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天風の剣  作者: 吉岡果音
第三章 新しい仲間、そして……。
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第21話 笑う、金の瞳

「修道院へ、行ってみましょう」


 亜麻色の長い巻き髪をなびかせ、アマリアが愛馬バームスの背にまたがる。


「ソフィアさんとは離れてしまいましたが、私たちのできることをしましょう」


「修道院っていったって、各地に色々ある。他の国の可能性だってある。目星は付いているのか?」


 ライネが尋ねた。


「ええ。きっと、百年前の『空の窓』が開いたとき、我々に協力してくださった大修道院なのではないかと思います」


「百年前の……。前回のってことか」


「ええ」


「そのときも、魔の者と人間が戦った――」


「はい。そのとき、大修道院が、私たち『四聖(よんせい)を守護する者』と共に戦ってくれた、そう聞いております」


「そんなことがあったのか――」


 百年に一度起こるといわれる、星々の特別な星位。世界を取り巻くエネルギーが不安定となる時間。人々と、魔の者はその「空の窓が開く」という現象のたび、大きな戦いを重ねてきた。魔の者は、世界を掌握するために。人間は、自分たちの世界を守るために。


「きっとそこにソフィアさんの妹がいる、私もそう思う……!」


 ダンは、アマリアと同じ考えだった。


「急ごう――!」


 そう言ってダンとライネがうなずきあい、それぞれの馬に乗ろうとしたとき、キアランが二人を呼び止めた。


「ライネ、ダンさん、どちらかルーイを乗せてやってくれないか? シルガーのこともあるし、前衛で突入する剣士という特性上、私では危険が多過ぎる」


「そうだな。安全の面でも、馬を繰るにも剣を振るうにも、そのほうがいいだろうな」


 ライネとダンは、キアランの提案にうなずく。


「僕は……、キアランと一緒のほうがいいな」


 ルーイが、ぽつりと呟く。


「だって、またキアランが一人で危ない目にあわないか、心配なんだ……」


「ルーイ……?」


 自分が足手まといになるのはわかっている、でも、キアランの傍にいてあげたい、そうルーイは少し瞳を潤ませながら訴えた。

 キアランは、ふっ、と笑ってルーイの柔らかな金色の髪を撫でた。


「大丈夫だ。私は」


「大丈夫じゃないよ、キアランはすぐ一人でどこかに――」


「大丈夫だ。ルーイが私の身を案じてくれてること、わかっているから」


 ルーイが見上げると、キアランもライネもダンも、そしてアマリアも微笑んでルーイを見つめている。


「……僕が一人で馬に乗るよ!」


「ルーイ。お前は、守護する立場の我々と一緒のほうが安全だ。大人のように振る舞いたい気持ちはわかるが、焦る必要はない」


「……僕も早く一人前になりたいなあ」


 申し訳なさそうな、少し残念そうな顔をするルーイ。

 ダンが、そんなルーイに柔和な微笑みを向ける。


「ルーイ君。私の馬の名はバディというんだ。乗ってみないか?」


 ダンの馬であるバディは、ルーイの目を見つめてから、ゆっくり頭を下げるような仕草をした。


「ありがとう! よろしくね! バディ!」


 ダンの手を借り、ルーイはバディの背に乗る。バディは、キアランたちの馬の中で一番大きな馬だった。


「うわあ、やっぱりフェリックスより高いねえ! すごいや! ライネおにーさん! 今度はグローリーに乗せてね!」


「おう! もちろんだとも! グローリーも、いつでもどうぞって言ってるぞ!」


 ライネの馬、グローリーがうなずくように首を縦に振りながら、高く尻尾を上げた。

 アマリアが、皆のやり取りに顔をほころばせつつ、出発の合図をする。


「それでは、出発しましょう! ライネさん、キアランさん、私たちについて来てください!」


 アマリアとダンが、それぞれの馬を走らせる。キアランとライネは、それについていく形となる。


 大修道院の場所や名をアマリアさんは告げない――。きっと、シルガーを警戒しているためだろうな……。


 キアランの体に付けられた見張りのトカゲから、シルガーに情報が伝わるのを避けているのだとキアランは思う。トカゲは、あれからなんの動きも見せない。しかし、新たな四聖(よんせい)の存在を知ったシルガーが、これからどんな動きを取るのか予測できなかった。

 晴天だった。白い雲が、ゆっくりと形を変えながら流れていく。

 荒野が続く。土埃をあげながら、馬たちは進む。


『全滅せよ――』


 それは、突然だった。キアランの耳に、低く腹の底まで響くような声が飛び込んできたのだ。


 なに……!?


 いや、実際には耳に届いたのではなかった。頭の中に直接、聞こえてきたのだ。

 アマリアもダンもライネも、そしておそらくルーイにも、それは聞こえていない。キアランの目に映る皆は、少しも変った様子もなく馬を走らせ続けている。

 気のせいではない。ざわざわと体中の血が騒ぎ、総毛立つような感じがする。キアランの鋭敏な感覚が、確かな脅威を察知していた――。


 私が察知したのは、シルガーの声、シルガーの意識ではない……! なにか、新たな魔の者が、近くに来ている……!


 キアランは、叫んだ。


「みんな、スピードを上げろ! 近くに、強力な敵がいる!」


「えっ?」


 魔法の使い手である、アマリアもダンもライネも、ルーイもなにも感じない。しかし、キアランの緊迫した声を聞き、すぐさまそれぞれの馬の速度を上げた。


「もっと速く!」


 ドーン……!


 大地を揺るがす轟音。土煙。


 ヒヒーン!


 強いなにかの振動で、馬も人間も大きくバランスを崩しそうになる。それぞれが馬をなだめ落ち着かせ、そして、前傾姿勢を取り直し、走り続けた。


「な、なにが起こった……!?」


 全速力で走りながら後方を振り返る。

 土煙の向こう、そこには、巨大な穴が開いているようだった。


「今の衝撃は……!?」


 尋ねつつもキアランは、魔の者の、強い攻撃のエネルギーを感じていた。


「攻撃してきた魔の者自身はどこに……!」


 それぞれ、神経を研ぎ澄ます。しかし、なにも掴めない――。

 キアランは叫んだ。


「皆! それぞれ離れよう! まとまっていては危険だ……!」


 キアランの呼びかけを受け、それぞれ前後左右距離を多めにとるようにした。


 いったい、どこから……!


 キアランは、辺りに注意深く意識を張り巡らせる。耳に響くのは、大地を蹴る馬の蹄の音だけ。キアランは自分の心臓の音を聞く。キアランは、無意識に、外部ではなく自分の内部の音を聴いていた。

 自分の呼吸の音。内臓の動いている気配。さらに、意識を深いところに向ける。


 サアアア……。


 自分の――、血の流れの音を聞いた気がした。


 上か……!


 キアランは、太陽を見上げた。


 黒い、人影が見えた。

 いや、人影、ではない。そこには、大きな四枚の翼があった。


 あいつか……!


 キアランがそこに意識を向けた瞬間、一瞬にしてその者の姿が映像として頭の中に飛び込んできた。距離があるはずなのに、あたかも目の前にいるかのごとく、鮮烈にその姿が浮かぶ。

 それは、漆黒の四枚の鳥のような翼を持つ男だった。髪は長く、濡れたような黒。切れ長の目をしていて、そして――、瞳は強い輝きを放つ金色だった。


 金色の、瞳――!


 キアランは、息をのんだ。

 自分の右目と同じ、金色の瞳。それから黒の髪。


『キアラン。お前には、とんでもない血が流れている。この私より、もっと強力な、魔の血が、ね……!』


 どくん。


 キアランの心臓が、大きく脈を刻む。


 まさか……!


 キアランの口は乾き、背に冷たい汗が流れ落ちていく。

 年齢は、キアランと同じくらい、あるいは少し上のように見えた。しかし、それは人間の尺度だ。魔の者の年齢と、成長、老化の進み具合が同様であるかどうかはわからない。


 まさか……!


 キアランは首を振る。


 私は、今、いったい、なにを考えて……!


 心に浮かんだ恐ろしい考えを、キアランは必死に振り払おうとした。


 似ていない……! 私と、あれは……! 顔だって……!


 本当に、そうだろうか、心の中の誰かがキアランに問いかける。

 整った、冷たい印象の顔立ち。自分に全然似ていないじゃないか、そうキアランは思う。


 本当に、似ていないのか……?


 知らずに、キアランの呼吸は乱れていた。キアランは、胸の辺りを片手でおさえた。胸が、苦しい――。


『見つけたぞ……! 天風の剣……!』


 ふたたび、不気味な低い声が頭の中に響く。

 キアランの中で、時が止まる。

 キアランは、頭を殴られたような衝撃を覚えていた。


 天風の剣を、知っている……!


 四枚の翼を持つ、魔の者はあきらかにキアランを見つめ笑っていた。


 まさか……! あれが私の……!


 美しい、金の瞳が輝く。

 キアランの握りしめた拳が、震えていた。

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