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天風の剣  作者: 吉岡果音
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
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第148話 重たく厚い雲を割るように

 雪の空一面に広がる、まばゆいばかりの金の光。大勢の高次の存在たち。

 シトリンは少し苛立ったように、んーっ、と声を上げつつ、顔をしかめた。

 自然現象のまぶしさなら別に平気だ。一体や二体の高次の存在の光ならまだいい。しかし、この高次の存在の群れの光だけは、いつだって、うっとうしくて不快だなあ、とシトリンは思う。


 まったく、派手なんだから!


「もうー、まぶしいなあ。もっと、光抑えてくんない? 邪魔だからっ」


 シトリンが大声で叫びつつ、飛ぶスピードを下げることなく、高次の存在の群れの中を突っ切ろうとしていた。

 まっすぐ飛んでくるシトリンと(みどり)、蒼井を見て、高次の存在たちは思わず左右に飛び避け、道を開けた。

 高次の存在の中に、一瞬緊張が走り、ざわめきが起こる。

 この四天王やその従者たちも、自分たちに牙を向き、新たな力を得ようとするのではないか、口々にそんな会話をしているようだった。


 もう、失礼しちゃうわ!


 シトリンは飛びながら、小さな舌をべーっ、と出した。


「私たちは、悪食じゃないもんっ。あんたたちなんか、がんちゅーにないんだからっ!」


 このまま、通り過ぎることができるのかと思った。しかし、高次の存在のひとりが、シトリンの前に立つ。

 その高次の存在は、白く長い髭をたくわえ、威厳に満ちていた。


「なによ、急いでるの。邪魔しないで!」


 シトリンは、ちょっとムッとした様子で、目の前の高次の存在に噛みつく。

 魔の者を固めるという技を出そうとしているのかと思った。白髭の高次の存在一体で自分を止めることはできないだろうけれど、全員がかりで一斉に繰り出すのであれば、ちょっとどうなるかわからない、少なくとも(みどり)と蒼井なら固められてしまうかも、とシトリンは思った。

 しかし、白髭の高次の存在は、技を出す様子もなかった。襲うつもりはないというシトリンの言葉を、信用しているようだった。

 白髭の高次の存在が、ゆっくりと口を開く。ゆっくりと――。


「おじいちゃん! 用があるなら、手短に話して!」


 おじいちゃん、と呼ばれ、白髭の高次の存在は少し面食らったようだったが、すぐに話し出した。シトリンの要求通り。おそらく、通常より心持ち早口にして。


「四天王よ。また一体の四天王が、我らの同胞の命を奪い、境界を越えた。世界のエネルギーが乱れぬよう、我々は調整に全力を注ぐ。だからそなたらは――」


 シトリンが、ニッと笑う。


「つまり、思う存分戦え、そう言いたいわけね?」


「そ、それは――」


 口ごもる高齢とおぼしき高次の存在。まさか、あからさまに、そうだ、とは言えない。

 そのとき、(みどり)が、なにかに気づいたようで、シトリンにそちらを見るよう促す。

 シトリンの視線がそちらに向き――、たちまち明るく顔がほころぶ。


「ああ。あんなところにいた」


 シトリンは視線の先へまっすぐ飛んでいき、ひとりの高次の存在の袖を掴んだ。


「じゃあ、私たちはもう行くよ。このおにーちゃんは、いちおー連れてくから! 私たちも、世界が乱れるのは望んでない。このカナフおにーちゃんだって、そうだよ」


 シトリンが袖を掴んでいたのは、カナフだった。


「それから、キアランおにーちゃんや、天風の剣の邪魔もしないでね! 私たちが、うまくやってみせるから。後のことは、知らないけど!」


 後のことは、し―らない。


 後のことは、知らないらしい。実際シトリンは、アマリアを助けること、四聖(よんせい)を守ること、(みどり)や蒼井、キアラン、そのほか「みんな」が、無事であり続けるように行動すること、そういったそのときすべきこと、したいことしか考えていない。

 カナフを連れ出そうとするシトリンに、少し慌てつつ白髭の高次の存在が声をかける。


「四天王。その者は――」


「いいでしょ。ひとりくらい。あ。安心して! 食べるわけじゃないからねー」


 シトリンの元気な声に圧倒されるようにして、呆然とただ見送る高次の存在たち。


「ふふ。それじゃ! ばりばり戦っちゃうから、調整というやつ、頑張ってねー」


 シトリンは大きく手を振りつつ、金の光の中を抜ける。


「四天王シトリン。本当に、ありがとう――」


 シトリンと一緒に飛びながら、カナフが深く頭を下げ、礼を述べた。

 シトリンは、カナフの顔をじっと見つめた。

 シトリンは、かすかに眉根を寄せた。白い息とともに、言葉があふれ出る。


「……痛そう」


「えっ。私は、別に怪我とか――」


 カナフの瞳が、揺れる。


「さっきの異変。それで、痛いんだね」


 心が、痛いんだね。


 涙に濡れた頬、泣きはらした目。人と違い、はっきりその痕跡が残っているわけではないが、シトリンには、見えていた。

 

「……はい」


 カナフは、小さくうなずいた。かすかに震える、金色のまつ毛。

 シトリンは、カナフから視線を外した。

 雪。雪が降り続ける。


「いっそ、戦えたら、いいのにね」


 シトリンは、ぶつかっては消えていく、雪のつぶてを見つめ、カナフに声をかける。


「高次の存在って、辛いね」


 いつもはなんとも思わない雪の白さが、消えていくはかなさが、小さな胸に迫る。

 カナフからの返事はなかった。

 戦う力を持たない、そして戦うエネルギーを持てない高次の存在。戦わない、のではなく、戦えないのだった。そういう、存在だった。


 私たちが、戦ってあげるから。


 きっと、カナフはなにも答えないだろう。だから、シトリンは心の中で呟く。


 私たちが、カナフおにーちゃんのぶんまで、戦ってあげる。


「大丈夫。カナフおにーちゃん。大丈夫だよ。きっと」


 打ち付ける雪。シトリンは、前を見続ける。




 高次の存在たちの間を直進していったシトリンたちを、後方から見ていたキアランと花紺青(はなこんじょう)は、高次の存在たちの下方、森の梢ギリギリを飛んでいくことにした。


「あれ?」


 花紺青(はなこんじょう)が、短い疑問の声を上げていた。


「どうした、花紺青(はなこんじょう)


「オニキスが――」


「オニキスが、どうかしたのか!?」


 今や巨大なものとなったオニキスのエネルギー。キアランにもすぐわかるようになったが、花紺青(はなこんじょう)のほうがより的確に動きを感知できているようだった。


「こちらへ向かってるみたいだ」


「なんだって……!」


 オニキスは四聖(よんせい)を狙い、ノースストルム峡谷へ向かっているのだと思っていた。


「天風の剣、アステールを狙っているのかもしれない」


 ぎり、キアランは奥歯を噛みしめる。


 オニキスが、私のほうへ――!


 この前のノースストルム峡谷へのオニキスの侵攻は、シトリン、(みどり)、蒼井が食い止め、被害を最小限にしていた。オニキスが変化した今、この前より事態ははるかに深刻である。

 自分のほうへ移動しているのは、願ってもない好都合だとキアランは思った。


「それでいい――。来い……! オニキス!」


 ふつふつと、熱い血がたぎる。しかし、頭はもう怒りに支配されることはなく、あくまで冷静だった。

 キアランの金の瞳が鋭く光る。冷たい雪を超え、重たく厚い雲を割るように。

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