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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
173/198

第173話 成長と、戦闘、突き進む、皆

 銀の風と、青の風。

 凍り付いた暗い空に、強い熱を生み出しながら、交差する二つの力。

 四天王シルガーと四天王青藍(せいらん)が、激闘を繰り広げていた。

 

 ゴオオッ!


 青い炎のような衝撃波が、シルガーの銀の髪を揺らし頬をかすめ、まっすぐ天へと突き抜けていく。


 不思議だ。


 シルガーは青藍(せいらん)の衝撃波をかわしながら思う。


 少しずつだが、見えてきた。


 青藍(せいらん)の速度は驚異的だった。しかし、シルガーの目が、体が、なにかを掴みつつあった。

 シルガーは、風を切りながら、ふと思う。


 きっとキアランも、こんな感覚なのだろうな。


 キアランの戦士としての成長を、シルガーは興味深く観察してきた。魔の者と苦戦しつつ手探りで進んできたキアランが、今や四天王と堂々と渡り合うほどの力をつけている。常に支えてくれる誰かの力があるため、おそらくキアラン本人はあまり自覚していないだろうが、目覚ましい成長ぶりだった。

 シルガーは、まさか今さら自分が、キアランではなく自身の成長を冷静に観察することとなるとは、と苦笑する。

 そして、感慨を持って自分の心の動きを見つめていた。


 これは、喜び。


 成長していることの、喜び。


 四天王とは、終わりではなくさらなる始まりだったのか。

 

『……パールは、アンバー、あなたであり、そして私だ』


 深海で四天王アンバーに伝えた言葉を、シルガーは思い出す。


 あのときアンバーは、際限ない強さの先には滅びしかない、と言っていた。しかし、私は――。


 純粋な喜びを感じていた。それは、とてもシンプルなもの。

 今、変化している、つまり、生きているということの、喜び。シンプルだが、とても力強い喜び――。


 私は、自分自身の進化を楽しんでいる――。


 大きくなっていく力は、滅びではなく、守るために。そこまで考え、シルガーは静かに首を振る。


 いや。そもそも、力がより大きくなど、なっていないのかもしれない。ただ、集中すべきところに集中し、いらない部分をそぎ落とし、必要なところに盛り足すようにして、その場に応じた形にうまく適応させているだけなのかもしれない。


 今の自分が大きな力を持っているなど、自分中心の視点の、おごりに過ぎないのかもしれないとシルガーは思う。

 空の月を、星を、覆い隠す分厚い雪雲。大地で右往左往している人間同様、自分の存在などちっぽけだと思う。


 四天王アンバー。もしあなたが今の私を見たら、どう思うのだろうか?


 ゴッ……!


 轟音と熱が、シルガーの脇をすり抜ける。シルガーは、青藍(せいらん)との戦闘を忘れていたわけではないが、改めて意識を戻す。


 まったく、少しの感傷も許さないのか。無粋な男だ。


 戦闘のさなかにいるのだから、至極当然のことなのだが。無粋も粋も、あったものではない。


 全力で挑まないと、永遠に感傷すらできなくなるな。


 シルガーの銀の瞳に、ひときわ強いエネルギーが満ちる。まるで、月が満ちたかのように――。

 シルガーの手のひらから、雷のような衝撃波が放たれる。降る雪を燃やし尽くす勢いで、四天王青藍(せいらん)へ向け――。 


「いけませんね」


 青藍(せいらん)が、そう呟きながら衝撃波をかわし、急浮上する。青藍(せいらん)は、上空を飛ぶシルガーのはるか下方、一本の針葉樹の先端あたりの位置にいた。それが、言葉を言い終えるやいなや、シルガーの目線と同じところまで移動する。


「あなたの速度が、確実に上がっている。あなたは、完成形ではなかったのですね。生まれ持った強さをお持ちながら、さらに成長を続けている。即倒さねばならない相手、改めて強く感じます」


 青藍(せいらん)はそう話しながら、正対するシルガーに向け、眉一つ動かさず、素早く衝撃波を放った。


「む……!」


 シルガーは、もうすでにそこにはいなかった。

 

「悪い。このままでは、お前の言っていた、漁夫の利の予言が成立しそうなのでな」


 シルガーは守護軍のほうへと雪原を走る赤朽葉(あかくちば)黒裂丸(くろれつまる)の姿を認め、そちらへ向かって飛行していた。

 そしてシルガーは、後方の青藍(せいらん)に向かって叫ぶ。


「先ほどのように、会話に気を取られ攻撃を受けるなどという、愚かな失敗はしない。私も学習したからな」


「……まあ、通用するとは思いませんでしたが」


 笑い、青藍(せいらん)も守護軍のほうへと向かう。




 花紺青(はなこんじょう)の操るシラカバの幹に乗り空に浮かぶ、キアラン、花紺青(はなこんじょう)、そしてアマリア。


「四天王と、その従者たちがこちらに向かってくる――」


 それぞれが、オニキスではない脅威が近付いてくることを感知していた。


「シルガー! シルガーもいる……! しかし――」


 改めてシルガーの無事を喜ぶキアラン。しかし、いくらシルガーがいても、先ほどのように遠方から強力な衝撃波を放たれたのでは、守護軍への被害は計り知れない。


 守護軍だけじゃない。このままではアマリアさんも危険だ……!


 アマリアを抱え、キアランが考えたときだった。


「アマリアッ!」


 ダンが渾身の力を込め、シトリンの魔法の杖をアマリアに投げていた。シトリンの魔法の杖は、回転しながらアマリアのほうへと飛んで行く。


「ありがとう、兄さん!」


 バシッと心地よい音を立て、受け取る。

 アマリアは、シトリンの強力な魔法の杖を手にする。


「バームス!」


 眼下には、いつの間にかアマリアを追いかけるように、アマリアの愛馬バームスが走っていた。


「キアランさん、私はバームスに乗って戦います」


「アマリアさん!」


 アマリアはキアランに宣言すると同時に、呪文を唱える。キアランが戸惑う中、アマリアの体がふわりと空中に浮いていた。そしてそのままアマリアは、バームスに向かって飛び降りた。

 アマリアがバームスの背に飛び乗るような形で着地、バームスは心得たとばかり、雪原を駆ける。


「私たちも、行く! オリヴィアさんは、ここでこのまま守護軍全体の守護を!」


 ダン、ライネ、ソフィアもそれぞれの馬を走らせた。

 テオドルや、他の剣士たちもダンに続く。


 皆……!


 キアランは、天風の剣を握りしめる。

 キアラン、花紺青(はなこんじょう)を乗せたシラカバの幹が、空を突き進む。

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