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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第180話 守護軍の陣営へ、集まる力

「お前たち四天王相手に、俺の力ではかなわん。だから、四聖(よんせい)を先にもらう」


 黒裂丸(くろれつまる)は、そう言い終える前に身をかがめ、また球形の姿をとる。そして、勢いよく雪を蹴散らすようにして、雪の下にもぐっていく。


「そうはいくかっ」


 シルガーが叫び、シルガーの衝撃波、オニキスの衝撃波が、それぞれほぼ同時に黒裂丸(くろれつまる)の立っていたところめがけ、落とされる。大きな爆発音と共に、雪煙が上がり、黒い土が大きく露出し、地面はえぐられ穴ができた。

 シルガーは、衝撃波を放った体勢、地上に手のひらを向けたままの状態でいる。黒裂丸(くろれつまる)の気配を探っているようだった。


「手ごたえがない。黒裂丸(くろれつまる)というやつのエネルギーも感じられない。深く土の下にもぐり、そのまま移動し続けているのか」


「なんだって……!」


 キアランは、思わず叫ぶ。


「シルガー、やつは、地面の下から、守護軍の結界に入り込もうとしているのか?」


「おそらく」


 シルガーが、うなずく。


「やつほどの力なら、人間の結界を破ることは充分可能だろうな」


 まずい――! 皆……!

 

「ん」


 焦るキアランに対し、シルガーは冷静だった。そして、なにかに気付いたのかほんの一瞬、誰もいないほうへ視線を向けていた。吹雪のつぶての向こうへ。どういうわけか、微笑みさえたたえて。しかし、すぐに黒裂丸(くろれつまる)の消えたほうへ視線を戻す。

 オニキスは、腕組みをし、ふん、と鼻で笑う。宿敵であるオニキスと並ぶようにして、黒裂丸を見送ってしまったのは、どこか奇妙な光景ではあった。敵の敵も敵、そして敵はあくまで敵なのだが。

 オニキスが、言い放つ。


「人間の結界など、容易。先ほどやつらの結界内ギリギリのところまで行ったからわかるが、私の空間から、直接入れると見た――」


 シルガーが眉一つ動かさず、素早くオニキスに衝撃波を放つ。しかし、先ほどのように空間に穴が開き、オニキスの姿はすでに見えない。衝撃波は、雪のかなたへと消えていく。


「私が四聖(よんせい)をもらう。そして、決して揺るがぬ完璧な存在となるのだ――」


 声だけが、どこからともなく不気味に響いていた。


「オニキスッ!」


 叫ぶキアランの声は、もうオニキスには届かない。


「なんなんだ、あいつは。そうとわかっていたら、とっくに結界内に入ればよかったのに。今までなにをしていた、そしてなんのためにここで悠長な会話をしていたのだ。やけに得意気な顔をして消えていったが、やっていることが、まったく意味不明だな」


「シルガー!」


 客観的かつ冷静に感想を述べるシルガーの様子に、キアランはカッとなり、睨みつける。


「ああすまん。入ればいいなど、無神経な言葉だったな。でも、本当によくわからん男だ」


 キアランと花紺青(はなこんじょう)は、シルガーの言葉の途中で、もうシラカバの幹を走らせていた。


「ところで、キアラン。気付いたか? さっき――」


 シルガーの言葉の続きを待たず、守護軍の陣営の中へと、まっすぐに進むキアランと花紺青(はなこんじょう)


 オリヴィアさん、みんな、ルーイ……!


 皆の無事を、強く強く祈りながら――。




白銀(しろがね)さん、黒羽(くろは)さん――!」


 ソフィアの美しい瞳が、雪の夜空を飛んでくる白銀(しろがね)黒羽(くろは)の姿をとらえていた。そのときのソフィアには、黒羽(くろは)の黒い翼が、まるで希望を運ぶ天使の翼のように見えていた。

 

「あの従者たちか」


 赤朽葉(あかくちば)が呟く。


「ここにはもう、人間たちとあの従者たちしかいない。いずれも、私の敵ではない。あえて、ここで戦う理由はないな」


「なにを……!」


 テオドルが馬を走らせ、赤朽葉(あかくちば)に斬りかかる。


 ガッ……!


「テオドル!」


 ソフィアが叫ぶ。

 テオドルの剣は、棘のような毛でおおわれた、赤朽葉(あかくちば)の硬い腕に阻まれていた。そしてそのまま勢いよく払われ、テオドルの体は宙を舞う。


「うっ」


 テオドルのうめき声。誰もが、凍った雪の上に叩きつけられる音と同時に、うめき声がしたのかと想像した。しかしそれは、テオドルの体が地面に到達する前、空中での声だった。


「すまない、感謝する」


 礼を述べるテオドル。それは――。


「お前、骨が折れているようだ。心意気は褒めてあげる、でも、死に急いではいけない、決して」


 弾かれたテオドルを、空中で黒羽(くろは)が受け止めていたから。赤朽葉(あかくちば)の腕に振り払われた際、テオドルは骨折したようだった。

 急降下した白銀(しろがね)が、赤朽葉(あかくちば)に向かう。


 ガアアアッ!


 白銀(しろがね)の素早く力強い拳が到達する前に、赤朽葉(あかくちば)が衝撃波を放つ。

 白銀(しろがね)は、両腕を自分の前に交差させ腰を落とし、衝撃から身を守る姿勢のまま、吹き飛ばされる。白銀(しろがね)の全身から、血が噴き出す。

 しかし、後退させられた白銀(しろがね)は、次の瞬間、赤朽葉(あかくちば)に向かって駆け出していた。赤朽葉(あかくちば)の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。


「本当に、活きのいい爺さんだな、だが――」


 赤朽葉(あかくちば)の体が赤い光を放つ。赤朽葉(あかくちば)の変化にひるむことなく、白銀(しろがね)は拳を繰り出す。しかし、白銀(しろがね)の拳は、宙をかすめる。


「む……!」


 息をのむ白銀(しろがね)の右足を、赤朽葉(あかくちば)の鋭い爪がはらいのける。白銀(しろがね)は、足から血を流しつつ、大きく体のバランスを崩す。

 

白銀(しろがね)とやら。黒羽(くろは)同様、お前の急所が私には見える。と、いうことは、先ほども言ったが、お前は私の敵ではない。そして、人間ども。お前らはそもそも話にならん。私は、お前らとの戦いに時間を費やす暇も興味もない」


 赤朽葉(あかくちば)は、赤い光に包まれ、狼のような姿に変化していた。白銀(しろがね)の拳が空振りに終わったのは、赤朽葉(あかくちば)の姿が大きく変わったためだった。


「私は、黒裂丸(くろれつまる)と違って、戦いそのものに情熱をかたむけてはいないからな」


 白銀(しろがね)は、黙して駆け出す。血を流しながら、ひたすらに拳を固めて。


「やめておけ。情熱をかたむけてはいない、と言ったが、私も興奮すれば自分を律することが不可能になる」


 ざあっ。


 白銀(しろがね)の脇を、赤い光がすり抜ける。

 狼の姿のまま、赤朽葉(あかくちば)が駆け出していたのだ。

 

「聖なる白き雪、魔の力を――」


 アマリア、ダン、ライネが口々に攻撃魔法を叫ぶ。

 爆発音が響き、光が走る。

 しかし、赤朽葉(あかくちば)の勢いは止まらない。

 雪の上に、獣の足跡を残し、赤朽葉(あかくちば)の姿はあっという間に見えなくなった。


「自分を律することが不可能? 構わん……!」


 赤朽葉(あかくちば)を追うように、白銀(しろがね)が飛んで行く。

 黒羽(くろは)は、抱えていたテオドルを、ダンに託す。


「我らに任せよ。人間の体は、もろい。無理はいけない」

 

 黒羽(くろは)も、飛び立つ。守護軍の陣営のほうへ。


「我々も、守護軍の陣営へ……!」


 テオドルの号令で、ダン、アマリア、ライネ、ソフィア、そしてその他の剣士たちも、急ぎ馬を走らせ、守護軍の陣営を目指す。


「我らが四聖(よんせい)を守るのだ――!」


 それぞれの力が、守護軍の陣営に向け、結集する――。

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