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天風の剣  作者: 吉岡果音
第二章 それは、守るために
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第11話 青白い剣身が、映し出す

 木の葉が、渦を描く。不吉な音を奏でながら――。

 銀の髪の男の、笑い声が響く。


四聖(よんせい)、そしてそれを守護する者ども、私がまとめて葬り去ってくれよう……!」 


「魔の者め……!」


 キアランは天風の剣を構え、木の葉の作るトンネルの中を駆け出そうとした。


「キアランさん! そこは、魔の者の作った空間です! 自ら飛び込むのは危険です!」


 アマリアが叫ぶ。アマリアは、水晶の杖を高く掲げた。


「幻よ、去りなさい! 風よ、我らを導け……! 輝く日の光の差す森へと……!」


 アマリアが呪文を叫ぶと同時に、強い風が吹き荒れた。目の前に少し前まで存在していたはずの木々が姿を現し、降り注ぐ日の光が見えた。


「ふふふ……! そちらの女は魔法使いか……!」


 魔の者が、風を切るように右手を挙げた。


「私の作る空間が、破られると思ったか……!」


 周りの景色が一変した。キアランたちは、再び白と黒の空間に迷い込んでいた。

 大地が歪み、ボコボコと奇妙な音を立てる。


「なっ……!?」


 漆黒の地面から、たくさんの白い手が現れた。


 これは、現実のものなのか……!?


 白い手は蠢きながら長く伸び、キアランやアマリアやルーイに襲いかかる。


「地の底より現れし亡者の手、闇の世界へ帰りなさい!」


 アマリアが呪文を叫ぶ。アマリアは、掴みかかろうとする手を次々と消滅させていく。


「アマリアおねえさん……!」


 アマリアの魔法で白い手は光りながら消えていくが、白い手は次から次へと現れる。


「斬るっ……!」


 キアランの天風の剣が、目の前に出現する白い手をなぎ払った。

 キアランは、魔の者めがけ走り出そうと大地を蹴る。ぐにゃり、と妙な感覚が足の裏から伝わってくる。


 土の感覚ではない……! ここは、やはりやつの幻影の世界ということか……!


 キアランはしっかりと前を見据え、天風の剣と共に走る。


「ここがどこであろうと関係ない! 魔の者、お前を倒すのみ!」


「剣士か……! それならば、私も剣で応えよう……!」


 そう叫んだ魔の者の手に、いつの間にか剣が握られていた。赤く揺らめく剣だった。その剣は、燃え盛る炎でできているようだった。

 長い銀の髪が揺れたと思った次の瞬間、魔の者はすでにキアランの間合いに入っており、炎の剣はキアランの頭上に振り上げられていた。キアランは、天風の剣で炎の剣を受け止めていた。


 速い……!


 じりじりと、天風の剣が押されていく。

 炎のように見えるが、天風の剣で受け止めたそれは金属の感覚だった。

 炎の剣が、キアランの鼻先に迫る。キアランは歯を食いしばり、腕に力を込め続けてしのぐ。


 なんて力だ……!


「ほう……!」


 銀の髪をした魔の者は、キアランの瞳を間近で見てその表情を変えた。


「面白いな……! ひときわ強いエネルギーを感じていたが、そういうわけか……!」


 魔の者は、意味ありげに唇を吊り上げた。


「……なにが言いたい……!?」


 炎の剣が迫り続ける中、キアランは叫ぶ。無数の白い手が、キアランの体に絡みつく。

 炎の熱を感じていた。そのいっぽうで、白い手がキアランの体を締め上げる。

 魔の者が、笑う。


「お前は、人ではないな……!」


 キアランは一瞬、息をのむ。

 サッと、頭に血がのぼるようだった。

 キアランは渾身の力を込め、天風の剣で炎の剣を弾き返した。それと同時にキアランは締め付ける白い手をふりほどいて飛び下がり、間合いを取る。


「私は、人間だ……!」


 キアランは、叫ぶ。地面を踏みしめているつもりだったが、少し体がふらついていた。

 それは、魔の者の作った地面だからだろうか。

 立っている感覚が、どこかおかしい。頭がぼうっとし、体の軸が定まらない。

 

 人間では、ない……?


 足元の、ぐにゃりとした感覚。しっかりと立っているはずなのに感じる不安定さ。もしかしたらそれは――。


 私は、人間ではない、と……?


 呼吸は激しく乱れ、自分の鼓動がひときわ大きく聞こえる。


 この心もとなさは、自分の存在、立ち位置について――、それが揺らいでいるから……?


 キアランの額から、冷たい汗が流れ落ちる。

 キアランは、激しく頭を振った。


「私は、人間だっ! 私は四聖(よんせい)を守護する者、そして私の名は、キアランだ……!」


 キアランは大声で叫ぶと、天風の剣を握りしめて駆けだした。銀の髪の魔の者を目がけて――。

 火花が散る。

 稲妻のような天風の剣を、魔の者は炎の剣の鍔で受けた。


「ほう……。貴様は面白いな――」


「なにがおかしい!? なにが面白いというんだ……!」


 天風の剣は青白い剣身に、揺れる炎の形を映し続ける。


「私の名は、シルガー」


 魔の者は自らの名をあかし、破顔した。


「なに……?」


 勢いで自分の名を名乗ってしまったキアランだったが、まさか魔の者が自分に向けて名乗るとは思わなかった。


「貴様は、強い。そして、実に興味深い存在――。このまま殺すのは惜しいな」


「どういうことだ……!」


 シルガーの髪の色と同じ、不思議な銀の色をしたシルガーの瞳が、謎めいた光を放つ。


 うっ……!


 強い力。 

 天風の剣が、炎の剣に弾かれ、キアランはバランスを崩す。


 まずい……!


 続く一撃を、キアランは覚悟した。しかし、どういうわけか、シルガーの炎の剣が襲いくることはなかった。


「私は、今まで四聖(よんせい)や、それを守護する者どもを狩る機会を待っていた。今まで待っていたのだから、少しくらい楽しみを引き延ばしてもどうということはない。むしろ、楽しみが増すというもの……!」


 シルガーは、まるで歌を口ずさむように、楽しげに呟く。


「なにを……!」


「面白いことを考えた。貴様らの動きを、じっくり観察させてもらおうか」


 バンッ……!


「うっ……!」


 シルガーがキアランの胸元に向け、揃えた人差し指と中指でまじないのように指差すと、キアランの胸に、なにかをぶつけられたような衝撃が走った。


「なに……?」


 キアランは、思わず自分の胸に手を当てる。なにかが、張り付いている――。


「今、いったい、なにをした……?」


「私の使い魔をつけてやったのだよ。それは、貴様の行動を逐一私に報告してくれるものだ。それと同時に――」


「うっ……!」


 胸が締め付けられるような激しい痛みを感じた。


「私の気が変われば、いつでも貴様に攻撃可能だ。それは、普通の人間相手なら、遠隔からの操作で命を奪うことも可能だ。まあ、貴様はもとより常人ではない。さすがに殺すまでは難しいかもしれないな。そして、貴様の中の真の力が目覚めれば、攻撃さえも届くかどうか――」


 シルガーは、自分の人差し指を自分の唇に添えた。


「おっと。つい余計なことまで話してしまったな。楽しい気分になりすぎた。ふふ。これは私の悪い癖かな」


「シルガー……!」


 キアランは、天風の剣を握りしめたまま両膝をつく。うまく呼吸ができず、めまいがキアランを襲う。


「苦悶の表情で、私の名を呼ぶ……! ふふ……! いいぞ……! いいぞ……! キアラン……!」


 恍惚とした笑みを浮かべ、シルガーはキアランを見下ろす。


「私をもっと楽しませてくれ……! キアラン、四聖(よんせい)、魔法使いの女……! では、また会おう……!」


 シルガーは、長い銀の髪をひるがえし、キアランに背を向けた。


「シルガー……!」

 

 木の葉が渦を巻く。


 ザッ、ザッ、ザッ……。


 足音が、遠ざかっていく。


 シルガー……!


 遠くから、笑い声が聞こえてきた。シルガーの、笑い声――。

 キアランは、胸に手を当てたままうなだれていた。

 地面につけた両膝が、しっかりとした土の感覚を伝えていた。白い手は、もうどこにもなかった。

 キアランが顔を上げると、あたたかな日差し、森の緑があった。


「キアラン……!」


 アマリアとルーイがキアランに駆け寄る。


「アマリアさん! ルーイ! 大丈夫だったかっ?」


「はい! 私たちはなんとか……。それよりも、キアランさん……!」


 アマリアは、急いでキアランの胸に手をかざした。


「これは……!」


 一瞬、キアランの胸にトカゲのような形が赤く浮き彫りになった。まるで、燃え盛る炎のように――。


「使い魔、と言っていた。監視するとも、攻撃するとも言っていた」


 現実の世界に戻ると、痛みや息苦しさは消えていた。もっとも、シルガーの気分次第で現実世界でもやつの言った通り、攻撃し苦痛を与えことが可能なのだろう、キアランは冷静に分析していた。


「あの魔の者……。シルガーという男の術なのですね――」


「アマリアおねえさん! なんとかできないのっ?」


 ルーイが大きな目にいっぱい涙を浮かべながら、尋ねる。

 アマリアは手をかざし続け、シルガーの術がなんとか解けないか試みる。しかし、どんなに念を込めても、術を解くことはできなかった。

 トカゲの形は、アマリアが手をかざすのをやめると、その姿を消した。


「アマリアさん。大丈夫だ。もう痛くも苦しくもない」


「キアランさん――。ごめんなさい……。なにもできなくて……」


 琥珀色の瞳に涙をたたえ悲しそうな顔をしたアマリアに、キアランは首を振った。


「いや。私こそすまなかった――。シルガーと戦うのが精一杯で、アマリアさんやルーイのことを守る余裕がなかった」


「そんなことないよ! キアラン、アマリアさん! ごめんなさい……! やっぱり、僕は、キアランやアマリアさんとも、一緒にいないほうがいいんだ……!」


 ルーイは小さな拳を握りしめ、二人に背を向け駆け出そうとした。


「ルーイ……!」


 キアランはルーイの手を掴んで引き留め、ルーイに微笑みかけた。


「そんなことを言うな! 言っただろう? 私もアマリアさんも、お前を守るためにいるのだ――」


「キアラン……!」


 キアランはそう言いつつも、自分の胸に疑問を投げかけていた。


 あれほどの強さとは――。やつの攻撃に対応するので精一杯だった――。急所を見抜くこともできなかった……。アマリアさんや、ルーイに心を向けることさえできなかった――。私のどこが、守護する者だというのだ……!


 キアランは、強く自分の唇を噛みしめた。


 今日はやつの気まぐれで命拾いしたが、このままでは皆やられてしまう……!


 人ではない、その言葉もキアランの胸を深く貫いていた。


 私は……。


 キアランの瞳に、暗い影が宿る。そのとき、ルーイの声も、アマリアの声も、どこか遠いところにあった。

 しかし、シルガーのもう一つの言葉が、奇妙なことにキアランの心にほのかな希望をもたらしていた。


『貴様の中の真の力が目覚めれば』


 私の中の、真の力……?


 日の光が、森の木々を照らす。天風の剣が、あふれる光を受け止める。

 キアランは、天風の剣の中に映る自分の顔を見つめた。

 

 真の力が、目覚めれば――。


 そこには戦士の顔が映っていた。

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