第173話 成長と、戦闘、突き進む、皆
銀の風と、青の風。
凍り付いた暗い空に、強い熱を生み出しながら、交差する二つの力。
四天王シルガーと四天王青藍が、激闘を繰り広げていた。
ゴオオッ!
青い炎のような衝撃波が、シルガーの銀の髪を揺らし頬をかすめ、まっすぐ天へと突き抜けていく。
不思議だ。
シルガーは青藍の衝撃波をかわしながら思う。
少しずつだが、見えてきた。
青藍の速度は驚異的だった。しかし、シルガーの目が、体が、なにかを掴みつつあった。
シルガーは、風を切りながら、ふと思う。
きっとキアランも、こんな感覚なのだろうな。
キアランの戦士としての成長を、シルガーは興味深く観察してきた。魔の者と苦戦しつつ手探りで進んできたキアランが、今や四天王と堂々と渡り合うほどの力をつけている。常に支えてくれる誰かの力があるため、おそらくキアラン本人はあまり自覚していないだろうが、目覚ましい成長ぶりだった。
シルガーは、まさか今さら自分が、キアランではなく自身の成長を冷静に観察することとなるとは、と苦笑する。
そして、感慨を持って自分の心の動きを見つめていた。
これは、喜び。
成長していることの、喜び。
四天王とは、終わりではなくさらなる始まりだったのか。
『……パールは、アンバー、あなたであり、そして私だ』
深海で四天王アンバーに伝えた言葉を、シルガーは思い出す。
あのときアンバーは、際限ない強さの先には滅びしかない、と言っていた。しかし、私は――。
純粋な喜びを感じていた。それは、とてもシンプルなもの。
今、変化している、つまり、生きているということの、喜び。シンプルだが、とても力強い喜び――。
私は、自分自身の進化を楽しんでいる――。
大きくなっていく力は、滅びではなく、守るために。そこまで考え、シルガーは静かに首を振る。
いや。そもそも、力がより大きくなど、なっていないのかもしれない。ただ、集中すべきところに集中し、いらない部分をそぎ落とし、必要なところに盛り足すようにして、その場に応じた形にうまく適応させているだけなのかもしれない。
今の自分が大きな力を持っているなど、自分中心の視点の、おごりに過ぎないのかもしれないとシルガーは思う。
空の月を、星を、覆い隠す分厚い雪雲。大地で右往左往している人間同様、自分の存在などちっぽけだと思う。
四天王アンバー。もしあなたが今の私を見たら、どう思うのだろうか?
ゴッ……!
轟音と熱が、シルガーの脇をすり抜ける。シルガーは、青藍との戦闘を忘れていたわけではないが、改めて意識を戻す。
まったく、少しの感傷も許さないのか。無粋な男だ。
戦闘のさなかにいるのだから、至極当然のことなのだが。無粋も粋も、あったものではない。
全力で挑まないと、永遠に感傷すらできなくなるな。
シルガーの銀の瞳に、ひときわ強いエネルギーが満ちる。まるで、月が満ちたかのように――。
シルガーの手のひらから、雷のような衝撃波が放たれる。降る雪を燃やし尽くす勢いで、四天王青藍へ向け――。
「いけませんね」
青藍が、そう呟きながら衝撃波をかわし、急浮上する。青藍は、上空を飛ぶシルガーのはるか下方、一本の針葉樹の先端あたりの位置にいた。それが、言葉を言い終えるやいなや、シルガーの目線と同じところまで移動する。
「あなたの速度が、確実に上がっている。あなたは、完成形ではなかったのですね。生まれ持った強さをお持ちながら、さらに成長を続けている。即倒さねばならない相手、改めて強く感じます」
青藍はそう話しながら、正対するシルガーに向け、眉一つ動かさず、素早く衝撃波を放った。
「む……!」
シルガーは、もうすでにそこにはいなかった。
「悪い。このままでは、お前の言っていた、漁夫の利の予言が成立しそうなのでな」
シルガーは守護軍のほうへと雪原を走る赤朽葉、黒裂丸の姿を認め、そちらへ向かって飛行していた。
そしてシルガーは、後方の青藍に向かって叫ぶ。
「先ほどのように、会話に気を取られ攻撃を受けるなどという、愚かな失敗はしない。私も学習したからな」
「……まあ、通用するとは思いませんでしたが」
笑い、青藍も守護軍のほうへと向かう。
花紺青の操るシラカバの幹に乗り空に浮かぶ、キアラン、花紺青、そしてアマリア。
「四天王と、その従者たちがこちらに向かってくる――」
それぞれが、オニキスではない脅威が近付いてくることを感知していた。
「シルガー! シルガーもいる……! しかし――」
改めてシルガーの無事を喜ぶキアラン。しかし、いくらシルガーがいても、先ほどのように遠方から強力な衝撃波を放たれたのでは、守護軍への被害は計り知れない。
守護軍だけじゃない。このままではアマリアさんも危険だ……!
アマリアを抱え、キアランが考えたときだった。
「アマリアッ!」
ダンが渾身の力を込め、シトリンの魔法の杖をアマリアに投げていた。シトリンの魔法の杖は、回転しながらアマリアのほうへと飛んで行く。
「ありがとう、兄さん!」
バシッと心地よい音を立て、受け取る。
アマリアは、シトリンの強力な魔法の杖を手にする。
「バームス!」
眼下には、いつの間にかアマリアを追いかけるように、アマリアの愛馬バームスが走っていた。
「キアランさん、私はバームスに乗って戦います」
「アマリアさん!」
アマリアはキアランに宣言すると同時に、呪文を唱える。キアランが戸惑う中、アマリアの体がふわりと空中に浮いていた。そしてそのままアマリアは、バームスに向かって飛び降りた。
アマリアがバームスの背に飛び乗るような形で着地、バームスは心得たとばかり、雪原を駆ける。
「私たちも、行く! オリヴィアさんは、ここでこのまま守護軍全体の守護を!」
ダン、ライネ、ソフィアもそれぞれの馬を走らせた。
テオドルや、他の剣士たちもダンに続く。
皆……!
キアランは、天風の剣を握りしめる。
キアラン、花紺青を乗せたシラカバの幹が、空を突き進む。




