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天風の剣  作者: 吉岡果音
第八章 魔導師たちの国
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第98話 年輪

 ふう。


 ひとり、ため息を吐く。

 緑の絨毯に広がる、艶やかな黒髪。

 苔むした大地は、身を横たえるのにちょうどよかった。


 予想以上に、回復が遅い。傷が案外深かったのと、急所に近かったこと。それと――。


 金の光を宿す目を、忌々しげに細める。


 やはり、天風の剣の力か。


 四天王オニキスは、顔にかかるシダの葉をよけるともなくいたずらに指で触れながら、二度目のため息をついた。

 シルガーの攻撃による傷も、オニキスの回復を遅らせていた。


 天風の剣――。


 空の窓を閉ざす鍵、その役割だけではない威力を、その剣は持っている、そうオニキスは踏んでいた。


 空の窓を閉ざす……? とんでもない。あれは、魔剣だ。あれを持てば、四天王の中でもさらなる王者、さらには、すべての高次の存在をも凌駕し、この世界の真の頂点となることが可能だ――。


 シダの葉を、握りしめた。高い空で、鳶が鳴く。手のひらには、緑の汁がわずかについていた。

 オニキスは、上半身を起こした。動けないわけではないが、体が、頭が重い。

 オニキスには、わかっていた。どんよりと心を覆うような憂鬱さが、絡みつくツタのつるのように、オニキスを縛り付けているのだ。

 オニキスは、手のひらで顔を覆った。手のひらに、強い草の匂いがした。


 赤目……。


 あれから、赤目からの連絡はなかった。

 気配を消しているのか、遠くに移動したのか、気配も探れなかった。


 赤目は、天風の剣のことは知らない。まさか、二の舞となることはないだろう。


 ドッ……! ザザザザザ……!


 目の前にあった大木が、音を立てて倒れていく。その大木やその周りにいた鳥たちが、驚いて空へ飛び立つ。

 二の舞。そんな言葉が浮かんだとき、オニキスはつい発作的に衝撃波を放ってしまっていた。

 オニキスによって倒された大木の轟音が、辺りを支配する。


 違う……! 赤目は、あいつとは違う……!


 オニキスは、握りしめた拳を震わせていた。


『混血の息子を殺し、天風の剣を持ってくるのだ』


 かつて、オニキスは従者となった男にそう命じていた。

 その従者は、オニキスが四天王となる前から深い関わりのある魔の者だった。


『あなた様は、お強い。大変な、強さだ……。あなた様は、いずれ、四天王になるおかただ』


 その魔の者は、オニキスに戦いを挑んで敗れ、オニキスがとどめを刺そうとしたその瞬間に、そう呟いたのだ。


『私の命を助けてくだされば、オニキス様が四天王になることを全力でお支え致します。オニキス様が晴れて四天王へと生まれ変わりになられたあかつきには、従者としてお仕えいたしましょう』


 従者にも、生まれつきの従者とそうでない者がいた。後者の場合は、新四天王が誕生した際、その至近距離に存在する魔の者が、自身の強い意思と新王誕生時の多大なエネルギー発生の余波を受け、従者へと変貌を遂げた者をいう。

 その魔の者は、それ以来オニキスと行動を共にし、四天王の座を奪い取るときを窺っていた。

 その魔の者は、戦う力自体はさほどでもなかったが、策士としての才能はずば抜けていた。そして、相手の心に影響を及ぼす奇妙で特殊な能力を持っていた。

 オニキスとその魔の者は、四天王になる、その目的を達成させるために長い時間をかけた。周到な準備をした上でのゴールデンベリルへの襲撃だった。

 少しずつ、気付かれないようにゴールデンベリルの領域を侵食するように罠を張っていく。オニキスとその魔の者、たったふたりだけではあったが、ゴールデンベリルの領域に侵入し、キアランの母や幼子だったキアランを人質にすることに成功する。そして、それを機にゴールデンベリルの軍勢を滅ぼしていった。

 オニキス自身の強さもあった。しかし、その魔の者の作戦と準備、特殊な能力がなければ、ゴールデンベリルを討つのは難しかったかもしれない、

 しかし最後の瞬間、キアランと天風の剣を瀕死のゴールデンベリルに奪還された。ゴールデンベリルとキアランと天風の剣、彼らの行方はわからなくなったが、それでもオニキスは狙い通り四天王となり、その魔の者はオニキスの従者となった。

 オニキス自身、その魔の者を完全に信頼していたわけではない。そう思っていた。しかし――、長い時間を過ごし、共謀しゴールデンベリルを討つことで、あるいはその魔の者特有の能力の影響で、オニキスはいつの間にか心を許してしまっていたのかもしれない。

 天風の剣とキアランに対する命令を下してから、従者の音信は途絶えた。

 オニキスは、従者が探すことに手間取っているのだと思っていた。

 しかし、オニキスは後に、従者がキアランの村に呪術師として居つき、まだ子どもだったキアランに殺されたことを知る。


 どうして、天風の剣とキアランを見つけた時点で私に知らせなかったのか。


 それは、魔の者の世界で、明白なことがらだった。長い期間四天王の傍に戻らない従者、それは、離反を意味する。


 結局、やつも四天王の座を狙っていたのだ。


 自分が天風の剣を手にし、油断したオニキスに取って代わる。いや、初めから彼の狙いは従者となって四天王の傍につき、隙をついて自分が四天王になることだったのかもしれない。

 魔の者の中では、実によくあることだった。ありふれていて、気に留める必要もないことのはずだった。

 それなのに――。オニキスは、心のどこかで引きずっていた。


『あなた様は、お強い。あなた様は、いずれ、四天王になるおかただ』


 覚えている必要もない声。もう、自分には必要のない言葉。

 それでも、オニキスは覚えていた。四天王の証の従者、初めてついた、たったひとりの従者の声を。


 赤目は――。


 オニキスは、倒れてあらわになった大木の幹を見つめていた。

 長い月日を重ねた証の年輪は、もう二度と新たな時を刻むことはない。

 オニキスは、恐れていた。赤目に、天風の剣の話をすることを。

 赤目と連絡がつかない時間、それを数えることを――。




 キアランたちは、北へと馬を走らせる。

 

「キアラン」


 オリヴィアが、そっと教えてくれた。


「シトリンたちの他に、シルガーさんやカナフさんたちも、我々を追ってきてくれています」


「そうですか……!」


 キアランも集中し、高い空に意識を向けた。


 ほんとだ……! 感じる……! 距離を取り、身を隠してはいるけれど……!


 キアランは振り返り、空に微笑みかけた。

 青い、空だった。広く、続く空。

 さらにその空の向こう、エリアール国を超えた先に、あの恐ろしい影がふたたび放たれようとしている、そんなことは微塵も感じさせない美しい、青の空だった――。

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