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天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
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第116話 守護軍

「ルーイ! ソフィアさん! ニイロ! フレヤさん! ユリアナさん! テオドル……!」 


 キアランの皆を呼ぶ叫び声は、激しい吹雪にかき消される。

 そこにあったはずの守護軍の陣営は、すでになかった。この場所に張られていたはずの結界も、ない。

 闘いの痕跡は雪に隠されたのか、かすかに爪痕がうかがい知れるのみ。オニキスの攻撃を受け、四聖(よんせい)と守護軍は、ノースストルム峡谷のさらなる奥地へ移動したに違いない。


「奥に行くほど、磁場が強い。ちょっと、気配を掴めないな」


 シルガーも花紺青(はなこんじょう)も、魔の者を寄せ付けないこの特殊な自然環境のせいか、うまく力が発揮できないようで、四聖(よんせい)たちを探せないでいた。


「あれは……?」


 キアランの目は、吹雪の中を飛ぶ、小さな影を捉える。


 ルーイの見張りの鷹――!


 魔法の薬をかけられた木彫りの鷹は、キアランたちの近くまで飛んで来るとちょっと首をかしげた。そして方向転換し、来た道を戻るようにふたたび飛び始める。まるで、ついてこい、そう言っているようだった。


「あれの後を追えばいいのだな」


 シルガーが白の空間を作り、キアランとフェリックス、花紺青(はなこんじょう)を引き入れる。


「へえー。すごいなー。シルガー、こんな厄介な場所でもこの術使えるんだー」


 花紺青(はなこんじょう)が感心したように白い息を弾ませる。


「ふふ。まあな。私の力、恐れ入ったか」

 

 シルガーが、抑揚のない声でさらりと言ってのける。


「恐れ入ったよ。体調が回復してないのに。尊敬してやっても、いい」


 花紺青(はなこんじょう)が素直に認める。口調が謎の上から目線だが。

 シルガーは、ふっ、と笑う。


「私が四天王になったあかつきには、花紺青(はなこんじょう)、お前、私の従者になるか」


 花紺青(はなこんじょう)は、頭の後ろで手を組みつつシルガーを見上げ、にんまりした。


「残念でしたー。僕はこれまでもこの先も、ずっとキアランの従者でーす」


 シルガーは、ヘッドハンティングに失敗した。


「なんの話をしてるんだ! なんのっ!」


 思わず、キアランがツッコミを入れていた。

 吹雪でそのうえ地上は雪深い道なき道となっていたが、キアランたちはシルガーの術のおかげで前進することができた。

 見張りの鷹は、急に見えなくなってしまったキアランたちを不思議に思った様子だったが、そのまままっすぐ飛び続けた。


「もうすぐ着くぞ。気配を感じるようになった」


 シルガーの嬉しい知らせに、キアランは顔を輝かせる。

 そびえ立つ岩場が続いていた中に、ひさしのようにひときわ巨大な岩が突き出ているような場所があった。そこは、まるで透明な壁に囲まれているようで、岩の下からその辺一帯、吹雪が遮断されていた。そこへ、見張りの鷹が吸い込まれるように入っていく。守護軍の張った結界に違いなかった。


 あそこが、守護軍の新しい陣営……!


「キアラン殿、花紺青(はなこんじょう)殿……! ご無事で本当になによりです……!」


 シルガーの空間から一歩外へ出ると、年老いた魔導師がキアランたちの到着にいち早く気付いたようで、出迎えてくれていた。老魔導師には、頭や顔、手足に包帯や塗り薬など、治療の印があった。

 見張りの鷹は、その老魔導師の肩にちょこんととまっている。


「あれ……。それは、ルーイの鷹では……?」


「ああ。これはルーイ殿の鷹をお借りして、私が少々術をかけさせていただきました。キアラン殿や皆さんが戻られた際、私たちの居場所がすぐ掴めるようにと前の陣営付近に待機させておったのです」


 老魔導師が、キアランの横に立つシルガーを目の当たりにしても柔らかな物腰で話しているのを見て、キアランはこの老魔導師が守護軍の中でも自分たちに理解のある、信頼してよい人物であろうと感じていた。


「シルガー殿のことは、四聖(よんせい)の皆様がたからお聞きしております」


 キアランの心を見透かしたように、老魔導師が打ち明ける。


「王都守護の皆は無事で、遅れて来ます。四聖(よんせい)は……、みんなは――」


 キアランの報告を聞き、老魔導師はホッとした笑顔を見せた。それから、守護軍の状況を述べた。


四聖(よんせい)の皆様がたはご無事です。しかし――。守護軍はオニキスの攻撃を受け、非常に残念ながら、半数となってしまいました――。私の、愛弟子もオニキスの攻撃で……」


「そうでしたか――」


 改めて突きつけられる厳しい現実。キアランは、無念そうにうつむく老魔導師に心からのお悔やみの言葉、そして老魔導師の心身を案じる見舞いの言葉を伝えた。

 老魔導師はキアランへ深く頭を下げた後、気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべ、


「さあ、早く四聖(よんせい)の皆様がたのところへ、どうぞ」


 シルガーも含めて結界の中へ案内しようとした。


「私はいい。自分の空間で休む。戦いに、備えて」


 シルガーは、そう手短に述べると、さっさと姿を消した。それは、一刻も早い回復を図りたいという思いからでもあるだろうが、同時にキアランたちへの配慮でもあるようだった。


 シルガー……。


 キアランは、黙ったままほんの少し頭を下げた。白の空間から、シルガーがまだこちらを見ているかもしれないと思い、シルガーの労をねぎらい、そっと感謝の気持ちを送る。


「じーさん。気にしないで。あいつ、シャイなんだ」


 花紺青(はなこんじょう)が、シルガーの消えたほうを親指でくいくいと指し示しながら、とっさに嘘情報を流す。花紺青(はなこんじょう)は、老魔導師がせっかくシルガーまで案内してくれようとしたのにあっさりと断ったので、気を悪くしないようにという気遣いからそう述べたようだった。


 シルガーが、シャイって……!


 キアランが笑いをこらえる。そのうえ、フェリックスまで笑いをこらえるかのように尾を振り足踏みをしている。


「しっ! キアラン! フェリックス!」


 キアランとフェリックスの反応を見て、慌てて花紺青(はなこんじょう)がキアランとフェリックスを小突く。


「わっ、アステールまで!」


 どうやらアステールまで笑っていたようで、花紺青(はなこんじょう)はキアランの腰の天風の剣まで同様に小突いていた。花紺青(はなこんじょう)は、大忙しである。

 老魔導師は、ちょっと目を丸くしたが、彼らの一連のやり取りに笑顔を浮かべる。


「承知いたしました。シルガー殿は、シャイでいらっしゃるのですね」


 老魔導師が、大げさな身振りまでつけてダメ押しをする。そのせいでますます、花紺青(はなこんじょう)は忙しくなってしまった。

 老魔導師の深い悲しみと疲労の刻まれていた顔に、明るさが灯る。

 いつの間にか吹雪が弱まり、わずかな雲間から薄日が差していた。

 一筋の光は、束の間の、しかし確かなぬくもりを地上に与えていた。




 生き延びた守護軍の中には、負傷者が多数いた。

 キアランは、守護軍の上層部の者たちに王都の状況、王都守護軍がこちらに向かっていることを報告した。

 上層部とされる者たちは皆、無傷で生き延びていた。

 王都が陥落したことを聞くと、少しざわめきが起こっただけで、上層部の者たち全員、比較的冷静に受け止めているようだった。まるで、想定内だと言わんばかりに。キアランは、それが信じられなかった。


「キアラン殿が、無事戻られて安心いたしました。どうぞお体を休めてください」


 上層部の誰かの言葉が、空虚に響く。

 報告を終えると、キアランは複雑な思いで彼らのいるところを後にする。


 彼らは、人間なのだろうか。


 彼らは、高位の魔導師なのだという。最高位のオリヴィアや、ヴィーリヤミ、さきほどの老魔導師、皆第一線にいた。それなのに、彼らは――。この差は、なんなのだろうとキアランは思う。

 

 彼らには、熱い血が流れているのだろうか。


 寒々とした心を抱え、キアランは歩を進める。


「キアラン……!」


 ルーイがキアランに飛びつく。


「ルーイ……!」


 皆の笑顔が出迎えてくれた。

 命のぬくもりを、キアランはすがるように抱きしめていた。

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