第七話.受付嬢ナズナとマイ
「あ、受付嬢さん! こんにちは!!」
開いた扉の奥にいる受付嬢に、タローは元気よく挨拶する。
「こ、こんにちは?」
それに対し受付嬢は、ニヤけてしまう顔を何とか抑えながら自然な微笑みを保ち、挨拶を返した。
そして部屋に入るなり、タローの隣に並んで座るマイへと目を向ける。
「あぁ……もう起きたんですか。早いですね」
「あら、まるで目覚めて欲しくなかったみたいな言い方ね?」
「否定はしませんよ」
受付嬢はぶっきらぼうに答えると、マイはやれやれと肩をすくめる。
「変わらないわねナズナは。さっきのやり取りだと、ナズナはこの子を知ってるのかしら?」
マイの問い掛けに受付嬢──ナズナは鼻で笑う。
「知ってるも何も、タローさんはよく私の所でクエストを受けてくれる常連さんですよ」
「あら、そうなの? というかあなたタローって名前なのね」
マイは首を動かし、あくびをするタローを視界に入れながらそんな事を話す。
するとタローはハッとし、「あー!!」と叫びながら勢い良く立ち上がった。
「すいませんすいません!! そういえば自己紹介してませんでした! タローっていいます!!」
「別に謝らなくてもいいわ。これからも宜しく頼むわよタロー」
「はい!! ──はい? これからも?」
勢いのまま答えたタローだが、マイの言葉が引っ掛かったのか首を傾げながら聞き返す。
そんな様子にマイはため息をつくと、
「私とパーティを組むんでしょ?」
と、当たり前だと言わんばかりの呆れた声でタローに再確認した。
「……え、あ、本当にいいんですか? こんな僕とパーティなんか組んで」
「私に出来る事なら何でもするって言ったでしょ。あと、どんな力かはわからないけど竜を撃退したのは事実なんだから、もっと自信を持ちなさい」
マイがそう言った瞬間、タローはギクリと反応し、そわそわとし始める。
すると、マイの言葉を聞いて首を傾げていたナズナは、「何を言っているんですか?」と不思議そうに問い掛けた。
「竜は撃退ではなく討伐されましたよ」
「あらそうなの? やるじゃないタロー」
「はい?」
「えっ?」
二人は顔を見合わせると首を傾げる。その近くではタローが大量に冷や汗を流していた。
「何かおかしなことを言ったかしら?」
「竜は貴方が倒したと聞いたんですが違うんですか? 街はもうたった一発殴っただけで倒したって話で持ちきりですよ」
「……は?」
マイは呆気にとられたのか口をぽかんと開ける。
そして笑顔になったかと思うと、ゆっくりとタローの方を向いた。
「これはどういう事かしら……タロー?」
「ひゃい!?」
タローは言葉通り飛び跳ねて返事をすると、返す言葉が思い浮かばなかったのか笑って誤魔化す。
そんな様子にマイは大きくため息を付くと、疲れた表情でナズナを見た。
「あのねナズナ。普通の人間がたった一発殴っただけで竜を倒せるわけ無いでしょ……」
「まぁそうですよね」
「なっ、分かってたのに言いふらしたの!?」
「いえいえ、言いふらしたのは救援に向かった冒険者達ですよ。私はこの話を聞いた瞬間嘘だと分かりましたし」
「ならそこで否定しておいてよ……」
「嫌ですよ面倒な。それに、これもこれで面白いので良いじゃないですか」
ナズナは適当にそう返すと、マイはこの後が面倒だと頭を抱える。
「えっと……受付嬢さんとマイさんは知り合いなんですか……?」
マイにとって深刻な問題を起こした張本人が、今までのやり取りで気になったのか突然そんな事を聞き始めた。
マイとしてはそんな事よりもなぜ嘘をついたのかと問い詰めたいのだが、能力について知られたくなかったからとある程度予想が付いてしまう為その衝動を何とか抑える。
(はぁ……もう……ランクが高いっていうのも良い事ばかりじゃないわね……)
この噂が街に広まったのは、ここが始まりの街と呼ばれる駆け出し冒険者御用の街で、Sランク冒険者とは無縁だった事も原因だろう。
普通に考えればこの話は嘘だと分かるのだが、Sランクの居ないこの街では『流石Sランク冒険者すげぇ』と捉えられてしまう。
もしマイのランクがそれ程高くなかったら街で噂になる程の事にはならなかった事だろう。
マイはそこまで考えた後、ナズナの事をじっと見つめる。
「えっ……私が説明するんですか?」
これまで滅多に表情を変えなかったナズナが珍しく露骨に嫌な顔を作りだす。
そんなナズナの珍しい変化が見れたからか、マイはからかう様に笑った。
「どうせこのあと外に出たら人が群がってくるんだから、なるべく体力は残しておきたいのよ」
「流石、Sランク冒険者様は大変ですね」
「ほんと誰のせいかしらね?」
ナズナとタローの二人が、同時にマイから顔を逸らす。
そんな様子を見たマイは笑うと、「冗談よ」と付け加えた。
「私とナズナは昔からの仲って感じかしら。十年くらい前に私がこの街に来て初めて出会ったのがナズナね」
「あぁ懐かしいですね。ただのへなちょこ村人がまさかこんなにも強くなるとは思いませんでしたよ」
「えっ!? マイさんも村人だったんですか!?」
タローは驚愕の声を上げ、信じられないと口をあんぐりとさせた。
マイはその事についてはあまり話したくないのか苦笑し、その話はいいでしょと頬を掻く。
でもまさか、自分と同じ村人だったとは。
タローは開いた口を閉じる事も忘れてそんな事を考える。
「──あ、どうしますか? もう夜ですし、軽く食べられるものでも持ってきましょうか」
「え、夜?」
ナズナがさらりと放った言葉でタローの硬直が解けた。が、次の瞬間に大声を上げ、急いで扉へと向かう。
「す、すいません!! ちょっと用事があるので帰ります!!」
それだけ言うと、タローは光のような速さで外へと出ていった。
「……なんだが不思議な子ねあの子」
「やっぱりそうですよね」
そんなナズナの呟きにマイは溜め息をつくと、気味が悪そうに手を横に振る。
「もうその喋り方やめて頂戴。何でそんな喋り方してるのか知らないけど、聞いていて鳥肌が立つわよ」
それに対しナズナは薄く笑い返すと、タローが座っていた場所に座った。
「──ただ純粋くんに好かれたいだけだよ。ほら、あたしって素だと感じ悪いし」
その喋り方は、普段のナズナを知っている人間ならば必ず驚くと言ってもいい。
だが、まるで裏路地で過ごしている不良少年のような喋り方にマイは動揺しない。本当にこれが素なのだろう。
「分かっているなら早く直しなさいよ。それと、純粋くんってもしかしてあの子の事?」
「あぁうん、タローくんのこと。ほら、裏表なさそうだしぴったり当てはまるでしょ」
「んー……」
マイはこれまでのタローとのやり取りを思い返し、確かにそうだと頷いた。それにナズナはニシシと笑うと、ご飯の用意をするからと立ち上がり、扉へと近付く
「──あぁそうだ。明日でもいいから純粋くんにお礼言っときなよ。マイの服の着替えだとか汗ふきとか全部純粋くんがやってくれたんだから」
「あらそうなの? なら──」
──ならそうするわ、そういい掛けたところでマイは固まる。
いまナズナはなんと言ったのか。聞き間違えでなければ、タローが服の着替えから体の汗を拭き取る事までしたと言っていた。
確かに鎧から布の服へと変わっている。それは最初から気付いていた。
だがもしナズナの言う事が本当ならば、タローに裸を見られ更に隅々まで触られたということではないか。
頼む、嘘であってくれ。顔面蒼白になりながらマイは必死に念じる。
するとその思いが伝わったのか、ナズナは扉を開けた瞬間に振り向いた。
「これ嘘じゃないよ。純粋くんは本当にマイの事を心配してたんだから、ちゃんとお礼を言う様に。じゃあまたね」
それだけ言って、ナズナは扉から出ていってしまった。
一人取り残されたマイは暫く固まった後、ゆっくりと頭を抱える。
「今日一番の衝撃よ……これ……」
マイは座った状態から倒れると、ベッドへと寝転がる。
「もう……タローのバカ……」
そんな事を呟くマイの顔は、まるで採れたてのりんごのように赤くなっていたとか。