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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第149話 戦いの中の違和感

 降りしきる雪の中、垣間見える雷のような光と、轟音。

 そこには、光に浮かび上がる、巨大な黒い影があった。


 四天王オニキス――!


 キアランは、目を見張る。

 キアランの視線の先には、巨大な姿となった、オニキス。

 そしてその周りを飛んでいる、三つの影。


 シトリン、(みどり)、蒼井――!


 すでに、オニキスと、シトリン、(みどり)、蒼井の激闘が繰り広げられていた。


 オニキス! お前を倒す――!


 キアランは、腰に差した天風の剣を引き抜く。


「小さき四天王よ。もう私は以前の私ではない。お前たちが、私にかなうはずがない」


 オニキスの低い声が、不気味に響き渡る。


「うるっさいわねー! そーゆーの、勝ってから言ったらどう?」


 シトリンが叫び、そして――。


 ドーン……!


 シトリンが高く両腕を上げてから思いっきり振り下ろし、衝撃波を放つ。衝撃波はオニキスの首のあたりに命中すると爆発音がし、煙が上がる。


「キアラン! 僕らも行くよ!」


 花紺青(はなこんじょう)の言葉とともに、キアランと花紺青(はなこんじょう)を乗せた板が、勢いよく上昇する。


 アマリアさん――!


 オニキスの右手に、アマリアの姿が見えた。アマリアは、気を失っているようで、力なくうなだれている。

 キアランの瞳が怒りに燃える。天風の剣を握る手にも、思わず力がこもる。

 

「オニキスめ……! 私が必ず――!」


 キアランの叫び声をかき消すような爆音。 

 シトリン、(みどり)、蒼井のオニキスへの攻撃が続く。彼らの繰り出す衝撃波の、明滅する光をくぐり抜け、キアランはオニキスへと進み続ける。


 あれは、カナフさん……!


 目の端に、金の光も見えた。カナフも、オニキスに向かって、魔の者を固めるという技を出し続けているようだった。カナフは、カナフの戦いを続けていた。

 オニキスからの攻撃は、まだない。それは、カナフの技で攻撃が完全に封じられているためではなく、シトリンたちの攻撃によるダメージの受け具合、今までとは違う自らの体の変化を、オニキス自身が試しているように見えた。

 確かにオニキスの体から血が流れ、負傷していたが、傷は浅いようだった。


 やはり、パールのようにオニキスも、攻撃が通じにくくなっているのか?


 そのとき、オニキスの金の瞳が、キアランを見つけた。

 キアランとオニキス、ぶつかり合う視線。

 キアランは一瞬、時が止まったような気がした。

 どくん、心臓がひとつ、脈打つ。それは、宿敵を前にした、ひりひりとした緊張――。

 オニキスの唇の両端が、ゆっくりと持ち上がり、笑みを形どる。

 あざけるような、笑み。オニキスは、笑っていた。キアランなど、敵ではない、と言っているかのように――。

 オニキスは、噛みしめるように、一語一句低い声で呟く。


「キアラン――。天風の剣を、もらおうか――」


「オニキスッ!」


 オニキスは、手にしたアマリアをよく見えるように、キアランのほうへ向けた。

 それから、少し首を傾け、囁く。


「しかしその前に、面白いものを、見せようか――」


 オニキスの長い爪。アマリアの、柔らかな頬のあたりに向けられて――。

 キアランは、絶叫した。


「やめろーっ!」




 アマリアは、茜色に染まる草原の中に佇んでいた。

 視線の先には、落ちゆく巨大な太陽。青、薄い紫、金、オレンジと、空は、多彩な色使いを見せる。

 アマリアは、これが現実ではないと、よくわかっていた。


 また、夢の中に閉じ込められてしまった――。


 ふと、振り返る。そこには、見上げるような巨大な黒い獅子。


 いつの間に――。


 獅子の金の瞳は、不思議な色をしていた。

 夕暮れを、瞳に宿しているからだろうか。金の瞳が、揺らいでいる。

 

「どうして、私を見つめるの……?」


 思わず、尋ねていた。監視しているから、ではないような気がした。


 哀しい、目――。


 風に、草がそよぐ。


「あなたは、寂しいの……?」


 獅子が、一歩近づく。さらに、もう一歩。

 不思議なことに、獅子が一歩近づくごとに、獅子の体が小さくなっていくようだった。

 アマリアのすぐ目の前に来たときには、黒い獅子は、動物の獅子の大きさにまで変化していた。


「オニキス。あなたは、あなたよ」


 アマリアは、毅然とした態度で言い放つ。

 獅子はアマリアを見つめ続ける。


「どんなに力を得ても、どんなに姿が変わっても、あなたの内側は変わらない。あなたの心を満たす方法は、あなたにしかわからないし、あなたにしかできないのよ」


 茜色を帯びて輝いていた草原が、くすんだ色に変わる。藍色の空。そしてその代わりに、ぽつり、ぽつりと星が灯り始める。


「私は、自分を取り戻す。何度でもあなたを私の中から追い払う。そして、目覚めるの」


 獅子の瞳にも、暗い帳が下りるのかと思った。しかし、金の瞳は星を映し、複雑な光をたたえたままだった。

 アマリアは、手を伸ばす。獅子のたてがみに、そっと触れてみた。


「もうお帰りなさい。あなたの、世界へ」


 獅子は、襲いかかることもなく、じっとしていた。


「あなたが、あなたらしくいられる場所へ」


 獅子が、大きく口を開いた。肉を切り裂く、鋭い牙が並んでいる。

 アマリアは、恐れることなく獅子を見据える。

 獅子は、口を開くのをやめた。


「さようなら。あなたの居場所は、ここじゃない――」


 アマリアは、獅子を抱きしめた。

 なぜそうしたのか、わからない。自分でもよくわからなかった。そうすることが、よいような気がした。


 それは、獅子から解放されたいという、自分のため……? それとも、獅子の――。オニキスのため……?


 あまりに、獅子の瞳が寂しげだったからなのかもしれない。自然と、体が動いていた。

 月が、出ていた。高いところから見守るような月と星が、アマリアと獅子を照らす。

 アマリアは、息をのむ。

 アマリアの腕の中にいたのは、獅子ではなかった。


「オニキス……?」


 四天王オニキス、そのままの姿があった。




「やめろーっ! オニキス!」


 キアランは叫ぶ。天風の剣を掲げ、突き進む。

 そのときだった。

 オニキスの、表情が変わった。


「む……?」


 オニキスは、整った顔を少し歪めた。それは、そのとき背後から強烈なシトリンの衝撃波を受けたためのようにも見えた。

 オニキスの長い爪が、かすかに震えていた。


 オニキス……?


 数々の戦いの中を超えてきたキアランには、オニキスの様子が、不自然で奇妙なものに思えた。微妙な、違和感――。

 シトリンからの攻撃を受けようとも、一瞬でアマリアの皮膚を切り裂くのは、可能なはずだった。もしくは、受けた衝撃の勢いで、意図しなくともアマリアに深く傷を残す、握りつぶしてしまう、考えたくはないが、そのほうが自然な流れのように思えた。

 

 わざわざ、動きを、止めた……?


 あきらかに、オニキスはアマリアを傷つけようとする動作を止めていた。


 なぜだ……?


 キアランが疑問に思う中、うなだれていたアマリアが、顔を上げる。

 そして、ゆっくりと目を開けた――。

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