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天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
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第108話 無理はいけませんよ

 四天王パールの登場で、四聖(よんせい)守護と王都守護の二手に分かれることになった守護軍だが、その人員の振り分けは、会議の必要のないほどあっさりと決まっていた。

 実権を握る魔導師たち全員が、四聖(よんせい)を守るためそのままノースストルム峡谷に残ることとなった。

 そのほか、オリヴィアを除き、魔導師たちと関わり合いの深い、いわゆる高い地位の魔法使いや上官たち、上層部の者は全員四聖(よんせい)守護と決定された。

 それから、上層部の者たちの直属の部下や、将来有望とされる兵士や魔法使いたち――身分の高い家柄や裕福な家の出身の者がほとんどだった――も四聖(よんせい)守護である。

 非常にわかりやすい振り分けだった。

 年老いた魔導師たちは、非情にもすでに王を切り捨てていた。四天王パールの破壊活動によって王都は壊滅状態になる可能性が高い、そう予測していたのだ。

 自分たちだけがより安全な地に留まり、なんとか難を逃れ、そしてこれから国王のいない新しい国を、生き延びた自分たちが中心となって作り上げていこう、そうするのがふさわしい、そのように考えていた。

 四聖(よんせい)は、確かに魔の者を引き寄せるかもしれない、しかし、四天王パールに比べれば、まだ生き残ることのできる確率は高いだろう、そう踏んでいた。

 権力を持つ自分たちだけが助かるよう図られた、なりふり構わない露骨な人事だった。

 テオドルは、上官の強い推薦で四聖(よんせい)守護となるが、キアラン、オリヴィア、アマリア、ライネ、ソフィア、ダン、花紺青(はなこんじょう)は王都守護に向かうメンバーとなった。一般志願者の大部分――よい家柄の者以外の、普通の人たち――も王都守護に任命された。


「私は、ここに残りたい!」


 ソフィアだけが、決定に不服だった。それは、四聖(よんせい)である妹フレヤを自分の手で守りたいという一貫した思いからだった。

 そのあとすぐに、テオドルが上官にソフィアのことを嘆願し、ソフィアだけは四聖(よんせい)守護として残ることになった。


「ごめんなさい……。ダン。私は、どうしてもフレヤと共にいたいの。彼女が本当に安全か、辛い目にあわないか、心配なの――」


 ダンも、他の皆も、笑顔でソフィアにうなずく。


「私たちも、四聖(よんせい)の皆が心配だ。守護軍にちゃんと守られているかどうか――。ソフィアさんがここに残ることになって、かえって私たちも安心であるし、同時にありがたく思う」


「ダン……!」


 ソフィアは、ダンの胸に飛び込んだ。


「ダン……! どうか、無事で……!」


「大丈夫――。お互い、生き延びよう。そして、必ず、生きてふたたび会おう……!」


 二人は、固く抱きしめ合った。強く、強く――。


「キアラン……! みんな……!」


 ルーイとフレヤとニイロ、それからユリアナとテオドルも、キアランたちのもとへ急いで駆け付けていた。


「必ず、戻ってきて……!」


 ルーイが目に涙をいっぱい浮かべ、キアランの手を取る。


「ルーイ……。もちろんだ。私はお前の保護者なんだからな」


 出会ったころに言った言葉を、キアランは口にする。


「うん……! 必ず、必ず戻ってきてね……!」


 花紺青(はなこんじょう)が、ルーイの肩を、ぽん、とたたく。


「僕が、キアランを守る! 僕に、任せて!」

 

 明るくそう言い放つと、花紺青(はなこんじょう)は、ニッと笑った。


花紺青(はなこんじょう)も、気を付けて……!」


 花紺青(はなこんじょう)はうなずき、それから親指を立て、胸を張る。


「ふふふっ! キアランの従者、花紺青(はなこんじょう)、この僕にすべて任せるのだっ」


 ギンギンの目で、花紺青(はなこんじょう)はおどけて見せた。やはり、顔だけ怖い。

 それぞれ、皆抱擁を交わし、いっときの別れの挨拶をした。

 いっときの別れ――。皆、そう信じた。信じようと決めた。


「急ごう、城へ! そして、白の塔へ……!」


 その日のうちに、ソフィアと四聖(よんせい)を除くキアランたち一行は、ノースストルム峡谷を出発する。


 


 ゴオオオオ……。


 漆黒の四枚の翼が、不気味な音を立て、風を切る。

 上空から見える、豊かな緑。美しく整えられた田畑。丁寧な日々の暮らしが感じられる、小さな家が身を寄せ合うようにして連なる街並み――。

 それらを破壊する。四天王パールは興奮に酔いしれていた。


「おや……?」


 ふと、気付く。

 パールは、これまで破壊してきた人間の作ったもの――家や建物――とは少し違った趣の物体に目を留めた。

 パールの目には、その立派にそびえたつ巨大な建造物が、奇妙なものとして映る。


 今まで見たものと、大きさがだいぶ違う。なにか、特別なもの――?


 それは、国王の居城だった。


 あそこに、行ってみよう。


 そして、その近くには白く突き出た、これまた変わった建物がある。それは、おそらく通常の魔の者には見えないようなしかけが施されており、魔の者の侵入を拒むような力があるようだった。

 白の塔だった。


 ここも、壊してみよう。なにか、おいしいものがあるかもしれない――。


 パールは、破顔した。そして、まずは城へと、進路を定めた。


 カッ……!


 まばゆく強い、金の光がパールの行く手をさえぎる。

 四枚の純白の翼――、シリウスだった。


「これ以上の破壊は、許しません! 私があなたを、止めます!」


 バチッ……!


 パールの前に、見えない壁が発生した。


「ふうん……? そんなこと、できるやつがいるんだ……?」


 今まで見た、そして食べた高次の存在とはちょっと違う、そうパールは思う。

 パールは、空にできた不思議な壁に手を触れる。

 触れた途端、火花が散る。パールの手に、ピリピリとした衝撃が走る。


「へえ。君はちょっと、変わってるね?」


 小首を傾げ、パールは改めてシリウスを見た。

 シリウスは――、額に汗が浮き出ていて、苦悶の表情を浮かべていた。両手を突き出し、見えない壁を遠くから支えるかのようにしているが、その腕も小刻みに震えているのが見て取れた。


「君、かなり、無理してるんじゃない?」


 パールは、にい、と唇を吊り上げる。

 

「くっ……」


 シリウスは、震える手で見えない壁を支え続ける。足にも、震えがきていた。肩で息をしているようだった。


「今にも、倒れそうだね……?」


 くっ、くっ、と声を立ててパールは笑う。


「攻撃もしてないのに、壁を作るだけで辛いだなんて、高次の存在って、かわいそうだね――」


 大丈夫、そうパールは囁く。

 甘い、声で。


「早く、僕が君を食べて、楽にしてあげよう――」


 パールが、壁を押す。そうっと、優しく。


「他とは違う、特別な君は、忘れられない格別の味がするんだろうね……?」


 きっと、壁はすぐに壊れてしまうのだろう。火花が上がり続ける。痛みさえ甘美とでもいうように、その感触を楽しむように、パールは壁を押し続ける。

 シリウスは、パールを睨みつけながら、体の震えと戦う。その場に踏ん張るようにして留まり、必死に耐えているようだった。

 シリウスの額から浮き出た汗が、流れ落ちる。空から、地上へ――。


 ドーン……!


 突然、衝撃波が放たれる。


「うっ」


 パールは呻き声を上げ、整ったその顔立ちを歪めた。

 どす黒い液体が、空に飛び散る。

 衝撃波はパールの長い尾の先、クジラの尾びれのようになっている部分のつけ根――パールの急所――目がけて放たれていた。しかし、直撃するその寸前、パールは尾をくねらせる。

 衝撃波は、パールの尾の一部に傷を負わせる程度の攻撃になっていた。

 パールもシリウスも、衝撃波を放った主のほうへ顔を向ける。


「無理はいけませんよ。戦いは専門外でしょう? 高次の存在さん」


 笑う、漆黒の四枚の翼。

 そしてその両脇には従者たち。

 そこには、四天王アンバーと、白銀(しろがね)黒羽(くろは)がいた。

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