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天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
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第126話 人形

 魔導師オリヴィアや、アマリア、魔法を操る者たちは、圧倒されるようなエネルギーの爆発を感じていた。

 

 きっと、また高次の存在が……!


 激しい風雨に全身を打たれつつ、アマリアは愕然とした。

 またしても、四天王パールが高次の存在をその身に取り込み、変容が起きたのだと悟る。


 あ……! 緑の光が……?


 アマリアは、それと同時に、自分に起きた変化にも気付く。

 アマリアと愛馬バームスの周囲を包んでいた緑の光に、ほころびができていた。ダンによってアマリアとバームスにかけられた守護の魔法も、強いエネルギーの波の影響を受けたのだ。

 雷と暴風、叩きつけるような雨。そして――、少し離れた地から飛んできた、悲しいエネルギーのかけらたちを感じる。エネルギーのかけらは、アマリアの背を貫き、痛みを伴いながら通り抜けていく。異変の全容、なにが起こったのか詳細はわからないが、アマリアの頬を、自然と熱い涙が伝っていた。


 兄さんは――。


 大丈夫、まだ生きている、アマリアの鋭い感覚はそう告げていた。しかし、兄が危険のすぐ傍にいることには変わりない。今、生きていると信じられても、次の瞬間どうなるかはわからない。

 雷光が辺りを照らす。それと同時に、アマリアはハッとした。


 兄さんの魔法にほころびができた、ということは、オリヴィアさんの魔法もきっと――。


 アマリアは、取り囲むオリヴィアの魔法に意識を向け探る。


 やっぱり……!


 王都守護の皆全体を包むオリヴィアの魔法にも、ほころびができていることに気付く。


 オリヴィアさん、ごめんなさい……!


 アマリアは、ライネもダンと同様、魔法の壁を出てパールのもとへ向かったことを知らない。

 アマリアは、自分の隣で馬を走らせている若い魔法使いの女の子に向かって叫んだ。


「兄が、この魔法の壁を出て、パールのところにいるの。私もそちらへ行く! オリヴィアさんや皆は、そのままノースストルム峡谷へ走り続けるよう伝えて!」


 女の子の返事を待たずアマリアは、バームスの手綱を操り、嵐の中オリヴィアの魔法を出た。

 あれほど吹き荒れていた雨や風、そして空に轟く雷鳴が、ほどなく止んだ。

 泥をはね上げながら、バームスが疾走する。


 兄さん……! どうか、無事で……!


 アマリアは、唇を噛みしめた。




 深い森から、なにかが飛び立っていた。それは、まだ飛び立つには早かった。

 急ぎバームスを走らせるアマリアは、まったく気付いていない。

 気配を消し続けながらも、あきらかに、自分のほうへと静かに飛んでくる黒い影の存在を。

 気配を消すことに長けているもの。

 忍び寄る、翼。それは、四枚の黒い翼。

 アマリアの顔に、影がかかる――。


「あっ……!」


 アマリアは、短い叫び声を上げた。

 一瞬のできごとだった。

 

「面白いものを、見つけた」


 金の瞳を細め、片頬で笑う。それは――、四天王オニキス。

 アマリアは、オニキスの腕の中にいた。


「おっと」


 アマリアのしなやかな細い腕は、力なくだらんと下がり、その手から非常に強い力を放つ魔法の杖――シトリンの作った武器となるもの――が、滑り落ちそうになる。それを、オニキスは手にする。

 アマリアは、失神していた。


「ふふ。エネルギーの大きな爆発を感じ、探ろうと意識を外に飛ばしていた。そうしたら、お前の気配、というよりお前の持つこの強力な杖の気配を感じたのだよ」


 オニキスは、魔法の杖に微笑みかける。


「杖。お前のおかげだ」


 オニキスが笑いかけた途端、魔法の杖から、気配が消えた。

 まるで、扉を固く閉ざしたかのように、杖から発する魔法の息吹が消えていた。


 カタン!


 オニキスはあからさまな杖の態度に気分を害したのか、軽く舌打ちをし、魔法の杖を打ち捨てた。

 オニキスは、腕の中のアマリアに視線を落とす。深い眠りの中にいるようにまぶたを閉じ、力なく腕に抱かれるそのさまは、美しい人形のようだった。

 

「あのときを、思い出すな」


 オニキスは、四天王ゴールデンベリルの妻アウロラと、その子キアランをさらった日を思い出す。そして、それを契機にオニキスは四天王の座を奪い取った。

 キアランと共に行動していたアマリアが、キアランにとって大切な仲間、あるいはそれ以上の存在であることは、オニキスの目にも明らかだった。


「安心しろ。すぐには殺さん。お前は――」


 オニキスは、自分の傷が癒えていないことをよく知っていた。

 周りには、キアランの他にも、というよりキアランよりはるかに厄介な、エネルギーを爆発させ成長し続ける四天王と、四天王シトリンたち、そして何度も戦いを挑んでくるシルガー、そういった警戒すべき連中がひしめいている。


「有意義に使える駒だ」


 一番恐れるべきは、謎の巨大な四天王だとオニキスは思う。

 しかし、アマリアをうまく使えば、キアランやシルガー、もしかしたら四天王シトリンも思うように動かせるかもしれない。場合によっては、その結果、あの巨大な四天王の破壊活動から身を守る、もしくは倒せるかもしれない、そうオニキスは踏んでいた。


「皆、私の駒になればいいのだ」


 オニキスは、アマリアの髪をすくい上げ、人形を愛でるように撫でた。

 残酷に使い、残虐に捨てる。

 キアランの嘆き苦しむさまが、見えるような気がした。

 オニキスの顔に、黒い笑みが広がる。


「苦しめ……! 失意の中、はいずり回るがいい、キアラン……! 赤目の無念、晴らしてくれよう……!」


 そして、天風の剣はわが手の中に――、オニキスは右手を高く掲げ、強く空を握りしめる。


 空の窓は閉じることなく、私が君臨する暗黒の時代が始まるのだ……!


 オニキスは、アマリアを抱え飛び去る。夕日の中、消えていく黒い影――。


 ヒヒーン……!


 バームスの悲しげないななきが、響いていた。

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