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天風の剣  作者: 吉岡果音
第六章 渦巻きの旋律
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第66話 重なる、ふたつの心

 光の届かない暗黒の海、高次の存在であるヴァロは、自らの放つ金の光に包まれていた。

 暁色の長い髪を一面に広げ、ライネを運ぶヴァロ。四天王パールに囚われたカナフとアマリア、そして天風の剣を助けようと急ぐが、その思考はあくまで冷静だった。

  

 ライネやシルガー、そして四天王。彼らの力でも、決め手に欠けるのか――。


 あまたの攻撃。今、パールは四天王アンバーの封印の鎖に封じられているとはいえ、油断ならない状況に変わりない。


 それほどまでに、やつの力は強いのか。


 それは、生まれ持った天性の強さもあるが、高次の存在の力をその身に取り込んでいるからに違いない。


 高次の存在の力――。


 自らのエネルギーとは正反対のエネルギー、高次の存在のエネルギーを吸収した四天王パール。

 沈むパールを見て、ヴァロはあることに気付いていた。

 

 力はとてつもなく大きいが、魔の者としての力の性質が、変化している――!


 もしかしたら、とヴァロは思う。


 高次の存在の力と激突しても、今までのような、世界に深刻な影響を及ぼすほどのエネルギーの暴走は生じないのではないか……?


 その証拠に、パールがカナフを掴んだ際発生した衝撃は、カナフとヴァロだけでもある程度調整できるくらいの、比較的小さなものだった。

 ふと、ヴァロの意識は海上、空へと伸ばされる。

 ふたたび、同胞たち、たくさんの高次の存在のエネルギーを感じる。

 その中でも特異なエネルギー、シリウスたち、人間から「翼を持つ一族」と呼ばれる者たちのエネルギーも感じた。


 会議は終わり、皆でこちらに駆け付けることにしたようだ――。


 ヴァロには、一つ試してみたいことがあった。


「ライネさん」


 ヴァロは、ライネに語りかける。魔の者シルガーと同じように、高次の存在であるヴァロも、海の中で支障なく相手に自分の意思を伝えることができた。


「このままでは、埒があきません」


 ライネは、ヴァロを見上げる。ライネの持つ魔法の杖が光り輝き続けている。ライネは、自分が所持していた薬草も口に含んでいた。魔法の力と薬草のおかげで、深海の中でもライネの呼吸は、保たれているようだった。


「四天王を含め、魔の者を倒すには、それぞれの生まれ持って異なる急所を、破壊しなければなりません」


 ライネは、不思議そうな目で見つめ返す。ヴァロがなぜ改めてそんなことを言うのか、疑問に思ったのだろう。


「攻撃がまったく効かないような頑強なパールの体も、急所に限ってはもろいものです」


 ライネは、うなずく。今まで魔の者と戦った経験上、それはライネも知っていて当然のことだった。なぜ、ヴァロがあえてライネに語るのか、ライネは、その真意を探ろうとしているかのように、注意深くヴァロの表情を見つめる。

 ライネの瞳に映るヴァロは、凪の海のように穏やかで静かで、深い慈愛に満ちていた。


「たぶん、私にはできると思います」


 そのときヴァロの瞳は、ライネではなくパールを捉えていた。

 それは、パールの内部に取り込まれ、パールと同一化した高次の存在のエネルギーを見つめているようでもあった。


「皆さんに、やつの急所を伝えることが……!」


 一つの試したいこと、それはすなわち、ヴァロにとって最終手段に他ならなかったのだが――。




 ガガガガガッ!


 シルガーの放つ光線が、パールの皮膚を切り裂くように爆発し続ける。


「ふむ。大した傷もつかないな」


 なめらかなその皮膚は、かすり傷程度の損傷しか受けていないようだった。

 そして、黒い鎖に絡められたパールの瞳は、虚ろなまま――。


「シルガーさん! 気を付けて!」


 パールの手にしっかりと掴まれたままのカナフが叫ぶ。


「カナフ。そっちは大丈夫か」


「はい! この泡の中にいるおかげで、アマリアさんも苦しくないそうです!」


 カナフの声にアマリアはうなずき、シルガーに向け微笑みさえ浮かべた。


「シルガーさん! 天風の剣を、お渡しします! あなたなら、きっとここから受け取れますよね……?」


 シトリンの作った泡の中にいるカナフだったが、シルガーの魔の力で受け渡しは可能、そう判断していた。


「……簡単に己をあきらめるな」


 シルガーの、低く静かな声が響く。


「え……?」


 思わぬシルガーの返事に、カナフは戸惑いを見せる。


「囚われの身だったお前も、自由になった現在がある。今の危機だって、今のままと決まったわけがない」


 シルガーは、笑った。


「なんといっても、この私が来たのだからな。カナフ、アマリア、天風の剣、皆私が無事連れ出してみせるさ」


「シルガーさん……!」


「……それにしても、カナフ。お前は囚われてばかりのようだな」


 そう呟き笑うシルガーに、カナフは改めて腰に差した天風の剣を渡そうとする。


「しかし、せめて、今のこのチャンス、天風の剣だけでも――」


「そんなことをして、お前らを簡単に安心させたくないな」


 シルガーは首を振り、ため息をつく。


「大切なものを渡してひとまず安心する。気が緩んで真のチャンスを見逃す。そんなことはさせたくないからな」


「たとえ、そうだとしても……! 天風の剣、これは世界の希望なのです……!」


 シルガーが手を伸ばすことはなかった。


「生き延びる意思を貪欲に持ち続けよ! 活路は、極限の中でこそ、しっかりと目に見えるものだ……!」


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 ライネの魔法の杖が光っていた。ライネの魔法攻撃だった。

 そして続き、大きな爆発音。

 アンバーの攻撃が、ふたたびパールの手首で爆発する。


「アマリアさん! カナフさん! アステール!」


 アンバーと共に、巨大な泡に包まれたキアランが叫ぶ。


「ライネさん! キアランさん!」


 泡の中で、アマリアが叫び返した。


「強力な助っ人たちも到着した。希望はひとつではなく、増え続けるものだ」


 シルガーが、微笑みながら呟いた。




「助っ人じゃない! 私たちがメインだ!」


 相手がシルガーでなければ出てこないような言葉が、ついキアランの口をつく。

 パールの体に光が走る。

 シルガーの光線が、パールの巨体に降り注がれていた。


「助っ人だろうがメインだろうが関係ない。倒せばいいだけだ」


 ふっ、とシルガーは笑い、身をひるがえしパールの背面に向かう。

 そしてその次の瞬間、パールの背後から、シルガーが強力な光線を撃つ。


「キアランさん」


 アンバーが、キアランに話しかける。


「いい加減、衣服を洗濯したくなりました」


 キアランが聞き返す間もなく、アンバーはするりと泡の壁をすり抜け、海中に出ていた。


「この泡、あなたの意思通り、自由に動かせるはずです」


「アンバーさん!」


「私は私で自由に行動いたしますから、あなたもぜひそうなさってください……!」


「! ありがとうございます! アンバーさん……!」


 アンバーに向かい心からの礼を述べながら、泡の中から炎の剣を突くことは可能なのか、キアランはふと疑問に思う。

 すると、キアランの疑問を見透かしたように、アンバーは答えた。


「大丈夫ですよ。あなたのその剣でしたら、泡の壁越しでも、充分攻撃は可能なはずです。その特殊な泡は、あなたの剣の攻撃により壊れることはないでしょう。それは、その泡を作ったこの私が保証いたします」


 アンバーは、それだけキアランに告げるとパールの尾の部分に向け、素早く移動してしまった。


「アンバーさん……!」


 キアランは、見えなくなるアンバーに向かい、深々と頭を下げた。


「アマリアさん! カナフさん! アステール! 今、助けるから……!」


 キアランはそう叫び、パールの指に向かい力いっぱい炎の剣を振り下ろす。


 やはり、硬い……!


 泡の壁ごとパールの指を打ち付けた炎の剣は、金属のような鈍い手応えのみを返してきた。

 キアランはさらに試みる。しかし、何度剣を振り下ろしても、びくともしない。


「キアランさん……!」


 自らを包む泡の壁に両手のひらを当て、キアランを見つめるアマリア。


「アマリアさん! 待っていてくれ! 必ず、私があなたを助ける……!」


「キアランさん」


 ふと、キアランは振り下ろす剣の動きを止め、アマリアを見つめた。

 パールの手に掴まれたままのアマリアが、顔をキアランに近付ける。


「アマリ……」


 それは、一瞬だった。

 一瞬のようで、永遠のようにも感じられた。

 アマリアの唇が、二つの泡の壁ごしに、キアランの唇と重なる。


 アマリアさん……!


 アマリアが、キアランに口づけしたのだ。

 アマリアの潤んだ瞳――。


「ようやく、キアランさんに会えた……! ずっと心配、していたのですよ……?」


「アマリアさん……!」


「これで……、これがお別れになったとしても、私には悔いはありません……! ルーイ君たちのことは、きっと兄が守り抜いてくれるはずです……!」


 アマリアの頬を流れる一筋の涙。しかし、その顔は朝露に濡れた花のように輝いていた。

 

「アマリアさん……! 私は、必ず……!」


 ゴゴゴゴゴ……!


 不気味な音がした。

 たくさんの細かな泡が、辺りを包む。

 そして、アマリアとカナフはキアランの視界から姿を消す。


「なっ……!」


 パールが、右手を持ち上げたのだ。

 黒い鎖が、消えていた。

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