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天風の剣  作者: 吉岡果音
第一章 運命の旅
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第5話 亜麻色の髪の、アマリア

 突然、不気味な地鳴りがし、大地が揺れ始めた。

 キアラン、アマリア、ルーイに緊張が走る。


「新たな魔の者が……!」


 アマリアがいち早く魔の気配を察知し、叫んだ。


「なに……!?」


 キアランは驚く。いくらここが危険な空気をはらんだ場所とはいえ、これほどたて続けに魔の者が出現するとは、通常考えられないことだった。


 まさか、本当に私かルーイに引き寄せられて……?


「我は封じる、地の底へと通ずる闇の扉……!」


 アマリアが呪文を唱えた。その華奢な手には、水晶から創られたと思われる魔法の杖が握られていた。

 ふたたび大きな地鳴り。今度ははっきりと、キアランも魔の者の気配を感じた。


 この地面の下に、魔の者がいる……!

 

 キアランが立ち上がろうとしたそのとき、激痛が背中から頭へ突き抜けるように襲ってきた。


「キ、キアラン! だめだよ! まだ動いちゃだめだよ!」


 キアランの傷を心配し、ルーイが叫ぶ。キアランは、不安でいっぱいのルーイの顔に微笑みを返した。そして天風の剣を大地に突き立て、身を預けるようにしてなんとか立ち上がった。


「大丈夫だ、ルーイ! お前と、その……、アマリアさんの手当てのおかげで、もうよくなったよ……」


 息も整わず、キアランの声は自分で想像したよりもずいぶん弱弱しいものとなった。


 立っているのもやっとなのに、どうやって戦う?


 キアランは、そう自問しながらも、天風の剣を構えようとした。足が震え、冷や汗が流れる。


 私は、絶対にルーイと、アマリアさんを守る――!


 激痛の中、唇を噛みしめるキアランの瞳に、強い光が宿った。

 日の光を受け天風の剣が、輝く。キアランの想いに応えるかのようだった。


「地上へと向かう闇の扉よ! 消え去りなさい……!」


 アマリアは強い呪文を叫び水晶の杖の先を、風を切るように勢いよく地面に向けた。

 杖から、同心円状に光が広がった。それと同時に風が吹き上がるようにアマリアを包む。アマリアの亜麻色の髪は、まばゆい光の中一層美しい輝きをたたえ、風に揺られるままに、甘いほのかな香りを漂わせていた。


「アマリア――、さん――!」


 キアランは天風の剣を構えつつ、驚きながらその様子を見ていた。

 大地の揺れが、静まる。光と、風も消えていた。

 そして、魔の者の気配も、消えていた。

 アマリアが、そっとため息をもらした。それが、終息の合図だった。


「すごい……! アマリアおねーさん! 魔の者を、追い返しちゃったの!?」

 

 ルーイが興奮気味に叫ぶ。アマリアを見上げる大きな青い瞳はきらきらと輝き、驚きと尊敬の気持ちでいっぱいの様子だった。


「いえ……。これは一時的な、ものです。とりあえず封じましたが、またしばらくすれば地上に現れようとするでしょう」


 振り返ったアマリアは、透けるような白い肌から、さらに血の気が失せて青ざめ、かすかに震える唇からも疲労の色が見えた。


「それより、キアランさん! 立ち上がったりしてはだめですよ!」


 アマリアがキアランに急いで駆け寄り、横になるよう促す。

 心配そうに顔を覗き込むアマリアの視線をまっすぐ受け、キアランは自分の顔が、さっ、と赤くなるのを感じた。


「大丈夫だ」


 キアランはぶっきらぼうに答え、そっぽを向こうとした。と、いうより普通に返事をするつもりだったのだが、なぜか自然とそうなってしまっていた。


「だめです! 天風の剣も、あなたのことを心配してます!」


「え!?」


 驚いてキアランはアマリアのほうを向く。またしても、まともに視線がかち合う。澄んだ琥珀色の瞳――。キアランは、あたたかく包み込むような眼差しに、吸い込まれるような気がした。

 キアランは、そんな自分を恥じた。魔法を使い、病人のような顔色になってしまったアマリアに対し、出現しようとしていた魔の者になにもできなかっただけでも情けないのに、アマリアに見つめられ不甲斐なく赤面している自分が、ひどく不謹慎で最低な男のように思えてきたのだ。キアランはいたたまれず視線を外し、なぜか見当違いのルーイのほうを見た。


「天風の剣について、なにかわかるのか!?」


「いや、僕に訊かれても」


 キアランは、ルーイに尋ねていた。


「天風の剣には、なにか意識や心のようなものがあるのか!?」


「だから、僕に訊かれても」


「ルーイ! どういうことなんだろう!?」


「キアランー」


 ルーイの小さな両肩をつかみ、必死に問いかけるキアラン。ルーイは棒読みでキアランの名を呼び、アマリアに助けを求めるように視線を投げかけた。


「まず! 横になっていてください!」


 アマリアが、小さい子を叱りつけるような口調でキアランに叫んだ。


「はーい」


 なぜかルーイが横になった。ルーイの様子を見て、つられるようにキアランも横になる。ひどく、バツが悪い。

 キアランは、アマリアに指示されるまま右を下にし、アマリアに背を向ける形で横になった。


「……先ほどの魔法で、ひどく疲れているように見えるが……。私などに治療の魔法を使って――」


 キアランは、アマリアのことが心配で、そしてひどく申し訳なく思っていた。


「大丈夫ですよ、キアランさん。穏やかな日差し、心地よい風、大地から伝わるぬくもり、それら自然の恵みすべてが魔法の力になるのです」


「本当に、大丈夫なのか……?」


「ええ! キアランさん、あなたの、私のことを案じてくださる優しい気持ちも、私の魔法を使う力の源になります」


 キアランは、アマリアの鈴のような声に、そして自分を優しいと表現した言葉に、動揺しさらに赤面する自分を感じていた。しかし、今は背を向けていてそんな動揺はわからないはず、キアランは安心して患者が医者に身をゆだねるようにおとなしくしていた。ちなみに、キアランの目の前にはルーイが横たわっていた。ルーイは、キアランのそんな表情の意味を、わかっているのかいないのか、にこにこと楽しそうに見つめている。ひどく、バツが悪い。

 様々な、訊かねばならないことがあった。キアランは、心の揺れも手伝って、なにから尋ねればいいかわからないでいた。


「……天風の剣には、心があります」


 キアランの傷口に、アマリアが手をかざし魔法の治療をしながら話し始めた。


「……私の、夢に出てきた……。人の姿になって」


 キアランは、顔を見なければ自然に話せるものだな、と思いながら呟く。なぜ、顔を見つめれば、そして見つめられれば話がうまくできないのだろう、と疑問に思いながら。


「それが、彼の真の姿です。いえ、真の姿というのは語弊がありますね。キアランさんが目にしたのは、きっと彼の魂の姿です。この世界では、あくまで剣の姿ですから」


「……どうして、あなたが天風の剣のことを知っている……?」


 そこまで尋ね、キアランはもっと大切なことを訊かねばならないことを思い出した。


「どうして、私のことを知っている……?」


 アマリアは、キアランのことを、自分と同じ、と言っていた。そして、「私も、あなたと同じ『四聖(よんせい)』を守護する者ですから――!」、そう謎の言葉を告げていた。

 優しい風が、キアランの黒髪をなでる。アマリアの心地よい治療の魔法で、キアランは痛みが和らいでいくのを感じていた。アマリアは大丈夫と言っていたが、本当にアマリアの体は大丈夫なのか、無理をしているだけなのではないか、キアランはとても申し訳なく思う。

 キアランの髪をなでる柔らかな風。きっとアマリアの長い髪も優しくそよいでいるのだろう、甘い香りがする。全身を包み込むようなあたたかい日の光。そして、そんな風や日の光がアマリアを支えてくれているのなら、自分が受けている恵みをアマリアにすべて捧げたい、そうキアランは思う。

 キアランは、そんなことをとりとめもなく思いながら、アマリアの答えを待つ。


「……少し、長くなるかもしれません。お話の前に、ルーイ君にも私の魔法を使わせてください」


「えっ!? 僕に魔法!?」


 ルーイが思わず飛び起きる。


「アマリアおねーさん! どうして!? 僕、どこもケガしてないよ!?」


「ええ。治療の魔法ではありません」


「それなら、どーして!?」


「……私も、初めてお会いしましたから――。これほど強いとは思いませんでした」


「えっ?」


 アマリアは、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……『四聖(よんせい)』、先ほど私はそんな言葉を使いましたね」


 キアランとルーイは顔を見合わせた。訊きたいと思っていた言葉だった。


「『『四聖(よんせい)』とは、いったい――」


「『『四聖(よんせい)』とは、この世界を救う鍵となる人間です」


「この世界を救う……?」


 キアランとルーイは、声を揃えて聞き返していた。


「はい。この世界を危機から守る使命を持って生まれた、四人の人間、それが『四聖(よんせい)なのです」


「世界を救う使命を持って生まれた……!」


 肩越しに、キアランはアマリアを見る。

 アマリアは、ルーイをまっすぐ見つめていた。


「アマリア……、おねえさん……?」


 アマリアは、優しい微笑みを浮かべていた。


「そしてルーイ君。あなたが、『『四聖(よんせい)』の一人なのです――」


 ゴゴゴゴゴ……!


 ふたたび、大地が揺れ始めた。

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