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天風の剣  作者: 吉岡果音
第四章 四聖と四天王
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第36話 古城の外へ

「ソフィア様……。フレヤ様……。この度は誠に申し訳ありませんでした」


 大修道院の年老いた僧侶が、ソフィアとフレヤに謝罪していた。この中で一番位の高い人物のようだった。


「大修道院にフレヤ様をお連れする途中、あの四天王たちに襲撃されてしまい――」


「だから言ったじゃない……!」


 年老いた僧侶の言葉を遮るように、ソフィアが叫ぶ。


「妹は、あなたたちなんかに守れない……!」


 ソフィアの涙に濡れた瞳は、激しく年老いた僧侶を睨みつけていた。


「お姉さん……! 私は、自分から――」


 フレヤが首を振り、姉の抗議を止めるようにしがみついた。

 赤い髪をショートカットにし、剣士然とした装具を身に着けた姉とは対照的に、フレヤは静かで控えめな印象があった。

 フレヤは、透明感のある柔らかな茶色の髪を長く伸ばし、緩やかに編み込み白のリボンで結んでおり、服装も白とアイボリーを基調としたシンプルなブラウスとロングスカートを身にまとっている。

 しかし、姉を説得しようとする涙をたたえた深い紫の瞳は、決して揺らぐことはなく、彼女の芯の強さをうかがわせる。


「フレヤ……」


「大修道院の皆様は、なにも悪くありません……! 私のほうこそ、あのとき皆様に大変な被害が出てしまったことを――」


 フレヤは涙で声を詰まらせた。


「私のせいで――」


「フレヤ様……! フレヤ様のせいではございません!」


「そうよ! フレヤ、あなたのせいだなんて思っちゃだめ!」


 年老いた僧侶がすべてを言い終える前に、ソフィアが叫んでいた。


「仕方ないのよ……! あなたは、四聖(よんせい)という特別な存在なの……!」


「よんせい……。大修道院の皆様も、そう私を呼んでいらっしゃいましたが……?」


 フレヤがそう呟き、周りを見た。隣の黒髪の美しい女性――三人目の四聖(よんせい)――が微笑みかけている。反対側を見ると、金の髪の男の子――ルーイ――も笑っている。


「私も同じ四聖(よんせい)なのです」


 長い黒髪の女性が、穏やかな口調で打ち明けた。


「僕も、四聖(よんせい)なんだ。おねーちゃんと、一緒だよ!」


 ルーイもフレヤに言葉をかける。

 黒髪の女性もルーイも、笑顔の中に深い悲しみを隠していた。それは、フレヤも同じだった。自分のためにたくさんの血が流れ、たくさんの命が奪われてきたことを知っているのだ――。

 

「ユリアナ様、立てますか……?」


 テオドルが、黒髪の女性に手を差し出した。黒髪の女性は、ユリアナという名だった。


「大丈夫です。テオドル――」


 ユリアナは、テオドルの手を借りず立って歩こうとしたが、足元がふらつき、倒れそうになる。


「ユリアナ様――!」


 テオドルがユリアナの肩を抱いて支えた。


「ごめんなさい。テオドル……。なんだか、まだ頭がぼうっとして――」


 ルーイとフレヤも、顔色が悪いままだった。


「フレヤ! 気分は、どう!?」


 ソフィアがフレヤの瞳を覗き込み、急いで尋ねる。


「お姉さん――。なんだか、私も――」


 さっと、近くでフレヤの様子を見ていたダンが駆け寄る。そして、驚くソフィアをよそに、ダンは迷うことなく、フレヤを横にするようにして抱え上げた。


「ダン……!」


 抱え上げられた当のフレヤよりも、ソフィアのほうが驚いているようだった。


「やつらの術の影響がまだ残っているとみえます。私が、フレヤさんをお連れします」


「あ、ありがとうございます……!」


 少し恥じらいながらも、フレヤはダンに身を預けた。遠慮する余裕がないほど、意識が朦朧としていたのだ。

 今にも眠りに落ちそうなフレヤの様子を見て、テオドルも素早くユリアナの背と膝の裏に腕を回し、抱え上げる。


「テ、テオドル……!」


 思わずテオドルの名を叫ぶユリアナ。頬に、ぱあっと赤みが差し、あきらかに動揺している。


「ユリアナ様、失礼します。外に出るまで、どうかこのままご辛抱くだい。ちょっと居心地が悪いでしょうけれど――」


 そう言うテオドルのほうが、声が震え、顔が真っ赤だった。


「ルーイ」


 ルーイは、キアランに抱きかかえられた。フレヤとユリアナとは違って、向かい合わせのような抱え上げかただった。


「……綺麗なおねえさんでなくてごめんね、キアラン」


 ぼそっとキアランにしかわからないような小声で、からかうように囁くルーイ。ああいうの、おひめさまだっこ、って言うんだよね、いいよね、とまで付け足す。


「……僕、個人名は出さないからね」


「なにを言ってるんだ! ルーイ!」


 たちまち、キアランの顔も真っ赤になっていた。


「『僕がアマリアおねーさんでなくて、ごめんね』、なんて言わないからね」


「ル、ルーイ!」


 言っている。

 階段を昇り終えるころには、ルーイ、フレヤ、ユリアナは眠ってしまっていた。


「大丈夫だろうか」


 心配そうな表情でテオドルは、フレヤを抱えて前を歩くダンに尋ねた。


「しばらくは影響が抜けず、眠り続けるかもしれない。でも、お体に支障はないはず」


「そうか。よかった――」


 心から安堵したように、テオドルはため息を漏らした、


「……むしろ、眠り続けたほうがいいかもしれない」


 ダンの言葉に、隣を並んで歩いていたソフィアが顔を上げた。


「ここは、ひどすぎる。この惨状を、四聖(よんせい)のかたがたは見ないほうがいい――」


 ソフィアは、凛としたダンの横顔を見つめていた。

 後から駆け付けて来たと思われる多くの僧侶たちと、エリアール国の守護軍の紋章を付けた兵士たちが、ここで命を落とした者たちの遺体を運び出し始めていた。

 魔法のたいまつによって、照らされる惨状。むせかえるような臭い。胸が締め付けられるようだった。

 唇を噛みしめ、一歩一歩冷たい通路を進む。

 四聖(よんせい)を無事安全な場所へお連れする、その一念で皆、古城の外を目指した。

 外の空気を肌に感じるころ、キアランはライネに尋ねた。


「……ところで、地下に来る途中、竜を見なかったか?」


「竜!?」


 唐突なキアランの質問に、ライネは面食らっているようだった。


「ああ。と、言っても伝説のものじゃなくて、正体は魔の者なのだが――」


「いや。そんなものは見なかったと思うが……?」


「そうか」


「竜の姿のやつが、どうかしたのか!?」


「いや。なんでもない。見なかったのなら、いいんだ――」


 キアランはルーイを胸に抱えながら、銀の竜を探していた。もしかして、途中で倒れてしまっているのではないか、そんなことを考えながら、金の瞳はその姿を追う。

 なにも見なかった。感じ取ることもできなかった。そして、ライネたちも見ていない、という。

 キアランは、長く息を吐き出す。

 

 きっと、また会えるだろう。


 外は、暗くなり始めていた。

 夕日の輝きを銀色で返す美しい鱗を、悠然と風を受ける銀のたてがみを、キアランは想像していた。


『上等な宿屋の朝食の素晴らしいこと……!』


 案外、明日の朝には普通に宿屋で飯を食ってるのかもしれないな。


 ありえる、とキアランは思った。ちょっと腹立たしいが、と心の中で付け足す。


「? なにがおかしいの? キアラン……?」


 目を覚ましたルーイが、キアランに尋ねる。自分では気付かず笑っていたようだ。

 

「なんでもない。ルーイ。もうすぐ外だぞ」


「うん……!」


 キアランは、柔らかな金の髪を撫でた。


「本当に、よかった――! ルーイ……!」


 キアランは、自分の腕の中にある小さな鼓動を、改めて強く胸に抱いた。




「英雄たちの尊い御魂が、安らかなものであるよう――」


 僧侶たちの祈りに合わせ、その場に居合わせた全員が手を合わせた。

 目を覚ました四聖(よんせい)たちも、深い祈りを捧げた。それぞれの頬に、涙が光る。

 自分を責めちゃだめ、とソフィアがフレヤの肩を抱き、胸が潰れるような気持ちに襲われながらも古城を瞳に焼き付けようと見据えるユリアナを、テオドルがそっと支えた。悲しみと自責の念で震えるルーイを、キアラン、アマリア、ライネ、ダン、皆で優しく包み込む。 

 

 あ。


 キアランの金の瞳は、遠い空を見た。

 白い翼。こちらに向かってくる。

 キアランは、それがなにかわかっていた。

 

 カナフさん……!


 激しいエネルギーの激突の痕跡を感知したカナフが、近付いて来ていた。

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