表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天風の剣  作者: 吉岡果音
第三章 新しい仲間、そして……。
24/198

第24話 訪問者

 たき火の炎が、揺れる。


「四天王とは、魔の者の中でも突出して力の強い、特別な存在です。その特徴としては――」


 アマリアは、ゆっくりと語り始めた。皆、耳を傾ける。

 

「四枚の漆黒の翼を持つ、と言われています」


「四天王と呼ばれるものは皆、あのような四枚の黒い翼を持つのか」


 アマリアの言葉に、思わずキアランは尋ねていた。


「『あのような――』。キアランさんは、あの魔の者の姿が見えたのですか……?」


「ああ。見えた。はっきりと。まるで目の前にいるようだった」


 アマリアとダン、ライネは顔を見合わせた。


「私たちには、その姿は見えませんでした。キアランさんに指摘されて初めて、存在を感じ取っただけです」


 アマリアの言葉の後、ダンがキアランに尋ねた。


「私には、あのとき四天王単体しかいないように感じられた。キアランさん。あのとき、あれ以外の魔の者の存在をなにか感じたか?」


「単体?」


「ああ。四天王とは、それぞれ従者がいるものらしい。言い伝えによると、その個体により従者の数は違いがあるそうだが。軍隊のように多数配下の者を率いている者もあれば、一体や二体と少ない従者しか持たない者もあるとのことだ」


「あのときあの場にいたのは、四天王ただ一体、そうはっきりと私は感じた」


「そうか。たまたま単独行動のときに遭遇したのだろうか」


 四天王の従者、そこでキアランはハッとした。


「もしかして、従者とは『四聖(よんせい)』に『四聖(よんせい)を守護する者』がいるように、『四天王』にも『四天王を守護する者』がいるという意味合いなのか……?」


「そのようだ。もちろん、『四聖(よんせい)』と『四天王』は性質がまったく違うが」


『四天王は、四聖(よんせい)とは違う』


 そのとき、キアランはシルガーの言葉を思い出していた。


『四天王の座には、二つの道があるのだ』


 シルガーの声が、頭をよぎる。


「ダンさん! シルガーは、四天王になるには二つの道があると言っていた……! なんのことか、知っているか?」


 アマリアとダンは、ふたたび顔を見合わせた。


「二つの道……? そういう存在が自然発生的に生まれてくる、としか我々は聞いていないが――」


「自然に――」


 人間の知識で四天王についてわかることは、そこまでのようだった。


 自然に生まれるのではないとしたら、意思を持って自ら四天王になる、そういうことなのだろうか――。


 自然に誕生することと自らそうなること、その違い自体には意味があるように思えなかった。なぜシルガーはそれを自分に伝えたのだろう、キアランはそんな疑問を抱きつつ炎を見つめ続けた。

 その晩、キアランは夢を見た。


 バリバリバリッ……!


 うっ……!


 体が裂けるような気味の悪い音がした。そして、キアランの背から大きな四枚の――、漆黒の翼が生えてきていた。

 

 違う……! 四天王が父親かもしれないからと言って、私が四天王になるわけがない……!


 四枚の翼は、キアランの意思とは無関係に蠢き始める。


 違う……! 私は、人間……! 人間だ……!


『魔の者の血を飲んでも、か……?』


 地の底から聞こえてくるような、不気味な声が響く。


 変わらない……! 私は変わるものか……! 私は、「四聖(よんせい)を守護する者」だ……!


『目覚めよ……、キアラン――』


 それは、シルガーの声のようでもあり、あの四天王の声のようでもあった。


 目覚めたりなどしない……! 私は、私だ……!


 キアランの足は、地面を離れていた。勝手に翼がはばたき、キアランの体を空へ運ぼうとしていたのだ。


 違う……! 私は、皆と共に戦い、生きるんだ――!


 宙に、体が浮かぶ。キアランの体は、キアランの思いを無視し、空へと上昇しようとしていた。

 キアランは、あがく。地上に留まろうと必死で抵抗する。


 一歩ずつ大地を歩む人間、私は、大地で生きていく……!


 そのときだった。誰かがキアランを抱きしめていた。あたたかなぬくもり。宙に浮かぶキアランを、地上に繋ぎ止める誰かがいた。

 宝石のような、澄んだ水色の瞳――。


 天風の剣……! アステール……!


「キアラン。大丈夫ですよ――」


 青年の姿となった天風の剣――アステール――は、穏やかな微笑みをたたえていた。


「戻りましょう。本来のあなたへ」


 本来の……? 四枚の翼、目覚めた私、それが本来の私なのではないか……?


 震える声で、キアランは尋ねていた。

 アステールは、ゆっくり首を左右に振る。


「私が、あなたを守ります。あなたが、自分を見失わないように」


 見失う……?


 キアランは、怯えたような目でアステールを見つめた。


「私が、あなたを繋ぎ止めます。今のように。これからも――」


 いつの間にか、キアランの両足は大地にしっかりとついていた。


「これは、ただの夢です。あなたが四天王になることも、魔の者になることもないんですよ」


 これから私は色々変わるだろうと、シルガーは言っていた……。


「大丈夫。人は、自分自身を、思い描く最高の自分へと導くことが可能です」


 地を踏みしめる感覚。いつの間にか、翼は消えてなくなっていた。


「自分の中心を、感じ続けてください」


 自分の中心……?


「自分を、信じ続けてください」


 アステールは、ただ微笑んでいた。柔らかく、あたたかく、包み込むように。

 キアランは、暗いテントの中で目を覚ました。おそるおそる、自分の背に手を伸ばしてみる。

 当然ながら――、翼はなかった。


 大丈夫……。きっと大丈夫だ。私は……。


 深く息を吸い込み、吐き出す。

 とても眠れる心境ではなかったが、まぶたを閉じてみる。アステールや、皆の笑顔が浮かぶ。皆に見守られているような気がした。


『キアランさんは、キアランさんです。今も、これからも』


 アマリアの優しい声も思い出していた。


 皆、私のことを信じてくれている……。私も、自分を信じよう……。


 緊張した体が、ゆっくりと緩んでいくように感じた。

 キアランは、自然と眠りに落ちていた。穏やかな、眠りへ。




 町は、深い眠りについていた。

 裕福な旅人や貴人が利用するような、豪華な宿。天蓋のついたベッドの中で、泥のように眠る男がいた。

 重いカーテンの隙間から、金の光が差し込む。


「誰だ」


 男は、先ほどまで深い眠りにあったはずなのに、目を覚ました。


「というか……、なぜだ……?」


 男は体を起こし、疑問を口にした。男にとっては、誰だ、というより、なぜ、という疑問のほうが大きかった。

 窓辺に、美しい青年が立っていた。青年、もしかしたら女性なのかもしれない。すらりとしていて、中性的な整った顔立ち、髪は緩やかな巻き毛で、輝く金色をしていた。

 暗い部屋でもはっきりとその姿がわかるのも奇妙だが、もっと奇妙なことには、その人物の背には大きな――、二枚の白い翼があった。


「魔の者の私に、なんの用だ」


 上質なシーツの上で窓辺を睨みつける、自称魔の者という男のほうは――、シルガーだった。


「熟睡しているところ、申し訳ありませんね」


 純白の翼を持つ者は、さして悪いと思ってもいないような様子で、ほがらかに笑う。


「あれほど地上を荒らしてしまっては、さぞやお疲れでしょう」


「……そうか。掃除に来たやつか」


 シルガーは、少し納得した。

 魔の者が激しく力を行使し、その場が著しく荒廃すると、高次の存在が現れ、その場のエネルギーを整えていくことがある。今回は、魔の者と四天王との激突だったので、高次の存在が察知し、駆け付けてくるのは至極当然だろうとシルガーは理解した。


「しかし、なぜ私のところに来たのだ」


 あの激闘の場所からこの宿まで、かなりの距離があった。シルガーの移動の痕跡をたどってここに来たのだろうが、その探索には相当な力が必要となる。魔の者とも人間とも距離を置く高次の存在が、なぜわざわざ自分のところへ来たのか、その意図がわからなかった。


「少し、お話がしたくて」


 高次の存在は微笑む。その意図も感情もわからないような、いわば透明な笑顔だった。

 もっとも、真逆のエネルギーの持ち主同士、行動や心理は互いに推測すら困難だろうとシルガーは思う。


「話? そもそも、話など出来るものなのか?」


「こうして、しているではありませんか」


 シルガーも、微笑んでみた。と、いうより唇を釣り上げた。動物の威嚇のような顔つきになる。


「人間なら我々と近い気がするが、あんたらとは話が合うとは思えんな」


 シルガーの全身から、攻撃のエネルギーがほとばしる。高次の存在と魔の者、攻撃し合えば、どれほどの破壊がもたらされるかわからない。

 この世界が始まってからずっと、二つの存在は戦闘を避けてきた。世界の存続を保つための、暗黙の掟となっていた。そしてその掟は覆されることはない。

 ましてや、すでに深いダメージを負っているシルガーは、もちろん攻撃するつもりはなく、それは威嚇と相手の出方をみるための、はったりである。

 高次の存在は、身じろぎもしない。


「あなたのことは、少し前から存じ上げておりました。シルガーさん」


 シルガーは、表情にこそ出さなかったが、内心驚いていた。


「……私の名まで知っているとは、ずいぶんと酔狂なやつがいたものだ」


 シルガーは、ベッドから立ち上がる。

 高次の存在は、シルガーのほうへ歩き出した。

 二つの存在の間に、エネルギーの流れが起きる。両者の髪が、風をはらんだようになびく。


「……なにか、飲み物でもやろうか……?」


 シルガーは、キャビネットからグラスを取り出す。


「アルコール以外なら」


 高次の存在は、にっこりと微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ