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天風の剣  作者: 吉岡果音
第五章 最後の四聖
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第51話 持ちかた

「もう一人の、四聖(よんせい)……」

 

 海の向こう、サントアル公国。そこに、四人目の四聖(よんせい)がいるのだという。

 今までルーイを抱えながら、サントアル公国の方角を眺めていた蒼井が、急にキアランのほうを振り返る。


「あの人間は、なんだ」


「え」


 この前の戦いについて、キアランが腕を斬り落としたことについて、もしくは今この瞬間も腕に抱えている四聖(よんせい)の一人であるルーイについて、蒼井がなにか言うつもりなのかとキアランは思っていた。

 それが予想していた様々なことがらではなく、さらには見当もつかないような質問だったので、蒼井の言っている意味がまったくわからず、キアランは戸惑う。

 そんなキアランの驚いている様子を気にも留めず、蒼井は淡々と話を続ける。


「私たちが戦っているとき、とても奇妙な人間が現れた」


「奇妙な……、人間……?」


 なんのことか、誰を指しているのか、キアランはまだわからない。


「その者は、私たちの戦いにとても驚いたようだったが、すぐにあの場で倒れている人間たちを治療し始めた」


「治療――!」


「その人間は、巨大な白い虎に乗っていた。女だ」


「白い、虎……!? 白い虎に乗った、女性……!?」


 意外過ぎる蒼井の言葉に、キアランもルーイもフレヤも一様に驚く。


「その女を知らないのか? お前らの仲間なのだろうと思ったが」


 皆のもとに駆け付けた、不思議な人物。それらしい、思い当たる人物と言えば――。


「もしかして、それが、魔導師……!?」


 ライネの話していた、エリアール国最高位の魔導師、きっとそうに違いない、キアランは確信した。


「人間でありながら、とても強い力を持っているようだ。力だけでなく、興味深い道具も持っているとみた」


 蒼井の言葉に、(みどり)もうなずく。


「非常に興味をそそられる人間だった。人間というものは、弱いようで決して侮れない。我々からすれば、見た目はそれぞれ大差がないようだが、能力の違いや気質も様々で、実に面白い存在だ」


 (みどり)の言葉を聞いているうちに、キアランの胸に安堵の思いが広がっていった。皆が、治療を受けている――! 心強い魔導師と、合流したのだ、と。


「あの――」


 (みどり)に抱えられたフレヤが、おそるおそる声を発する。


「あの……。助けてくださって――、ありがとうございます」


 フレヤの声は震えていた。自分をさらった魔の者、(みどり)と蒼井。そのうえ、今や(みどり)は怪物のような姿をしている。湧き出す恐怖心は拭えないが、どうしても(みどり)に一言礼を述べたい、そんな様子だった。


「礼を言われることはしていない」


「私を、こうして助けて――」


「シトリン様が悲しむ様子を、見たくないからな」


「…………」


 (みどり)の口元には、笑みが浮かんでいた。そこには、主人に対する敬愛の念と共に、優しさや慈しみといった感情が込められているように見えた。そのときのフレヤは、まばたきするのを忘れていた。大きな深い紫の瞳を一層大きくし、ただ(みどり)の顔を見上げていた。


「蒼井さんっ! ありがとうございます!」


 自分も早くお礼を言わなきゃ、と言わんばかりにルーイが声を張り上げた。


「……私も、(みどり)と同じだ」


「助けてくれて、本当にありがとうございました……!」


「…………。礼を言われる筋合いはない。シトリン様が殺せ、とおっしゃるのなら、私はためらいもなくお前を殺す」


「えっ。嘘! そーなの!? 少しも、ためらわないの!?」


「ル、ルーイ!」


 キアランが、慌ててルーイのほうへ手を伸ばす。気が気でなかった。


「ほんの、少しも!?」


「……今のところ、シトリン様の命令にはない」


「本当に、少しもためらわないのっ!?」


 ルーイは、蒼井にめいっぱい顔を近づけた。ルーイの瞳は、助けてくれたのに、どうして、と疑問でいっぱいのようだった。


「あいつとは、アンバーとは、持ちかたが全然違うよっ!」


「持ちかた?」


「うんっ! あいつに捕まえられてる間中、ずっと痛くって、とっても苦しかったよ! 今の蒼井は、とっても優しいよ! 力を加減してくれてるんでしょ!?」


「お前を持つ、持ちかたか」


 蒼井はちょっとなにかを考えるように、斜め上を見上げた。


「……壊れやすい荷物を持つときと、同じかもしれんな」


「荷物……!」


 僕は割れ物とかと一緒なの、ルーイはすっとんきょうな声を上げる。


「小動物とか」


「小動物……!」


「そういえはこの前、うさぎを捕まえた」


「うさぎ……!」


 蒼井は、改めてルーイをまじまじと見た。


「うさぎに、似てるな」


「僕が、うさぎ……!」


 ルーイは、口をあんぐりと開けた。本人的にはあまり嬉しくないようだ。

 そのとき、蒼井の右の手のひらは、ルーイの柔らかな髪の上にあった。なにかを確かめるように、ルーイの頭を撫でる。


「うん。似てる」


 蒼井は、納得したようにうなずく。真顔のままで。


「どこがーっ!?」


 僕の、どこが! と、ルーイは不服を申し立てた。


「蒼井――」


 キアランは、ほっとしている自分に気付く。フレヤと(みどり)、ルーイと蒼井のやり取りには、確かなあたたかみがあった。蒼井や(みどり)、シトリンが危険なことには変わりないのだろうが、それでも今は――海の上、空中にいる今は――、彼らの力に託すしかない、そう思った。


「お前の、腕のことだが――」


 謝るのも変だと思ったが、キアランは触れずにはいられなかった。


「許してくれ、と言うのは虫が良すぎると思うが――」


 蒼井は、少し首をかしげた。


「なにが言いたい?」


「すまなかった、と――」


 蒼井は、少し目を大きく開け、それからため息をつく。


「……人間は、色々気にするものだな」


「申し訳ないという気持ちと感謝の気持ち――。その、うまく言えないが――。とても――、お前に謝りたい」


 蒼井の瞳は、氷のような光を宿す。


「……私に、自分の左腕を差し出すか?」


 刺すような青い瞳。


「いや! それは……!」


 蒼井は、ふっ、と表情を和らげた。


「その気がないなら、戦った相手に謝るな。それぞれが自分の最善を尽くす、それだけだ。命をかけた戦いに、偽善で泥を塗るな」


 キアランは、絶句した。返す言葉が見当たらなかった。

 蒼井は、キアランをまっすぐ見据える。


「……まあもっとも、お前の場合は、偽善ではない。それが私見だがな」


「蒼井……!」


「それより私は――」


 蒼井は、鱗に覆われた左手の、やけに多すぎる指を奇妙に動かした。


「似合わない、そう言われるのかと思ったよ」


 蒼井は、そう言ってほんの少し笑った。


「お話し合いは終わり?」


 シトリンの明るい声が響く。


「そろそろ、新しい四聖(よんせい)のとこ、行ってみよー!」


 楽しみでしかたない、シトリンの声は弾んでいた。


「えっ! サントアル公国!? 私たちは、皆と一緒にエリアール国へ……」


 キアランが思わず叫ぶ。

 

「あなたたちの希望は聞いてないわ。私は、行きたいところへ行くの!」


「その……、皆のところへ戻っては、くれないだろうか……? 皆のことが心配だし、私たちは皆と共に、まずエリアール国へ行きたいと思う――」


 シトリンの翼によって運ばれているキアラン、主導権はシトリンにある。キアランは、シトリンの機嫌を損ねないよう気遣いつつ、嘆願する。


「アンバーたちに、先を越されちゃ、嫌でしょ?」


「しかし……!」


「早く、四聖(よんせい)に会いたくないのっ?」


 四聖(よんせい)を守ること、四聖(よんせい)全員を無事に集めること。それがキアランたちの使命であり目的である。しかし、キアランは皆の、アマリアの――、無事が知りたい、そして皆と共に行動したいという思いがあった。


「あ、あれっ!?」


 もうすでに、シトリンの翼はサントアル公国へ向かっていた。

 (みどり)と蒼井も、シトリンを警護するように両脇を飛ぶ。


「サントアル公国……! 入国の手続きは……!」


「魔の者に、そんなの必要ないじゃーん!」


 キアランの愚問に、シトリンは楽しそうな笑い声をたてる。

 水平線に、日が昇る。

 陸地が見えてきた。

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