第180話 守護軍の陣営へ、集まる力
「お前たち四天王相手に、俺の力ではかなわん。だから、四聖を先にもらう」
黒裂丸は、そう言い終える前に身をかがめ、また球形の姿をとる。そして、勢いよく雪を蹴散らすようにして、雪の下にもぐっていく。
「そうはいくかっ」
シルガーが叫び、シルガーの衝撃波、オニキスの衝撃波が、それぞれほぼ同時に黒裂丸の立っていたところめがけ、落とされる。大きな爆発音と共に、雪煙が上がり、黒い土が大きく露出し、地面はえぐられ穴ができた。
シルガーは、衝撃波を放った体勢、地上に手のひらを向けたままの状態でいる。黒裂丸の気配を探っているようだった。
「手ごたえがない。黒裂丸というやつのエネルギーも感じられない。深く土の下にもぐり、そのまま移動し続けているのか」
「なんだって……!」
キアランは、思わず叫ぶ。
「シルガー、やつは、地面の下から、守護軍の結界に入り込もうとしているのか?」
「おそらく」
シルガーが、うなずく。
「やつほどの力なら、人間の結界を破ることは充分可能だろうな」
まずい――! 皆……!
「ん」
焦るキアランに対し、シルガーは冷静だった。そして、なにかに気付いたのかほんの一瞬、誰もいないほうへ視線を向けていた。吹雪のつぶての向こうへ。どういうわけか、微笑みさえたたえて。しかし、すぐに黒裂丸の消えたほうへ視線を戻す。
オニキスは、腕組みをし、ふん、と鼻で笑う。宿敵であるオニキスと並ぶようにして、黒裂丸を見送ってしまったのは、どこか奇妙な光景ではあった。敵の敵も敵、そして敵はあくまで敵なのだが。
オニキスが、言い放つ。
「人間の結界など、容易。先ほどやつらの結界内ギリギリのところまで行ったからわかるが、私の空間から、直接入れると見た――」
シルガーが眉一つ動かさず、素早くオニキスに衝撃波を放つ。しかし、先ほどのように空間に穴が開き、オニキスの姿はすでに見えない。衝撃波は、雪のかなたへと消えていく。
「私が四聖をもらう。そして、決して揺るがぬ完璧な存在となるのだ――」
声だけが、どこからともなく不気味に響いていた。
「オニキスッ!」
叫ぶキアランの声は、もうオニキスには届かない。
「なんなんだ、あいつは。そうとわかっていたら、とっくに結界内に入ればよかったのに。今までなにをしていた、そしてなんのためにここで悠長な会話をしていたのだ。やけに得意気な顔をして消えていったが、やっていることが、まったく意味不明だな」
「シルガー!」
客観的かつ冷静に感想を述べるシルガーの様子に、キアランはカッとなり、睨みつける。
「ああすまん。入ればいいなど、無神経な言葉だったな。でも、本当によくわからん男だ」
キアランと花紺青は、シルガーの言葉の途中で、もうシラカバの幹を走らせていた。
「ところで、キアラン。気付いたか? さっき――」
シルガーの言葉の続きを待たず、守護軍の陣営の中へと、まっすぐに進むキアランと花紺青。
オリヴィアさん、みんな、ルーイ……!
皆の無事を、強く強く祈りながら――。
「白銀さん、黒羽さん――!」
ソフィアの美しい瞳が、雪の夜空を飛んでくる白銀と黒羽の姿をとらえていた。そのときのソフィアには、黒羽の黒い翼が、まるで希望を運ぶ天使の翼のように見えていた。
「あの従者たちか」
赤朽葉が呟く。
「ここにはもう、人間たちとあの従者たちしかいない。いずれも、私の敵ではない。あえて、ここで戦う理由はないな」
「なにを……!」
テオドルが馬を走らせ、赤朽葉に斬りかかる。
ガッ……!
「テオドル!」
ソフィアが叫ぶ。
テオドルの剣は、棘のような毛でおおわれた、赤朽葉の硬い腕に阻まれていた。そしてそのまま勢いよく払われ、テオドルの体は宙を舞う。
「うっ」
テオドルのうめき声。誰もが、凍った雪の上に叩きつけられる音と同時に、うめき声がしたのかと想像した。しかしそれは、テオドルの体が地面に到達する前、空中での声だった。
「すまない、感謝する」
礼を述べるテオドル。それは――。
「お前、骨が折れているようだ。心意気は褒めてあげる、でも、死に急いではいけない、決して」
弾かれたテオドルを、空中で黒羽が受け止めていたから。赤朽葉の腕に振り払われた際、テオドルは骨折したようだった。
急降下した白銀が、赤朽葉に向かう。
ガアアアッ!
白銀の素早く力強い拳が到達する前に、赤朽葉が衝撃波を放つ。
白銀は、両腕を自分の前に交差させ腰を落とし、衝撃から身を守る姿勢のまま、吹き飛ばされる。白銀の全身から、血が噴き出す。
しかし、後退させられた白銀は、次の瞬間、赤朽葉に向かって駆け出していた。赤朽葉の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
「本当に、活きのいい爺さんだな、だが――」
赤朽葉の体が赤い光を放つ。赤朽葉の変化にひるむことなく、白銀は拳を繰り出す。しかし、白銀の拳は、宙をかすめる。
「む……!」
息をのむ白銀の右足を、赤朽葉の鋭い爪がはらいのける。白銀は、足から血を流しつつ、大きく体のバランスを崩す。
「白銀とやら。黒羽同様、お前の急所が私には見える。と、いうことは、先ほども言ったが、お前は私の敵ではない。そして、人間ども。お前らはそもそも話にならん。私は、お前らとの戦いに時間を費やす暇も興味もない」
赤朽葉は、赤い光に包まれ、狼のような姿に変化していた。白銀の拳が空振りに終わったのは、赤朽葉の姿が大きく変わったためだった。
「私は、黒裂丸と違って、戦いそのものに情熱をかたむけてはいないからな」
白銀は、黙して駆け出す。血を流しながら、ひたすらに拳を固めて。
「やめておけ。情熱をかたむけてはいない、と言ったが、私も興奮すれば自分を律することが不可能になる」
ざあっ。
白銀の脇を、赤い光がすり抜ける。
狼の姿のまま、赤朽葉が駆け出していたのだ。
「聖なる白き雪、魔の力を――」
アマリア、ダン、ライネが口々に攻撃魔法を叫ぶ。
爆発音が響き、光が走る。
しかし、赤朽葉の勢いは止まらない。
雪の上に、獣の足跡を残し、赤朽葉の姿はあっという間に見えなくなった。
「自分を律することが不可能? 構わん……!」
赤朽葉を追うように、白銀が飛んで行く。
黒羽は、抱えていたテオドルを、ダンに託す。
「我らに任せよ。人間の体は、もろい。無理はいけない」
黒羽も、飛び立つ。守護軍の陣営のほうへ。
「我々も、守護軍の陣営へ……!」
テオドルの号令で、ダン、アマリア、ライネ、ソフィア、そしてその他の剣士たちも、急ぎ馬を走らせ、守護軍の陣営を目指す。
「我らが四聖を守るのだ――!」
それぞれの力が、守護軍の陣営に向け、結集する――。




