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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
171/198

第171話 待ち望んだ、この瞬間

 闇の時間が訪れていた。


 力が、みなぎる……!


 眠りから目覚めた、聖地ノースストルム峡谷の魔の者たち。


 もうすぐ、空の窓が開く! 四聖(よんせい)たちのもとへ行かねば――!


 四聖(よんせい)を殺し、その力をわがものとしようとする者たち、あるいは、四聖(よんせい)を守ろうとする者たち。それぞれの思惑の中、魔の者たちは四聖(よんせい)のいる守護軍の結界を目指し、立ち上がる。

 分厚い雪雲の上、星が動いていた。

 空の窓が開く、百年に一度の配置へと――。




「これだけ近付けば、俺にだってわかるぞ」


 どうして自分が眠っていたのか、さっぱりわからないが、黒裂丸(くろれつまる)は守護軍の結界を目指し雪原を駆けていた。


「お?」


 黒裂丸(くろれつまる)は、空を見上げた。

 強いエネルギーが自分の上を飛び越し、そして遠ざかっていくのを感じたのだ。


「今のは、青藍(せいらん)……!」


 しかし、なぜ、と思った。飛び去っていった青藍(せいらん)は、自分が感じる人間たちの居場所と、違った方角へ向かっていたのだ。


四聖(よんせい)のもとへ行くつもりじゃなかったのか?」


 少し不思議に思いつつ、黒裂丸(くろれつまる)は気を取り直し、改めて前方を見据える。


「俺は青藍(せいらん)を討つ! しかし、四聖(よんせい)のエネルギーを得るのが先だ!」


 黒裂丸(くろれつまる)が雪を蹴散らし、駆け出そうとしたときだった。


黒裂丸(くろれつまる)! そっちじゃない!」


 黒裂丸(くろれつまる)は、思いがけない声に少し戸惑う。

 赤朽葉(あかくちば)の声だった。


赤朽葉(あかくちば)? なにを言って――」


「そっちにいると見せかけているのは、人間のかけた術、まやかしだ。人間たちは青藍(せいらん)の向かった方角にいる」


 赤朽葉(あかくちば)は、魔の者の中でも特に優れた嗅覚を持つ。赤朽葉(あかくちば)の感覚が間違いないことは、あきらかだ。


「なんだって……! それじゃあ、青藍(せいらん)に先を越されるじゃないか……!」


 黒裂丸(くろれつまる)は、魔導士オリヴィアがいくつか施しておいた『偽魂(ぎこん)の法』により、守護軍の位置を見誤っていたのだった。

 一度はオリヴィアの『偽魂(ぎこん)の法』に惑わされた青藍(せいらん)だったが、今度は確実に守護軍のほうへと向かっていた。


「くそ、青藍(せいらん)め……!」


 黒裂丸(くろれつまる)が吐き捨てるように叫び、そして空へ視線を映すと、まるで青藍(せいらん)の後を追うような、銀の風。


「あれは――。四天王シルガー!」


 シルガーが、青藍(せいらん)を追って飛んでいた。


「くそ、青藍(せいらん)と戦っていたあいつも、強いエネルギーのままか!」


 黒裂丸(くろれつまる)は、思わず叫ぶ。

 

「そもそも、力がすっかり回復しているのは俺だけじゃなかったのか。まあ、急に眠くなって寝てしまったのも変だし……。いったいなにが起こっているのか。まったくわけがわからん……!」


 自分の理解を超えたことが起こっていることに、納得がいかない様子の黒裂丸(くろれつまる)は、ひとりわめきたてる。


「なあ、赤朽葉(あかくちば)。お前、どうなってるか、わかるか?」


「先に行くぞ。黒裂丸(くろれつまる)


 赤朽葉(あかくちば)は、黒裂丸(くろれつまる)の問いに答えることなく走り出していた。


「し、しまった! お前のほうが、俺より足が速い――」


 くそ、どいつもこいつも、などと叫びながら黒裂丸(くろれつまる)も駆け出す。

 それぞれ四聖(よんせい)を目指して――。




 シルガーは青藍(せいらん)を追いつつ、二体の魔の者たち――赤朽葉(あかくちば)黒裂丸(くろれつまる)――もこちらに向かっていると感じ取る。


 止まった時間が動き出した。一斉にスタートか。


 自分同様、やはり他の者たちもエネルギーに満ち溢れている、と思った。

 シルガーは銀の髪をなびかせ、さらに飛行速度を上げつつ、意識を遠方の白銀(しろがね)黒羽(くろは)のほうへと伸ばす。


 よし。結局、どういうことだったのかわからんままだが――、白銀(しろがね)黒羽(くろは)も動き始めているようだ。


 シトリンたちは、とシルガーがシトリンたちがどの辺りにいるのか探ろうとした、そのときだった。


「おや。あなたも、無事でしたか」


 今まで飛行を続けていた青藍(せいらん)が、不意に空中で止まり、振り返る。


「ああ。まあな」


 シルガーもその場で止まる。対峙するふたりの間を、雪が、ごうごうと吹き抜けていく。


「しかしこの通り、高い衣服が台無しだ」


 さして困ったふうでもなく、シルガーは言う。それから、


「腕が一本、無いな。まあ、今までが多過ぎたのかな?」


 さらりと指摘し、笑みを浮かべる。

 青藍(せいらん)は、ふう、とため息をつく。


「四天王と人間の、ご子息ですよ」


 青藍(せいらん)は、正直に答えていた。


「なるほど」


「とはいえ、この通り私の力はすっかり回復しています」


「確かに元気そうだ。追いかけるのに、苦労した」


 シルガーの言葉を無視し、青藍(せいらん)が口を開く。


「お互い、これ以上衝突するのはあまり有益とは思えません」


 青藍(せいらん)は淡々と、しかし強い口調で言い切った。 


「……なにが言いたい?」


「空の窓が開くときは、もうまもなくです。他の従者たちもおります」


 青藍(せいらん)は空を見上げ、それから地上を見渡す。他の魔の者たちも集結しつつあることを、青藍(せいらん)も感じているようだった。


「人間社会で、『漁夫の利』という言葉を聞いたことがあります」


「ほう」


 シルガーは、首をかすかに傾け、腕組みした。


「我々が戦っている隙に、他の者がまんまと四聖(よんせい)を得る、という可能性があります」


 青藍(せいらん)は、五本の腕のうち一本の腕の手のひらを、シルガーのほうへ向けた。


「この際、折半する、というのはどうでしょう」


「折半?」


「はい。ちょうどふたつずつ、我々で分けるということで――」


 四聖(よんせい)を、ふたつずつ(・・・・・)――。


 黒い空に、白のつぶてが乱れ飛ぶ。暴れ続ける風に、銀の髪が流されるままにして、シルガーは、ゆっくりと口を開いた。


「……お前は、とんだ勘違いをしているな」


「やはり、目の前のチャンスは、すべて手に入れたいと、そうお望みですか……?」


 すべて手に入れる――。


「まあ、そんなところだ」


 シルガーが笑みを浮かべる。


「欲張りですね」


 青藍(せいらん)も、笑みを返す。


「ああ。私は、欲張りなのさ」


「……理想を申し上げれば、私も同じなのですけれど」


 笑みを交し合う。

 そして、光と轟音。

 シルガーと青藍(せいらん)の放つ衝撃波が、空を切り裂く。

 二体の四天王の、戦いが再開された。


 すべて守りたいなどと言ったら、こいつは嗤うのだろうな。


 シルガーの密かな笑みは、青藍(せいらん)には見えない。




 守護軍の者たちは、緊迫した空気の中にあった。

 キアランは、呼吸を整える。ゆっくりと、確かなリズムで。

 キーンと、耳鳴りがする。


 あれは、四天王同士の戦い――。シルガーか、シトリン――、そして、相手は――。


「キアラン……!」


 キアランは、顔を上げる。押し寄せる、圧迫感――。

 見えていた景色が、揺らぐ。強い結界内というのに、おかまいなしだった。

 目の前の空間が、ぐにゃりと歪み、自然の法則を無視し、なにかが現れようとしている――。

 キアランにはもう、わかっていた。この感覚、待ち望んでいた、この瞬間――。

 オリヴィアや花紺青(はなこんじょう)、皆が口々に叫ぶ。しかし、今のキアランの耳には、皆の声は入らない。


 ついに、来たか――。


 風のない湖面のように、キアランの心は凪いでいた。

 キアランはただ一点を見つめ、静かに天風の剣を構える。


「会いたかったぞ……! キアラン……!」


 アマリアを抱えた四天王オニキスが、姿を現していた。

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