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天風の剣  作者: 吉岡果音
第八章 魔導師たちの国
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第95話 ふたりだけの秘密のお茶会

 町は、活気にあふれていた。

 テオドルやオリヴィアは忙しいので、長年塔に勤めているという男性に、町の案内役をお願いして、キアランたちは買い出しに出ていた。


「うん?」


 ダンが、振り返る。


「んん? なにか、あった?」


 ダンの様子に、ライネが尋ねる。


「いや、あの魔導師が――」


 とび色の、長い髪。一瞬、すれ違った気がした。


「……人違いかもしれない」


 雑踏。あっという間に人の波に隠れてしまった。意図的に、気配を消しているのかもしれない。

 でも、たとえすれ違ったのがあの魔導師だったとしても、彼だって町で買い物くらいするだろう、塔を出て買い物をするならこの町だろう、ダンは、特に気にすることもない、そう思い直した。


「なんでもない」


 辺りに、甘い匂いが立ち込めていた。近くに、焼き菓子を売っている店があるようだった。




「防寒具は必要ですよ。服だけではなく、靴も」


 塔の男性は、効率よく店を案内する。それでも、サイズが合わなかったりその店では売り切れていたり、探すだけでも時間がかかった。


「夕食まで、全員分買い物できるだろうか」


「明日も、買い出しに来ないとだめかもしれないな」


 キアランとライネ、ダンは、顔を見合わせ苦笑した。


「うん。明日も来ようよ! お買い物、楽しいからいーじゃない」


 花紺青(はなこんじょう)だけは、のんきに皆との買い物を楽しんでいた。

 四聖(よんせい)たちの分は、塔で必要な物をすべて手配してくれるようだが、キアランら四聖(よんせい)を守護する者は、自分たちの買い物は自分たちで済ませなければならなかった。費用ももちろん自分持ちだ。

 ちなみにアマリアとソフィアは、塔の女性の職員に案内してもらい、別行動をとっていた。


「あ、あれは――」


 キアランが、気配にいち早く気付き、路地に目を向ける。

 ライネとダン、花紺青(はなこんじょう)も、同様に気付いていた。キアランは、ライネたちに目配せし、キアランだけ路地に向かうことにした。


「蒼井じゃないか……!」


 町を行き交う人々から身を隠すように、路地の暗がりにいたのは、蒼井だった。


「すぐそばに(みどり)もいる。だが、(みどり)はとても目立つから、姿を見せないようにしている」


 蒼井はそう言って、地面を指差した。どうやら、(みどり)は土の中にいるらしい。


「どうしたんだ? 私たちの後を付けてきたのか?」


「ああ。塔を出るお前らの姿が見えた。それで、私たちも町に来た」


 蒼井がそう返事をしたとき、かすかに土が、もこっ、と動く。(みどり)の相槌らしい。キアランしか近くにいないのだから、姿を見せてもよさそうなものだが――、(みどり)なりの用心らしい。


「シトリン様は、塔の中でお元気か……? 変わったご様子、無理をなさっているご様子はないか……?」


 やはり、シトリンの様子が心配で付いてきたのか、キアランの顔に思わず優しい笑顔が浮かぶ。


「元気いっぱいだよ。四聖(よんせい)の皆にべったりだ」


「そうか」


 やっと、安堵したような表情を浮かべる。とはいえ、もともと蒼井は表情の変化に乏しい。見過ごしてしまいそうな微妙な変化だった。土が、また、もこっ、と動く。これは蒼井の表情の変化に比べれば、格段にわかりやすい動きだった。


「蒼井。(みどり)。お願いがあるんだ」


「なんだ」


「シトリンにも再三伝えているが――。くれぐれも、人間に、守護軍の者に、見つからないようにしていてほしい」


「わかっている」


 蒼井は、真顔でうなずいた。どこまで深く理解してくれているのかはわからないが、とりあえず直接改めて伝えることができてよかった、キアランはそう思う。

 キアランは、蒼井の目をまっすぐ見つめた。


「お前らとの、無用な戦いはしたくない」


「……有用な闘いならいいのか」


 今度は、キアランが微妙な表情を浮かべる番だった。


「有用な闘いとは、なんだ」


「互いの力を、思い切りぶつけ合う。力と力の真摯な対話だ」


 力と、力の真摯な対話!?


 こいつはなにを言ってるんだ、蒼井の言葉に疑問符を付けつつ、力試しのようなものか、とキアランはなんとなく理解する。


「ああ。私となら、それは歓迎だ。でも、他の連中との衝突は絶対に避けて欲しい」


「お前となら、いいのか」


 キアランは、真剣な表情でうなずく。


「私は、もっと強くなりたい」


 キアランは、拳を握りしめた。


 もっと、もっと強くならねば――!


 パール、獣たちを操った魔の者、そして、オニキス――、戦いの記憶が、キアランを急き立てる。

 蒼井も、キアランをまっすぐ見つめた。

 蒼井は、なにか悟ったように、ゆっくりと口を開いた。


「わかった。ちゃんと、お前のことだけ、奇襲する」


 ちょっと、違う気もする、とキアランは思った。でも、いい鍛錬になるだろう、キアランはそう思い直し、蒼井の言葉にうなずく。


花紺青(はなこんじょう)や皆に、戦闘と誤解されないようあらかじめ伝えておく。だから、私への奇襲は歓迎する」


「わかった。折を見て、お前だけ、ピンポイントで、しっかりと奇襲する」


 土も、もこっ、と動く。(みどり)も奇襲する気満々だった。


 奇襲って、約束し合うものなのだろうか――。


 というか、果たして奇襲が「力と力の真摯な対話」と言えるのか、キアランの頭は疑問でいっぱいになる。


「それでは、そのときを楽しみにしている」


 蒼井は、長すぎる、そして多すぎる指を不気味に動かす。


「他のやつらを、待たせているのだろう? では、近々会いに来る。お前を目がけて――」


 私を、目がけて……!?


 キアランの笑顔は、固まっていた。


「あ、ああ」


 ズズズズズ。


 蒼井の体が、地面に沈んでいく。蒼井も、地面に隠れられるタイプらしい。

 やっぱり、なにか、少し違う――、キアランは首をかしげる。


「でも、蒼井だしな」


 そう呟いて初めて、キアランは納得できたような気がした。蒼井だから、ヘンテコでもしょうがない。(みどり)も、また然り、そうキアランは思う。

 

 じゃり。


 一歩踏み出す。足の裏に、確かな大地の感覚。砂利や小石の下は、硬い地面。人だったら、自在に潜ることなど到底できない。


 魔の者なら、空も大地も、ある程度自由自在に移動する。もどかしくても、一歩ずつ歩いていくしかない私たち――。この大地は、この心細い路地は、どこに続いていくのだろうか。


 移動だけではない、己の力を高めるにも、一歩一歩、進むしかない。しかも、進んでいるつもりが逆戻りしている場合だってある、そうキアランは思いを巡らせ、ため息をつく。


 蒼井や(みどり)は、単に好戦的なだけなのだろう。でも、きっと蒼井や(みどり)との闘いは、私の力の向上に繋がるはず――。


『……よき友を、得ましたね』


 不意に、アンバーの言葉を思い出す。


 あのときは、アンバーさんはシルガーのことをそう言っていた。でも――。


 いつの間にか、身構えることなく互いの正直な思いを伝えあえるようになっていた。


 もしかしたら、蒼井と(みどり)、彼らも自分にとって――。


 キアランは、振り返る。土は、奇妙な盛り上がりを残したまま動かない。


 蒼井。(みどり)。楽しみに、してるぞ。


 キアランは、ふっ、と笑い、路地を後にした。


「キアラン。蒼井、なにか言ってたか?」


 皆に追いついたキアランに向かい、ライネが尋ねる。


「うん。シトリンを心配してた」


「やっぱり。シトリンが心配で来てたのか」


「うん。それから、変なことを色々述べてた」


 奇襲うんぬんは、塔の男性と別れた後に教えよう、そうキアランは思った。

 結局、揃わないものもあり、キアランたちの買い物は翌日に持ち越されることとなった。


「私たちは、必要そうなもの、全部揃えたわよ」


 後で合流したソフィアが、にっこりと笑う。


「しっかり値切れたし!」


 ソフィアの堂々たる勝利宣言に、アマリアが恥じらいつつうなずき微笑む。

 楽しみながらの買い物なら、女性たちは永遠とも思える時間をかけることができる。しかし、必要に迫られ本気を出せば、女性陣の買い物術は無敵だった。




 廊下に伸びる、長い影法師。

 曲がり角の向こうには、いつだって冒険がある。

 窓から差し込むオレンジの光が、ゆらゆら揺れる。赤い絨毯の螺旋階段、立ち並ぶ大きな扉、見えない向こうには、それぞれ異なる素敵な世界が待っている、そんな気分にさせてくれる。

 影法師の導くほうへ進めばいい。ちょっとだけ背伸びをして、扉に付いた銀の取っ手を引っ張る、それだけでいい。

 もっとも、扉を開けずに向こう側に行くことは、シトリンにとって普通のことだけど――。


「やあ。いらっしゃい」


 笑顔が、出迎えてくれた。

 その笑顔の向こうには、深い闇が見えた。まるで、影法師が笑っている、そんなふうに思えた。

 天井まで高く伸びた影法師が、両手を広げて笑っている――。

 シトリンは、見上げてにっこりと笑顔を返す。暗闇は、シトリンにとって馴染み深い安らかな場所。

 己の領域にシトリンが来ることを、ヴィーリヤミは知っていた。


「甘いお茶と、おいしい焼き菓子を用意して待っていたよ」


 小さなテーブルの上、白い皿の上の焼き菓子を見て、シトリンは、瞳を輝かせる。


「町で評判の焼き菓子さ。午後一番の焼きたてを買ってきたんだよ」


「私のために、用意してくれたの?」


「ああ、そうさ。おじょうちゃんと、お茶会でもどうかと思ってね」


 ヴィーリヤミは、カップに甘い香りのお茶を注ぐ。


「私の名前は、シトリン。お招きありがとう」


 シトリンは、スカートの端を軽く持ち上げ身をかがめ、上品にご挨拶をした。


「シトリン――。お名前を教えてくれて、ありがとう」


 ヴィーリヤミの口が、大きく吊り上がる。


 パタン。


 扉が、閉まる。

 ろうそくの明かりだけが照らす、ふたりだけの、秘密のお茶会――。

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