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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第187話 心を守ろうと

 ニイロの瞳に映るのは、背に四枚の漆黒の翼、そして、流れる銀の長い髪――。 


「シルガー! 四天王に、なったのか!」


「おや。今知ったのか。情報が遅いぞ。ニイロ」


 ガアアアアッ!


 ニイロを狙って飛び掛かろうとする、赤い狼の魔の者が、衝撃波を放ったようだった。

 ニイロは息をのむ。


 シルガー! お前、俺の盾になって……!


 まばゆい閃光と共に、バンッ、と大きな音がした。


 え。今、なにが――。


 激痛を覚悟したが、痛みはまったくなかった。

 ニイロは、目をこらす。

 雪闇の中、空高く舞い、そして雪原に落下する赤い狼。

 シルガーに視線を移すと――、シルガーの上げた右手の平から、煙が上がっていた。


「ほう。私の衝撃波を受けることを計算して、技の質を調整したか」


「な、なにが、なにがあった、今!」


 一瞬のことで、なにが起きたかわからないニイロは、思わず大声でシルガーに尋ねる。

 シルガーは振り返る。そしてなぜか、無言のまま無表情でニイロの頬を掴み、左右両側に引っ張った。


「なにをするっ」


 思いがけないシルガーの行動に、ニイロは叫んでいた。


「ふむ。無事か。なにより」


 シルガーは、うなずく。ただニイロの無事を、確認したかったようだ。


「あまり、伸びないな。もっと面白い顔になると思ったが」


「無事かどうかの確認なら、もっと他の手段があるだろうっ! てゆーか、声の感じや表情なんかで大体、どうかわかるだろっ」


「うむ。知ってる」


 シルガーは、赤い狼――赤朽葉(あかくちば)――の落下したほうへ視線を向ける。


「あいつ、赤朽葉(あかくちば)は、わざと弾かれたのだ」


「え……?」

 

 確かにあの瞬間赤朽葉(あかくちば)は、弾き飛ばされたように見えた。


「私の衝撃波と自分の衝撃波をぶつけ合うことで、直撃を避け、自身に受けるダメージを最小限にすると共に、間合いをとることに成功したというわけだ。そのうえ、衝撃波の範囲と質を変え、ニイロ、お前に被害が及ばぬようにもしたようだ。四聖(よんせい)の体が衝撃波に粉砕されぬように、な」


 雪原は沈黙を守る。赤朽葉(あかくちば)は、まだ倒れたまま動きを見せていないようだった。


「とはいえ、ダメージは負っているはず。やつにどのくらいの防御力と回復力があるかは不明。油断はできんぞ」


 ああ、それより、とシルガーは付け足す。


「祈ってるか? 祈り続けるのだろう? さぼらず祈れよ、四聖(よんせい)


 あんたに言われるまでもない、とニイロが言い返そうとした。そのとき、呪文が、耳に届く。

 シルガーの銀の髪が、舞い上がる。光と煙。ニイロは、ハッとした。


 これは、魔導士たちの攻撃――!


「やめろーっ! もう知ってるだろう、シルガーは、敵じゃない……!」


 ニイロは両手を上げ、シルガーをかばうように立った。

 魔導士の誰かの叫び声が聞こえる。


「ニイロ殿! やつは魔の者の王、四天王へと変わった! いつなんどき、あなた様の命を狙うかわかったものではない……!」


 ニイロは、叫び返す。口の中に、冷たい雪風が飛び込むのも構わず。


「シルガーは、変わらない――! 今も、俺を助けて――」


 シルガーは一歩前に出て、ニイロの胸元辺りに手を上げ、叫ぶニイロを制した。


「大丈夫だ。別に、どうということもない」


 ニイロは、シルガーに、きっ、と、強い視線を向ける。


「知ってる……! あんたらに、人間の攻撃はほとんど通用しない! あんたが、無事なのはわかる。でも、俺が叫ばずにいられないのは――」


 シルガーの全身が、明滅し続けていた。魔導士たちの遠隔呪文攻撃で――。


「あんたの心に、傷をつけたくない――」


 シルガーは、ニイロの両頬に手を伸ばす。触れる手。少し、あたたかい、人と変わらぬような指。

 そして、左右に引っ張る。

 横に伸ばされ、間の抜けた顔のまま、ニイロは訊いた。


「……今度はなんの確認」


 鎖のように、シルガーに絡みつく光。魔導士の呪い。シルガーの銀の瞳は、揺らがなかった。

 シルガーの、静かな声。


「傷ついてるのは、お前のほうじゃないのか」


「なんで、俺が――」


 頬を引っ張られ、うまくしゃべれない。でも、シルガーはわかっているようだった。魔の者にとって、言語の違いは関係ない、以前そう聞いた。会話が理解できるのは、言葉ではない、と――。

 シルガーは、かすかに笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。言葉。ニイロには、言葉として耳に届く。人と変わらぬ、心の奥からより合わせた、心に届く音の連なり――。


「人間は、人間を信じるべきだ。個体ではなく、もっと広義で。特に、異種族間の争いのさなかにあっては」


「俺が……。魔導士たちの言動に、傷ついている、と――?」


 シルガーは、手を離す。


「後で、誰かと話せ。仲間の誰でもいい。そうすれば、よくなる」


 シルガーは、ニイロに背を向けた。

 赤朽葉(あかくちば)のほうへ、飛び立とうとしていた。


「俺は、傷ついてなんか――」


 漆黒の、四枚の翼。新しい、シルガーの象徴。紛れもない、魔の者の、王の印――。


「俺は、傷ついてなんかない! 俺より――」


 黒い翼の向こうに、微笑みがあった。


「礼を言うぞ。ニイロ。心を守ろうとされたのは、初めてだ。たぶん、そんな貴重な経験は、この先も二度とないだろう」


「シル……」


 ニイロが、シルガーに向かい、なにかを言おうとしたときだった。魔導士たちの呪文が途切れ、ざわめきが起こっていた。


「見つけた、四聖(よんせい)の皆――!」


 空から、声がする。

 ニイロは振り返り、仰ぎ見た。


「オリヴィアさん――!」


 雪空に、(みどり)に抱えられたオリヴィアの姿があった。



 

「オニキス……!」


 キアランは、叫ぶ。

 目の前のオニキスの姿が、薄れつつあった。


 四聖(よんせい)のほうへ、行く気だ……!


「待て! オニキス!」


 キアランは、天風の剣で斬りかかる。


 オニキス――!


 金の瞳と、金の瞳がぶつかり合う。


 間に合うか――!


 キアランの瞳が映したのは、キアランをあざ笑う、オニキス。

 天風の剣が貫いたのは――、オニキスの残像。キアランは、ただ、空を斬り裂いていた。


「くそ、また逃げられた――!」


「俺も、そちらに向かうか」


 声のするほうに視線を移すと、黒裂丸(くろれつまる)の体が、地面にみるみると沈んでいた。


「私たちも、行くよっ!」


 シトリンが、キアランと花紺青(はなこんじょう)、そして蒼井に声をかける。


 「四聖(よんせい)のみんなの、エネルギーを感じるほうへ……!」


 急がなければ――!


 洞窟の外、キアランと花紺青(はなこんじょう)、シトリン、蒼井が吹雪の空へと飛び立つ。

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