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天風の剣  作者: 吉岡果音
第一章 運命の旅
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第8話 三つの星

 傷が完全に治ったわけではないが、ルーイとアマリアの魔法による懸命な治療で、キアランの体はかなり回復していた。

 キアランは、あたためた簡素な携行食を口に運ぶ。

 携行食は保存性に優れ、栄養価が高い。そして種類も数も豊富で、安価で入手しやすい。長旅を続ける者にとって欠かせない食料だ。いつもの、食べ慣れたはずの味。


 うまいな――。


 キアランは驚く。なぜだろう、なぜか、急に味わい深く感じられた。昨晩も同じようなものを食べたのに。それは、ルーイと出会う前に――。


 ルーイと、アマリアさんに出会う前は、いつもの味だった――。


「キアランも普通に食事ができてよかったよー! あっ、アマリアおねーさんのその携行食、おいしそうだなあ!」


 ルーイがキアランを見て微笑み、アマリアの携行食を覗き込んで楽しそうに叫ぶ。


「ふふ。ルーイ君、一口食べてみる?」


 アマリアがルーイに、熱いから気を付けてね、と一言添えて携行食を差し出す。


「やったあ! んー! おいしい! 今度お店で見つけたら僕もこれ買うーっ!」


 はふはふと行儀悪く口の中で冷ましながら、ルーイが感想を述べる。アマリアは、笑みをこぼしながらルーイの言葉にうなずいていた。


 そうか――。ルーイとアマリアさんがいるから、おいしく感じられるんだ――。


 それから、キアランは天風の剣の曇りのない笑顔も思い出していた。


 私はもう、一人ではないのだ――。


 かまどの揺れる炎が少し熱いくらいに顔を照らす。喉を通っていく、あたたかい食事。ルーイとアマリアの明るい笑い声――。キアランは思わず、胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。


「そうだ! キアラン! 僕ね、アマリアさんに魔法をかけてもらったよ!」


 不意に話しかけられ、キアランはどぎまぎした。


「あ、ああ。そうか」


「魔の者に見つけられにくくする封じの魔法なんだって! 僕の『四聖(よんせい)』としての光が外に出るのを抑えてくれるんだって!」


「そうか」


「だから、今度からは、そんなに魔の者が襲ってくることはないと思うんだ!」


「そうか」


「あれ? なんで? キアラン、『そうか』ばっかり!」


「……そうか?」


「また、『そうか』って言う!」


 ルーイは、キアランの素っ気ない反応に、少し不満そうに唇を尖らせた。

 キアランは平静さを装い、もう一口携行食を頬張った。常に、自分に向かってまっすぐ、なんのためらいもなく無邪気に話しかけてくれるルーイ。心の底から自分を心配してくれ、そして自分の無事を喜んでくれたルーイ。本当は、涙がこぼれそうなくらい心が震えていた。


 やっぱり、うまいな――。


 こんなにも、感じる世界が変わるものか――。キアランは、見慣れた携行食の包みを凝視する。

 しかし、キアランの心の動揺が収まると、後を追うように、だんだんルーイの報告の重要性がわかってきた。


 これは、単純に「そうか」って返せる話ではないな――。


 キアランは、ルーイに面と向かった。至極真面目な顔つきで。


「ルーイ。ごめん。聞いてなかった」


「なにそれーっ!」


 ルーイとアマリアは、正直すぎるキアランの告白に、目が点になっていた。


「キアランー! ひどいよー」


「ごめん」


 頭を下げるキアラン。ルーイとアマリアは、少しの沈黙の後、弾けるように笑った。


「いいよ! キアラン! 意識が戻ったばかりで、ぼうっとしちゃってたんだね!」


 ルーイが、いたわるような優しい笑顔を向ける。そういうわけじゃないんだ、とキアランは喉元まで出かかったが、まさか感動して、とは言えない。とりあえずキアランは黙っていることにした。

 ルーイは、かまどの炎に視線を落としていた。

 炎に照らされた幼い顔に、少し悲しそうな、寂しそうな影がよぎる。


「……やっぱり、僕が魔の者を引き寄せてたんだ――」


「ルーイ?」


 先ほどまでの、元気なルーイの姿は見当たらなかった。小さな体が、ますます小さく見えた。


「……あのね。キアラン。アマリアおねえさん」


 急に、ルーイは沈んだ声で話し出した。

 炎を見つめるルーイの瞳が揺れる。


「僕……。僕は魔法使いの修行の旅をしてるって言ってたけどね――」


 ルーイは、大きなため息をつく。話そうか、話すまいか少し迷っているように見えた。


「ああ。お前は、そう話してくれていたな――」


 ルーイは、小さな手のひらを、ぎゅっと握りしめた。そして、なにかを決意したかのように顔を上げた。


「ほんとは、違うんだ――」


 ルーイの青い瞳から、大粒の涙がこぼれた。


「僕はただ、家族みんなを守るために、家を出たんだ……!」


「ルーイ……!」


「僕の周りには、よく魔の者が現れていた……!」


 ルーイは、あふれる涙を必死でこらえるように、空に向かって叫んだ。


「僕の家は、代々魔法使いの家だったんだ……。お父さんもおじいちゃんもお兄ちゃんも、よく魔の者と戦ってた。でも、僕が生まれてから、魔の者の出現が、けた違いに増えたって、村の人たちのひそひそ話を聞いたんだ……! 家の人たちはなにも言わないけど、村の大人たちが言ってた……! あの子は呪われてるんじゃないかって……!」


「ルーイ……!」


「僕が、普通の子じゃないから……! ほんとは僕、わかってたんだ……! 僕の周りにはよく魔の者が現れてた……! やつらは僕を狙ってるんじゃないか、僕のせいで皆が危険な目にあう、僕はそうわかってたんだ……! 僕は、呪われた子だ……! だから、僕は修行の旅に出ますって書き置きをして、家を出たんだ――!」


 キアランは、とっさにルーイを抱きしめていた。


「キアラン……!」


「もう、言うな――! 己を呪う言葉を――! お前は、そんな存在なんかじゃない……!」


 ルーイを、強く、強く抱きしめた。

 キアランは、そんな自分の行動に驚いていた。自分が、他者を、子どもを、抱きしめるなんて――。


『真似事しかできませんが――』


 天風の剣の言葉を、キアランは思い出していた。これは、真似事なのだろうか。母の、もしくは誰かの。まさか、自分がそんな行動を自然にするとは――。


 いや――。これはきっと、人としての、本能――。


 傷付いた者を守り、いたわろうとする。ぬくもりで傷を包もうとする。自分にもそんな心があるのだ、そうキアランは戸惑いながらも感じていた。


 今のルーイは、きっと、幼いころの自分の姿と同じ――。


 キアランは、ルーイを抱きしめることで、同時に自分の中の幼い自分も癒している、そんな不思議な気持ちになっていた。


『僕は、やっぱり、人間じゃ、ないの……?』


 そのときの答えを、今自分が答えているような気がしていた。


「ルーイ……! お前はお前が考えていたような悲しい存在なんかじゃない……! お前は、あたたかな心を持つ人の子だ! そして、『四聖(よんせい)』という大きな使命を背負った、聖なる子なんだ……!」


「キアラン――」


「そうですよ、ルーイ……」


 アマリアが、優しくルーイの髪を撫でた。


「ルーイ君。あなたは、人々を、世界を照らす希望の子なんです――」


「アマリアおねえさん……!」


「辛い思いをしましたね――。もう、ご自分を責めないで……! 大丈夫、大丈夫ですよ。私も、キアランさんも、あなたを全力でお守りいたします――!」


 キアランの手を離れると、ルーイは、アマリアの胸に抱かれた。そして、泣いた。ルーイは今までの明るさで隠していた悲しみをすべて解き放ったかのように、思いっきり泣いた。そして泣き疲れ、アマリアの膝枕の中、眠った。

 星が、瞬く。穏やかな、夜風。

 アマリアが、ゆっくりと話し出した。


「キアランさん」


 ルーイは、眠り続けていた。キアランは、そっと上着をかけてやった。

 アマリアは、ルーイの髪を優しく撫でながら、話を続けた。


「ルーイ君の、『四聖(よんせい)』としての輝きを、魔の者に見つけにくくしました。しかし、魔の者の一部は、『四聖(よんせい)』のみならず我々『四聖(よんせい)を守護する者』の存在も嗅ぎ付け、なきものにしようとします。ですから、この封じの魔法も必ずしも安心というわけではありません。常に警戒は必要です」


「一部の者――。魔の者の中の、人間のような存在のことか」


 天風の剣が話していた、「人間の姿をとることができ、策略や長期戦も使い、さらにはそれを楽しむ傾向すらある」という魔の者。今アマリアの話で指しているのは、そういった類の魔の者のことだろうと、キアランは理解した。


「キアランさん! もしかして、天風の剣とお話されたのですか……?」


 アマリアの問いに、キアランはうなずいて答えた。


「……アマリアさんは、なぜ私や天風の剣、そしてルーイのことがわかるんだ?」


 今度は、キアランがアマリアに尋ねていた。


「大まかな話を聞いておりますし、私には感じる力もあります」


「大まかな話……? 誰かから、私のことを聞いていたのか……?」


 アマリアは、キアランの瞳を見つめ、うなずいた。


「翼を持つ一族、です」


「なに……!?」


 深く暗い藍色の空を、大きな流れ星が落ちていくのが見えた。




「……三つの星が、合流したか」


 町の外れの、小高い丘の上の宿屋。それは高貴な旅人が利用するような、高級な宿だった。華麗な装飾の窓の外の、流れ星を見つめ、男が呟く。

 立派な身なりをした旅人らしい男は、口元に不気味な笑みを浮かべていた。


「ふふ……。これは、面白くなりそうだな――」


 男は銀色の長い髪をひるがえし、窓辺に背を向ける。


「三つも一網打尽にできるとは、待っていた甲斐があったというもの――!」


 男は、闇の中を滑るようにして町を出た。

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