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天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
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第107話 分裂

「キアラン、皆さん……!」


 キアランのもとへ、金の光が降り立つ。


「カナフさん!」


 キアランの目の前に、きらめく金の光をその身にまとう、カナフが立っていた。

 そのときその場には、キアランの他にオリヴィアとアマリア、それからダンしかいなかったが、守護軍の陣営の中にカナフが来たことに、キアランは驚きを覚えていた。

 カナフは、極力自らの気配を抑えているようだった。しかし、他の魔法を操る人々に気付かれるのは時間の問題だろうと思えた。

 カナフに対し、質問しようと口を開けたキアランのすぐ隣に、小さなつむじ風が起こる。

 それは、輝く銀の風。

 銀色をはらんだつむじ風が、ほどけていく――。


「久しぶりだな、キアラン」


「シルガー! どうして……」


 カナフに続いて現れた、シルガー。シルガーも、周りに悟られぬよう気配を抑えている。

 カナフとシルガーの来訪。距離を取りつつ隠れて同行していた彼らが、なぜ急に姿を見せたのか――。


「もしかして――!」


「ああ。悪い知らせだ。いや、私にとってはいい知らせかな?」


 シルガーが、笑う。銀の瞳を妖しく光らせ、鼻に皺をよせ大きく唇を釣り上げた、黒い狂気に彩られた、不吉な笑み。


「シルガー、ここに来たのは、四天王パール、やつについて知らせるため、だな……?」


 シルガーとカナフは、ゆっくりとうなずいた。カナフは深刻な表情で、シルガーは笑顔のまま、静かな闘気を放ちつつ。


「ここから少しだけ戻ってみた。それで、大体わかった」


 シルガーの低い声が、その場を支配する。皆、固唾をのんで次の言葉を待つ。


「四天王パール。やつは、空を飛べるようになっていた」


「空を……!」


 キアランたちは、絶句した。


「そして、やつはこちらに向かってきている」


 やつが、来る……!


 キアランたちは、顔を見合わせた。ダンとアマリアは、それぞれ固く唇を結び、うなずき合う。皆の仇を必ず討つ、そう誓っているようだった。

 カナフが、声を震わせながら、シルガーの淡々とした言葉のあとを続ける。


「彼は、今も進み続けています。破壊を、繰り返しながら――」


 破壊を……!


 キアランの金の瞳が、一層強い光を帯びる。


 アマリアさんたちのご両親たちの命だけではなく、どこまでもやつは……!


 そのときだった。


「国王陛下からの手紙が届きました! 守護軍はただちに白の塔へ戻るようにと――」


 一人の魔導師が、伝令の鳥からの手紙を握りしめ、駆け付けて来た。魔導師は、シルガーとカナフを見て驚愕する。

 笑い声が響き渡る。シルガーだった。


「今更、もうどうでもいいではないか。もう隠す必要もないだろう。戦いと波乱の日々が始まっているのだ……!」


 シルガーの銀の長い髪が、自らの闘気で激しく乱れ、揺れ動く。


「仲間内の些細な相違の問題ではなく、もっと脅威を見つめるのだな……!」


 シルガーは、空へと飛び立っていた。


「キアラン! 私は先にやつのもとへ行くぞ……!」


「シルガー!」


 シルガーは、空高くからキアランを見下ろす。


「……もしかしたら」


 シルガーは、笑っていた。それは先ほどとは違い、穏やかな微笑みだった。


「もしかしたら、なんだ!」


 キアランは空を見上げ、シルガーへ大声で叫び返す。


「これが、最後の会話になるかもしれんな」


「最後って、なんだ!」


「お前との時間、非常に楽しかったぞ。おかげで退屈せずに済んだ。礼を言う」


「なにを……!」


 なにを言ってるんだ、キアランはそう思う。シルガーは、なにを――。


「キアラン。お前は、生きろよ」


「シルガー!」


 そんなことを言うな、そうキアランは思った。


 本当の別れみたいなこと、言うな……!


 シルガーは、右手の人差し指と中指を揃え、自分の額の辺りに近付ける。そしてその手を、一回だけ弧を描くようにして振った。


 軽い、挨拶――。


 シルガーは、いたずらっぽく笑う。しかし、キアランは、笑わなかった。


 笑えるかよ……! 笑ってなど、やるもんか……!


 うっかり笑い返したら、本当の別れのような気がした。

 シルガーは、空へと消えていく。


「シルガー!」


 もう一度、キアランは大声でその名を叫ぶ。その声は、おそらく届かない。

 キアランは、認めたくなかった。シルガーが、最後かもしれない、そう述べたのは、それだけパールが強大な力を持っているということ、シルガーが、覚悟の上で戦いに臨むということ――。


 行かなければ、いいじゃないか……!


 シルガーが求めるのは、四天王の力と、その座。しかし、なにも自分よりはるかに力の強いパールに立ち向かう必要はない。


 お前こそ、生きたらいいじゃないか……!


「キアラン」


 空を睨み続けるキアランに、心の中でシルガーの名を呼び続けるキアランに、カナフが声をかける。


「私も行きます。微力ですが私の力が、シルガーさんの、皆さんのお役に立つと信じて」


「カナフさん……!」


 シルガーに続き、カナフさんまで……!


 カナフはにっこりと笑い、シルガーのあとを追って飛び立つ。


「カナフさん――!」


 キアランは空を見上げ続けた。

 ふわりと、白いものが落ちてきた。それは、結界の外の吹雪ではなく、大きくて美しい、純白の羽。


「カナフさん――」


 キアランは唇を噛みしめ、両手でその羽を受け取り、抱きしめるようにした。


「我々は――」


 オリヴィアの凛とした声が、静寂を破った。今では、カナフとシルガーの気配を察した魔導師や魔法使いたち大勢が駆け付けていた。


「我々守護軍は、二手に分かれるべきです」


 キアランたちも集まってきた者たちも、オリヴィアの発言に驚き、騒然となった。


「ここで四聖(よんせい)を守る者たちと、王都を守る者たちと――!」


「えっ。オリヴィアさん!?」 


 キアランは、どういうことかわからず、思わず聞き返していた。


「もう、空の窓が開くまで時間がありません。四聖(よんせい)は、このまま安全なこの地でお守りすべきです。そして、四天王パールの暴走も、止めなければなりません」


「しかし……!」


 誰かが、異を唱えようとした。国王陛下の命令に、反することになるのではないか、そういった危惧があった。


「これより、至急会議に入ります。メンバーに関しましては決定次第ご報告します!」


 ここでルーイたちを守るのか、それとも一刻も早くパールと戦うのか――。


 自分の意思決定ではなく、会議で決まる――。キアランには、とても歯がゆく感じられた。

 ルーイたちを守りたい、その思いは誰よりも強かったが、しかしそのときキアランは、脅威に向かって進み続けたい、たぎる熱い血のままに、立ち止まるのではなくシルガーやカナフを追って戦いのさなかに身を投じたい、そんな強い衝動に駆られていたのである。




 港町は、騒然となった。


「なんだ……! あれは……!」


「魔の者だ……!」


 エリアール国の魔法の力をもたない人々にも、巨大なパールの姿が見えた。

 それは、四枚の漆黒の大きな翼を持ち、上半身は美しい青年の姿、下半身は蛇のように長くうねり、そしてそこには頑強な鱗がある、そんな姿をしていた。

 あふれる魔の力を、今まで通りには抑えることができなかった。それは、あまりにも巨大な力を持ちすぎてしまったためと、自身の力とは相反する高次の存在二人分のエネルギーが取り込まれているためだった。

 人々は、逃げまどう。パールの大きな指が、空から降りてくる。

 虫かなにかを掴みあげるように、パールは次々と人をさらい、そして飛び続けながら食らった。


「化け物めっ!」


 投石や矢が放たれた。大砲も撃たれた。

 いずれも、パールの進行を妨げるものではなかった。

 建物の中にいれば安全かというと、そうでもなかった。

 砂の城を壊すように、家や建物をいとも簡単になぎ倒す。直接捕まって食べられてしまう人々もいれば、家屋の下敷きになって息絶える人々も大勢いた。

 いつの間にか、火の手が上がっていた。破壊された町の中、どんどん火の海が広がっていく――。

 

「早く、走って……!」


 少女が、少年の手を引き走る。それは、姉弟だった。

 

「あっ……」


 少年が、つまづいて転びそうになる。


「だめ……!」


 少女が、少年の背に覆いかぶさるようにした。

 パールの手から、弟を守ろうとしたのだ。自らが盾となって――。


「あっ……!」


 ふわり。


 少女は、空に浮かぶ。気が付けば、自分の腕の中にいるはずの少年も一緒に――。


 二人とも、食べられてしまうんだ……!


 身を硬くし、ぎゅっと目をつむる。

 しかし、いつまで経ってもその恐ろしい瞬間は来なかった。

 おそるおそる、目を開ける。

 姉弟は、金の光の中にいた。


「あなたは……」


 金の光に包まれた、白い翼を持つ青年ふたりに、姉弟はそれぞれ抱えられていた。

 

「すみません。こうやって、私たちは一人ずつ助け、被害を少なくすることしかできないのです」


 周りを見れば、たくさんの金の光。

 白い翼を持つものたちに、人々が運ばれている。

 それは、戦うことのできない、高次の存在たちだった。

 もちろん、すでに禁忌を破り続けているパールにとって、高次の存在も狩りの対象、食糧の対象である。

 高次の存在たちは襲いかかるパールの手をかわしつつ、一人一人を救おうと尽力していた。

 救われる人々は、ほんの一握りだった。

 それでもそれは、今まで傍観しているだけだった高次の存在たちにとって、精一杯の行動だった。

 逆に言えば、高次の存在が動かざるを得ないと判断するほど、パールの破壊がすさまじかったのだ。

 町や自然を破壊し、飲み込みながらパールは空の移動を続けた――。

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