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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第189話 魔の者から、四聖を守れ

 剣士であるテオドルに、吹雪の向こうの詳細はわからない。

 魔法を操る、ダン、アマリア、ライネが交わした緊迫の会話によって、魔導士たちがオリヴィアを攻撃したこと、この雪原に四聖(よんせい)がいることを知った。

 テオドルは、魔導士たちに向かって叫んだ。


「ヴァルッテリ様、なぜオリヴィア殿を攻撃したのです!? そして、結界の中にいらっしゃるはずの四聖(よんせい)が、なぜここに――!?」


「おお、テオドル。無事であったか……!」


 ヴァルッテリは大仰に両手を広げ、部下の帰還を喜ぶような仕草をした。吹き付ける風雪の壁で、普通の剣士であるテオドルの肉眼で確認できないのは、魔導士ヴァルッテリも承知のはずだった。おそらく、テオドルというより魔法を使うダンたちに向けての動作に違いない。結果としてそれは逆に、白々しく取って付けたように見えるものとなっていた。

 ヴァルッテリは皆によく届くよう魔法の力も駆使し、悲劇の舞台よろしくさらに声を張り上げた。 


「偉大なる戦士の皆、驚かないで聞いてくれ。オリヴィア殿は、なんと、四天王により完全に支配されてしまったのだ……。四聖(よんせい)がここにいらっしゃるのは、刺客となり果てたオリヴィア殿から逃れた結果だ。我々は、もはや声の届かなくなったオリヴィア殿に攻撃魔法を送るほかなかったのだ――。恐ろしい、身内が敵になることはなんと悲しく恐ろしいことか――」


 そんなはずはない――。


 テオドルの心に、ヴァルッテリの偽りの言葉が届くはずがなかった。テオドルは、魔導士ヴァルッテリと他の三人の魔導士たちに、疑惑の目を向けていた。


 きっと、はじめから自分たちだけが助かる道を考えて――。


 ダンたちの会話から、辺りに他の守護軍の仲間はいないことはわかっていた。どんな激戦が繰り広げられていたかわからないが、そこにいるのは上層部の者数名と四聖(よんせい)のみとのこと、どう考えても不自然過ぎた。

 守護軍の長い旅で起きた様々な危機の中でも、一切表に出ようとしなかった上層部の者たち。そういった今までの彼らの姿勢への不信感を差し引いても、ヴァルッテリが自分たちの未来しか考えていないことは明白だった。

 

「ヴァルッテ――!」


 テオドルが、叫ぼうとしたときだった。目の端に映る、ふわり、と降り立つ銀の髪の者。


「大切なお届け物だ。確かに渡したぞ」


「シルガー! ありがとう……!」


 シルガーが、ニイロを抱え、ダンに託していた。

 シルガーは、ダンの返答を待たず飛び立つ。


 ドーン……!


 ほどなく、衝撃音と、雪の柱が上がる。


「シルガーと白銀(しろがね)黒羽(くろは)が、赤朽葉(あかくちば)と呼ばれていた従者と戦っているんだわ」


 アマリアが、飛び散る雪の柱を見て叫んでいた。

 ライネが、テオドルの隣に馬――グローリー――を寄せる。


「テオドル。よくわかんねーが、あの偉い魔導士のおっさんどもは、かなりやべーみてーだな。他の四聖(よんせい)も、一刻も早くこっちで保護したほうがいい」


 ユリアナ様――!


 テオドルは、気が気でなかった。今すぐにでも馬を走らせ、ユリアナの無事を、今この瞬間にでも自分の目で確認したかった。もちろん、ユリアナだけでなく、ルーイやフレヤの無事も。

 ライネが、尋ねる。


「だいぶ、治癒の魔法でよくなってるか?」


「ああ。おかげさまで、大丈夫だ」


 テオドルは、赤朽葉(あかくちば)の反撃の際、骨折していた。優れた剣士としての強靭な精神と肉体、そして皆の治癒の魔法のおかげもあり、まだ痛みは残っているが自分の馬に乗り、馬を走らせることができていた。

 ライネは、テオドル、それからソフィアに告げる。

 

「連れ出すぞ。連中から」


 ソフィアは、ライネが言い終える前に大きくうなずいていた。


「ええ! もちろん! 私はフレヤを助け出す!」


 テオドルも、ソフィアに続けて答える。


「私は、ユリアナ様を!」


「よし! 俺はルーイだ!」


 ソフィアとテオドルの返答を聞き、ライネもうなずき返し、それからライネはダンとアマリアに頼んでいた。


「あの胡散臭い連中から、四聖(よんせい)を救出する。とはいえ、相手は力のある魔導士たちだ。ダンとアマリアさんには、守護の魔法をお願いしたい」


「もちろんだ」


「ええ、でもきっと、彼らは私たちを殺そうとするでしょう。自分たちの攻撃を正当化する理由は、後からいくらでも考えるはず。オリヴィアさんへの攻撃理由のように。正攻法では――」


 相手が一筋縄ではいかないことを、アマリアは危惧していた。

 ライネが、ニッと笑う。


「ここにいる他の戦士たちも含め、全員がいっせいに『魔の者が来たーっ』とか叫びつつ、魔導士たちのところへ馬を走らせるか。誰が四聖(よんせい)を救出する気なのか、わからないように」


「わけのわからない大混乱の中、助け出す作戦ね」


 ソフィアが瞳を輝かせ、ニッとライネに笑い返す。


「私とアマリアは、突進しながら魔導士たちの魔法からの防戦に努める」


 ニイロを自分の前にしっかり乗せつつ、ダンが答える。


「ええ! それではライネさんは、ルーイ君を助け出すほうへ専念してくださいね」

 

 アマリアもライネの計画に全面的に賛成だった。

 ライネは、他の守護軍の皆に向け、声を張り上げた。


「皆、あの先に強力な魔の者を発見した! 号令に従い、突き進め!」

 

 ライネは、シトリンの魔法の杖を高く掲げる。


「進めーっ!」


 雪を蹴散らすように、いっせいに、馬を走らせる。

 テオドルも、手綱を強く握りしめた。


 ユリアナ様、どうか、どうかご無事で――!


 体の痛みも、頬を打つ雪の冷たさも感じられない。思い出すのは、ユリアナのまぶしい笑顔。

 テオドルは、ユリアナに想いを馳せながら、考える。


 魔の者だけが、敵のはずだった。それなのに、なぜ今更こんな――。


 ばかげている、と思った。国を超え一丸となり、魔の者の脅威から四聖(よんせい)を守るために作られた守護軍だというのに――。


「魔の者だーっ! 魔の者から、四聖(よんせい)を守れーっ!」


 ライネが魔法の杖を振り回し、先頭を行く。

 



 ヴァルッテリは、目を丸くした。


「魔の者? テオドルたちは、なぜこちらに駆けて――」


 魔の者同士の戦闘――赤朽葉(あかくちば)、シルガー、白銀(しろがね)黒羽(くろは)――とはまるきり反対側のこちらに守護軍の馬たちが向かってくることに、ヴァルッテリは戸惑う。


「どういうことだ、魔の者の存在は、こちらには感じないぞ!」


 四聖(よんせい)たちを、奪還する気かもしれないと思ったが、彼らが叫ぶのは「魔の者」だけ。だとすると、こちらも反論も弁解もしようがない。ただ、「こちらにはいないぞ」と応じるしかない。


 これだけの人数、うかつに攻撃も――。


 ヴァルッテリが、対応を迷っている、そのときだった。

 突然背後に、強い違和感を覚えた。


 この途方もなく強力な気配は――。


 覚えがあった。ついさっき、そして前にも襲撃をしてきた、強大な闇の気配――。

 振り返った先に、黒い穴――。


「ここにいたのか、四聖(よんせい)――」


 息をのむ。


「四天王オニキス!」


 ライネの叫び声を耳にするまでもなく、背を流れ落ちる冷たい汗が、その気配の主の名を思い出させていた。

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