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天風の剣  作者: 吉岡果音
第五章 最後の四聖
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第47話 月明かりに、高笑いが轟く

「そこの四聖(よんせい)のお二人を渡してくださったら、皆様の安全はお約束いたします」


 褐色の肌の四天王の唇が、にいっと持ち上がる。その深紅の瞳は、燃えるような光を放つ――。


 シュッ……!


 キアランの右手に、炎の剣が現れた。

 次の瞬間、キアランは宙にいた。大地を蹴り上げ、月を背にキアランが舞う。

 大きく振り上げた炎の剣、その軌道はまっすぐ褐色の肌の四天王へと――。


「む!」


 キアランは息をのむ。

 キアランと褐色の肌の四天王、その間に、白髭の従者が盾となる形で現れたのだ。

 鈍い金属音が響く。

 白髭の従者の手のひらが、炎の剣を止めた。白髭の従者の手のひらは、四角い金属のように硬化しており、左手のひらで剣を受け止め、右手のひらで左手を支えるようにしてキアランの剣の動きを封じていた。


「ずいぶんな、ご挨拶ですね」


 白髭の従者の後ろで、褐色の肌の四天王が呟く。


「それが、あなたがたの返事ですか」


 褐色の肌の四天王は、さも残念、とでも言いたげに、ふう、とため息をついた。


「当たり前だっ……!」


 キアランは、炎の剣を振るい続けた。

 キアランと白髭の従者の間に、激しい火花が飛び交う。


「星の光、月の光よ……! 我らの元に集い、力を――!」


 ダン、ライネ、アマリア、それぞれの口から呪文が発せられた。

 呪文は輝く光線となり、四天王と二体の従者へと飛んで行く。


「人間どもの呪、我は、無に帰す」


 黒髪の女の従者の、恐ろしい――低く、しかしどこか凛として艶のある――声が響き渡る。

 その瞬間、光が飛び散った。


「まさか……!」

 

 ダンが思わず驚きの声を上げる。

 なにかの障壁に当たったように、ダンたち三人の放った呪文のエネルギーは、霧散していた。


「魔の者め……!」


 ソフィアが小声で吐き捨てるように呟きながら、草の波を駆ける。

 大きく回り込むように駆けていくソフィアは、黒髪の女の従者の左後方から剣を振り上げた。ソフィアの剣が、黒髪の女の従者の首めがけて走る。

 鈍い音がした。


「なに……!」


 驚き絶句するソフィア。

 女の長い黒髪が、まるで無数の蛇のように波打ち、ソフィアの剣の動きを止める。


「お嬢さん。人の身でありながら、剣の力だけで私に立てつくその度胸は、褒めてあげる」


 ぎりぎり、と不気味な音を立て、黒髪の女の従者の顔がソフィアのほうを向く。人間ではあり得ない角度に首をひねらせ、にたり、と笑う黒髪の女。

 次の瞬間、ソフィアの剣にからみついた黒髪が、剣ごとソフィアを宙に投げ飛ばした。

 

「ソフィアさん……!」


 皆が叫ぶ。


「うっ……!」


 ソフィアは猫のようにしなやかな身のこなしで、とっさに受け身をとっていたが、飛ばされた先の木に体を激しく打ち付け、短い呻き声を上げる。


 パチ、パチ、パチ。


 この場にそぐわない、拍手の音。褐色の肌の四天王が、拍手をしていた。両の手のひらをほんの少し斜めにずらし、いかにも気品ある手つきで。

 それを合図のように、二体の従者は動きを止める。


「ブラボー。素晴らしいですね。人間の皆さん。いや、ええと、半分人間の青年と、人間の善男善女の皆さん」


 褐色の肌の四天王は、わざわざ言葉を言い直す。


「好戦的かつ力強い動き、魔法の技も冴えていて、人間にしておくのはもったいないくらいです」


「黙れ……!」


 キアランの言葉が生み出されるより速く、炎の剣が弧を描く。


 仕留められるか――!?


 キアランの目が狙い定めていたのは――、四天王の残像。ハッとするキアラン。


 速い……!


「うっ……!」


 うめき声を上げたのは、キアランのほうだった。

 褐色の肌の四天王の拳が、キアランのみぞおちに入っていた。


「……人間でありながら、その魔の力の異様なまでの強さ、あなたが例の四天王の、ご子息でしょう……? 黙れとは、ずいぶん無作法ですねえ」


「貴……、様……!」


「並の人間なら、私の拳があなたの背中まで突き抜けるところでしたでしょうけれど……?」


 褐色の肌の四天王は拳を引く。四天王の拳を支点に、二つ折りのような形となったキアランは、支えを失い、音を立てて地面に倒れた。

 キアランは、背を丸め倒れたまま激しく咳き込む、


「キアラン……!」


 皆の魔法を唱える声が聞こえる。

 ルーイも、必死に魔法を唱えているようだった。


 皆……!


「ふ……! 無駄よ……!」


 女の従者の呪文らしき声。激しい衝撃音。皆の魔法は、女の従者の魔法により遮られているようだった。


 まずい……!


 倒れたキアランの目の端に、白髭の従者の手のひらに剣を阻まれ、そしてその一瞬の隙をつかれ、白髭の従者に蹴られて倒れるソフィアの姿が映る。


 ソフィアさん……!


「周りを気にしている場合では、ないのではないでしょうか……?」


 褐色の肌の四天王は、人差し指を倒れたままのキアランに向ける。


「気にすべきは、あなた自身の命でしょう」


 四天王……!


「……しかし、あっけなく殺すには、惜しい稀有な存在のような気もしますが――」


 人差し指が、不気味な光を集め始める。


 指から、攻撃のなにかを出すつもりだ……!


 意識が遠のきそうになりながらも、キアランは四天王を睨み続けた。口の中に血の味がする。みぞおちを打たれたとき、内臓に傷を負ったのだろうとキアランは思う。


「まあ、あなたを生かしておいても、今後ただただ邪魔になるだけでしょうからねえ……」


 キアランは、意識を集中する。キアランの右手には、炎の剣。キアランは剣を握る手に力を込める――。

 キアランの炎の剣が早いか、褐色の肌の四天王の攻撃が早いか。


 腕を動かそうとしたその途端、動きを読まれるのではないか。


 そう危惧したそのとき、キアランの頭の中に一瞬の、ひらめきがあった。


『イメージの力で、その形や性質を変えられるようです』


『使わないときは、体内にしまわれるようです』


 そうか……! それなら……!


 キアランは、一筋の光のようなひらめきに、賭けることにした。


「さようなら。誇り高き四天王の血を引く青年――」


 シュッ……!


 二つのなにかが、飛んだ。


「なに……!?」


 始めに、光りながら回転する、小さな弓状の刃。

 それから、血を吹き上げながら飛ぶ、細く小さななにか――。

 小さななにか――。それは、褐色の肌の四天王の、人差し指だった。


「ほう……! さすが同胞、四天王の息子……! 知恵も力もあると見えます……!」


 小さな弓状の刃が、褐色の肌の四天王の指を切り飛ばしたのだ。

 そのとき、キアランの右手にあるはずの、炎の剣がなかった。

 実は、キアランは握っていた炎の剣をいったん自らの体の中に隠し、それから意思の力で小型の弓状の刃物に形を変えていた。そして、それを勢いよく体から放出したのである。

 光りながら回転して飛んで行った小さな弓状の刃、それこそが炎の剣だったのだ。


「……確かに、使いようによっては便利だな。炎の剣」

 

 キアランは肩で息をしつつ、笑う。 

 四天王の人指し指を吹き飛ばし、回転しながら空を飛んで行った小さな弓状の炎の剣は、空に大きな弧を描いてからキアランの体に吸い込まれるように入って行った。


「どこまで飛ばせるか、力を乗せられるかわからなかった。とりあえず、目の前の指を吹き飛ばすことができた……! 初めてにしては、上出来だ……!」


「見事でしたよ……! 感服いたしました……!」


 人差し指を失い、血を流し続ける右手を、褐色の肌の四天王はキアランに向け素早く横一文字に振った。


 ズガッ……!


 腕を振ると同時に強い光が落ち、草や石が吹き飛び、土埃が舞う。

 四天王が叫ぶ。


「む! どこだ!」


 そこに、キアランの姿はなかった。


 はあ、はあ、はあ……。


 息を切らしながらも、キアランは攻撃より一瞬早く、低い姿勢のまま駆け出していた。

 それは、負傷しているとは思えないくらい、人間離れした素早い動きだった。

 キアランは白髭の従者の脇をすり抜け、倒れているソフィアを抱え上げ、草の茂みに飛び込んだ。

 キアランはソフィアを抱えたまま、走る。

 ソフィアは意識を失っているようだった。


 思ったより、動ける……!


 キアランは、自分で自分に驚いていた。内臓の傷が癒えたわけではない。強い痛みが脈動する。それでもキアランの足が、動きを止めることはなかった。

 キアランは、少し開けた草地にソフィアを横たわらせる。


 ソフィアさん……! とりあえず、ここで待っていてくれ……!


 ソフィアから手を放すやいなや、キアランは再び駆け出した。皆のいる場所、四天王たちがいる場所へ向け――。


 皆、どうか無事でいてくれ……!


 キアランは、走った。


 速く……、もっと、速く……!


 人間の体の限界を、超えていた。キアランは矢のように走る。


 魔の者の血、四天王の血……! どうか、私にもっと力を……!


 キアランは、茂みを抜けた。心臓が早鐘を打つ。


「なっ……!」


 キアランは、絶句した――。

 皆が、倒れていた。

 アマリアも、ダンも、ライネも。


「ふふふ。遅いですね。たった一人を助けるために、安易に皆を投げ出してはいけませんよ……?」


 従者二体は、褐色の肌の四天王のかたわらでひざまずく。

 月明かりの中、褐色の肌の四天王が笑う。 

 右側にルーイ、左側にフレヤを抱えて。


「こうなるとわかりきったことなのですから、最初から大人しく四聖(よんせい)のお二人を渡してくださればよかったのですよ……?」

 

 褐色の肌の四天王の、高笑いが轟く。

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