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天風の剣  作者: 吉岡果音
第九章 海の王
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第102話 侵入

 四聖(よんせい)を見つける、そのご命令を果たすまで、オニキス様に顔向けできない――。


 赤目は、ボロボロの体で地中深く移動する。まっすぐ、四聖(よんせい)の波動を感じる方向へと。

 あれから、何体かの魔の者を殺してその血を飲み、回復を図っていた。

 しかし、まだまだ完全な状態には程遠かった。

 散り散りになった獣たちをふたたび集めようとも試みた。赤目が生きている間は有効のはずの支配する術。しかし、花紺青(はなこんじょう)が獣たちの意識に干渉し、赤目を弾き出したとき、同時に赤目の術自体、無に帰されていた。


 新しい獣を操ろうにも、今の私ではそう多くは操れないだろう。数匹の獣で戦うのは、あきらかに無謀だ。


 戦うには無謀。戦い――。赤目には、疑問に思うことがあった。


 なぜあのとき、魔の者、さらには四天王までもが私に襲いかかってきたのだろう。


 魔の者が、強いものに挑みかかることはよくあることだ。しかし、なぜ四天王がわざわざ、あきらかに格下の自分に攻撃をしかけてきたのか。


 私が四聖(よんせい)を探していることに気付き、妨害しようとした……? それとも、ただの気まぐれか……?


 不自然だった。ただの気まぐれとは思えなかった。絶対に倒す、そんな強い意思を感じたからだ。

 それから、赤目の首を斬り落とした魔の者、それは従者ではなかった、そう赤目は感じていた。だとしたらなぜ、その魔の者も四天王やその従者たちと行動を共にしていたのか――。


 それから、もうひとり。


 異質な存在がいた。人間と四天王。両方の波動を色濃く感じさせる男――。


 異質な存在。それがあの襲撃の謎を解く鍵なのだろうか……? 


 もしかして、と赤目は思う。それは、ただの勘に過ぎなく、今のところ赤目にとってなんの裏付けもない。


 オニキス様が私に命じたのは、あの男の存在も関係あるのか……?


 ギリギリ、赤目は音を立て、己の鋭い牙を食いしばる。


 理由など、背景など、私には関係ないではないか。私はただ、ご命令を遂行するのみ。そのためには、強い力、強い力が必要だ――。


 今考えるべきことは、どうすれば強い力を得ることができるのか、ということだ、赤目はそう思い直す。

 赤目は、四聖(よんせい)の気配を追い続けた。

 様々な疑問は脇に置き、一刻も早く四聖(よんせい)を見つけ、オニキスに差し出す、そしてそのためにはどうすればいいか、そういったことだけを考えて。

 四聖(よんせい)たちは、一つの場所に集まっているようだった。それは、赤目の優れた探索能力を持ってしても探すのが困難な場所ではあったが、その地域に入って行く四聖(よんせい)たちの気配をしっかりとキャッチできた。

 しかし、どういうわけか、四聖(よんせい)たちはほどなく北へと移動を始めた。赤目の鋭敏な感覚は、あの異質な存在も四聖(よんせい)たちと行動を共にしているという事実を掴んでいた。


 あの男は、四聖(よんせい)の味方なのだろうか?


 よくわからないが、人間たちの群れに溶け込んでいるように思えた。

 四聖(よんせい)たちが移動を始めると上空に、あの四天王、四天王の従者、そしてあのときの魔の者、そしてなぜか高次の存在の気配を感じた。


 今、私の力が弱ったままであることが、逆に幸いしている。やつらからは、私の気配はわからないだろう。


 相手が意識して探す場合、力が弱まっている現状ではすぐに相手から見つかってしまう。しかし、相手に探し出そうという意識がない場合、取るに足らない魔の力として注目されることはない、そう赤目はふんでいた。なぜやつらが自分を狙ったのか、その理由はわからないままだが、手負いの自分を探し出して仕留めようとするまでの執着はないだろう、そう考えた。そして赤目の想像通り、四天王たちが赤目のほうへ近付いて来る様子はなかった。


 このまま、四聖(よんせい)のもとへ――。


 あの四天王や魔の者たちが、四聖(よんせい)に襲いかかろうともせず距離を置きつつ移動しているのが不思議ではあったが、赤目もひたすら四聖(よんせい)を追って移動を続けた。

 ある日から、突然四聖(よんせい)の動きが止まる。それは、フレヤの発熱のためであったのだが――。


 追いついた……!


 強い力を得る。その課題の答えも、赤目は見つけていた。


 あれを、利用するのだ……。


 赤目は、四聖(よんせい)や異質な存在、そして人間たちの群れの中に、風変わりな者を見つけていた。

 

 魔の者に近い波動を持つ人間――。


 赤目が意識に深く干渉できるのは、基本的にはイヌ科の獣と、自分より力の弱い魔の者だけだった。

 

 しかし、魔の者に近いあの男なら……!


 赤目は深い土中から、感じ取っていた。あの男が放った魔法の威力を。

 魔の気配を色濃く身にまとい、強い魔法の力を操ることのできる人間。赤目の裂けたような口が、さらに吊り上がる。


 あの人間を使い、馬車に四聖(よんせい)を集めてそのままオニキス様のもとへ――。

 

 そこまで考え、それはあまり現実的ではない、と赤目は気付く。あの四天王や魔の者たちに気付かれてしまう、またはあの異質な存在に妨害されるだろう、そう赤目は思った。

 生きたまま連れて行くのがオニキスの要望に応える最善だろうと思った。しかし、あの四天王に狙われている現状、最悪の方法でも仕方ないのではないか、そう考えることにした。


 四聖(よんせい)を見つけよ、そうオニキス様はおっしゃった。しかし、四聖(よんせい)を生きたまま連れてこい、そうはおっしゃらなかった。


 四聖(よんせい)の心臓を食すれば、強い力を手に入れられるという。生きたままならなおいいが、持ち帰るのは心臓だけでもいいのではないか、そう赤目は判断する。


 心臓だけなら、あの四天王の目をかすめて持ち帰るのも容易……!


 赤目は、上昇を始めた。

 久しぶりの地上へ。

 地上では降り続いていた雪がやみ、凍えた月が輝いていた。

 赤目は、遠吠えを放ちたい衝動を抑えつつ、月に向かって狂った笑みを浮かべていた。




「……魔の者!」


 魔の者の気配を感じた。

 キアランは枕元の天風の剣を握りしめ、テントを飛び出す。

 

 そんなに強い気配ではない。でも、なぜか……。


 テントの中では、ルーイが穏やかな寝息を立てている。

 花紺青(はなこんじょう)も、目を覚ましてはいなかった。花紺青(はなこんじょう)が起きないということは、やはり力としてはそんなに強い魔の者ではないのだろうとキアランは思う。

 しかし、いいようのない、胸騒ぎがした。キアランは用心しつつ気配のほうへ足を進める。


 ザッ、ザッ、ザッ……。


 薄氷の張った土の上を歩く足音が、近付いて来る。

 月を背にし、フードを目深に被り、口元に大きな笑みを張り付けた――。

 

「ヴィーリヤミさん……?」


 少し首を傾げつつ、ヴィーリヤミが目の前に立っていた。

 キアランは、思わず息をのむ。

 ヴィーリヤミの鋭い目は、闇の中で赤い光を放っていた。

 そして、彼の骨ばった細い指には、恐ろしく長い爪があった。


「お前は、ヴィーリヤミさんでは……!」


 吊り上がった薄い唇に、強い光の目。しかし、その表情はどこか虚ろで、生気がなかった。


 やはり……! これは、ヴィーリヤミさんではない!


 キアランは、天風の剣をためらいつつも構える。しかし――。

 風に揺れる、ゆるやかな巻き髪。守護軍に入って、新たな気持ちで変えた髪形――と、キアランたちは勝手に思っている――。


 でも、これは……、きっと、ヴィーリヤミさん……、でもあるんだ……!


 守護軍の中でも、敵として考えるほうがいいと思われたヴィーリヤミ。しかし、今のところ特に悪い影響は受けていない。キアランを探ろうと奇妙な術をしかけられたときもあったが、実質被害は受けていない。


 彼は決して、剣を向けるべき相手では……。


 ヴィーリヤミの姿をした何者かを睨みつつ、キアランの手には汗がにじむ。天風の剣が振るえていた。


『異質な存在……』


 ヴィーリヤミの姿をした何者かが、ため息のように呟く。白い息が、地獄の冷気のように漂う。

 ヴィーリヤミの口から発せられた声は、ヴィーリヤミのそれではなかった。


『私としたことが、のうのうとお前の前に来てしまった――。お前はまず避けておかねばならない相手だというのに――』


 キアランは大きく目を見開く。


「貴様……、私を知っているのか……!」


 ヴィーリヤミの姿をした者は、自分の手のひら――今は、自分の手のひら――をじっと見つめた。


『支配下にあっても、私に気付かせないうちに、元の意識が足を向けさせていたのか。やはりこの男は、人間の中でも群を抜いて力の強い者のようだ――』


 ざっ。


 異変に気付いたのか、テントの中から花紺青(はなこんじょう)が飛び出してきた。


「あーっ! お前は、あのときの……!」


 花紺青(はなこんじょう)が、ヴィーリヤミのほうを指差し叫ぶ。


花紺青(はなこんじょう)! やつが何者かわかるのか!」


「お前、獣だけじゃなく、人間まで……!」


「えっ、獣……」


「キアラン! こいつはあのときの、獣たちを操っていた魔の者だよ!」


 なんだって……!


 赤目は、ふたたび黒い糸状の姿になってヴィーリヤミの体内に侵入し、ヴィーリヤミと同化していた。

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