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一途に想うのは、案外疲れる

作者: ニノ


彼と出会ったのは、私たちがお互い6歳の子供だった頃。

同年代の子どもたちを集めたお茶会の場でだった。

金色のさらさらと風に靡く髪が綺麗で、その後ろ姿をじっと見つめていたら、視線に気づいたのかこちらを振り返ったのだ。

透き通った青い瞳と視線が合った時、まるで絵本の中の王子様みたいな彼を一目で好きになった。

ちなみに、そこから先の記憶はないので、どんな会話をしたのか全く覚えていない。とても勿体無いことをしたと、今でも悔やんでいる。


そして、16歳になった今でも変わらず、私は彼のことが大好きなのだが、どうにも進展がないので困っていた。


「て、わけで。どうしたら振り向いてもらえると思う?」


屋敷の庭園は、バラが咲き乱れとても華やかなのに、そこでお茶を飲むハンナの表情は思わしくない。


「いや、どうしたらって…それを、俺に聞くの?」


ハンナに聞かれたクリスは、若干呆れを滲ませ、仕方なく紅茶を啜った。

(あ、美味しい…)

淹れてくれた執事に目をやれば、申し訳なさそうに会釈された。


「君の言うクリスが、俺の思ってるクリスなら、君はクリス本人に振り向いてくれるには何をすればいいのか聞いていることになるんだけど?」


そう。彼女と向かい合って、2人だけのお茶会をしているのは、ハンナが10年間想いを寄せるクリストファー本人だ。


「回りくどいやり方より、本人にどうしたら好きになってくれるのか聞く方が、手っ取り早いじゃない?」


何を当たり前のことを。という言葉が後ろに付きそうなほど、はっきりとした口調で言い切った。


いやいやいやいや?これは俺が間違っているのか?

クリスは戸惑いながらも慌てて頭を振る。


そもそも、ハンナは思い違いをしているのだ。何故だが分からないのだが、自分の片思いであるとひたすらに信じ、どれほどクリス本人が彼女に想いを伝えても、全くもって伝わらない。

今日みたいなお茶会も、週末になれば必ず街に2人で出かけることも、人気でまず予約の取れないお店や、舞台へのチケットを用意しても、彼女には響かない。

2人で出かけること自体は喜んでくれるのに、この想いは受け取ってもらえない。何故かお互いに一方通行で思い合っているのだ。両思いなのに。

一体全体彼女の思考回路はどうなっているのか…

出会って10年が経って、好きなお菓子に嫌いな野菜、薄いピンクは好きだけど明るすぎるものは好まないこと、甘い香りより爽やかな香りが好きなこと、そんなことは分かるのに、彼女の考えだけは全く分からなかった。


「もう!クリス、聞いてるの?」


機嫌が悪そうに眉を寄せる姿さえ愛おしく思え、微笑んで見つめれば、ハンナは少し頬を染めた。そんな2人のやりとりを、出会った時から見守ってきた屋敷の従者たちは微笑ましそうに遠くから眺めていた。



************************



そんな謎の両片思い中の2人に、転機が起こったのはハンナに届けられた一通の招待状だった。


「見て、クリス…これが世に言う、呪いの手紙というやつよ」

「いや、ただの王宮で行われる舞踏会の招待状だから」


げんなりした顔で届いた招待状を睨みつけるハンナと、冷静に答えた言葉とは反して、どこか不貞腐れた表情のクリスは、2人して大きなため息を吐いた。


手紙の中身はシンプルなもので、2週間後に王宮にて、この国の第一王子の婚約者を探す為の舞踏会が開かれること。対象年齢が、第一王子の年齢の前後5歳となる者。ということで、第一王子は2人と同じ16歳なのだから、がっつりハンナはその対象に含まれ、めでたく招待されたのだった。本人の意思は関係なく。


「良かったじゃないか。本物の王子様に出会えるチャンスだぞ。しかも、見初められれば次期王妃」


珍しく刺々しい言葉を告げるクリスに、ハンナはむっとした。

ハンナが行きたくて行くわけではないのだ。むしろ、王子に見初められたくもないし、行きたくもない。だが、参加は義務なのだから仕方がないのに、それを分かっているはずのクリスの言葉は、ハンナの心を逆撫でた。


「ふーん、そう。そんな風に言うのね。それなら、言われた通り、次期王妃を目指してあげるわよ!あとで後悔したってしらないんだから!」


キッと涙ぐんだ瞳と視線が合い、クリスがしまったと反省し、謝罪の言葉を述べるよりも早く、ハンナは勢いよく部屋を飛び出した。

その後、どんなにクリスが扉の外から声をかけても返事はなく、その日2人が仲直りすることはできなかった。

そうして会えないまま、ハンナは王宮へと向かったのだった。



************************


「嘘だろ…」


一通の手紙を読み終えた後、呆然と呟いたのは他でもないクリスだ。

結局仲直りできないまま、ハンナが王宮へ行ってから一ヶ月が経っていた。もう舞踏会もそれと並行して行われていた選考会も終わっており、ハンナがこちらへ戻ってくるのは今日でもおかしくないと思っていたクリスにとって、その手紙の内容は衝撃的なものだった。


『王子と仲良くなったので、しばらく王宮で過ごします』


要約すれば、ハンナからの手紙はそんな内容だった。まさかまさかの文章である。彼女とは両思いのはずで、彼女の18歳の誕生日にはプロポーズをする計画を密かに練っていたのに。ここへきて、冗談で言った次期王妃の可能性が出てくるなんてことがあるなんて、誰が想像できるというのだろうか?

クリスは放心状態で、ハンナからの手紙を手にしていたが、しばらくその手紙を見つめ続けると、ぐしゃりと握りつぶし、珍しく声を荒げて執事を呼んだ。


「アルフレッド王子にはもっと似合う女性がいるはずだと、直訴する!すぐに謁見の取次を!」


すぐに現れた執事は、その言葉に驚きながらも「さすがにそれは…」と止めることもなく、心得たとばかりに微笑んだ。

本来、地方の伯爵家、それもその家の息子が突然思い立って、王族に謁見出来るわけがないのだが、何故がそのまま話はスムーズに進み、5日後に、王城にて第一王子、アルフレッドとの謁見が行われることになったのだった。



************************



「アル!さっき聞いたんだけど、クリスがここに来るって本当なの!?」


どこか嬉しそうな声と共に、可憐な姿の少女がアルと呼ばれた第一王子の元へ駆け寄る。

その絵画のような光景に、城に使える者たちは息を吐いて見つめていた。


「もう聞いたの?あとで驚かそうと思って、黙っていたのに…」


拗ねたように横を向くのは、この国の第一王子、アルフレッド。そして、そのアルフレッドに詰め寄るのは、ハンナ。使用人たちから見れば絵画ような美しい2人が寄り添う姿も、本人たちからしてみれば、そこに恋や愛といった感情は一切なく、友情、同士といった言葉が正しかった。

ただ、とある事情から2人は思い合っていると思われていた方がいいため、特に否定することもなく、ハンナは他の候補者たちのように実家に帰ることなく、舞踏会終了後も王城に留まっていた。


「やっと、クリスに会えるのね!全く…アルのせいで、1ヶ月以上、私は好きな人に会えなかったのよ!?それなのに、すぐに教えてくれないなんて酷いわ!」

「ごめんごめん。5日後、彼は城にやってくる。いい、ハンナ?勝負は一度きりだ。僕も、君も」

「5日後…ええ、分かったわ。女に二言はないもの!必ず、勝利を収めてみせるわ!」

「ああ!僕だって!」


2人の後ろに控える執事は、2人がどういう関係で何故こんなことになっているのか知っている限られた人物である為、この2人の宣言に、なんとも言えない表情をした。なんてお似合いの2人だと、うっとりと眺めている使用人たちに、現実を教えるべきだろうかと真剣に考えたが、言っても今はまだ信じないだろうなと諦め、とりあえず2人の思いが叶うことを願っておくことにした。

彼は平和主義なのだ。

決して現実逃避したわけではない。



5日後ー

クリスは、勢いのままに飛び出した過去の自分を責めてやりたかった。しがない貴族の自分が、王国の第一王子に対し、もっと素晴らしい女性はいるだろうから、ハンナは諦めてほしいなど、言えるわけがないことに、今更ながら気がついたのだ。

第一王子、アルフレッドを目の前にして。

クリスは今、王城の大広間にいた。アルフレッドとハンナに会うのだと思っていたクリスにとって、現状は想像もつかないものだった。

王族に、大勢の名だたる貴族たちが大広間内におり、壇上にはアルフレッドとハンナが緊張した面持ちで座っていた。

まるで今から婚約の宣言でもするかのような雰囲気に、クリスは焦りと苛立ち、なんとも言えない感情を持て余していた。

そんなクリスを他所に、アルフレッドは立ち上がり声高々に告げる。


「私、アルフレッドの妻となる者を、これより紹介する。如何なることがあろうとも、この決定は覆さない!」


その言葉に、今まで何も言えるはずがないと考えていたクリスは、ハッと目を見張る。アルフレッドの横へ目をやれば、1ヶ月前まで自分の隣にいたはずのハンナと目が合った。

目が合った瞬間、クリスは立ち上がり、アルフレッドに対峙するように視線を合わせていた。その無礼な行動に、衛兵が動こうとした時、アルフレッドはそれを止め、クリスへと言葉を投げかけた。


「何か私に言うことがあるのかな?クリス殿」


このとき、普段の冷静さを持ち合わせていたなら、なぜ名前を知っているのか、どうしてどこか楽しそうなのか、ハンナが嬉しそうに涙ぐんでいるのか、それらの理由に気づけていたかもしれない。

だが、残念なことにその冷静さを屋敷に置いてきてしまっていたクリスは、違和感に気づくことなく口を開いていた。


「アルフレッド王子に申し上げることは、ありません。私が伝えたいのは、ただ1人…ハンナ!俺と結婚してほしい!!」


もし、過去に戻れるのなら、この時に戻りたいとクリスはいつも思う。王族と上位貴族たちの前で、プロポーズしてしまったのだ。若気の至りとは言え、穴があったら入りたいレベルで恥ずかしい。


クリスの言葉に、広間はざわめいた。そのざわめきの中、壇上にいたはずのハンナが、本当に嬉しそうに微笑みながら彼に駆け寄り抱きつき、壇上ではアルフレッドが、壁際で控えていた侍女に跪き、愛を告げるという前代未聞の展開が行われたのだった。



************************



「…つまり、ハンナは僕にプロポーズさせるために大広間に人を集め、アルフレッド王子はイデア様に告白するために、その機会を作ったのですね?」


背中に悪魔の黒い羽が見えそうなほど、魔王じみたクリスが満面の笑みで2人に聞いた。

普段なら、そんなクリスを怖がって一目散に逃げるはずのハンナは、クリスに手を握られているため逃げられない。


「要約すると、そうなるわね!」


こうなれば、開き直るが勝ち!と考えたハンナに、そんなところも可愛いなと、一瞬許してしまいそうになりながら、クリスは2人の言い訳を聞いた。


王の命により、婚約者を選ばなければならなくなったアルフレッドだが、政略的なものではなく、愛する人と結婚したいと考えていた。そんなとき、1人の少女と出会う。会うたびに惹かれていくのに、身分の差のせいで想いを伝えることもできない。諦めかけていたアルフレッドだったが、王城に来ていたハンナと知り合い、お互いに好きな人がいることを知る。そして2人は思った。何もせずに諦めるくらいなら、一度きっかけを作ってみるのはどうかと。

そこでハンナは、王城に婚約者の最有力候補として留まることになったのだった。

あとは、2人の願い通り、クリスがプロポーズをしたことにより、アルフレッドも想いを告げることを決意し実行した、さっきの光景へと繋がるのだった。


「もし、俺が声を上げなかったら、どうするつもりだったのですが?」

「僕がハンナと結婚することになっていたと思うよ」


何気なく告げられた言葉に、クリスは驚いた。

まさか、本当に時期王妃になっていた未来があるかもしれないなんて、と。


「だけど、現実はクリスはプロポーズしてくれて、みんなが幸せになれる結末になったわね!」


にっこりと微笑むハンナの頬を、クリスはむぎゅっと摘み両手で伸ばした。

呑気に笑ってる場合ではないはずなのに…!


「大体、俺たちは両思いだっただろ?なのになんで、こんなことしたんだ?」


不思議そうに首をかしげるクリスに、少し赤くなった両頬を摩りながら、ハンナは告げた。


「だって、クリス…一度も私のこと好きだって、言ってくれたことないんだもの。だから不安だったの。もしかして、本当は私だけが好きなのかもって。片思いってね、案外疲れるのよ?」


にっこりと笑ったハンナに、何も言えなくなったクリスは、一生叶わないんだろうな…と、思いながら笑い返したのだった。



そんな2人を微笑ましそうに見つめる、アルフレッドとイデアに起こる出来事は、また別の話ー。


ここまで読んでくださって、

ありがとうございました!

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