表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
159/198

第159話 敗北と、希望と

 風を切る。

 急降下するシトリンの頬を、かすめてなにかが飛んで行った。


「ふん。邪魔くさい」


 シトリンは、動じることなく飛行を続ける。

 ほどなく背後から爆発音が聞こえる。シトリンの頬をかすめた物体は、白銀(しろがね)によって弾かれた、黒裂丸(くろれつまる)の弾丸のような攻撃だった。


花紺青(はなこんじょう)おにーちゃん、私は黒羽(くろは)おねーちゃんのほうへ行く! 花紺青(はなこんじょう)おにーちゃんは、白銀(しろがね)おじーちゃんのほうをお願い!」


「わかった! 任せてっ!」


 白い木々の合間を縫って雪原に近づいたシトリンが、手を離す。シトリンから離れた花紺青(はなこんじょう)は、地上に飛び降りた。そして、そのまま白銀(しろがね)たちの戦っているほうへと勢いよく駆け出して行く。


黒羽(くろは)おねーちゃん……!」


 シトリンが、黒羽(くろは)赤朽葉(あかくちば)のほうへ向かおうとしたときだった。


 え。これは――。


 シトリンは、動きを止めた。

 ぴりぴりと、肌に感じる、変化の波動。

 シトリンは、大きなエネルギーの変容が起きたことを知る。


「新しい、四天王――」


 強い、と思った。とても強い波動を感じる。もともと、特別に力のある従者が、四天王の座を奪い取ったのだ、瞬時に悟る。


「シルガー……!」


 シトリンは思い出す。アンバーのほうへ向かわず、オニキスと戦ったときのことを。

 二つの選択。アンバーと再会することは、叶わなかった――。

 そして今、黒羽(くろは)とシルガー。

 シトリンは、ぎゅっ、と下唇を噛んだ。


 私は――。


 一瞬の迷いも許されない状況だと思った。黒羽(くろは)とシルガー、どちらに加勢するか、迷っている時間はないと思った。

 シトリンは、きっ、と前を見つめる。


黒羽(くろは)おねーちゃんのほうへ行く!」


 黒羽(くろは)のほうへ、行こうと決めた。


 だって今、花紺青(はなこんじょう)おにーちゃんに約束したから!


 どちらも失いたくない、シトリンは切に思う。


 絶対、大丈夫。シルガーには、死んだら殺すって言っておいたし……!


 うんうん、釘を刺しておいたから、シルガーは大丈夫、シトリンはわけのわからない勝手な納得をしていた。

 ジグザグに木々の間を飛行する。つむじ風のようなシトリンの通ったあとは、枝が揺れ、幹が揺れ、雪の塊が落下していく。

 シトリンは、黒羽(くろは)赤朽葉(あかくちば)の戦場に、たどり着く。


黒羽(くろは)おねーちゃん!」


 シトリンは息をのみ、大きな瞳をさらに大きく見開いた。

 純白の大地に、広がる赤い血。

 黒羽(くろは)が、倒れていた。

 

「シトリン、さま――」


 黒羽(くろは)は、生きていた。背から、大量の出血をしているようだった。

 戦っていたと思われる、赤朽葉(あかくちば)の姿はなかった。

 起き上がろうとした、黒羽(くろは)。しかし、ふたたび倒れそうになり、シトリンが小さな手で黒羽(くろは)を支える。


黒羽(くろは)おねーちゃん、大丈夫っ?」


 黒羽(くろは)の背にある、コウモリのような翼はついていた。しかし、傷だらけで、背からはぎとられそうになったのか、右片方の翼の付け根部分から血が流れ続けている。

 黒羽(くろは)は、苦しそうな息で、話し始めた。


「四天王が……、殺され、代わったことを知り、私が戦っていた赤朽葉(あかくちば)という従者の男は、私を殺そうとする手をゆるめ、走り去っていってしまいました――」


「走り去った……?」


「はい。おそらく、四聖(よんせい)のもとへ――」


 赤朽葉(あかくちば)は、レッドスピネル様の呪縛が解けた、とも言っていたという。青藍(せいらん)より先に、四聖(よんせい)の力を我がものに、とも。


「せいらん……?」


「はい。きっと、新四天王……、シルガー様と……、戦っていた従者のことかと――」


 血が流れ続けている。黒羽(くろは)の顔色は蒼白で、目もうつろ、今にも意識を失いそうだった。

 シトリンは、自分の腕を自分の爪で傷つけていた。白い肌に、深い赤の一文字の傷ができ、みるみる血があふれ出す。


黒羽(くろは)おねーちゃん、私の血を飲んで……!」


 魔の者の血は、強い薬にも毒にもなる。特に、力の強い者からの血は、危険が大きい。シトリンは、紅をさすようにほんの少しだけ、黒羽(くろは)の唇に自分の血を塗ってみる。

 黒羽(くろは)は苦しそうに大きく咳き込んでいた。黒羽(くろは)には、シトリンの血が合わないようだった。


「ごめん、黒羽(くろは)おねーちゃん、ごめん……!」


「とんでもございません……。シトリン様……。ありがとうございます……。本当に、申し訳、ありません――。修復可能な傷です。何日か、何週間か経てば、よくなりますから――」


 黒羽(くろは)は、瞳を閉じた。急所を破壊されない限り、死のような眠りの中、魔の者の傷は回復に向かう。他の魔の者や、獣によって急所を食い荒らされない限り、生き続ける。


「ごめん――。黒羽(くろは)おねーちゃん」


 ぽたり、シトリンの握りしめた拳に、涙が落ちる。

 シルガーがいてくれたら、と思う。シルガーの血で、黒羽(くろは)は回復していたから。

 人間の魔法使いがいたら、と思う。きっと治療できるのに、と。

 高次の存在がいたら――。たとえばカナフ。治療はしないとしても、きっとなにか助けてくれるに違いない、とシトリンは考える。


『壊れてないし、ちゃんと生きてるから大丈夫!』


 以前、深く傷を負った(みどり)と蒼井について、そう述べていたシトリン。しかし、今のシトリンは違った。


 ごめん。痛いよね。苦しいよね。黒羽(くろは)おねーちゃん。早く、治してあげたい――。


 シトリンの、固く握りしめた小さな拳が震える。

 魔法使いや、高次の存在だったら、きっと危険がないよう黒羽(くろは)のエネルギーを隠してあげられるのに――。なにもできない自分を、シトリンは悔しく思う。


 四天王なんて言いながら、こんなとき、なんにもできないんだ――。


 黒羽(くろは)の冷たくなった頬に、そっと手のひらを当て、それからシトリンは空を見上げる。


 ごめん。黒羽(くろは)おねーちゃん、シルガーのほうへ行くね……!


 一刻も早く四聖(よんせい)たちのほうへ向かわねばならない、しかしその前に、シルガーに加勢しなければ、シトリンはシルガーの波動を感じるほうへと飛び立った。




 花紺青(はなこんじょう)白銀(しろがね)のもとへ駆けつけると、赤朽葉(あかくちば)同様、黒裂丸(くろれつまる)の姿は消えていた。


白銀(しろがね)さん……! 大丈夫ですかっ?」


「ああ。なんとか、な……」


 もう少し戦闘が長引けば、わしの命はなかっただろう、白銀(しろがね)は正直に打ち明けた。


「やつは……、黒裂丸(くろれつまる)は、主の死を悟りその死を悼み、青藍(せいらん)などに仕えるつもりはない、この俺が四聖(よんせい)をすべてもらう、爺さん、勝負はいったんおあずけだ、と叫びながら、あっという間に駆けて行ってしまった。やつを止めることができず、申しわけない――」


 白銀(しろがね)は、全身傷だらけで、苦しそうに肩で息をしていた。


白銀(しろがね)さん。あなたは休んで。僕らに任せて、白銀(しろがね)さんはゆっくり力を回復させて――」


 白銀(しろがね)は、木々の向こうに視線を向ける。


黒羽(くろは)を……」


 白銀(しろがね)の心は、そのとき黒羽(くろは)を見ていた。


黒羽(くろは)のところに行きたい。あいつの気配が弱弱しい。あいつは、かなりの傷を負っているようだ」


 花紺青(はなこんじょう)は、大きくうなずき、強く励ますよう白銀(しろがね)に笑顔を向ける。


「わかった。僕が連れて行ってあげる」


 花紺青(はなこんじょう)白銀(しろがね)を背負うと、黒羽(くろは)のほうへ駆け出した。




 雪嵐が、冷たく肌を叩き続ける。

 魔導師オリヴィアは、テオドルたちと共に、ノースストルム峡谷内、守護軍の結界の手前で襲撃に備えていた。


 あれは……!


 オリヴィアは、近づいてくる二つの気配を、誰よりも早く感知していた。


 キアランと、(みどり)――!


 距離があり姿は見えないが、オリヴィアは彼らの無事を知り、明るく顔を輝かせた。


 天風の剣、アステールも……!


 戦闘前の緊張の中、オリヴィアは思わず口元に両手を当て、息をのむ。

 オリヴィアの目には彼らの姿が、金色の光を放つ希望の朝日のように見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ