第八話.変装と救出
そして夜が明け、いつもの朝へと戻る。
「うぉぉおおぉ!! 竜殺しだ!! この街の大英雄様だぞぉ!! サイン! サインを下さいぃぃぃぃ!!」
朝にも関わらず大量の人に囲まれ、迷惑そうな顔をしているのはSランク冒険者マイだ。
今回は鎧ではなく男用のレザーアーマーを身に纏い、いつも後ろで束ねていた金髪を解いて変装を図ったのだが、その変装も敢え無く見破られてしまい現状に至っている。
(もう……倒したのは私じゃないのに何よこいつら……)
だがそれを言う訳にはいかない。
タローがなぜそこまで能力を隠したがるのかは分からないが、秘密にしたいのならその手伝いを出来ればいいと、それが少しでも恩返しとなるならと、ついさっきまでマイはそう考えていた。
だが、いざとなったらウザいことこの上ない。
まともに歩く事もできず、何よりも人が集まりすぎて暑い。
これでは嘘を付いたタローに対してのイライラが募るばかりであった。
(次に会ったら頬にビンタでもしようかしら……!!)
マイは引くつく口元を無理やり微笑みの形に固定させ、渡されたTシャツに適当に魔法でサインを書きながらそんな事を考える。
そんな時だった。
何故か人混みの中でタローの姿が見えた。
(えっ、何やってるの?)
当然マイも困惑する。だがすぐに、何故ここに居るのかは理解する事ができた。
(あぁ、助けに来てくれたのね──)
──と思っていたのも束の間、何とか間近まで来たタローがマイに向かって放った言葉は何と、「サイン下さい!」であった。
マイはふつふつと涌き上がる怒りを何とか抑えると、タローの手を掴んで人混みの中を何とか脱出し、見つからないようすぐに裏路地へと逃げ込む。
「はぁ……はぁ……急に走って……どうしたんですか……」
息を切らしながらも何とか問い掛けるタローに対しマイは、
「どうもこうも無いわよッ!!」
と心の底から叫び、タローの頬を強くつねった。
「い、イタタタダダダタダダッ! 何するんですかぁ!!」
「あなたね! なに呑気に私からサイン貰おうとしてるのよ!!」
「だ、だってぇ……!」
「だってじゃないの! さっきの状態なら助けようとするのが普通なんじゃないのかしら!!」
そこまで言うと、マイは頬をつねるのを止めた。
タローはヒリヒリとする頬を涙目になりながらも撫でる。すると頭を下げ、ごめんなさいと素直に謝った。
「はぁー……もういいわよ。結果的には逃げられたんだし」
「あぅ……いたい……」
マイに怒られたからか、タローのテンションはガタ落ちしている。
それを見たマイは何故か自分が悪い様な気がして、頭をくしゃくしゃと掻いた。
「もう……後で何かご飯でも奢るから、そのくらい我慢しなさい」
「ホントですか!? やったぁー!!」
「結構単純なのね……」
タローに聞こえない程度の声量で呟くマイの口元は、僅かに笑みが浮かべられていた。
すると、さっきまでテンションが最高潮になってはしゃいでいたタローが突然止まり、マイの姿をじっと見つめた。
「ところで誰ですか?」
「えっ!? 分からないまま私と接してたの!?」
「いやー……ははは……」
そう笑って誤魔化すタローに、マイは顔に手を当て、首を振らずには居られなかった。
あの訓練中、竜を真っ先に見つけたのはマイではなくタローだ。
そこまでの視力がありながら、それだけの観察力がありながら、何故マイの下手な変装は見破れないのか。それがマイには理解することが出来なかった。
マイは後ろの髪を手を使っていつもの髪型にすると、タローは驚いた表情を作り出し、大声をあげた。
「マイさんだったんですかッ!?」
「逆に何で今まで気付かなかったのよ!! 貴方は髪型で人を判断してるわけ!?」
「いやー……声が凄く似てるなぁとは思ってたんですけど……」
「顔を見れば一瞬で分かる事でしょ!!」
「はっ!! 確かに!! 顔はよく見てませんでした!!」
「何で髪型は見て顔は見ないのかしら!?」
怒涛の如しツッコミにマイは息を切らすと、タローが何度も頭を下げて謝ってくる。
「はぁ……ホント……なんで朝からこんなに疲れないといけないのよ……」
朝から大勢の人に囲まれ、タローが助けに来てくれたと思えばサインを求めてきて、何とか抜け出したと思ったらタローはマイだと分かっていなかった。
もう訳がわからない。朝から情報量が多すぎてマイにはついていけなかった。
「あ、マイさん。そういえば大丈夫でしたか?」
「えっ……大丈夫って……あぁさっきのこと?」
タローは首を振る。
ならば一体何だとマイは過去の記憶を巡るが、特にこれと言って思い当たるものは無かった。
「んー……なんの事かしら」
「えっと……昨日の夜、用事を終わらせてからマイさんの所に戻ったら物凄くうなされていたので」
「あらそうなの? 心配掛けたわね──って、なに勝手に入って来てるの!?」
「えぇ!? いやいや!! 受付嬢さんにちゃんと許可はもらいましたよ!!」
タローは慌ててそう否定するが、そんな事を言われてもマイにとっては安心する事などできなかった。
「ナズナ……絶対楽しんでるわね……」
次にナズナに会ったらこの事について問い詰める事を心に決めると、ふと、マイはナズナに言われた言葉を思い出した。
『──あぁそうだ。明日でもいいから純粋くんにお礼言っときなよ。マイの服の着替えだとか汗ふきとか全部純粋くんがやってくれたんだから』
ナズナが放ったあの言葉達は、もしかしたら嘘かもしれない。
……いや、マイにとっては嘘であって欲しかったのだろう。
「た、タロー? ちょっといいかしら」
「はい……? 何ですか?」
『寝てる間に私の体を拭いてくれた?』と言い出そうにも言いにくく、だからといって他の言葉も思い付かず、マイは言葉に詰まってしまう。
「や、やっぱり何でもないわ」
「えぇ!? そこまで引っ張られたら気になっちゃいますよ!!」
「何もないっていったら何もないのよ!! ほら! ご飯でも食べに行くわよ!!」
マイはタローを置いて歩き、路地裏から抜け出してしまう。
すると、マイの元に大量の人が群がっていくのが音などからして分かった。
「……はっ! 助けないと!!」
暫く何を聞きたかったのかと考えていたタローだったが、今更それどころでは無いと気付き、駆け足でマイの救出へと向かうのであった。