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天風の剣  作者: 吉岡果音
第四章 四聖と四天王
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第28話 呪われたこの身の、祝福

  見ちゃだめだ……!


 ルーイの本能が、そう告げていた。

 目の前に立つ、赤いリボンをつけた小さな女の子。吸い寄せられるように、その子から目が離せない。

 青空が、どこかよそよそしかった。流れる雲でさえ、現実らしさを装った、ただの作り物のように見えた。


 これは、悪い夢の続きなのだろうか……?


 妖しい光を宿す、紫の瞳をした女の子。ルーイを見つめながら、くすくすと笑う。


「おにいちゃん、見つけた……!」


 ああ。夢で見たあの子が、僕に向かって、手を差し伸べている――。


 ルーイは、逃げなきゃ、と思う。助けて、と叫ばなきゃ、と思う。

 すぐ隣にはダンがいる。キアランも、ライネも、アマリアも、ソフィアだってすぐ傍にいる。


 皆には見えないのだろうか。なにも感じないのだろうか。


 鮮やかな、はちみつ色の髪と赤いリボン。でも、誰も気付かない――。

 皆と一緒にいるはずなのに、まるで自分一人だけ別の空間に閉じ込められてしまったようだった。自分の呼吸音が、なぜか耳元に響いて聞こえる。

 空気が、歪む。これは、すべて作り物なのだろうか。あの、シルガーの創った世界のように。それとも、やはり初めからずっと僕の夢なのだろうか、とルーイはぼんやり考える。

 白い、柔らかな手。なぜだろう、ルーイの意思とはうらはらに、その手を取っていた。


 ああ。どうしてだろう。手が、勝手に――。


 なにかの毒で麻痺してしまったように、考えもうまくまとまらない。抗う力も、意欲もなかった。


「ずっと、一緒よ……?」


 女の子が、囁く。甘い契約のように。


 僕は、もう逃げられない――。


 紫色の瞳に、からめとられる。あきらめの黒い影に、すっぽりと覆われる。

 ルーイは、抜け殻のようにただ立ち尽くしていた。




 バサッ……!


 隠していたのであろう、美しい四枚の翼が空に広がる。

 キアランは、その大きな羽音を耳にして、ようやく気付く。

 振り返ると、そこには漆黒の四枚の翼を持つ、血のように赤いリボンをした女の子がいた。そのか細い両腕は、しっかりとルーイの体に巻き付いている――。


「四天王――!」


 キアランの叫びに、初めて皆もその存在に気付く。


「ルーイ!」


 ルーイは、眠るように目を閉じていた。


「ふふふ……。おにいちゃんも、もう……、私のものよ」


 女の子の三つ編みにした髪が、まるで意思を持っているかのように波打ち、赤いリボンはほどけて宙に消えた。緩いウェーブのかかったはちみつ色の長い髪が、不気味な生き物のように蠢く。


「くそっ! いつの間にルーイを……!」 


 ダンが叫び、大きな紫の石のついた杖を振り上げた。そして、渾身の力を込めて呪文を発した。


「聖なる光、悪しき力を封じこめよ……!」


 ダンの呪文によって放たれたまばゆい金色の光が、軌跡を描きながら女の子――二人目の四天王――めがけて走る。

 金の光は、まっすぐに四天王を貫くはずだった。

 しかし、それは叶わなかった。ダンの光の攻撃を、片手で受け止める者がいたのだ。皆、目を見張る。


「なに……!?」


 風になびく青い髪。今、皆の目の前にいるのは、痩せ型で長髪の細面の男だった。肌は病人のように白く、瞳は髪と同じ神秘的な青。長身を、黒いマントで包んでいる。

 男の背後から、ぞっとするような冷気のようなものが流れてくる。そこには見る者の目を引き付ける美しい氷の彫像のような、静かで鮮烈な存在感があった。

 蜃気楼のように空気が揺らめいた途端、四天王を守るような形で出現していた。


「……四天王の従者か……!」


 一同、身構えた。


 四天王に加え、その従者まで……!


「ルーイを返せ!」


 キアランは、叫び駆け出す。相手が四天王だろうと、その従者が現れようと、キアランにとっては関係ない。キアランは、従者より四天王をめがけ、一心に――。

 そのときだった。恐ろしい音を立て、大地が揺れた。


「うっ……!」


 思わず、キアランの足が止まる。

 すぐ目の前の地面から、見る間に大男が現れていた。

 それは、深い緑色の短髪を逆立てたような髪形をした男だった。鋭く睨みつける瞳の色も緑色。顎はえらがはっており、力強く太い眉と意思の強そうなしっかりと結ばれた口、褐色の肌で、今にも躍動するような筋肉質のその巨体は、まるで鬼神のようだ。

 その地面から出現した男は、青い髪の男の隣、やはり四天王を守るようにして立つ。


「二体の従者……!」


 四天王の両脇に、対照的な外見の魔の者の従者二体が並ぶ。

 羽音と共に、四天王が空へと舞い上がる。人形のようにうなだれる、ルーイを抱えたまま。


「蒼井、(みどり)。皆の相手をしてあげて」


 四天王は、青い髪の魔の者、緑の髪の魔の者に、歌うように呼びかける。青い髪の細面の魔の者が「蒼井」、緑の髪の大きな体躯の魔の者が「(みどり)」という名らしい。


「くそ、ルーイを渡すものか……!」


 天風の剣を握りしめ、ふたたび駆け出す。


「聖なる光、風の精霊……!」


 ダン、ライネ、アマリアがそれぞれ呪文を発動し、ソフィアも剣の柄に手をかける。


「人間ども……。我らの主の邪魔はさせん――」


 蒼井が、マントをひるがえす。


「くっ……!」


「守りの盾……!」


 氷のような風が吹き荒れ、皆の呪文攻撃は弾き返される。素早く守りの魔法を唱えたライネのおかげで、跳ね返されてきた皆の魔法攻撃の直撃は免れたが、その大きな威力に耐えられず、キアランはもとより全員大地に倒れてしまった。


「絶対に、ルーイを取り返す……!」


「私も、これしきのことで……!」


 いち早く立ち上がったのは、キアランとダンだった。

 (みどり)の素早く力強い拳が大気を切り裂き、キアランに襲いかかる。キアランは素早く飛び避け、ダンは魔法を増幅する魔法の杖で(みどり)の腕を打ち付け、その拳を止めようとした。


 ガガガッ……!


 (みどり)の力強い腕に押され、魔法の杖ごとダンが後退していく。


「……人間の割には、なかなか力があるようだな」


「私も、力には自信があるが、魔の者との力比べは分が悪い……!」


 ダンが歯を食いしばりながら、なんとか笑みを浮かべた。ダンは魔法使いであるが、武術にも心得があるようだった。

 キアランの天風の剣が、力任せにダンを押していく(みどり)を斬りつけようとした。


「二対一は、感心しないな?」


 蒼井が、腕を真一文字に切るような仕草をする。その途端、青い光が生まれ、それはまっすぐキアランへと――。


「うっ……!」


 蒼井の放った鋭い刃のような青の光が、キアランの体を直撃する。キアランは、天風の剣を手にしたまま、その衝撃に吹き飛ばされる。

 全身を襲う激痛。宙を舞った後、キアランは激しく地面に全身を打ち付けていた。

 キアランの瞳は、空を映す。

 四天王の姿も、ルーイの姿も、そこにはもうない。

 

 ルーイ……! 皆……!


「俺もいること、忘れんな……!」


 ライネの叫び声が聞こえた。アマリアとソフィアは、まだ倒れたままのようだった。

 呪文ではなく、衝撃音が耳に届く。続く呻き声。


 ダンもライネも、攻撃されている……!


 キアランは、立ち上がろうとする。なにがなんでも、皆を守る、強い意志で体を起こそうとする。


「くそ……」


 思うように、体が動かない。激しい痛みばかりが脳に伝達されてくる。

 キアランは、思う。自分なら、絶対に戦える、と。

 人間ではない自分なら、必ず戦えるはずだ、と。


 呪われたようなこの身、きっと、人間の力を超えた戦いのできること、それだけが、自分に与えられた祝福――!


 だから、自分は戦えるのだ、と。

 キアランが、そう考えたときだった。

 アマリアの笑顔が、ルーイの笑顔が、ライネやダン、そしてアステール、カナフの笑顔が浮かんできた。それから、ソフィアも笑っている。ソフィアは、ばかね、と言って笑っているようだった。


 違いますよ。キアランさんの祝福は、そんなことではありません――。


 青空の中、アステールの声が聞こえた気がした。


 アステール……?


 優しいそよ風が、キアランを癒すかのように吹いていた。


「……お前なら、もっといけると思うがな?」


 しかし、実際そのとき耳に届いてきたのは、アステールの声でも皆の声でもなかった。


「よく寝た。お前も寝ることにしたのかな? キアラン」


 シルガーが、キアランの髪を掴んで強引に頭を持ち上げ、笑いかけていた。

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