表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
128/198

第128話 深い眠りに囚われて

 薄暗い森に、音もなく降り積もる粉雪。

 もうじき、森は眠りにつく。


「シトリンッ」


 フェリックスの背から降りるやいなや、キアランはシトリンのいる洞窟内へと急いで駆けこんだ。


「いない……!」


 キアランは、愕然とした。洞窟の中は、なんの気配もなく静まり返っていた。シトリンも(みどり)も蒼井もいないようだった。


 シトリンがいなければ、アマリアさんの居場所の手がかりが――。


 さっ、と血の気が引き、目の前が真っ暗になるようだった。

 シルガーがここまで案内したのだから、シトリンが近くにいないはずはなかった。しかし、アマリアを一刻も早く救出したいと焦るキアランは、そこまで考えが回らない。


「どーしたのー? キアラン。私たち、後ろにいたのに」


 洞窟の入り口から、のんびりした幼い声。


「シトリン……!」


 キアランは振り返り、思わず声を弾ませた。


「私たちも、いるぞ」


 洞窟内に響くような低音の、(みどり)の声。


 シトリン……! (みどり)……!


 安堵するキアラン。(みどり)の隣には、蒼井もいた。

 

 蒼井……!


 笑顔のキアランが声をかけようと思ったそのとき、蒼井の口から意外な言葉が出ていた。


「温泉に、入っていたのだ」


 少し上気した顔の、蒼井。


 温泉……!


 ほかほかと、いまだ湯気に包まれたような、つやつや肌のシトリン、(みどり)、蒼井の姿があった。


 温泉―……。


「すぐ近くに、いい温泉があってな。ほら、この通り、おかげで傷の治りが早い」


 (みどり)は、少し胸元をはだけさせ、隆々とした胸筋を見せつけた。


 温泉に、入るんだ……。こいつらも……。


 暗闇でもよく見えるキアランは、つやつやの胸筋をぼんやりと瞳に映す。


「あっ、もちろん、一緒じゃないよ、ともだちでも、やっぱ、レディとメンズは別々に入らなくちゃあ」


 訊いてもいないのに説明するシトリン。ふふっ、と笑ってウインクまでしていた。


「温泉、案内してやろうか? 今は、熊が一頭、浸かり始めたようだったが。ん? どうした。キアラン。腰がくだけてるぞ」


 誰も攻撃してないのに、なぜ急に座り込んでいるんだ、と蒼井はキアランに尋ねる。

 その後ろで、シルガーと花紺青(はなこんじょう)が苦笑していた。




「えっ。アマリアおねーちゃんが……!」


 詳しい話を聞き、シトリンは驚き真剣な表情になる。

 洞窟内に、張り詰めた空気が漂う。


「これは、シトリン、お前が作った『武器となるもの』だろう?」


 シルガーが、アマリアの持っていた魔法の杖を見せる。

 シトリンの顔が、ぱっと明るく輝いた。


「うんっ! そーだよ! 持ち去られなくて、本当によかった……!」


 シトリンは、シルガーから魔法の杖を受け取る。

 魔法の杖は、シトリンに抱かれると、たちまちその姿を消した。

  

「シトリン……?」


 シトリンの体内にしまわれた様子の魔法の杖。キアランは、シトリンの言葉を不安と共に待つ。

 シトリンは、にっこりと笑った。


「これで、アマリアおねーちゃんを探せるよ!」


「えっ!?」


「四天王オニキスは、気配を消すのがうまいから、遠くから探すのは無理。でも、アマリアおねーちゃんのほうは、これで探せると思う」


「本当か!」


「うんっ。アマリアおねーちゃんは、四聖(よんせい)じゃないけど、四聖(よんせい)を守護する者だし。それに、アマリアおねーちゃんがずっと持ってた魔法の杖、これがおねーちゃんの波動を記憶してる。だから、きっと大丈夫!」


「シトリン……! ありがとう……!」


 張り詰めた糸が切れたように、キアランはその場に座り込む。先ほどの温泉話で不本意にもいったん糸は切れていたが。


「キアラン。安心するのは早いよ。まだ見つけてもいないし」


 座り込んだ状態のキアランとは反対に、シトリンがすっくと立った。


「行くよ! みんな……!」


 ばっ、とシトリンの四枚の翼が広がる。


「シトリン、怪我は――」


 キアランは、シトリンの体を案じた。長い髪を揺らして振り返り、ニッと笑うシトリン。


「アマリアおねーちゃんのピンチに、黙っていられるわけないじゃない!」


 シトリン……!


 きっと、まだ完全には回復していないはずだった。しかし、シトリンはアマリアのために立ち上がる――。


「シトリン。本当に、ありがとう――」


「お礼は、おねーちゃんを無事助け出してから言って」


「ああ――! ありがとう――! 本当に――!」


 何度でも、何回でも礼を言いたい気分だった。アマリアが無事戻ったら――、シトリンの喜ぶことをなんでもしてあげたい、そうキアランは思う。

 今まで黙っていた(みどり)が、力強く一歩踏み出す。


「卑劣な四天王オニキスめ。温泉の効能、見せてくれよう」


 と、ほんのり温泉の香りを残しつつ、シトリンの後に続く(みどり)


「切り傷、血流改善、疲労回復。四天王オニキス、驚くがいい」


 代表的効能を呟きつつ、(みどり)の後に続く蒼井。

 シトリンたちは、雪の降りしきる冷たい空へと飛び立っていった。


「シトリンの後を追うぞ。キアラン」


 キアラン、シルガー、花紺青(はなこんじょう)は、シルガーの作る白の空間の中、シトリンの後を追う。



 水音が、聞こえる。さらさらと、流れる音。

 ふと、違う響きが耳に届く。それは、声。


「アマリアおねーちゃん。アマリアおねーちゃん」


 かわいらしい声が、小さな手のひらが、揺り起こそうとしていた。

 重いまぶたが、ゆっくりと開く。


「シトリン……、ちゃん……?」


 とても心配そうなシトリンの顔が、目の前にあった。


「ここは――」


 アマリアは、上半身を起こし、周りを見渡す。アマリアは、小川のほとりの、大きな花びらの上にいた。

 奇妙な風景だった。水晶のような山が見え、空は柔らかな菫色をしていた。

 シトリンが、尋ねる前に知りたい答えを口にする。


「ここは、アマリアおねーちゃんの深い意識の中だよ」


「深い……、意識……?」


「うん。夢みたいな感じかな」


 夢、と聞いて納得がいった。この淡い景色は、現実の世界ではない。夢の中だからこそ、余計「夢」という言葉がすんなり受け入れられた。

 それよりも、アマリアには、なんとなく、不思議に思えることがあった。どういうわけか、話しかけてくれるシトリンが、自分の中で生まれたものではないような、自分の外側から来た、現実味を帯びた別の存在のように思えていたのだ。


「……シトリンちゃんは、夢の中に入れるの? それとも、私がシトリンちゃんの夢を見ているだけ?」 


「うん。夢の中に入れるんだ。前に、ルーイおにーちゃんの夢にも入ったよ」


「そうなんだ――」


 シトリンは、アマリアの手を取る。夢であるはずなのに、しっかりとしたぬくもりが、感じられた。


「アマリアおねーちゃん。早く、起きて」


「え」


 シトリンは、真剣な表情をしていた。


「アマリアおねーちゃん。眠らされているんだよ。四天王オニキスに」


「えっ」


 どういうことなのだろう――。


 そのとき初めてアマリアは、自分の記憶が曖昧であることに気付く。


 そういえば、どうして私は眠っているの……? 私、兄さんを助けに行こうとして、それから――。


 水音が大きく響く。バームスを走らせていたとき、目の前をよぎった黒い影。それは、なんだったのか、そして、それからどうなったのか――。


「アマリアおねーちゃんが、深く眠っているから、私たち、おねーちゃんを探せないの」


「え?」


 シトリンは、アマリアの手のひらを、小さな手でぎゅっと握った。


「今、探してるの。アマリアおねーちゃんを。みんなで。でも、探せないの。おねーちゃんの波動が、深く眠っているから隠されているの――」


 私は――。


「アマリアおねーちゃんは、四天王オニキスに連れ去られちゃったの! お願い! 起きて……! 離れていても、場所がわからなくても、心は通じ合える。だから、夢には入れるの。でも、おねーちゃんがどこにいるかが見つけられない……!」


 オニキスに、捕えられたのだ……!


「アマリアおねーちゃん、起きて……!」


 アマリアは、深い眠りに囚われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ