母の口癖
私の母は、
五人姉妹の四女だ。
前回、書いた
『祖母の通帳を預かっただけで、
孤立無縁』
になってしまった
三女は、
まだ生きている。
九十歳は、
越えていると思う。
そこの長男、
つまり、
私の従兄弟の話に依ると。
その三女は、
自分の子供達の事すらも、
忘れてしまったのだそうだ。
次男の事は、
全く判らないらしい。
長男の嫁も、
数十年、
一緒に暮らしていたのに、
覚えていないのだそうだ。
長男の事も、
三日、お見舞いに行かなければ、
もう、
駄目。
では、
何を覚えているのか?
と言うと。
実家である。
もう、
娘時代の事しか、
判らないらしい。
ちなみに、
その実家は、
もう、
残っていない。
五十年くらい前に、
取り壊された。
曲がりくねっていた県道を、
直線にするために、
移転させられた。
戦前の県会議員だった
曾祖父が、
自宅に合わせて
歪ませた
県道を、
スッキリと、させただけなので、
自業自得では、
有るんだけど。
その三女は、
八十年以上前の記憶の世界のみに、
生きている。
少女のままで。
この話を、
従兄弟に聞いた時、
私は、
妙に、
納得した。
私は、
若い頃、
ストーカーを、
していた。
「夜明けまで長電話して」
の時代だったので、
ストーカーの被害者様から、
子供時代の話を、
よく、
電話で、
聞かされでいた。
変な話だろ?
私とは、
付き合いたくないのに、
子供の時の話は、
したいらしい。
話はズレるが。
女の子との会話を盛り上げたかったら、
子供の時の話が、
一番、
簡単なのかも知れない。
私が、
何故?
こんな事を書いているのか?
というと。
私も、
母に、
忘れられてしまった。
去年の七月に、
退院の御迎えに行った時、
「△△」
と、
呼ばれてしまった。
これは、
『ヤバい病院』として、
詳しく書く予定だけれども、
今の病院は、
入院してしまうと、
とんでもない事に、
なってしまう。
ただ、
死ななかった
というだけで、
体は動かせなくなり、
頭は、
完全に、
ボケてしまう。
では、
その「△△」とは、
誰なのか?
というと、
十年以上前に亡くなった
私の従兄弟である。
母からすると甥。
母が、
娘時代に、
実家で、
一緒に暮らしていた。
母も、
覚えているのは、
実家の事だけかも知れない。
その母にも、
忘れられない事が有って。
私が母のところへ行くと。
母の第一声は常に
「○○さんは?」
この○○には、
私の妻の名前が入る。
私の妻は、
母と同居した事が無い。
従兄弟の奥さんは、
少なくとも三十年は、
一緒に暮らしていて、
忘れ去られたのに。
それどころか、
私達が結婚した時には、
母は、
すでに、
七十五歳で、
ボケ始めていた。
奇跡だ。
この奇跡の御蔭で、
妻は、
積極的に、
お見舞いに行く。
週末になると、
「お母さんのところへ行くよ」
と、
私を連れて行こうとする。
また話がズレるが。
人間の魅力は、
心ではなくて、
記憶力である。
特に、
女にモテたかったら。
元に戻すと。
でも、
本当は、
奇跡でも、
何でも無くて。
母は、
人生の最後に、
これを恐れている。
自分自身の死よりも。
私の家庭が崩壊する事を。