第176話 お前が決めた選択肢
キアランは、蒼井の盾を掲げながら、灼熱と光の中を突き進む。
空は、魔の者の戦場となっていた。
「花紺青、あの四天王のもとへ、頼む」
キアランは、蒼井の盾、皆の魔法の守護、そして花紺青の運転のおかげで、激しくぶつかり合う魔の者たちのエネルギーの中、突き進んでいた。
速い……!
風のように飛び続けるシルガーと四天王青藍。地上の従者たちからの攻撃をかわし、または迎え撃っていた。
「キアラン。皆の守りの魔法があるから、大丈夫かもと思うけど――。振り落とされよう、めちゃくちゃ頑張ってね」
キアランの背に、花紺青が言葉をかける。
「花紺青、シルガーたちに追いつくことができるか?」
分厚い雪雲を割り、そしてその次の瞬間には雪原を滑るがごとく、縦横無尽に大きく空を駆け巡るシルガーと青藍の姿を目で追いながら、キアランが尋ねる。
花紺青の、えへん、とひとつ、咳払い。
「まかせて。この花紺青の匠の技、あまさず披露しちゃうから」
匠の、技――。
ごうっ。
なんだこりゃーっ!
思わず心の中で叫ぶキアラン。
想像以上の匠の技だった。
「おや。四天王のご子息」
逆さまの顔の青藍が、目と鼻の先にあった。青藍は、地上へ急降下の途中だった。
キアランも逆さまの状態で急降下している。キアランの足は、不思議なことにシラカバの幹についたままだった。まるで、見えない紐か何かで繋がっているようだった。皆の、守りの魔法の効力に違いない。
斬るっ!
キアランの金の右目が光る。
強い風を受けながら、天風の剣を横一文字に振り抜く。
「なんとまあ、威勢のいいことで」
青藍は落下し続けながらも、キアランに風を送るかのように、大きな音を立て四枚の翼を羽ばたかせ、キアランとの距離を取る。
うっ。
青藍の翼の風圧で、シラカバの幹ごとキアランと花紺青は押されていた。笑みを浮かべながら、青藍は浮上を始める。
「ご子息とその後ろのおぼっちゃん。まとめて燃やしてあげましょう。その丸太もあなたがたも、きっとよく燃えるはずですよ」
青藍が、衝撃波を放つ――。
「おぼっちゃん、って言うな! 花紺青様と呼べ!」
青藍の炎のような衝撃波をよけ、花紺青は見事な匠の技で、シラカバの幹ごとキアランの体を上昇させていた。青藍の衝撃波は、吹雪の向こうへ消えていく。
「花紺青様? 誰もお前のことをそんなふうに呼んだことはなかったが。これからは、私もそう呼んだほうがいいか?」
「キアラン! 変なとこに食いつかないでっ」
肩越しに見た花紺青は、赤面して頬を膨らませていた。
青藍に追いつく。
斬る!
天風の剣が、光の軌跡を描き続ける。青藍は、薄笑いを浮かべ、剣筋をかわし続ける。
「先ほどのように油断しません。もう、やられるわけにはいきませんから。それより――、気が付いていますか?」
なにを、とキアランは思った。
「地上の従者たちの攻撃が、こちらに来ないことを」
そういえば、そうだった。熱風のような攻撃が、あまり気にならなくなっていた。
「あなたはご友人が多いようだ。しかも、四天王の」
「なにが言いたいっ!」
ふっ、と笑う、青藍。
「シルガー様が、地上のふたりの攻撃がこちらにこないよう奮闘されております。つまり、私と接近戦をしているあなたに、危険が及ばないようにというご配慮でしょう」
ハッとした。
「そのうえ、どういうわけか、シルガー様は人間どもにも目を配ってらっしゃるご様子。実にお忙しいことです」
この男は、なにを言いたいんだろう――、キアランは魔の者、四天王である青藍の薄笑いの意味を探る。
「私としては、お相手するのがあなたと後ろのおぼっちゃんだけ。お気を悪くしたらすみません、楽をさせてもらっております」
悪意。人のような、悪意。揺さぶりをかけているのか、楽しんでいるだけなのか――。
細く鋭い目が、キアランを見据える。
「あなたがたが、参戦したのは果たして意義があるのかそうでないのか――」
皆を守りたいと思った。
シルガーを助けたいと思った。
肌を打つ、雪の冷たさ。尖った氷の矢のように、キアランの胸を貫く。
私は、足手まといだ――。
それだけじゃない、とキアランは思う。
付き従ってくれる、花紺青も、私を守ろうとしている皆も、危険に晒してしまっている――。
キアランの鼓動が、冷たく脈打つ。自分の判断は、大きな誤りだったのではないかと――。
「結果論など、今はどうでもいいだろう」
キアランの揺れる心を、引き戻す声。
雪の冷たさは、自然現象であると思い出す。
青藍の背後に、いつの間にか――、腕組みをしたシルガーがいた。
「シルガー!」
シルガーとキアランに挟まれた形の青藍は、ふう、と呆れたようにため息をつく。
「ほうら。ご子息が至近距離にいるから、私を討てるせっかくのチャンスにも、シルガー様は衝撃波を使えないでしょう」
「キアラン。気にするな。こいつは、私と同類で、ただ無駄口の多い男なだけだ」
自分で無駄口が多いって、認めちゃうんだ。
一瞬、時が止まる。しかし、それもほんのわずかな時間だった。地上の従者たちの攻撃が、襲ってきたのである。
青藍は右方向に、キアランと花紺青、シルガーは揃って左方向に大きく飛び避ける。
追ってくる黒い砲弾のような攻撃。シルガーはそれを衝撃波で粉砕する。爆風にバランスを崩しそうななりつつ、キアランはシルガーに呼びかける。
「シルガー。すまない。やつの言う通りだ」
「なぜ謝る。お前が決めた選択肢だ。誰かに謝る必要があるか」
「……私は、弱い」
「なにを基準に言っているんだ。お前の理想か?」
「違う」
「理想に対して言ってるのなら、なにも言えることはないがな」
シルガーは、キアランを改めて真正面から見据え、言葉を続ける。
「あの男の腕。あれを斬ったんだってな。お前が弱いということは、あいつも弱いということか?」
そうだ――。私は――。
シルガーは、ただ微笑んでいた。
キアランの心に、数々の戦いの記憶が蘇る。
私は――!
「シルガー」
キアランの目に、体に、力がみなぎり始める。
「頼みがある」
熱風。これは、青藍からの衝撃波なのだろう。いったんキアランたちとシルガーは、距離を取る。
「なんだ。頼みごとか。珍しいな。余計なことをするな、とよく言っていたのに」
シルガーは、キアランたちと並んで飛んでいた。
キアランとシルガーの会話は、青藍には聞こえない。
「私に、もう一度炎の剣を貸してくれないか」
シルガーは、ふっ、と笑ってからキアランの背を勢いよく叩いた。そして、あっという間に空高く飛んで行く。
ありがとう。シルガー……!
キアランの背中、体の奥。そこにはかつてのように、炎の剣があった。




