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天風の剣  作者: 吉岡果音
第一章 運命の旅
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第9話 炎のような運命

 流れ星が、濃藍の空に輝く軌跡を残していく――。


「アマリアさん! 翼を持つ一族について、教えてくれ……!」


 キアランは、息せき切ってアマリアに尋ねていた。

 幼いキアランを育ての母に預けたという「翼を持つひと」、アマリアはきっとその存在についてなにかを知っている、キアランは心急く。


「キアランさん――」


 アマリアは、キアランの瞳をしっかりと見つめた。


「――すでにご存知でしょうが、この世界には、人や動植物などの生きもののほかに、高い波動を持つ高次の存在、そして魔の者がおります」


「翼を持つ一族とは――?」


「両極の二つの存在がおります」


「二つ……?」


「私が知っているのは、高次の存在である『翼を持つ一族』です」


 アマリアは自分の膝の上で眠っているルーイを起こさぬよう、そっとルーイの柔らかな髪を撫でながら話す。


「アマリアさん……! 私と天風の剣は『翼を持つひと』に預けられたと聞いた……! なぜ、私たちはただの村人である母に託されたのだ……!?」


 キアランは、思わず叫んでしまっていた。ルーイが、むにゃむにゃとなにか呟きながら少しだけ体勢を変える。キアランの大声で起きてしまったのかと思われたが、すぐにまた深い眠りに移行していったようだ。

 アマリアは、ゆっくりと首を横に振る。


「……残念ながら、翼を持つ一族の中に、キアランさんをお母さまに預けたというかたはいらっしゃらない、そう伺っております」


「えっ……」


 キアランは拍子抜けした。アマリアが自分と天風の剣について、翼を持つ一族から聞いたというので、自分を母に預けた張本人から直接話を聞いたのだと思っていた。


「私の家は、特殊な家系です」


「え……?」


「私の家は、四聖(よんせい)を守護する一族なのです」


「一族……。四聖(よんせい)を守護する者とは、血縁による定めなのか……?」


「実は、そうとも限りません。私の家が特殊で、基本的には世界中で時と場所も決まっておらず、ばらばらに生まれてくるようです」


 ルーイが寝返りを打つ。まだ起きる気配はない。アマリアの優しい香りに包まれ、すっかり安心して眠っているようだ。


四聖(よんせい)……。そしてそれを守護する者たち。いったい、どういう運命で、選ばれたように生まれてくるというのだ……?」


 キアランは、アマリアの琥珀色の瞳に問いかけた。春の陽だまりのような眼差しのアマリアに、魔の者と戦うという過酷な運命が定められているとは、あまりの理不尽さに、質問せずにはいられなかったのだ。


「それは、わかりません。人智を超えた力、やはり、運命というほかないのでしょう」


「運命――」


 キアランは、自分の手のひらを見つめた。


 運命とは、あらかじめ決められた逃れられないものなのだろうか。手のひら。手のひらのしわには、その人の運命が刻まれているという話を、旅の中で聞いたことがある。


 天風の剣を握る手。そこには、誰かを守りたいという強い思いと、自分や誰かを守るために殺めた魔の者の血と、両方が深く染み込んでしまっているような気がした。

 アマリアが、静かに言葉を続ける。


「……光を象徴とする高次の存在、反対に闇を象徴とする魔の者、そしてその両方の性質を持つ大地を生きる人間。三つの存在は一定の均衡のもと、ずっとこの世界にあり続けてきました」


 アマリアの緩やかな巻き毛が、夜風に揺れる。


「しかし、魔の者は均衡を壊し、この世界を掌握することを考えています」


 キアランの脳裏に、深紅の空間で蠢く魔の者の姿、そして、地の底から響く「コロセ」という恐ろしい声が蘇る。


「百年に一度、星々がある形を天空で示します。そのとき、漆黒の空の窓が開くといわれています」


「空の、窓……!?」


「実際に、空に穴が開くわけではありません。エネルギー上の変化です。百年に一度起きる自然な現象で、そしてその現象が生じたあと、再び世界はバランスを取り戻すのです。その瞬間は、世界にとって非常に繊細な時間帯となります。それは、外からの刺激で大きな変化を起こせるときです。魔の者は、その瞬間を狙っています」


「その空の窓が開くというときに、やつらは世界の均衡を壊そうとしている、ということか……!」


 アマリアは、真剣な表情でうなずいた。


「それから、人間の中に『四聖(よんせい)』や『四聖(よんせい)を守護する者』がいるのと同じように、高次の存在の中にも特殊な存在、そして魔の者の中にも同じように特殊な存在が生まれます」


「高次の存在や魔の者にも四聖(よんせい)がいるのか……?」


「いえ。特殊な存在とは、力や使命が他のものたちとは異なる特別なもの、といった意味です。それぞれの世界を守るために自然発生的に生まれるものたちです」


「守るために――」


「魔の者には魔の者の正義があるのでしょう。魔の者は、自分たちの世界を広げることが、彼らにとっての自然なありかたなのでしょう。もともと魔の者は人にとって脅威ですが、その魔の者の正義を守る、つまり戦い続けることに特化した強い力を持つ特殊な存在が魔の者の中にいるということです」


「そして高次の存在の中にも、特別な使命の者がいるということか」


「詳しくはわかりませんが……。私たちは、彼らを『翼を持つ一族』と呼んでいます」


「それが『翼を持つ一族』……!」


「翼を持つ一族は、世界の均衡を守り続けるために、長い間私たちの一族と信頼関係を築き、交流し続けています。彼らが、私たちに情報を与えてくださるのです。彼らはなんでも知っているというわけではありませんが、人よりも遠くまで伸ばせる意識、そして特殊な光を見つける感覚を持っています。その不思議な能力で、四聖(よんせい)を守護する者の中でもっとも強い力を放つキアランさん、そして天風の剣の存在、そして私の住んでいる故郷から一番近い四聖(よんせい)、ルーイ君の名前とおおよその位置、方角について教えてくださいました」


「……疑問なのだが――」


「なんでしょう」


「私は、魔の者を見る力が強い。正体を隠さない魔の者は、他の人間でも見える。しかし、今まで私は高次の存在に会ったことはない。高次の存在がいるということは聞くが、実際に見たり感じたりしたという話をはっきりと聞いたのは、アマリアさんの話が初めてだ。高次の存在は、なぜ現れない……? そして、魔の者の野望は高次の存在にとっても害なのだろう? 我々より強い力を持つと思われる高次の存在が、魔の者と戦うことはないのか……?」


「高次の存在と魔の者では、あまりにもエネルギーが違いすぎます。彼らが直接戦ったら、それだけでこの世界の均衡がたちまち崩れてしまうでしょう。それは、予測不能の崩壊をもたらします。均衡を崩そうとする魔の者でも、それだけは避けているようです。それから、高次の存在の姿があまり見られないのは、彼らが人間との接触を必要最低限にし、あえて避けているからです」


「人間との接触を避けている……? それはどうしてだ……?」


「高次の存在は、我々人間の生きかたを尊重してくださっています。人は地に足をつけた、人としての道を歩んでいってほしいと考えていらっしゃいます。光と闇、その両方を併せ持つ人間という存在、どちらかに偏ることなく自らの意思と思考で自分たちの暮らしを大切にしてほしい、そう考えてらっしゃるようです」


 キアランは、たき火の炎を見つめた。

 人との接触を極力避けているという高次の存在。もし母のいう「翼を持つひと」が高次の存在だとしたら、なぜ、自分を母に預けたりしたのだろう。

 それから、気になることもあった。


『ソシテ――! 裏切リ者ノ子ヲ殺セ……!』


 意識を失っていたときに流れ込んできた魔の者の思考、あの言葉は、いったいなにを指していたのか――。

 そして、翼を持つ存在は両極の二つがある、そうアマリアは話していなかったか……? 一つは、高次の存在、そしてもう一つとは……? キアランの瞳は、揺れる炎を映し続ける。


「空の窓が開くとき、その日が近付いています」


 アマリアの言葉に、キアランは顔を上げた。


「え……!」


「魔の者の動きが活発化しているのはそのせいもあります。『四聖(よんせい)』の光も、それに伴い強くなっていると思われます。急いで他の三人の『四聖(よんせい)』を探し、そしてほかの『四聖(よんせい)を守護する者』とも合流する必要があります……!」


 キアランは、思わず天風の剣を握りしめた。

 大きな戦いが近付いている。

 キアランは静かに、熱く燃え続ける炎のような自分の運命を受け入れていた。

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