第48話 三体の姿
キアランの目の前には、ルーイとフレヤを両脇に抱えた、褐色の肌の四天王、そしてその四天王の従者たち――。
ザザザザ……。
夜の闇、黒い木々の枝が揺れる。
「貴様ら……!」
キアランの手には、炎の剣が握られていた。
褐色の肌の四天王を睨みつけるキアランの目、そして突風に激しく乱れる黒髪は、怒りの炎で燃えているかのようだった。
「おや。怒り、ですか……?」
褐色の肌の四天王は、キアランを見据え、冷ややかに笑う。
「あなたも四聖を守護する者なのでしょう? それなのに、ほったらかしはいけませんねえ」
「キアラン! 逃げて……!」
ぎりぎりと、褐色の肌の四天王の腕に締め上げられながら、ルーイが叫んだ。
「たった一人の仲間の命を助けるために、四聖を二人も、そして他のお仲間も置き去りにする。怒りをぶつけるのなら、私にではなく、浅はかで直情的な自分自身に、でしょう?」
褐色の肌の四天王の言葉に、キアランは愕然とした。
確かに、やつの言う通りだ……! 私は、自分の使命のことを……!
決して、ルーイやフレヤのことを守るという重大な使命を忘れていたわけではない。使命だけではなく、心から湧き出る守りたいという願いを忘れたわけではない。しかし、あの瞬間キアランは、目の前で倒れたソフィアを助けることだけを考えていた。
「甘いですねえ。すべてを守る、そんなことができるとあなたはお考えなのですか? それとも、私の力を甘く見ているということなのでしょうか……? 見くびられたとすれば、非常に心外ですねえ」
ルーイとフレヤは、褐色の肌の四天王の腕に首の辺りを圧迫され、苦しそうに呻き声を上げる。
「貴様……!」
「おや。さっきから貴様、貴様と――。まあ、私の名を知らないのですから、仕方ないのかもしれませんけれど」
褐色の肌の四天王は、不敵な笑みを浮かべ続ける。
「……私の名は、アンバーと申します。以後お見知りおきを」
褐色の肌の四天王――、アンバーは少し首を傾け、目を細めた。
「まあもっとも、あなたに『以後』はないかもしれませんけどね」
ダッ……!
キアランは、炎の剣を手に駆け出す。
確かに、私の判断は誤っていたのかもしれない……!
どんな状況であれ、優先すべきは四聖の命だったのではないか、キアランは悔やむ。
絶対に……! 私はルーイとフレヤさんを助け出す……!
倒れている皆。キアランは神経を研ぎ澄ませ、皆の安否を探る。
キアランの鋭敏な感覚は、皆はまだ生きている、そう伝えていた。
キアランは、アマリアを抱き起こしたい気持ちを無理やり封じ、ただ前を向く。
みんな……! 待っていてくれ……! 私が、やつらを……!
炎の剣が、闇の中に白い光を走らせる。
ガッ……!
白髭の従者に、炎の剣は阻まれる。
「どけ……!」
キアランは叫ぶ。白髭の従者の鋭い拳をキアランはかわした。炎の剣が、うなる。
黒い森に金属音が響き渡る。
キアランと白髭の従者の間に、またも激しい火花が散り続ける。
そのときだった。
「うっ……!?」
キアランは不意をつかれ、思わずうめき声を上げる。黒髪の女の従者の長い髪が、キアランの足に絡みついていた。
しまった……!
女の従者の長い髪に引っ張られ、音を立ててキアランはその場に倒れこんだ。
四天王とその従者を相手に、一人で戦わなければならない現状。
まずい……! このままでは……!
黒髪の女の従者の手から、光の球が発せられていた。その光の球は、地面に当たって小石や土を巻き上げた。キアランに向かって発せられた光の球だった。
ドンッ……!
爆発音。激しく舞い上がる土煙。
「む! どこに消えた……!?」
叫ぶ女の従者。
キアランは、素早く炎の剣で女の絡みつく髪を切り落とし、すでにそこから駆け出していたのだ。
女が振り返った目の前に、キアランはいた。
女は驚きで目を大きく見開く。しかし、女の瞳はなにかを映し、すぐに笑みを浮かべた。
ドッ……!
女の笑みは、即座に消えた。
女の瞳が映していたものを、キアランはその気配から理解していた。音もなくキアランの後方に、白髭の従者が迫って来ていたのである。
それを察したキアランは、背後に迫る白髭の従者を後ろに蹴りつけていた。白髭の従者は宙を舞い、地面に体を叩きつける。
「くっ……! よくも……!」
女の従者が、顔を歪める。
キアランは、白髭の従者を蹴りつけた姿勢から流れるように、女の従者の首目がけ炎の剣を走らせようと大きく踏み込み――。
「そこまでです……!」
アンバーの大声が、その場を支配した。
「四聖のお二人が、私の手中にあること、お忘れなく――!」
「くそ……!」
アンバーは、従者二人に顎で合図をし、従者二人も攻撃の体勢を止め、キアランから飛び下がり距離を取る。
アンバー!
キアランは激しくアンバーを睨みつけた。
キアランの右手から炎の剣が消え、三日月状の刃がキアランの胸の辺りから飛び出し、回転しながらアンバーめがけ、飛んで行く。
「おや! 先ほどとまったく同じ手ではないですか!」
アンバーは、三日月状の刃の軌道を読み、すかさずフレヤを突き出し、盾とした。
「ちっ……!」
三日月状の刃――すなわち、形状と性質を変えた炎の剣――は、フレヤに当たるぎりぎりで軌道を変え、キアランの元へと戻る。三日月状の刃は、キアランの手に戻る寸前に、炎の剣の姿に戻り、キアランの手にしっかりと握られた。
「ほう……。あなたの手から離れても、それはあなたの意思通り動くわけですね」
先ほどの攻撃で、キアランは自分の意思で炎の剣を自在に動かせる感覚を掴んでいた。新しい攻撃法を自分のものとしたキアラン。しかしそのとき、キアランの心は激しく動揺していた。
まずい……! やはり、同じ手は二度と通用しないか……!
どくん、どくん……。
キアランの耳に、自分の鼓動が鳴り響く。剣を握りしめる手に、汗がにじむ。
ジャリ……。
キアランは、重心を落とし踏みしめる右足をほんの少しずらす。足元の小石が、わずかに音を立てた。
どう駆け出すか、どのようにアンバーの間合いに入るか、まだキアランは決めかねていた。
やみくもにかかっていっても、おそらく無駄に終わる……! アンバーに一撃を浴びせ、安全にルーイとフレヤを救出するためには、どうしたら……!
従者たちはアンバーの両脇に移動し、控えている。従者たちの動きも考えると、下手に踏み込めないとキアランは感じていた。
ルーイ……! フレヤさん……!
アンバーの腕に締め付けられ続け、青ざめ、苦しそうにあえぐルーイとフレヤ。
「……魔の者が、四聖の聖なる力を変換し、自分の魔力として取り入れるための、もっとも効果的な方法をご存知ですか?」
黒い雲の隙間から、月が現れる。月の光は、アンバーの笑みに狂気じみたいろどりを施す――。
「生きたまま四聖の心臓を取り出し、それを食すことです」
「アンバー!」
キアランは、たちまち色を失う。
「私は食が細いほうでして、いっぺんに二人分はいただけません。今宵はとりあえず、どちらか片方、お一人だけをいただくつもりですが、あなたはどちらがよいと思いますか……?」
アンバーは、ルーイを締め上げる腕をずらし、その指――炎の剣によって人指し指は切り落とされ、人差し指のあった部分は血を流し続けている――を、ルーイの心臓あたりに這わせた。
「この坊やが、いいでしょうか……?」
「やめてーっ!」
フレヤの悲鳴が、山の中、森じゅうに響き渡った。
ザザザザザ……!
木々が揺れる。
強い風。しかし、それは風のせいだけではないようだった。
「む……! これは……!?」
キアランも従者たちもアンバーも、そのとき、異質な空気を感じ取っていた。
枝を揺らすような不気味な音と共に、ものすごい速度で、なにかが近付いて来ていた。
キーン……!
耳鳴りがした。
「これは、いったい……?」
『だめ……!』
叫ぶ声が、聞こえてきた。
「だめ……!」
ザザザザザ……。
木々が、震え続ける。
強い、エネルギー。これは、もしかして……!
「おにいちゃんもおねえちゃんも、いじめないで……!」
幼い女の子の声だった。
アンバーの後方に立つ、三つの黒い影。
「! お前たちは――!」
それは、幼い女の子の四天王と、翠と蒼井。
三体の姿がそこにあった。




