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天風の剣  作者: 吉岡果音
第八章 魔導師たちの国
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第93話 新たな冒険へ

 王の御前で、首を垂れたまま、オリヴィアは凍り付く。


「愛する国民のためだ。オリヴィア」


 王は、方針の変更をオリヴィアに告げていた。


「ですが……、国王陛下……! 四聖(よんせい)の安全は……!」


「そなたと、守護軍に託す。あの巨大な四天王に襲われた国のような被害を、我々の国で出したくはないのだ」


「世界を守るためには、四聖(よんせい)の安全が――」


「余は、そなたたちの力を信じている。我々の国には、白の塔以外にも神秘の地があるではないか」


 オリヴィアは、大理石の床を見つめ続けた。それは冷え冷えとして、どこまでも果てしなく広がっているような気がした。


「……御意に従って執り行います」


 オリヴィアは、そう答えるほかなかった。




 朝から、晴天だった。雲一つ、なかった。朝食のスープ、パンの焼けた匂いが塔中に漂う。少なくとも、今日一日は不安な要素などなにもない、そんなふうに思える静かな朝――。

 塔には食堂があるが、キアランたちの朝食は、広間に用意されることになっていた。


「あれ。オリヴィアさんと、テオドルおにーさんだ」


 扉を開けて入ってきたオリヴィアとテオドルにいち早く気付き、ルーイが呟く。

 オリヴィアは、魔導師の中でも国王付きの最高位の魔導師であり、テオドルはエリアール国の守護軍の一人、それぞれ立場が違うので、キアランたちとは別に食事をとるものと想像していた。


「二人とも、ここで一緒にごはん食べるのかなっ」


 配膳された料理に瞳を輝かせながら、ルーイが隣に座るキアランに尋ねる。ルーイの反対隣には花紺青(はなこんじょう)が座っていた。花紺青(はなこんじょう)は目玉焼きに添えられたベーコンを早く食べたくて、うずうずしているようだった。

 しかし、オリヴィアとテオドルが席に着くことはなく、広間の壇の上に並んで立つ。


「なんだろう。朝のご挨拶かな」


 そう呟きつつ、ルーイの瞳はつやつやと輝く目玉焼きに釘付けになっていた。


「改まらなくてなくても、食べながらでいいのにね」


 花紺青(はなこんじょう)の目は、カリカリに焼かれたベーコンにしっかり据えられている。ふたりのあまりのわかりやすい表情に、キアランの顔には思わず笑みがこぼれていた。

 オリヴィアとテオドルは皆に向かって深く一礼する。それから、オリヴィアはテーブルを見渡し、全員が揃っているのを確認してから、口を開いた。


「国王陛下から、ご命令がありました」


 オリヴィアの凛とした声が、広間に広がる。

 皆、なにごとかわからず、オリヴィアに注目する。


四聖(よんせい)の皆様、それから四聖(よんせい)を守護する者である皆様は、今後、私と共に、北にあるノースストルム峡谷へ向かわれる運びとなりました」


 ノースストルム峡谷……?


 突然のオリヴィアの報告に、キアランは驚く。この安全な白の塔で、「空の窓が開く」というその時間をどうにか守り抜き、皆で乗り越えるもの、そう思っていたからだ。


「あさっての早朝、この塔を発つ予定となります。少し長旅となりますが――、皆様、どうかお体を整えてくださいますよう――」


 オリヴィアの少し悲し気な瞳、そして語尾を濁して少し震えた声は、皆の体調を深く気遣っており、そして報告する本人自体がこの決定に納得していない、そういった様子がはっきりと表れていた。

 テオドルが、改めて皆に一礼する。


四聖(よんせい)を守護する者である皆さん、そして花紺青(はなこんじょう)君は、私と同じく新しく国を超えて編成される守護軍の一員となることと国王陛下より正式決定されました。四聖(よんせい)の皆様をお守りする、その使命はそのままでありますが、対魔の者の戦いとしましては、軍という組織として行動する、そのことで互いの、個々の安全もより一層図られる、そう私は信じております」


 テオドルは、いったん話を区切り、大きく深呼吸をする。深呼吸は、ため息のようでもあった。


「……組織化されることで、かえって動きにくいこと、正直納得いかない面もでるかもしれません。様々な人間がおりますから――。しかし、強力な魔の者、特に四天王に対しましては、人間たちの結束が必要不可欠な力になると思います。私は――」


 テオドルは、壇上からひとりひとりの顔を眺めた。


「ここにいる皆さん、絶対に誰一人失いたくはない……!」


 守護軍に編成されることに反対する者が出ないで欲しい、そう心からテオドルは願っているようだった。

 これは、人間同士の戦ではない。大きな群れの一つになることで、脅威から命が守られる確率が高まる、テオドルはそう説いていた。


「あたしは……。守護軍とやらに編入される、入国前から内心納得いってなかったんだけど」


 しんとした空気の中、ソフィアが声を上げる。


「フレヤを護るためなら――、なんだってする。どこへだって行く……!」


 シャキーン!


 いきなり、音を立て、そう言い切るソフィアの前に盾が現れた。

 蒼井が作った、「武器となるもの」からできた盾だった。

 奇妙な沈黙が流れる。ソフィアの頬が、真っ赤になっていた。


「……おめー、なんで今、盾出した……?」


 斜め前に座っていたライネが呟く。


「しっ、知らないわよ! 勝手に出たのよ!」


 慌ててソフィアは盾を無理やり引っ込める。ソフィアの荒ぶる感情に反応し、盾の自主判断だったらしい。

 思わぬソフィアの盾の出現、続くライネとソフィアのやり取りで、オリヴィアの顔にも笑顔が戻った。


「詳しいお話は、また改めてご連絡いたします。お食事の前に、突然のご報告でごめんなさいね。では、どうかゆっくりお過ごしくださいね」


 オリヴィアとテオドルは揃って皆に一礼し、広間を出ようとした。


「あのっ! どうしてっ」


 ライネが二人を呼び止めていた。オリヴィアとテオドルは振り返る。


「急に、そんなことになったんだ? それから、そのノースストルム峡谷って……?」


 オリヴィアとテオドルは、揃って首を振った。


「国王のご方針が、なぜ変わってしまわれたのかはわかりません。ただ、他国が受けたあの巨大な四天王による深刻な被害が、その大きな理由の一つのようです」


「四天王、パール……!」


 オリヴィアは、うなずく。


「それから、ノースストルム峡谷は、エリアール国の最北にある聖地で、吹き渡る聖なる風が峡谷を守っており、魔の者が避ける場所と言われております」


「聖地……」


 そこで、オリヴィアとテオドルの顔が、一層真剣なものとなる。


「ただ――。そこは厳しい環境で人も近寄りがたい場所です」


 オリヴィアはそう言ってから一呼吸置き、努めて明るい笑顔を作った。


「私たちには、魔法があります。厳しい環境も、皆の力でなんとか対応できるはずです……!」


 人も近寄れない、厳しい地――。


 キアランは、オリヴィアの言葉を反芻していた。白の塔という安全な場所があるのに、厳しい土地へと移動を命ずる、それはつまり――。


 厄介者みたいじゃないか。


 口には出さないが、そう思えて仕方がない、キアランはふつふつと湧き起こる怒りを感じていた。


「さあ、皆さん。冷めないうちに、どうぞ召し上がって」


「では、失礼いたします」


 オリヴィアとテオドルは、皆を安心させるよう笑顔を残しつつ広間を後にした。

 しばしの間。張り詰めた空気が漂う。

 それを打ち破ったのは、花紺青(はなこんじょう)とルーイだった。


「とりあえず、みんな、食って力をつけようー!」


「ほんと、あつあつのうちに食べようー」


 花紺青(はなこんじょう)とルーイが、いち早く「いただきます」と手を合わせた。

 塔の食事は、おいしかった。


 国民や国土を守る――。まあ、国としては正しい判断なのかもしれない――。


 あたたかな料理を一口ずつ食べるごとに、キアランの思いも変化していった。


 作物を作る人、食材を準備した人、料理をする人、料理をあたたかいうちに運んでくれた人――。


 様々な人の労力や思いが加わった料理。それを体に取り入れることで、キアランの怒りは次第にほどけていった。


 どんな場所でも、どんな状況でも、私は私のできる最善を尽くすのみ――。


 皆の思いも、同じようだった。明るい光を宿した瞳が、伸びた背筋が、語らずとも新たな冒険に対する強い決意を表していた。


「ああ! 美味しかったー! ありがとー、ごちそーさまでしたっ」


 大切な客人に対するように、細やかな給仕をしてくれた塔で働く人々に、花紺青(はなこんじょう)が大声でお礼を述べた。


「こちらこそ、ありがとうございます。お料理お気に召していただけて、嬉しいわ」


 給仕をしてくれた人々はにっこりと笑って頭を下げ、その中でも一番年配の女性が、明るい声を返してくれた。


 この平和を、守らねばならない――!


 朝日の差し込む広間で、キアランの金の瞳は見知らぬ北の大地を見据えていた。




「おや。オリヴィア殿、テオドル殿。おはようございます」


 オリヴィアとテオドルは、足を止める。

 にい、と笑う男がいた。


「このヴィーリヤミも、守護軍に入ることとなりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 胸に手を添え、まるで不吉な舞台の道化のように、ヴィーリヤミは頭を下げた。


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