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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第176話 お前が決めた選択肢

 キアランは、蒼井の盾を掲げながら、灼熱と光の中を突き進む。

 空は、魔の者の戦場となっていた。

 

花紺青(はなこんじょう)、あの四天王のもとへ、頼む」


 キアランは、蒼井の盾、皆の魔法の守護、そして花紺青(はなこんじょう)の運転のおかげで、激しくぶつかり合う魔の者たちのエネルギーの中、突き進んでいた。


 速い……!


 風のように飛び続けるシルガーと四天王青藍(せいらん)。地上の従者たちからの攻撃をかわし、または迎え撃っていた。


「キアラン。皆の守りの魔法があるから、大丈夫かもと思うけど――。振り落とされよう、めちゃくちゃ頑張ってね」


 キアランの背に、花紺青(はなこんじょう)が言葉をかける。


花紺青(はなこんじょう)、シルガーたちに追いつくことができるか?」


 分厚い雪雲を割り、そしてその次の瞬間には雪原を滑るがごとく、縦横無尽に大きく空を駆け巡るシルガーと青藍(せいらん)の姿を目で追いながら、キアランが尋ねる。

 花紺青(はなこんじょう)の、えへん、とひとつ、咳払い。


「まかせて。この花紺青(はなこんじょう)の匠の技、あまさず披露しちゃうから」


 匠の、技――。


 ごうっ。


 なんだこりゃーっ!


 思わず心の中で叫ぶキアラン。

 想像以上の匠の技だった。


「おや。四天王のご子息」


 逆さまの顔の青藍(せいらん)が、目と鼻の先にあった。青藍(せいらん)は、地上へ急降下の途中だった。

 キアランも逆さまの状態で急降下している。キアランの足は、不思議なことにシラカバの幹についたままだった。まるで、見えない紐か何かで繋がっているようだった。皆の、守りの魔法の効力に違いない。


 斬るっ!


 キアランの金の右目が光る。

 強い風を受けながら、天風の剣を横一文字に振り抜く。


「なんとまあ、威勢のいいことで」


 青藍(せいらん)は落下し続けながらも、キアランに風を送るかのように、大きな音を立て四枚の翼を羽ばたかせ、キアランとの距離を取る。


 うっ。


 青藍(せいらん)の翼の風圧で、シラカバの幹ごとキアランと花紺青(はなこんじょう)は押されていた。笑みを浮かべながら、青藍(せいらん)は浮上を始める。


「ご子息とその後ろのおぼっちゃん。まとめて燃やしてあげましょう。その丸太もあなたがたも、きっとよく燃えるはずですよ」


 青藍(せいらん)が、衝撃波を放つ――。


「おぼっちゃん、って言うな! 花紺青(はなこんじょう)様と呼べ!」


 青藍(せいらん)の炎のような衝撃波をよけ、花紺青(はなこんじょう)は見事な匠の技で、シラカバの幹ごとキアランの体を上昇させていた。青藍(せいらん)の衝撃波は、吹雪の向こうへ消えていく。


花紺青(はなこんじょう)様? 誰もお前のことをそんなふうに呼んだことはなかったが。これからは、私もそう呼んだほうがいいか?」


「キアラン! 変なとこに食いつかないでっ」


 肩越しに見た花紺青(はなこんじょう)は、赤面して頬を膨らませていた。

 青藍(せいらん)に追いつく。


 斬る!


 天風の剣が、光の軌跡を描き続ける。青藍(せいらん)は、薄笑いを浮かべ、剣筋をかわし続ける。


「先ほどのように油断しません。もう、やられるわけにはいきませんから。それより――、気が付いていますか?」


 なにを、とキアランは思った。


「地上の従者たちの攻撃が、こちらに来ないことを」


 そういえば、そうだった。熱風のような攻撃が、あまり気にならなくなっていた。


「あなたはご友人が多いようだ。しかも、四天王の」


「なにが言いたいっ!」


 ふっ、と笑う、青藍(せいらん)


「シルガー様が、地上のふたりの攻撃がこちらにこないよう奮闘されております。つまり、私と接近戦をしているあなたに、危険が及ばないようにというご配慮でしょう」


 ハッとした。


「そのうえ、どういうわけか、シルガー様は人間どもにも目を配ってらっしゃるご様子。実にお忙しいことです」


 この男は、なにを言いたいんだろう――、キアランは魔の者、四天王である青藍(せいらん)の薄笑いの意味を探る。 


「私としては、お相手するのがあなたと後ろのおぼっちゃんだけ。お気を悪くしたらすみません、楽をさせてもらっております」


 悪意。人のような、悪意。揺さぶりをかけているのか、楽しんでいるだけなのか――。


 細く鋭い目が、キアランを見据える。


「あなたがたが、参戦したのは果たして意義があるのかそうでないのか――」


 皆を守りたいと思った。

 シルガーを助けたいと思った。

 肌を打つ、雪の冷たさ。尖った氷の矢のように、キアランの胸を貫く。 


 私は、足手まといだ――。


 それだけじゃない、とキアランは思う。

 

 付き従ってくれる、花紺青(はなこんじょう)も、私を守ろうとしている皆も、危険に晒してしまっている――。


 キアランの鼓動が、冷たく脈打つ。自分の判断は、大きな誤りだったのではないかと――。


「結果論など、今はどうでもいいだろう」


 キアランの揺れる心を、引き戻す声。

 雪の冷たさは、自然現象であると思い出す。

 青藍(せいらん)の背後に、いつの間にか――、腕組みをしたシルガーがいた。


「シルガー!」


 シルガーとキアランに挟まれた形の青藍(せいらん)は、ふう、と呆れたようにため息をつく。


「ほうら。ご子息が至近距離にいるから、私を討てるせっかくのチャンスにも、シルガー様は衝撃波を使えないでしょう」


「キアラン。気にするな。こいつは、私と同類で、ただ無駄口の多い男なだけだ」


 自分で無駄口が多いって、認めちゃうんだ。


 一瞬、時が止まる。しかし、それもほんのわずかな時間だった。地上の従者たちの攻撃が、襲ってきたのである。

 青藍(せいらん)は右方向に、キアランと花紺青(はなこんじょう)、シルガーは揃って左方向に大きく飛び避ける。

 追ってくる黒い砲弾のような攻撃。シルガーはそれを衝撃波で粉砕する。爆風にバランスを崩しそうななりつつ、キアランはシルガーに呼びかける。

 

「シルガー。すまない。やつの言う通りだ」


「なぜ謝る。お前が決めた選択肢だ。誰かに謝る必要があるか」


「……私は、弱い」


「なにを基準に言っているんだ。お前の理想か?」


「違う」


「理想に対して言ってるのなら、なにも言えることはないがな」


 シルガーは、キアランを改めて真正面から見据え、言葉を続ける。


「あの男の腕。あれを斬ったんだってな。お前が弱いということは、あいつも弱いということか?」


 そうだ――。私は――。


 シルガーは、ただ微笑んでいた。

 キアランの心に、数々の戦いの記憶が蘇る。


 私は――!


「シルガー」


 キアランの目に、体に、力がみなぎり始める。


「頼みがある」


 熱風。これは、青藍(せいらん)からの衝撃波なのだろう。いったんキアランたちとシルガーは、距離を取る。


「なんだ。頼みごとか。珍しいな。余計なことをするな、とよく言っていたのに」


 シルガーは、キアランたちと並んで飛んでいた。

 キアランとシルガーの会話は、青藍(せいらん)には聞こえない。


「私に、もう一度炎の剣を貸してくれないか」


 シルガーは、ふっ、と笑ってからキアランの背を勢いよく叩いた。そして、あっという間に空高く飛んで行く。


 ありがとう。シルガー……!


 キアランの背中、体の奥。そこにはかつてのように、炎の剣があった。

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