
「生き物の弱点を見抜くのは比較的簡単にできますよ」
十数メートルの間合いを数歩で詰める仁の速さは、仙術や古武術の魔術である縮地と変わらない。
「――はっ、そんな簡単に出来たら魔眼持ちの異能が重宝されねえぜ」
泡食らったとはいえ明久も一角の魔術師、遅れた反応は最速で撃てる下級魔術で補う。WSDの連射アシストを使ってマナの続く限り撃ち続けた。
「運動神経に自信はありませんが、眼には少々自信があるもんでっ――」
明久は右腕のWSDを向けただけ、まともに狙いも付けられていない。
――否、付ける必要の無い距離の魔弾を仁は回避もしない。進路上にある最低限の魔弾だけを警棒型WSDで砕き、明久に手が届く一歩まで詰めた。
「悪いが――ただで負けてやるわけにはいかねえ!」
左腕のWSDは仁が接近してきた時に使っていなかった。それは今このタイミングまで魔術を温存するため。
仁の動きを一瞬でも止められれば、魔弾を当てられる。明久は完璧なタイミングで金属でできた盾を呼び出した。
明久が切り札として用意していた『金属』の『盾』(メタルシールド)――、それを仁は拳銃に温存していた火の弾丸で撃ち砕く。
「ちっ、――読まれてたか」
最後の手も防がれた明久に逆転の手は残されていない。
「先輩は真面目過ぎますよ」
「お前の読みが強すぎるだけだっつーの」
仁の棒型WSDを首に当てられた明久は降参して白旗を上げた。
「……EUの『騎士王』と並ぶ、戦士系異能最強の一角『剣聖』」
宗一の前には異能を使いこなし、魔術を物理的に砕く仁がいる。この光景を見れば結果まで見届ける必要はないだろう。
御守と同格の異能を持つ青年を見る宗一の目には何が映っているのか。宗一は軽く左耳に触れる。
「何か心配事でもあるのかしら?」
幼馴染が僅かに見せた不安を時雨は見逃さなかった。彼は剣聖の力に恐れているのではない、別の何かを恐れているように時雨には見えた。
「異能を極めるのは必ずしも良い事ではない」
「極めた先にあるのは人間ではない存在。……できれば巻き込みたくないわね」
剣聖の上に剣神が存在し、海外には真祖と呼ばれる神もいる。
時雨は彼らが人である事をやめているのは知っているが、それがどういう意味なのか想像もできない。
宗一も人外に近づきつつある仁を見て、思う所があった。
「御三家である限り戦いからは逃げられん。――両者そこまで! 明久、もう十分だろ」
当然の結果になった手合わせに、宗一は終了を告げた。




