表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
139/198

第139話 あの日の、約束

 流星の中を行くように、雪が後ろへと流れていく。

 キアランと花紺青(はなこんじょう)は、猛スピードで雪の降りしきる空を飛んでいた。


花紺青(はなこんじょう)っ。もっと、速度を上げられないかっ?」


「キアラン、振り落とされない? 大丈夫?」


「ああ! 私は平気だ! もっと、速く……!」


 速く、と思った。雪が全身を打ち付ける。痛いほどの冷たさに痺れる皮膚を、熱い血潮が鼓舞していた。


「キアラン、絶対に落ちないでねっ」


 キアランと花紺青(はなこんじょう)を乗せた板が、一層速度を上げた。

 空が、明滅していた。それと同時に、轟音。


 アマリアさん! 今、今助けるから――!


 荒れ狂う雪つぶてのトンネルを進むと、それぞれが放つ、衝撃波の光の軌道が見えてきた。

 入り乱れる、人影。激しい空中戦が繰り広げられていた。

 そして、それぞれの戦いの波動。キアランの鋭敏な感覚は、魔の者の戦闘時に出す波動、それからそれぞれの放つ衝撃波の違いを認識していた。

 一番強烈に感じる、パールの波動と衝撃波。パールは、巨大化した姿ではなく、人の姿で戦っている。

 次に大きく感じるのは、シトリン。それから、幾度となく手合わせ――奇襲――をしてわかってきた、(みどり)と蒼井の波動。


 彼ら、だけ――?


 どくん。


 キアランの耳に、自分の鼓動が届く。キアランの心をよぎる不安。


 オニキスと、アマリアさんは……? シルガーは……? そして、私たちより先に行った、白銀(しろがね)黒羽(くろは)、彼らの気配も――。

 

 空には、激戦を繰り広げるパール、シトリン、(みどり)、蒼井の姿しかなかった。




「小さなレディ。君の戦いかたって、本当に損だね」


 シトリンの衝撃波をかわしながら、パールが、楽しそうに笑う。


「なにが損なのよっ!」


 シトリンはカッとなり、思わず叫んでいた。


 なんなの……! こいつ……! 急所、足首って聞いてたけど、当たっても全然効かない……!


 パールの急所は、足首だと聞いていた。衝撃波が何度か的中したが、まったくダメージを受けていないようだった。


 防御する技? ううん、理由なんてなんでもいいっ! とことん、攻撃してあげるっ!


 次から次へと降ってくる雪のように、戦いのさなか、シトリンの心に断片的な記憶が流れていく。

 四天王アンバー。消えてしまったアマリアの気配。そして――。落ちていくシルガーの姿。

 シルガーの命の灯は、まだ消えていない。遠くに、かすかだが、気配が感じられる。しかし、四天王アンバーは、永遠に――。


 アンバーの、おじちゃん……。


 つう、と、シトリンの柔らかな頬に、一筋の涙。


『戦いだらけの生きかたの我らですが、また、こんな時間を持てたらいいですね』


 また会える、もっと話せる、そう思っていた。

 あのとき、アンバーは、パールのほうへ向かった。

 でも、また会える、信じていた。だから、自分は四聖(よんせい)のほうへ向かった。オニキスと正面から戦い続けた。


『……ばいばい』


 あの洞窟の中で、軽く右手を挙げ、アンバーは笑っていた。

 

 ばいばい。


 それは、また会えることを前提にした挨拶ではなかったのか。

 心を交わす会話が、あれきりだとわかっていたのなら、なんて言葉を交わしたのだろう。

 これからだった。

 四聖(よんせい)を狙った敵同士だったが、殺し合おうと戦った者同士だったが、これから、なにかが変わるはずだった。


『……あなたがたとまた、お会いできると信じております』


 信じて四聖(よんせい)のほうへ、飛んだ。後ろも、振り返らずに。

 ばいばいは、また会おう、の約束だと思って。


『また、お会いしましょう……!』


 きらきらと、水面は輝いていた――。

 きっ、と、シトリンは顔を上げた。


 ぜったい、ゆるさないんだから……!


 シトリンは空中で素早く身をひるがえし、間髪を入れずにパールへ向け、衝撃波を放った。


「四天王パール! 絶対、許さない……!」


 空が、燃えた。

 爆音と煙。

 シトリンの瞳に映ったのは、不敵な笑み。

 血塗られた唇が、笑っていた。

 パールは、ゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。

 それは、シトリンが思いもしない言葉だった。


「……僕に攻撃をし続ける方角、タイミング、勢い、すべてにおいて、君は、君の従者たちの動きを考えながら行っているね?」


 パールはなんなく衝撃波をかわしていた。優雅とも思える動作で。

 パールは、シトリンの両脇を固める(みどり)と蒼井、それぞれを交互に見つめた。


「彼らは、君のお荷物なんじゃないかなあ」


 ドンッ……!


 シトリンが、すかさず放った次の衝撃波が、まともにパールの正面に当たっていた。


「失礼なこと、言わないでっ! ふたりとも、世界一の従者なんだからっ!」


 シトリンのはちみつ色の長い髪が、ざわざわと動く。きつく握りしめた小さな拳も、激しい怒りで震えている。

 パールは、小首を傾げ、腕組みをした。


「うーん。君の衝撃波、正直痛いんだよね。だから避けてたんだけど。どうしてかなあ、あの四天王より、痛いんだよなあ」


 ああ、とパールはなにか気が付いたようにうなずく。


「シルガーの衝撃波。あれも実を言うと痛かった。威力は、君より少し落ちるけど」


 パールは、少し不思議そうな様子で、口元に人差し指をあてた。

 

「でも、彼の、炎みたいな剣の、痛みはわずかだった。どうしてかな――」


 宙を走る、緑と青の光。

 (みどり)と蒼井、それぞれの渾身の衝撃波も、パールの足首に命中していた。

 ふう、とパールはため息をつき、足元のほこりを払うような仕草をした。


「威力は全然落ちるんだけど、従者君たちのも、ちょっぴり響く。なぜかなあ」


 ひらり。


 金糸が風に舞うように、パールの髪がひるがえる。

 シトリンは、息をのむ。それほどの、素早さだった。

 シトリンの顔のすぐ前に、逆さまのパールの顔があった。

 パールは、頭を下にして宙に浮かんでいた。


「もしかして、君たちって――」


 パールは、シトリンの瞳の奥を覗き込むようにして見つめる。


「ちょっぴり雰囲気、人間に近くない……?」


「え」


 覗き込むパールの青の瞳は、深海の色をしていた。


「もしくは、高次の存在――」


 え……?


 (みどり)と蒼井の衝撃波が、パールに降り注ぐ。パールは顔色一つ変えない。


「不思議だね。今までは気付かなかったのに。今の僕には、そう感じられる」


 なにを、言ってるの……?


「シトリンッ! (みどり)っ! 蒼井っ……!」


 シトリンの耳に届く、キアランの叫び声。

 シトリンは、ハッとし、声のするほうへ叫び返した。


「キアラン――! 来ちゃだめっ! こいつ、急所への攻撃も効かなくなってる――!」


 シトリンの目の前の赤い唇が、にい、と吊り上がる。


「小さなレディ。それなら、君の味は、あの四天王とは違うのかも――」


 (みどり)と蒼井の攻撃は、パールの急所に当たり続ける。パールは微動だにしない。

 パールの右腕が、真横に開かれる。

 そして、それは目の前のシトリンの首をかき抱くように――。


「やめろーっ!」


 雪のつぶてが、花びらのようだった。

 シトリンの大きく見開かれた瞳は、どこまでも深い海の青を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ