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天風の剣  作者: 吉岡果音
第四章 四聖と四天王
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第41話 魂があるもの

 金色の光をまとう、高次の存在たち――。

 白い翼を有する彼らは、皆、中性的で美しい風貌をしていた。

 キアランを見つめる、たくさんの瞳。


 敵か、それとも味方なのか……?


 その濁りのない透明な眼差しからは、なんの感情も読み取れない。


 アステール……。彼らに対し、敵意がないことを示そうとした……?


 天風の剣は、キアランの腰に差された状態でいる。


「……魔の者だって、ここにいる権利は充分あるだろう」


 沈黙を破ったのは、シルガーだった。


「シルガー!」


 キアランの声を無視し、シルガーは続けた。


「この空は、あんたたちの天下だと言いたいのか?」


「ま、待て! シルガー!」


 キアランは、シルガーをたしなめた。高次の存在が敵か味方かわからない今、刺激を与えるのは危険だと思ったのだ。


「なんだ、キアラン。別に私は喧嘩を売っているわけではないぞ?」


「シルガー! もう少し言葉を選べ――!」


 キアランはシルガーだけに聞こえるように言うつもりだったが、つい大声になってしまった。


「……私たちは、場を乱す争いをいさめただけです」


 暁色の輝きを宿す長い髪の高次の存在が、前に進み出て言葉を発した。


「あなたがたを締め出すつもりはありません」


 その高次の存在の瞳は、深みのある緋色だった。神々しい金色に輝く全身、そして髪の色といい瞳の色といい、闇を照らすあけぼのを思わせた。


「あの……!」


 シルガーと暁色の髪の高次の存在の会話に、割って入るようにキアランが声を上げた。


「カナフさんは……! なにも悪くありません! 私たちを守ろうとしただけです……! だから……!」


 ざわめきが、起こった。透明だった表情に、戸惑いの色が広がっていた。

 高次の存在たちは顔を見合わせ、なにごとかささやきあう。


「……あなたがたには関係ないことです」


 ざわめきが収まると、暁色の髪の高次の存在の、静かな声が返ってきた。


「お願いします! カナフさんを、捕えるのはやめてください……!」


 暁色の髪の高次の存在は、キアランの瞳をじっと見つめた。


「どうして、そんなことを……?」


「カナフさんは、父の――、私の父の……! 大切な友人なのです……!」


 キアランは、叫んだ。カナフは言っていた、キアランの父を、「お父上の友です」と。それは決して過去形ではなかった。過去だけではなく現在も友である、とカナフは思っているのだとキアランは強く感じた。死は二つの友情を分かつものではなく、永遠に続くものなのだ、と――。キアランは、その思いを込め、力強く叫んでいた。


「父の友を、幽閉しないでください……!」


「幽閉……? その表現は適切ではありません。行動を、我々の目が届くところまでと制限していただけです」


 シルガーが、笑い声を立てた。


「奇妙なことを言う……! 自由を奪い、狭いところに閉じ込めること、それを幽閉と言わずになんと言う?」


「……魔の者よ。そちら側と違い、こちら側には相応の規律があるのです」


「まあな。こちら側には規律なんて面倒なものはないからな! まあ、強いて言えば、我々の世界では強さ、それだけが規律になる、というところかな……?」


 シルガーは、暁色の髪の高次の存在を見据えた。


「魔の者は、殺し合いの世界だ。しかし、集団で個の自由を殺す、そんなことは我々だってしないぞ……? 手を汚さずに厄介な存在をなかったことにする、それはかなりたちが悪い、と私は思うがな……?」


「シルガー!」


 言い過ぎだ、キアランはそう思いシルガーを止めようとした。


「ふふ。キアラン。そういえば、人間の世界も似たようなものに見えるな……?」


「……殺すほうが、どう考えても――!」


「ああ。人間は、殺しも個の制御も両方やっているようだな」


「……魔の者の世界が崇高なものとは思えない……!」


 キアランは、思わずシルガーに反論していた。


「誰も我らの世界が崇高だとは言っていないぞ? ただ、シンプルなだけだ」


 シルガーは、高次の存在のほうを見やる。


「自分の心に正直な者の自由を奪う、あんたらにとって、それが本当に規律を守るということなのか?」


 暁色の髪の高次の存在の表情は――、透明なままだった。しかし、風に揺れる湖面のように、わずかな波が立つ――、ようにも思えた。


「……魔の者のあなたと、話しても意味はありません」


 シルガーはゆっくりと口を開いた。

 

「……カナフとは、違うな」


「……それはそうでしょう。私は、カナフでは――」


「名を尋ね合う必要もない」


「それはそうで――」


「互いの会話に意味もない。ただの音の羅列だな」


 シルガーは長い首を回し、高次の存在を見渡した。


「これだけいても、ただの群れに過ぎない。名のあるやつは、いないようだ。私にとって、ただの有機物、そしてお前らにとっても私はただの有機物なのだな」


 それは違う、とキアランは感じていた。父と母の間に交わされたであろう愛情、父とカナフの友情、自分とアステールの友情。そして、自分とシルガーの――友情? なのだろうか、キアランは納得がいかないが――奇妙な信頼関係、シルガーとカナフの関係、そしてカナフと自分の会話の数々――。属する世界が異なる者同士、心を通い合わせることは不可能ではない、そう感じていた。

 無機質のように見える透明な表情の高次の存在の一団の中にも、カナフのような存在はきっと他にもいるはずだ、とキアランは信じた。

 

 魂があるもの、必ず名があり個性があるはずだ……!


 暁色の髪の高次の存在は、シルガーとキアランを見つめていた。その緋色の瞳が、かすかに揺れていた。

 暁色の髪の高次の存在の隣にいた、黒髪の高次の存在が、前に進み出た。


「天風の剣――」


 黒髪の高次の存在は、シルガーではなくキアランを見つめていた。


「それを渡してください」


 高次の存在の意外な要求に、キアランは戸惑う。


「なぜです?」


「私たちが、管理します。そのほうが、あなたがたは安全です」


「アステールは、渡しません……!」


 パア……!


 キアランが叫ぶと同時に、天風の剣は光を放っていた。


「アステール!?」


 アステールが、宙を飛んでいた。鞘を抜け出し、まっすぐ高次の存在の元へ飛んで行く。

 黒髪の高次の存在は、天風の剣をその手に取った。


「アステールを、返してください!」


 キアランは、高次の存在の不思議な力で、天風の剣を奪ったのだと思った。


「この剣に、名付けたのですね」


 黒髪の高次の存在は、穏やかな声でそう述べた。


「返してください!」


 黒髪の高次の存在は――、微笑みを浮かべた。


「アステール。その名を覚えておきましょう」


「お願いします! アステールを、返し……!」


「大丈夫です。そのときが来るまで、預かっておきます」


「アステールは、私の――!」


 キアランは叫んだ。


「大切な友なのです……!」


「……時が満つれば、また会えます――」


 そのとき、一瞬だけ黒髪の高次の存在の隣にいた暁色の髪の高次の存在の表情が、曇った、ように見えた。

 黒髪の高次の存在は、キアランとシルガーに背を向けた。


「場の乱れの心配は去ったようです。予想外の天風の剣という収穫もありました。皆、では戻りましょう」


 高次の存在たちは、黒髪の高次の存在の言葉を合図に、キアランとシルガーに背を向け、日の出の方角へ飛んで行った。

 ただ一人、暁色の髪の高次の存在を残して。


「お願いします! アステールを、私に返してください! そして、カナフさんを――!」


 暁色の髪の高次の存在は、澄んだ緋色の瞳で、キアランとシルガーを見つめた。


「……キアラン。シルガー……」


 暁色の髪の高次の存在は、キアランとシルガーの名を呼んだ。


「……私の名は、ヴァロと申します」


 キアランは驚く。シルガーも、同様に驚いているようだった。


「名を打ち明ける。その意味が、わかりますね……?」


「ヴァロさん……?」


「……カナフの気持ちが、少しわかった気がします」


 ヴァロは、少しバツが悪そうに笑った。


「……では。また会いましょう」


「……ヴァロさん!」


「きっと、会いに来ます!」


「え……」


「待っていてください……!」


「ヴァロさん……!」


「キアラン。大丈夫! 心配しないでください……!」


 それだけ告げると、ヴァロは他の高次の存在たちの後を追うように飛び去って行った。

 空が、白み始めた。

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