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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第177話 生きろよ、そしてまた会おうぜ

 叩きつける雪、激しく明滅する夜空。

 ダン、アマリア、ライネは、魔の者たちの激闘に切り込んでいったキアランと花紺青(はなこんじょう)に、守護の魔法を送り続ける。

 テオドルやソフィア、他の剣士たちは、うかつに戦いの渦へ飛び込むわけにもいかず、歯がゆい思いを抱く。


「ダン殿、我々剣士にも守護の魔法を!」


 ついに、テオドルが叫んだ。

 

「我々は、もとより命を捧げる覚悟で来ている。キアランと花紺青(はなこんじょう)殿に加勢したい」


「しかし――」


 ダンは、術を送りながらテオドルのほうを振り返る。


「四天王の力の前では、人間の剣の威力など無力だということはわかっている。しかし、我々はここに来た。それは、我々でも勝機に繋がる一瞬というものを生み出せるかもしれない、そう信じているからだ」


 捨て駒――、そうなっても構わないのだとテオドルの燃える眼差しは訴える。

 ダンが口を開こうとするのを遮るように、テオドルは強い口調でさらに訴え続ける。


「もちろん、生きることを諦めてはいない。我々は、死ぬためではない、生きるために戦い続けてきた、誇り高き戦士なのだから」


 テオドルの言葉に、ソフィアが続ける。

 強く美しい光をたたえたソフィアの瞳は、決して揺らぐことがなかった。


「そうよ、ダン! だから、守護の魔法をお願いしたいの。私たちを、援護して! 私たちだって、地上のあの二体相手なら、なんとか戦えると思うの」


 ここにいる剣士たちの思いはひとつだった。テオドルについてきた剣士たちは、命令ではなく自分の意思で来ていたのだ。

 覚悟を決めた真剣な眼差しを受け――、ダン、アマリア、ライネは静かにうなずき合った。


「わかった。それでは、キアランの援護はアマリアに、剣士たちの援護は私とライネで行う」


「ありがとう、ダン殿」


「ダン、ありがとう」


 笑顔のテオドルとソフィア。吹雪に姿が紛れることなく、凛とする彼らの姿は、輝いて見えた。

 ダン、ライネ、アマリアは――、精一杯の笑顔を返す。


「進めーっ!」


 テオドルの号令で剣士たちは馬を走らせる。

 危険なのは皆同じだった。

 遠隔で魔法攻撃するダンたちも、直接攻撃をしかける剣士たちも。

 ダンとライネは、剣士たちに守護の魔法を送り続ける。

 ライネは――、自分のすぐ隣にいるダン、小さくなっていくソフィアの華奢な背中、そして先頭を進み皆の陰になってもう見えなくなったテオドルに、思いを馳せる。


 ソフィアを行かせたダンは――、どれほど辛い決断だったろうか。そして、テオドル――。きっと、彼は四聖(よんせい)であるユリアナさんの傍で、ユリアナさんを守りたかったはず――。


 ライネ自身も――、本当はオリヴィアの傍で戦いたいという気持ちが大きくあった。

 一人一人の剣士たち。その剣士たちにも守りたい人はいるはず。そして、その剣士を守りたい人も。


 絶対、守ってやる……! あの人たちを、ソフィアを、テオドルを……!


 皆の未来を守りたいと思った。

 強い魔法が、皆を包んでいた。




 黒裂丸(くろれつまる)は、大きく目を見開き、それから笑みを浮かべる。


「ほう、人間どもが、剣で戦おうとしている」


 か弱い生物のはずなのに、こういうところが面白いと黒裂丸(くろれつまる)は思う。

 剣で向かってくるのは、身の程を知らない愚かさなのではなく、自分の力を熟知したうえの、強い覚悟で挑んできているのだと黒裂丸(くろれつまる)にはわかっていた。


 人間。まったく、身体も精神も貧弱に見えて、なかなか侮れない。とんでもなく弱いやつから見どころのある強いやつまで、違う生物かと思うほどの個体差があって、実に興味深い連中だ。


 あの中の、一番強そうなやつ、先頭の男――テオドル――と戦ってみても面白そうだぞ、と黒裂丸(くろれつまる)は考える。


 戦うときは、一対一。人間の勇気を称え、飛び道具なし、俺の身体能力のみでやってみるか。


 そのとき、空から降ってきた、熱いエネルギー。

 青藍(せいらん)の衝撃波が、黒裂丸(くろれつまる)の考えを中断する。黒裂丸(くろれつまる)は、即座に飛び跳ね空からの攻撃をかわす。


 いやいや、今はそんな場合じゃなかったな。


 キアランと花紺青(はなこんじょう)の登場のおかげで、戦況は複雑化、黒裂丸(くろれつまる)も合間合間に思考する余裕ができていた。

 赤朽葉(あかくちば)に目をやれば、あいかわらず攻撃、防御と忙しく立ち回っている。


 あいつは、真面目だな。


 黒裂丸(くろれつまる)赤朽葉(あかくちば)を、そう評した。


 戦いの中の楽しみを見出そうとしない。


 強いのに、と思う。しかし、攻撃にせよ防御にせよ、直線的で遊びがない、臨機応変さに欠ける、と黒裂丸(くろれつまる)は感じていた。


 戦いの中の成長や変化のゆとりがない。これでは、四天王相手に勝てない。


 かくいう自分も、四天王二体相手では、生き延びるのは不可能と思う。


 人間の動きに、四天王どもも少しは気を取られていることだろう。今が、最大のチャンス――。

 

赤朽葉(あかくちば)!」


 黒裂丸(くろれつまる)は、赤朽葉(あかくちば)に向かって叫ぶ。


「俺は、抜けるぞ」


「なにっ」


 突然話しかけられ、赤朽葉(あかくちば)は少し驚いたように黒裂丸(くろれつまる)を振り返り見る。


「こんな面白い戦場を手放すのは、まったく俺らしくないが、ここを抜けさせてもらう!」


 爆発音。シルガーか、青藍(せいらん)の攻撃。盛大に雪煙が上がり、地面に大きな穴が開く。


「お前、なんで――」


 赤朽葉(あかくちば)が、叫び返す。


「なんで、って、そりゃあ四聖(よんせい)を手に入れたいからなあ! 残念な話だが、レッドスピネル様の仇討ちも、てめえの命さえも、四聖(よんせい)の力がなくちゃあ、ままならないだろうからなあ!」


「違う、」


 赤朽葉(あかくちば)が叫ぶ。


「私が聞きたいのは、そういう質問じゃない。なんで――」


「なんで?」


 オウム返しに黒裂丸(くろれつまる)が聞き返す。


「なんで、そんな決断をわざわざ私に言うかってことだ!」


 ああ、そんなことを聞きたいのか、と黒裂丸(くろれつまる)は少し拍子抜けする。


「黙って抜けちゃあ、お前に悪いだろう。俺の気分的にも、卑怯な真似みたいで、なんだか居心地悪いしなあ」


 爆発音。黒裂丸(くろれつまる)も、赤朽葉(あかくちば)も、なんとかかわしていた。


「そうだ、お前も、一緒に抜けるか?」


 一瞬の沈黙。赤朽葉(あかくちば)は、目を丸くしていた。


「誘わなくていい!」


 叫ぶ赤朽葉(あかくちば)


赤朽葉(あかくちば)


「なんだっ」


 まだ用があるのか、と言わんばかりに、乱暴に叫ぶ赤朽葉(あかくちば)


「……お前のタイミングで、逃げろよ」


 赤朽葉(あかくちば)は、黒裂丸(くろれつまる)を見つめる。


「生きろよ。赤朽葉(あかくちば)。俺も、生きるからさ」


「…………」


「また、会おうぜ」 


 黒裂丸(くろれつまる)は、ニッと笑う。

 それから、黒裂丸(くろれつまる)は球形の姿に戻った。そしてさらに、ぎゅっと身を小さく縮こまらせる。

 体を凝縮させボールのようになった黒裂丸(くろれつまる)は、深く雪の中に沈んでいく。そして、一気に雪をまき散らし、回転しながら勢いよく跳ね上がる。

 あっという間だった。黒裂丸(くろれつまる)は空へと飛び出す。

 すかさず、シルガー、青藍(せいらん)が、飛行する黒裂丸(くろれつまる)に衝撃波を放つ。


「まさか、俺の体の大きさの変化までは計算できんだろう!」


 的として今までより小さくなった黒裂丸(くろれつまる)は、四天王たちの攻撃の軌道からうまく外れることができた。

 キアランたちの上空を超え、黒裂丸(くろれつまる)は飛んで行く。

 守りの魔法に意識を専念させている人間たちの上空も、黒裂丸(くろれつまる)は難なく超えて行く。


「このまま、一気に四聖(よんせい)のところまで行くぜっ!」


 黒裂丸(くろれつまる)に、四聖(よんせい)の正確な居場所はわからない。


「まあ、たくさん人間たちのいるところを目指せば間違いないだろう」


 この先の人間たちも、骨のあるやつばかりだろうと思った。

 そして、まだ見ぬもう一体の四天王。どういうわけかなんの意図かわからないが、気配が異様に大きくなったり突然消えたりしている。しかし、その四天王とも間違いなく遭遇するだろうと思った。


「楽しみだな」


 黒裂丸(くろれつまる)は、四聖(よんせい)の力よりもまず、未知の出会いに心を弾ませていた。

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