第177話 生きろよ、そしてまた会おうぜ
叩きつける雪、激しく明滅する夜空。
ダン、アマリア、ライネは、魔の者たちの激闘に切り込んでいったキアランと花紺青に、守護の魔法を送り続ける。
テオドルやソフィア、他の剣士たちは、うかつに戦いの渦へ飛び込むわけにもいかず、歯がゆい思いを抱く。
「ダン殿、我々剣士にも守護の魔法を!」
ついに、テオドルが叫んだ。
「我々は、もとより命を捧げる覚悟で来ている。キアランと花紺青殿に加勢したい」
「しかし――」
ダンは、術を送りながらテオドルのほうを振り返る。
「四天王の力の前では、人間の剣の威力など無力だということはわかっている。しかし、我々はここに来た。それは、我々でも勝機に繋がる一瞬というものを生み出せるかもしれない、そう信じているからだ」
捨て駒――、そうなっても構わないのだとテオドルの燃える眼差しは訴える。
ダンが口を開こうとするのを遮るように、テオドルは強い口調でさらに訴え続ける。
「もちろん、生きることを諦めてはいない。我々は、死ぬためではない、生きるために戦い続けてきた、誇り高き戦士なのだから」
テオドルの言葉に、ソフィアが続ける。
強く美しい光をたたえたソフィアの瞳は、決して揺らぐことがなかった。
「そうよ、ダン! だから、守護の魔法をお願いしたいの。私たちを、援護して! 私たちだって、地上のあの二体相手なら、なんとか戦えると思うの」
ここにいる剣士たちの思いはひとつだった。テオドルについてきた剣士たちは、命令ではなく自分の意思で来ていたのだ。
覚悟を決めた真剣な眼差しを受け――、ダン、アマリア、ライネは静かにうなずき合った。
「わかった。それでは、キアランの援護はアマリアに、剣士たちの援護は私とライネで行う」
「ありがとう、ダン殿」
「ダン、ありがとう」
笑顔のテオドルとソフィア。吹雪に姿が紛れることなく、凛とする彼らの姿は、輝いて見えた。
ダン、ライネ、アマリアは――、精一杯の笑顔を返す。
「進めーっ!」
テオドルの号令で剣士たちは馬を走らせる。
危険なのは皆同じだった。
遠隔で魔法攻撃するダンたちも、直接攻撃をしかける剣士たちも。
ダンとライネは、剣士たちに守護の魔法を送り続ける。
ライネは――、自分のすぐ隣にいるダン、小さくなっていくソフィアの華奢な背中、そして先頭を進み皆の陰になってもう見えなくなったテオドルに、思いを馳せる。
ソフィアを行かせたダンは――、どれほど辛い決断だったろうか。そして、テオドル――。きっと、彼は四聖であるユリアナさんの傍で、ユリアナさんを守りたかったはず――。
ライネ自身も――、本当はオリヴィアの傍で戦いたいという気持ちが大きくあった。
一人一人の剣士たち。その剣士たちにも守りたい人はいるはず。そして、その剣士を守りたい人も。
絶対、守ってやる……! あの人たちを、ソフィアを、テオドルを……!
皆の未来を守りたいと思った。
強い魔法が、皆を包んでいた。
黒裂丸は、大きく目を見開き、それから笑みを浮かべる。
「ほう、人間どもが、剣で戦おうとしている」
か弱い生物のはずなのに、こういうところが面白いと黒裂丸は思う。
剣で向かってくるのは、身の程を知らない愚かさなのではなく、自分の力を熟知したうえの、強い覚悟で挑んできているのだと黒裂丸にはわかっていた。
人間。まったく、身体も精神も貧弱に見えて、なかなか侮れない。とんでもなく弱いやつから見どころのある強いやつまで、違う生物かと思うほどの個体差があって、実に興味深い連中だ。
あの中の、一番強そうなやつ、先頭の男――テオドル――と戦ってみても面白そうだぞ、と黒裂丸は考える。
戦うときは、一対一。人間の勇気を称え、飛び道具なし、俺の身体能力のみでやってみるか。
そのとき、空から降ってきた、熱いエネルギー。
青藍の衝撃波が、黒裂丸の考えを中断する。黒裂丸は、即座に飛び跳ね空からの攻撃をかわす。
いやいや、今はそんな場合じゃなかったな。
キアランと花紺青の登場のおかげで、戦況は複雑化、黒裂丸も合間合間に思考する余裕ができていた。
赤朽葉に目をやれば、あいかわらず攻撃、防御と忙しく立ち回っている。
あいつは、真面目だな。
黒裂丸は赤朽葉を、そう評した。
戦いの中の楽しみを見出そうとしない。
強いのに、と思う。しかし、攻撃にせよ防御にせよ、直線的で遊びがない、臨機応変さに欠ける、と黒裂丸は感じていた。
戦いの中の成長や変化のゆとりがない。これでは、四天王相手に勝てない。
かくいう自分も、四天王二体相手では、生き延びるのは不可能と思う。
人間の動きに、四天王どもも少しは気を取られていることだろう。今が、最大のチャンス――。
「赤朽葉!」
黒裂丸は、赤朽葉に向かって叫ぶ。
「俺は、抜けるぞ」
「なにっ」
突然話しかけられ、赤朽葉は少し驚いたように黒裂丸を振り返り見る。
「こんな面白い戦場を手放すのは、まったく俺らしくないが、ここを抜けさせてもらう!」
爆発音。シルガーか、青藍の攻撃。盛大に雪煙が上がり、地面に大きな穴が開く。
「お前、なんで――」
赤朽葉が、叫び返す。
「なんで、って、そりゃあ四聖を手に入れたいからなあ! 残念な話だが、レッドスピネル様の仇討ちも、てめえの命さえも、四聖の力がなくちゃあ、ままならないだろうからなあ!」
「違う、」
赤朽葉が叫ぶ。
「私が聞きたいのは、そういう質問じゃない。なんで――」
「なんで?」
オウム返しに黒裂丸が聞き返す。
「なんで、そんな決断をわざわざ私に言うかってことだ!」
ああ、そんなことを聞きたいのか、と黒裂丸は少し拍子抜けする。
「黙って抜けちゃあ、お前に悪いだろう。俺の気分的にも、卑怯な真似みたいで、なんだか居心地悪いしなあ」
爆発音。黒裂丸も、赤朽葉も、なんとかかわしていた。
「そうだ、お前も、一緒に抜けるか?」
一瞬の沈黙。赤朽葉は、目を丸くしていた。
「誘わなくていい!」
叫ぶ赤朽葉。
「赤朽葉」
「なんだっ」
まだ用があるのか、と言わんばかりに、乱暴に叫ぶ赤朽葉。
「……お前のタイミングで、逃げろよ」
赤朽葉は、黒裂丸を見つめる。
「生きろよ。赤朽葉。俺も、生きるからさ」
「…………」
「また、会おうぜ」
黒裂丸は、ニッと笑う。
それから、黒裂丸は球形の姿に戻った。そしてさらに、ぎゅっと身を小さく縮こまらせる。
体を凝縮させボールのようになった黒裂丸は、深く雪の中に沈んでいく。そして、一気に雪をまき散らし、回転しながら勢いよく跳ね上がる。
あっという間だった。黒裂丸は空へと飛び出す。
すかさず、シルガー、青藍が、飛行する黒裂丸に衝撃波を放つ。
「まさか、俺の体の大きさの変化までは計算できんだろう!」
的として今までより小さくなった黒裂丸は、四天王たちの攻撃の軌道からうまく外れることができた。
キアランたちの上空を超え、黒裂丸は飛んで行く。
守りの魔法に意識を専念させている人間たちの上空も、黒裂丸は難なく超えて行く。
「このまま、一気に四聖のところまで行くぜっ!」
黒裂丸に、四聖の正確な居場所はわからない。
「まあ、たくさん人間たちのいるところを目指せば間違いないだろう」
この先の人間たちも、骨のあるやつばかりだろうと思った。
そして、まだ見ぬもう一体の四天王。どういうわけかなんの意図かわからないが、気配が異様に大きくなったり突然消えたりしている。しかし、その四天王とも間違いなく遭遇するだろうと思った。
「楽しみだな」
黒裂丸は、四聖の力よりもまず、未知の出会いに心を弾ませていた。




