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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第193話 自分の中の名前も付けられない感情

 雪嵐の吹き荒れる夜空を、幾筋もの光が突き抜けていく。

 四天王シトリンと、四天王オニキスが互いをめがけ、衝撃波を放っていた。

 キアランは蒼井の盾を掲げ、花紺青(はなこんじょう)の操るシラカバの幹に乗り、オニキスへと突き進む。

 キアランを取り巻く、轟音と、光、そして熱。


 洞窟の中より、凄まじいエネルギー……!


 シトリンとオニキス、洞窟の中では、あれでもやはり互いに威力を抑えていたのだ、キアランは改めて四天王の力の恐ろしさを知る。


 オニキスは、高次の存在の力を取りこみ、以前より格段に強くなっている。しかし、シトリン……。彼女も、前より力が増している……?


 高次の存在の癒しの力と睡眠、そして、今までの度重なる戦闘の経験。幼い子どもの姿であることからしても、シトリンは短時間で目覚ましく成長しているのではないか、キアランは驚きを持ってシトリンを見つめる。

 そんなキアランの視線に気付いたのか、シトリンは、一度、キアランと花紺青(はなこんじょう)のほうに視線を送る。そして、微笑み、かすかにうなずくような合図を送っていた。


 シトリン……?

 

 すぐさま、シトリンはその場から飛び立つ。そして素早く上昇しながら、オニキスに向け、新たな衝撃波を撃つ。

 キアランは即座に、シトリンの送った合図の意味を理解した。


 シトリンは、私と花紺青(はなこんじょう)の力を信頼しているのだ……!


 あの合図には、たとえキアランと花紺青(はなこんじょう)が戦闘の中、危険な位置に立たされたとしても、躊躇はしない、そんな意味が込められていたのだ、とキアランは思う。


『キアランおにーちゃんと花紺青(はなこんじょう)おにーちゃん。それからもちろん、(みどり)と蒼井。みんな、信じてるよ。みんな、ちゃんと強いもん。だから、私はオニキスの戦いに全力で挑む』


 シトリンの声が、聞こえたような気がした。

 激しい破壊エネルギーに満ちた空間、まるで燃え盛る炎の中を進んでいくよう。


 オニキス……! 父と母の仇……!


 もう少し、もう少しだ、とキアランは思った。もう少し、オニキスとの距離が近付いたとき、攻撃のチャンスだ、キアランは考えていた。

 それは、おそらく偶然だったのかもしれない。

 地上での激闘が続く中、黒裂丸(くろれつまる)赤朽葉(あかくちば)、またはシルガーか(みどり)か蒼井、魔の者のうちの誰かの撃った衝撃波が、見当外れの方角へと空を斬り裂く。

 オニキスめがけてでもシトリンめがけてでもなく、または狙いの照準があきらかにキアランと花紺青(はなこんじょう)でもなく、誰にも当たらない角度で飛んで行き、消え去っていく破壊エネルギー。

 しかし、一番近かったオニキスが、ほとんど反射的に地上へと意識を向ける。


「赤目……!」


 オニキスは、呟いていた。確かに、赤目、と。


「あか、め……?」


 キアランは、なんのことか、誰のことかわからない。

 オニキスの表情が、変わっていた。

 地上へ向け、急降下するオニキス。


「あっ、オニキス! 相手は私でしょ!」


 早口で叫ぶシトリン。オニキスはシトリンより下方にいて、どの地点に向かおうとしているかわからないが、地上へ急降下しているため、うかつに衝撃波を撃つわけにもいかない。今オニキスに衝撃波を当てようと思ったら、地上に被害が出る可能性が高い。シトリンは、ただオニキスを追う。

 キアランは、息を深く吸い込む。そして、集中し、渾身の力を込め――。


 炎の、剣……!


 キアランは、体内に隠し持っていた、炎の剣をオニキスに向け、投げつけていた。あのときの、青藍(せいらん)との戦いのように。


 ドッ、と鈍い音を立て、オニキスの背に、炎の剣が突き刺さる。たちまち、噴き上がる血。

 オニキスは、一瞬キアランに視線を走らせたが、すぐに地上へ顔を向けていた。


 浅かったか……!


 キアランは舌打ちする。炎の剣は、オニキスの背から抜け、まるで自分の意思のようにキアランの体の中へ戻っていく。

 それにしても、と思う。


 オニキスは、なにを……?


 キアランと花紺青(はなこんじょう)も風を切り、オニキスを追って地上へと向かう。





 赤朽葉(あかくちば)は、当惑していた。

 三つに分かれた自分のうちの、一体の前、目の前に黒髪の四天王――オニキス――が降り立っていた。

 どういうわけか、黒髪の四天王も戸惑っているようだった。 


「赤目……、赤目じゃ、ない……?」


 黒髪の四天王、オニキスが、震える声で呟く。


 赤目、赤目、だと……!?

 

 この目の前の四天王は、赤朽葉(あかくちば)の双子の兄弟である赤目の名を口にしている。赤朽葉(あかくちば)にとって、これはまったく思いもよらないことだった。

 三つに分かれた赤朽葉(あかくちば)だが、それぞれが自分であり、ひとつひとつが本体であった。

 そのとき三体になった赤朽葉(あかくちば)は、それぞれ、四天王シルガー、そして従者の白銀(しろがね)黒羽(くろは)と戦っていた。

 赤朽葉(あかくちば)は、思わずオニキスに尋ねた。


「赤目を、知っているのか……!」


 オニキスの顔に、落胆の色がよぎる。


「『赤目を知っている?』、そう尋ねるということは、やはり、赤目ではないのか」


 四天王が、従者である赤目を知っている、その事実から赤朽葉(あかくちば)はこの四天王と赤目の関係性を推察する。


 赤目……。あいつは私と違って、従者という運命を、喜びを持って心から肯定していた。そんな赤目の名を知っているということは――。


「黒髪の四天王。お前は、もしかして、赤目の仕えた主人――」


 だから、なんだというのだろう、赤朽葉(あかくちば)は思う。

 自分の兄弟の仕えた主人がいる、だからといって、自分にとってはなんの関係もない話だと思った。


「そうか……。探しても気配はどこにもなかった。やはり赤目のはずは、ない――」


 ぽつり、とオニキスは呟いた。

 赤朽葉(あかくちば)は思う。自分は今、戦闘の中にいる。必要のない会話。関係もない話。魔の者にとって、なんの意味もない時間。


 でもこれはいったい、どうしたことだろう。

 

 目の前の男。圧倒的な力を持つ、四天王たる者。でも――、魔の者として、不可解な眼差し、戦闘とは程遠い表情。

 ありえない、と思った。


 まるで、ひどく落胆し、哀しみをたたえたような瞳――。


 そして、どうしてだろう。自分と戦っているはずの、シルガー、白銀(しろがね)黒羽(くろは)とかいう連中。やつらも、攻撃を止め、こちらをうかがっているような様子なのは、と不思議に思う。

 負傷し、苦肉の策として三つの体に力を分けた赤朽葉(あかくちば)。他の四天王が現れた今、シルガーにとって自分を倒すには絶好の機会のはず。


 まるで、時間が止まっているようじゃないか。


 赤朽葉(あかくちば)は、狼狽する。離れたところで、黒裂丸(くろれつまる)のやつは、まだ取り立てて成果はないようだったが、相変わらず縦横無尽に暴れまわっている。それなのに、自分は――。


「赤目は、私の兄弟だ。双子の」


 どういうわけか、オニキスに、自分について、身の上について打ち明けていた。


 そんなことは、魔の者にとって、なんの意味も持たない。いわば、どうでもいい情報――。


「そうか」

 

 オニキスは、かすかにうなずく。

 赤朽葉(あかくちば)の口から、自然と問いがこぼれていた。


「赤目は、従者である自分に、強い誇りを持っていた。今、姿が見えないということは――」


 どうしてだろう、なぜそんなことを尋ねるのだろう。自分は。


 赤朽葉(あかくちば)は、自分で自分の心の動きを、疑問に思う。


「おそらく、命を落とした」


 オニキスの表情から、もう感情は読み取れない。ただ淡々と、答えていた。


「そうか――」


 赤朽葉(あかくちば)は、オニキスの答えを静かに受け止めた。


「だろうな。生きていたら、今、ここにいるはずで、そして、邪魔者となる私と戦っているだろうから」


 どうしてだろう、赤朽葉(あかくちば)の口から、次々と言葉があふれていく。


「四天王に仕えて死ぬ。やつにとって、天命を全うする、恵まれた『生』だったのだろうな――」


 オニキスは、驚いた顔をした、ように見えた。


「そうなのだろうか」


 雪風に流れる黒髪。

 赤朽葉(あかくちば)は、肯定するわけでもなく言葉を撤回するわけでもなく、ただぼんやりとオニキスを見上げる。

 衝撃音が聞こえる。黒裂丸(くろれつまる)の、攻撃なのか防御なのか、飛び上がる姿が一瞬視界に入る。黒裂丸(くろれつまる)は、戦闘を楽しんでいるのかもしれない。

 不思議な時間だった。

 空の窓が開く、神秘の時間がすぐそこに迫る。

 そんなときだから、特別なときだから。

 魔の者という存在においても、勝手に意思を持つ手に負えない空白のような、消化できないまま心に長く居座り続けるような、奇妙な重みをもつひとときが生じたのかもしれない。


 赤目の生きた証を、知ることができた。


 狼の姿の赤朽葉(あかくちば)は、自分でも気付かず、哀しみと喜び、二つの感情が入り混じったような笑みを浮かべていた。

 そうして、自分の中の名前も付けられない感情を、ただ静かに受け止めていた。

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