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天風の剣  作者: 吉岡果音
第四章 四聖と四天王
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第33話 覚醒

 蒼井との距離は、ごくわずかだった。

 数歩駆けるだけで、剣先が到達する距離。

 蒼井は、キアランを見据えただけで、身構えもしない。


 私の力を、見極めようとしているのか……?


『早く目覚めよ……! キアラン……!』


 シルガーの言葉が、頭の中に響き渡る。


 私には、ただ天風の剣を振るうことしか――。


 地を駆け、剣を振るう。自分にはそれしかできないと思った。それしか戦う術はない、と。

 キアランは、いくら素早く剣を振るえたとしても、蒼井の魔力から生まれる攻撃の速さには到底かなわないだろうと考える。わかりきったことだ。

 それでも、キアランは天風の剣を走らせた。わずかな可能性でも、自分にできることをするしかないと思った。


 ルーイを、四聖(よんせい)たちを助けるんだ――!


 剣は風を生み、闇を切り裂き、蒼井の首元めがけて――。


 ガッ!


 金属のような手ごたえが返ってきた。


「遅いな」


 蒼井は、天風の剣を止めていた。氷のように硬化させた右腕で、天風の剣を受け止めたのだ。


「力も、まあ人間並み、か」


 蒼井は、少し首をかしげながら顎を上げ、キアランを見下ろす。かすかに細めた青い瞳に、落胆の色が見えた。


「拍子抜けだな」


 抑揚のない声で蒼井が呟く。

 キアランは、斬りつけるのをやめ、大きく飛び下がった。


 いけない……! 正攻法は通用しない……!


 キアランがそう思った次の瞬間だった。

 青い稲妻のような光が走り、轟音を伴い壁に大きな穴が開く。キアランは、その光が到達する直前に駆け出し、蒼井の攻撃をかろうじて免れていた。


「逃げ回るだけか」


 蒼井の声が、焦るキアランの耳に届く。


 どうしたらやつと戦える……? 私にいったいなにができる……?


 考える時間はなかった。続けざまに、青い閃光が走る。

 崩れた壁の瓦礫が積み上がる中、キアランの頭の中には自分自身の呼吸音が響いていた。


「ちょこまかと、こざかしいな! 戦士ならば向かってこい……!」


 轟音の間に聞こえてきた、蒼井の抑揚のない大声。

 ふと、キアランはあることに気付いた。


 どうして――、私は蒼井の攻撃から逃れることができているんだ……?


 次の瞬間、蒼井の腕が風を切り、鋭い光が放たれる。

 

 後ろだ……!


 ハッとし、キアランは飛び下がる。


 ドーン……!


 キアランの目の前を、貫く青い光。キアランのいた場所から、煙が上がり瓦礫が崩れ落ちていた。


 私の体が、脳が、もしくは、私の中のなにかが、やつの攻撃を察知している……?


 キアランは確信した。これは、偶然ではない、と。キアランは、自分が蒼井の攻撃を的確に予測し、そして確実に避けていたのだ、そう気付いた。

 

「キアラン! 人間時代の癖は、もうそろそろ卒業してもいいんじゃないのか?」


 穴だらけの壁の向こうから、シルガーの大声が聞こえた。

 なんのことだ、キアランは頭の中でシルガーの言葉をなぞる。


「お前の体は、従来の器官や組織の使いかたを超えられるんじゃないのか?」


 なにを、言っている……?


 轟音と共に、また生まれる瓦礫の山。

 青い光が、チカチカする。それを捉えているのは、目。そして、その情報を受け取るのは脳。


「私の空間で、お前は空を飛んだ! 現実の世界でも、お前の体はお前の意識次第で――」


 意識、次第――?


 ふと、蒼井の立ち上がったときの姿がキアランの脳裏に浮かぶ。あれは、骨格の仕組み、筋肉の動きを無視した立ち上がりかただった。

 ふたたび、シルガーの声が響く。


「四天王の子……! そして、私の血が根付いた今、お前の肉体も意識も、人間のそれを超越しているはずだ……!」

 

 走ろうと思って、足を動かした。斬ろうと思って、腕を動かした。筋肉を動かすように脳が指令を出し、筋肉が遂行した。

 でも、それは人間の、通常の生物のシステム。


 では、私は……?


 シルガーの空間で、キアランは飛ぶこと強く深く念じた。すると翼が生まれ、空を駆けた。


 では、現実では……?


 キアランは思考を巡らす。なにかが、掴めるような気がした。もう少しで、大切ななにかが――。


 意識すること……! シルガーの空間でしたように深く強く意識する……! きっと、現実世界でも……!


 キアランの意識は、体全体を掌握しようと試みた。すべての器官、すべての組織、すべてを、深く強く――。

 そして、信じた。自分の力を。


 できるだろうと思ってやるんじゃない……! 意思のまま、できるんだ……!


 バンッ……!


 青の光。周りが見えなくなるほどの――。


「うっ……!」


 その瞬間、すべての感覚が停止した。

 蒼井の攻撃が、キアランを直撃していた。

 キアランは、その衝撃で吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられる。

 人形のように、キアランは床に落下した。粉塵が辺りを舞う。


「ふむ……。あまりちょこまか面倒なものだから、つい本気を出してしまった――」


 それは、大修道院の前で受けた蒼井の攻撃より数倍強い威力だった。あのときの攻撃は、蒼井にとって軽く流す程度のものだったのだ。

 

「ふむ。さすが混血。原形を留めているな。やはり人間より丈夫な造りだ」


 天風の剣は、その手に握られたままだった。瓦礫の中で、目を閉じた主と共に、その光は失われたかのように――。

 蒼井は、ゆっくりと息を吐き出した。


「……訂正しよう。混血、ではなかったな」


 抑揚のなかった、まるで氷のような蒼井の声。しかしそこに今、まるで人間が人間に語りかけるような、かすかな温度があった。


「……お前は、私から本気を引き出した」


 蒼井は、目を細めた。それは、落胆からではなく――。


「お前は、キアランという名を持つ、立派な戦士だった」


 蒼井は、短いため息をもらす。もっとこの男と戦ってみたかった、とでもいうように。

 蒼井はマントをひるがえし、キアランに背を向けた。シルガーと(みどり)の戦いにふたたび入るつもりのようだった。


 ジャリッ、ジャリッ……。


 瓦礫の上を踏み越える、蒼井のブーツの音。

 そこで、蒼井の歩みは止まった。


「なに……?」


 蒼井は、振り返る。

 粉塵の舞う中、ある存在を認めた。

 蒼井の瞳に――、人影が映っていたのだ。


「認めてくれたこと、礼を言う……!」


 光る、金の右目。天風の剣を持った、キアランがそこに立っていた。

 血は、流れていなかった。蒼井が腕を硬化させたように、キアランは意思により体の組織を変容させていた。

 キアランは、いまいましそうに叫ぶ。


「シルガー! お前のせいで、私もすっかりお前らの仲間入りだ……!」


 流れる血潮も、呼吸も、キアランの意識は把握していた。今まで集中してわかるものが、手に取るように理解できるようになり、自由にコントロールすることすら可能なのだとキアランは思う。


 まだ、試してみないとよくわからない……! 限界はあるだろう。でも、私はきっと力もスピードも、やつらに追いつくことができる……!


「目覚めたか……! キアラン……!」


 シルガーの返事に、キアランは思わずカッとなった。


「嬉しそうに言うな! 少しは私の複雑な心情を察しろ!」


 私は人間だ、お前らの仲間入りなど絶対ごめんだ、そうキアランは思う。

 しかし戦う上では、この力は非常に有益だとキアランも理解していた。

 そして、キアランは言葉に出してから、ふと思う。


 人間であることにこだわり、魔の者どもを忌み嫌う。しかしそれは、私が今まで周囲の人間たちから受けてきた偏見と同じ感覚なのではないか――?


 シルガーと今まで接し、蒼井の呟きも耳にしたキアラン。


 こいつらにも、ひとりひとり心がある――。


 きっと(みどり)も、そして四天王にも心があるのだ、そうキアランは思う。


 むしろ、蒼井や(みどり)は私に敬意を――。


 得体の知れない存在としてキアランを恐れ、敬遠していた多くの人間たちに対し、むしろ魔の者たちは四天王と人間との間に生まれたキアランという存在を受け入れている。

 そこまで考え、キアランは首を振った。


 だからといって、こいつらが敵であることには変わりはない……!


 そこまで考え、気付く。今は、色々考えている場合ではない、なにを考えているんだ私は、と。


「……そういうお前の声も、嬉しそうに聞こえたが?」


 冷静に、少し笑いながらそう呟いたのは、意外にも蒼井だった。


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