第44話 新たな四天王
「まさか、あれほどの数の高次の存在たちが現れるとは――」
漆黒の四枚の翼を羽ばたかせ、金の瞳を持つ黒髪の四天王――キアランの父母の仇――は、暁の空を飛ぶ。
「シルガー、そして、キアランめ……」
黒髪の四天王は、一人呟く。
「カナフや高次の存在がうろついているとすると、面倒だ。やつらの始末は後回しにして、それよりまず、他の四聖を探してみるとするか――」
バサッ……。
「む……!」
黒髪の四天王は、空中で停止した。
「貴様らは……!」
黒髪の四天王は、思わず驚きの声を上げた。
目の前に、まったく音も気配もなく、三体の魔の者が突如空中に現れたのだ。
男が二体に女が一体。
三体のうち真ん中にいる男は、自分と同じように――、その背に漆黒の四枚の翼を有していた。
黒髪の四天王が呟く。
「……貴様も、四天王か」
両脇に従えている男女は、その従者である。
右手にいる男は、長いひげをたくわえた、老人の姿をしていた。小柄で痩せているが、その外見が逆に油断ならない不気味な強さを感じさせる。あちこち擦り切れ、破れたような白い衣服を着ており、その背に翼はない。しかし宙に立っていた。
左手にいるのは、長い黒髪で黒い瞳を持つ、背の高い妖艶な美女だった。美しい体のラインを強調するようなぴったりとした衣服は、下品過ぎず魅惑的な色香がある。背には、黒く大きなコウモリのような羽があった。
中央の男、四天王がゆっくりと口を開いた。
「……相変わらず、派手な動きをしますねえ」
中央の四天王は、引き締まった体つきをしているが、人間でいうと四十代くらいの風貌だろうか。黒髪の四天王が、キアランと同じくらいの年齢に見えることを考えると、この四天王はもっと長い歳月を生きているに違いない。
褐色の肌で、瞳の色は燃え盛る炎のような赤、美しい純白の色をした髪は、後ろに流して整えていた。装飾の多いきらびやかな衣服を身にまとい、四枚の翼、強い瞳の光と瞳の色をのぞけば、高貴な紳士のように見える。
黒髪の四天王は、褐色の肌の四天王を睨みつけ呟く。
「……相変わらず……? 私には四天王の知り合いなどおらんぞ」
「今は、でしょう?」
褐色の肌の四天王が、含みのある言いかたをした。
「かつてあなたが見たことのあるはずの四天王は、あなたが殺してしまったわけですからねえ」
褐色の肌の四天王が、見下すように笑う。
「成り上がり者のあなたの話は、魔の者の中で有名なのですよ」
褐色の肌の四天王は、わざとらしく辺りを見回す。
「あなたの、確か、噂では唯一の――、従者がいないようですねえ」
「…………」
黒髪の四天王は、黙していた。
褐色の肌の四天王は、少し首を傾けながら続ける。黒髪の四天王の反応を、楽しみに待っているようだ。
「その従者は、あなたが四天王になる前は相棒、ですかね? 噂では彼と協力し合い、あまり感心しないような手口で四天王を葬った、そう聞いております」
黒髪の四天王の眉が、わずかにピクリと動く。
「……だとしたら、なんだ」
「あなたは晴れて四天王へと進化を遂げ、相棒は、従者の使命を持つ存在へと変化を遂げる。しかし、使命を持つ特殊な存在とはいえ、従者とは主に対し従順な者ばかりではございません。それは、生まれつきの四天王の従者も同じこと。私も、かつてはもっとたくさんの従者がおりました。しかし、不幸にもそのほとんどが主人である私の首を狙い、自らが四天王になろうとする野心的な者ばかり。なぜでしょうねえ。私は至極優しい男なのですけれどねえ。まあ、その優しさがかえって仇になる、そういうことなのでしょうか。そんなわけで、私の優秀かつ忠実なる従者は、この通り、彼らだけとなってしまいました」
褐色の肌の四天王は、大きなため息をつき、肩をすくめる。
「で、あなたの貴重な唯一の従者は、どこにいるのです……? まさか、彼もあなたの座を狙っていたのですか?」
ビュッ……!
黒髪の四天王の右腕が、鋭く空を切る。その動きから半円状の光の刃が生まれ四天王のもとへと飛んで行く。
従者たちが素早く見構え、主である四天王の前に透明な防御の壁を作る。
衝撃音。
従者たちの創った防御の壁は、光の刃を止めることができず、音と共に消失していた。
褐色の肌の四天王が、左腕を伸ばし、その手のひらを迫りくる光の刃へ向ける。
シュッ……!
「なに……!」
黒髪の四天王は、目を見張った。
確かに発したはずの強力なエネルギーが、吸い込まれるように消えていったのである。
光の刃の威力を消し去ったのは、褐色の肌の四天王の左の手のひらのようだった。
「私の攻撃を消した……、だと……!?」
「ふふ……」
それは、強力な攻撃のエネルギーでさえ吸収してしまう、彼特有の特殊な技だった。
「ふむ……。やはり、成り上がり君もなかなか侮れませんね。私の優秀な従者たちの防御の壁でも防げない、そうきましたか」
褐色の肌の四天王はひとしきり感心した様子を見せたあと、不敵な笑みを浮かべる。
「しかし……。いけませんねえ。あんな大きなエネルギーをぶつけてきたら、高次の連中に気付かれてしまいますよ……? きれいに消し去ることができて、幸いです」
二体の従者たちは、褐色の肌の四天王に向かい、うやうやしく頭を下げた。いかなる状況でも、主に対する忠誠と尊敬の念を忘れない、そんなスタンスらしい。
黒髪の四天王は、顔を歪めて叫んだ。
「私の従者は、私に歯向かってなどいない……!」
「おや。意外ですね。そうですか。では、他の誰かに殺されてしまったのですか」
黒髪の四天王は、舌打ちした。
「まったく……! シルガーといい、このとぼけた男といい、私の邪魔をするのは無駄口の多いやつばかりだな……!」
「邪魔……?」
褐色の肌の四天王が、ニヤリ、と笑った。
「邪魔は、あなたです」
「なに……?」
褐色の肌の四天王が、大きく横一文字に腕を振る。その途端、細長くたなびく黒いもやのようなものが現れ、たちまち黒髪の四天王に巻き付いた。それは、まるで鎖のように黒髪の四天王の動きを封じる。
「貴様……!」
「ふふふ。あまり派手に騒がれては、迷惑なのですよ。それに――」
褐色の肌の四天王の、深紅の瞳が妖しい光を宿す。
「魔の者の力を高めるといわれる、四聖の命は、私がいただきます。四つとも、すべて……! こう見えて私は、少々欲張りでしてね……?」
「なにを……!」
「まあ、あなたもそうなのでしょうけれど――」
褐色の肌の四天王は、クックックッ、と低い笑い声を漏らす。
「私は、四天王の中でも、頂点を目指したいのです……!」
褐色の肌の四天王が、ブンッ、と鈍いような音を立て、力強く右手を地面に向けた。
その途端、鎖のような黒いもやが、地上へと引っ張られるような感じがした。
「くっ……!」
「封印の鎖と共に、大人しく眠っていてください……! これは、高次の存在に気付かれないためでもあり、あなたへの慈悲でもあるのですよ……?」
褐色の肌の四天王の笑い声が響く。
黒髪の四天王は、黒いもやの鎖に縛られたまま、地上に落下していった。
「あっ……!」
キアランは、ある大きな異変に気が付いた。
「どうしました? キアランさん……!」
頬を染めたまま、アマリアが尋ねる。
どのくらい抱擁は続いたのだろうか。長かったのかもしれないし、ほんのわずかな時間だったのかもしれない。
時間の長さは、二人にとって問題ではなかった。
止まっていた魔法のような時間が動き出し、二人の体がゆっくりと離れ現実に戻ったとき、キアランは叫んでいた。
「な、ない……!」
「え……?」
「シルガーにもらった、炎の剣が、ない……!」
キアランは、空っぽの自分の右手を見て驚いていた。
「ありますよ」
「え」
アマリアの返答は、意外過ぎるものだった。
「どうやら、あの炎の剣は、シルガーさんの体内の骨のような物質から生まれたものだったようです」
「ほ、骨……!?」
キアランは絶句した。
あの棒状の物体が、あの剣に変化するという物体が、骨……!?
キアランの理解の範疇を越えていた。軽く。
「ええ。それで、今は――」
「い、今は……!? 今は、どこにあるんだっ!?」
キアランは、きょろきょろと辺りを探す。棒状のものも、剣らしきものも、なにもない。
アマリアは、ただキアランを見つめている。
アマリアのふっくらと形のよい唇は、また驚くべき真実を告げようとしていた。
「キアランさんの、体の中に」
えっ……。
キアランは、絶句した。そしてそれから、ようやくアマリアの言葉が頭の中に入ってきたのか、
「なーにーっ!?」
絶叫していた。
アマリアは、追い打ちをかけるように、
「馴染んでます」
と、キアランに状況を伝える。
「な、馴染むなーっ!」
どこに、どうなって、とキアランは慌てながら体のあちこちを叩いたり、手を振ったり、飛び上がってみたりして忙しく動き回った。
「大丈夫ですよ。悪影響はないようです」
「な、なんで、私の体の中に入って……! アマリアさん、いったい、どうしたらいいっ!?」
魔の者の骨が体の中に入る、いくら悪影響がなかろうが、あまり気分のよいものではない。気分的には、すっかり悪影響を受けている。
「炎の剣を使うときは、剣を持つイメージを強く持ってみてください」
アマリアは、キアランの動揺を気にも留めず、冷静に使用方法を説明する。
「え」
「大丈夫です。ご自身が、剣を手にしているところを、イメージしてみてください」
キアランは、戸惑いながらも言われた通りに想像してみた。
シュッ……!
キアランの右手から、剣が出現する。次の瞬間には、キアランの右手に立派な剣が握られていた。
「出た……! 炎の、剣……!」
立派な剣。剣先は鋭く、その剣身は美しい。剣士であるキアランの手にしっくりくる、重さと大きさだった。
キアランは、輝く剣先を天に向けてみた。
「シルガーの持ってた、まるで炎みたいだった剣とは違うけど……?」
朝日を浴びてきらめく剣。それはどう見ても金属の輝きだった。
「イメージの力で、その形や性質を変えられるようです」
「イメージの力……」
天風の剣に、似ていた。キアランの持つ、剣のイメージだった。
「使わないときは、体内にしまわれるようです」
「え」
衝撃の、アマリアの指摘。
ふと右手を見ると、炎の剣はなくなっていた。
「しまうなーっ! 体っ!」
キアランは、自分の体に向かって叫んでいた。
積極的に、しまってほしくはない。
そんなキアランの様子を見て、アマリアは、言葉を選びつつ話す。
「慣れれば、とても便利で強力な武器なのではないでしょうか……?」
あまり慣れたくはない、キアランは心の中で呟いていた。




