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天風の剣  作者: 吉岡果音
第一章 運命の旅
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第4話 「四聖」を守護する者

 闇の中にいた。

 キアランの意識は、内奥深くにあった。

 

 私は――。


 外界と繋がる表層的な部分の感覚、肉体的感覚がなかった。ひどく負傷したはずの背中の、痛みもなかった。まるで、魂だけが宙に漂っているかのようだった。

 もしかして、これが「死」というものなのか、キアランは恐怖も執着も後悔もなく――、感情を生み出すことなく、ただぼんやりと考えていた。


 あ、あれは――。


 真っ暗な世界の中、輝くなにかが見えた。

 一本の細身の剣。鞘の中心部分に、天に昇る竜の装飾が施されており、つばの部分が流れる雲のような流麗な形を描いている。


 天風の剣。私の、剣だ――。


 天風の剣は、まっすぐな状態で宙に浮かんでいた。そして、暗闇の中の灯のように、ほのかな光を放っている。

 キアランは、手を伸ばすかどうかためらっていた。


 もう、私には必要のないものなのかもしれない。守るべき体も、きっと私にはもうないのだから――。


『キアラン――』


 不意に、声がした。見渡しても、辺りには天風の剣のみ。しかも、天風の剣から声がしたような気がする。キアランが驚いて目を見張ると、光が増した。光は強く、大きくなっていく――。


「あっ……!」


 キアランは我が目を疑った。

 光は次第に人の形のような輪郭をとる。そして、またたく間に、剣は人の姿へと変化していたのだ。


「剣が、人の姿に……!?」


 切れ長の瞳の、美しい青年だった。髪は高い空のような水色で、風にたなびくように長く軽やかだった。そして、瞳も宝石のような澄んだ水色をしていた。そしてその声は、心にゆっくりと染み入る、あたたかな春風を思わせた。


『私は、天風の剣――。あなたが、深い意識の中にいるため、こうして語りかけることができたのです』


「天風の剣……!」


 天風の剣は、穏やかな微笑みをたたえていた。


『キアラン。私は、あなたと、あなたがたが守るべき存在、「四聖(よんせい)」のために創られました』


「よ、四聖(よんせい)……!?」

 

 初めて聞く言葉に、キアランは思わず聞き返していた。「四聖(よんせい)」とはいったい、なんのことなのだろう――。


『キアラン。あなたは、「四聖(よんせい)」を守護する者の一人なのです』


「『四聖(よんせい)』を守護する者……!?」


『その守護する者の中でも、あなたは特別に強い力を持っています。あなたの、その金色の瞳が、そのなによりも証拠――。だから、私はあなたの元へ遣わされました』


「ちょ、ちょっと待ってくれ! い、いったい、どういうことなのか、さっぱり……!」


『キアラン。あなたは――』


 キアランは、天風の剣の言葉を聞き漏らすまいと身を乗り出すようにしていた。天風の剣が、キアランの出生の秘密、育ての母に自分を預けたという「翼を持つひと」が何者なのか、なぜ母に預けたのか、今まで知りたいと切望していた自分のすべてを知り、伝えようとしているのだ、そう確信した。

 自分のルーツを探す、行くあてのない旅暮らし。果たして探すことに意味があるのか、それさえもわからなかった。なんのために生き、なにを目指せばいいのか、見当もつかないまま、ただ生き抜くことだけを考え月日を過ごしてきた。自分の存在に、意味はあるのだろうか――。その答えの一端を、もしかしたらすべてを、天風の剣は伝えようとしているのではないか。

 キアランは、固唾をのんで耳を澄ませた。

 天風の剣が、次の言葉を紡ぎ出そうとしたそのとき――。


「キアラン……!」


 唐突に、穏やかな天風の剣とはまったく違う声が、キアランの耳に飛び込んできた。

 はっきりとした、元気の塊のような声。今は、不安と心配と悲しみの色が深く織り込むように混ざっていたけれど――。


「あ……」


 キアランのまぶたは、鉛のように重かった。まぶた同様、頭も重い。声の主を理解するのも、その顔を目で確認するのも、少々時間がかかった。


「……ルーイ……」


 キアランの目に映ったのは、ルーイだった。


「キアラン! よかったーっ!」


 ルーイは、顔をくしゃくしゃにして泣きながら笑った。


「そうか……。今のは……、夢……、だったのか――」


 意識がはっきりしてくると、先ほどまでの天風の剣との会話が現実のものではなかったのだとわかってきた。


 そうか――。夢……。


 キアランは、落胆していた。


 もしかしたら、私の人生の重要な部分、なにかが掴めるかと思ったのだが――。


「ああ! ほんとよかったーっ! キアラン、キアラン! ほんとにごめんね……!」


 ルーイの大きな瞳から、とめどなく涙がこぼれ続けた。心配して、そしてとても申し訳なく思って泣き、意識が戻ったことを喜んで笑い、泣くのと笑うのとごちゃまぜになって、一人でいったい何人分の感情を受け持っているんだ、と思うくらいの大騒ぎだった。

 ルーイの忙しい表情を眺めているうち、キアランの心は次第に慰められていった。


 急がなくても、いいか――。過去は、変えられない。しかし、未来は変えられる。そして、現在自分は生きている……! 自分について、たとえ一生わからないとしても、それでもいいのかもしれない――。自分の生きかたは、自分で選んでいけばよいのだ――。


 キアランは、知らずに微笑んでいた。空虚だった自分。しかし、今目の前にはこんなにも自分のために心を動かしてくれる誰かがいる――。全力で泣き笑いを続けるルーイの姿に、キアランの心はあたたかく満たされていた。


「あ……」


 ルーイのすぐ隣に、女性がいることに気付く。

 緩やかな亜麻色の巻き毛を、後ろで一つにまとめている、若い女性だった。琥珀色の瞳は長いまつ毛に縁どられ、ふっくらとした唇は艶やかな薄紅色をしていた。


「あっ、キアラン! この人はね、アマリアおねーさん! この人が、キアランを助けてくれたんだよ!」


 ルーイが急に気が付いたように叫び、微笑む女性をキアランに紹介した。


「アマリア……、さん……?」


 キアランは変わらず自分たちが荒野におり、昇る太陽の角度から、自分が意識を失ってからそう時間が経っていないことに気付く。


「キアランさん、意識が戻って本当によかったです。ルーイ君の応急手当がよかったからですね……!」


 アマリアは、ルーイに向かって微笑み、ルーイの髪を優しく撫でた。アマリアに褒められ、ルーイも嬉しそうに笑顔を返す。

 そんな二人の様子を眺め、キアランはルーイのときと同じ疑問を抱く。


「アマリアさん……。あなたが一人で、この荒野を……?」


 キアランの視界には、ルーイとアマリア、そして後ろのほうに、アマリアの乗ってきたと思われる馬、それしか見当たらなかった。

 キアランの瞳に映るアマリアは、たおやかな花のような女性に見えた。そんな女性が、荒野をたった一人で旅をするとはとても思えなかった。

 アマリアは、にっこりと微笑んだ。アマリアの微笑みは、朝日に輝く可憐な野の花のようだ――、キアランの心は、一瞬時を刻むのを忘れていた。


「ええ。キアランさん。私も、あなたと同じですから――!」


「えっ? あっ……、くっ……!」


 キアランは、激痛に顔を歪めた。アマリアの意外な一言に、思わず体を起こそうとしてしまったからだ。


「あっ、キアランさん! まだ動いちゃだめです! ルーイ君と私の魔法で手当てはしましたが、治ったわけではないのですから……」


 痛みと共に、キアランの心にいつも付きまとう疑問も蘇ってきていた。アマリアという女性も、この目を怖いと感じているのだろうか、と――。


 意識が戻り、目を開けた私を見て、気味が悪いと感じているのでは――。


 脈動する痛みと繋がっているかのように、心がざわめいた。そして、そんな自分の心の動きに、キアランは密かに狼狽していた。自分を助けてくれた通りすがりの旅人の反応を、なぜ自分がそんなに気にしているのか、と。

 キアランは痛みと動揺のため、アマリアの発言の意図を尋ねるのを忘れそうになっていた。ルーイの泣き笑い同様、キアランの心は忙しく動いていた。もっとも、キアランの表情には、そんな慌ただしい心の動きなど微塵も現れてはいなかったけれど。


「私も、あなたと同じ『四聖(よんせい)』を守護する者ですから――」


 え……!


 アマリアの言葉に、キアランは思わず息をのんだ。体に電流が流れたような気がした。

 夢の中の天風の剣の言葉――、それはただの夢ではなかった、はっきりと悟る。


「あの言葉は、現実……、だったのか――!」


 自分の意識に語りかけていた天風の剣。あれは、自分が創り出した幻ではなかった。彼の話の内容は、現実の話だったのだ、キアランは驚きながらもその事実を受け入れ始めていた。

 アマリアの長い髪が風に揺れる。アマリアは、にっこりと微笑んでいた。


 荒野に咲く、一輪の花のようだな――。

 

 キアランは、またしても時を忘れた。

 キアランの瞳には、目の前のアマリアの陽だまりのような微笑みが、現実ではなくまるで夢の世界のように映っていた。

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