第六話.討伐とその後
竜の咆哮が平原に轟く。
だがタローは、耳を塞ぐことも無く、顔を歪めることもなく、一歩、また一歩とゆっくりと距離を縮めていった。
竜は怯むことのないタローに怒りを覚えたのか、小さく唸り、竜の顎付近から文字が円状に並ぶ──所謂魔法陣と呼ばれるものを展開した。
竜の紅い目がタローを睨み付ける。そして翼を一際大きく羽ばたかせると、その魔法陣は淡く光り出した。
その瞬間、先程よりも風が圧縮されたものが継続的にタローに放たれた。それはもはや風で出来たレーザーと言っても過言では無い。
その大きさも、威力も、何もかもが桁違いなそれは、下手をしたら一つの街は簡単に潰れてしまう程のものであった。
だがタローは、それをたった一発の『拳』だけで糸も簡単に消し去ってしまった。更にそれだけではなく、まるでさっき竜が放った死の風のような、そんな途轍もない衝撃波が竜へと襲い掛かる。
それにより竜は僅かに怯んだ。
その隙をタローは見逃さない。
タローの姿が少しの衝撃波と共に突如消え去る。
「ごめんね。でも──殺そうとしたんだからいいよね?」
そう呑気に呟くタローだが、そんなタローがいる場所は空中──竜のすぐ目の前であった。
流石の竜もこれには対応出来なかった。あまりにも速すぎて脳の処理が遅れたのだのだろう。
というのも、竜とタローとの距離は一見近く見えるが、それは竜が大きいからそう見えるだけであって実際は数百メートルも離れている。更に空を飛んでいるため、その距離は更に伸びると考えていいだろう。
そんな状態から一瞬で距離を詰められたら、思考が追いつかないのも無理はない。
竜は小さく唸ると、すぐに体勢を立て直してタローへと攻撃しようとする。
だが、今のタローが反撃を許すはずが無かった。
タローは迷いなく竜の顔面へと拳をぶつける。
その瞬間、凄まじい衝撃波が発生した。あまりの衝撃に耐えきれず、ありとあらゆる場所から龍の体から血が吹き出る。
そして、竜の体は力なく地面に向かって落下していった。それと同時にもちろんタローも落下していく。
「あ……どうやって着地しよう……」
あとの事を全く考えていなかったタローは苦笑する。
その後、タローは見事顔面から地面へと突き刺さった。タローはそれから抜け出すと、何か気配を感じ取ったのか街がある方向へと目を向ける。
まだ結構距離があるが、そこからは大量の人の姿が確認出来た。恐らく竜を倒しに来た冒険者たちであろう。
「うーん……どうやって説明しようかな」
タローはすぐ側に倒れた竜の姿を横目で確認して、そう小さく笑うのであった。
▽
──目が覚める。
マイは妙に気だるい体を起こすと、辺りを見渡した。
(ここは……何処かしら……)
自分が起き上がった場所は硬いベッドだと分かるが、他には特にこれといって何もない。
……いや、ベッドから降りようとした時に下半身に違和感を感じる。そちらへと目を向けると、呑気によだれを垂らしながら眠るタローの姿が確認出来た。
そこでようやく思い出す。訓練中に竜に襲われ、最後の最後に自分は気を失ってしまった事を。
(あぁそっか……なら竜は……逃げたのかしら……)
「──ふぁれ……? 起きらんれすかマイさん……」
タローは眠たそうに目を擦る。呂律が回っていないぽわぽわとした雰囲気のタローを見ると、マイは自然と笑みが溢れた。
「あぁごめんなさい。起こしたかしら」
きっと心配で、付きっきりで見守ってくれていたのだろう。
そうマイは考えると、タローのよだれが付着した布団を退かし、ベッドから降りて立ち上がる。それと同時にタローもふらふらと立ち上がった。
「あなたに聞きたい事が山ほどあるのだけれど……そうね。一つだけいいかしら。冒険者たちはどうなったの?」
「……あ、僕以外の人ですか?」
まだ上手く頭が働かないのか、少し間をおいてからタローは聞き返した。
マイは「そうよ」と身体を伸ばしながら言うと、タローはそれならと壁を指差す。
「確かこの隣で寝てたと思います。助けに来てくれた冒険者の人達に殆ど任せたのでよく分からないですけど……」
「そう……良かったわ。あなたも怪我はないのね?」
「あ、はい……」
「うん。ならいいわ」
タローの言葉にマイは頷くと、安心したのか笑みをこぼし、ため息を付いた。
「……何よその顔は」
そんな自分の顔をじっと見てきていたタローを不審に思ったのか、マイはベッドに座るなりそう言い放った。
「え……あっ……その……僕の事について聞かないんですか……?」
「もしかして聞いてほしいのかしら?」
マイかいたずらっぽく笑うと、タローはゆっくりと首を振る。
「ならそれでいいじゃない。誰にだって聞かれたくない事はあるものよ」
こんな事を言うマイだが、内心はやはりタローについて聞きたい事が山程あった。
竜をどうやって追い払ったのか。さっきの力は何だったのか。一体何故そんな力があるのにFランクなのか。出したらきりが無い。
だがそれをマイは押し殺した。タローの気持ちを優先させたかったのだろう。
「あぁそれと……ごめんなさい。あの時は酷い事を言っちゃったわね。Fランクのあなたに……みたいな……」
「え!? いやそんな!! 謝ることなんてないですよ!! 何とも思ってないですし!!」
「例えあなたが何とも思ってなくても私は気になるのよ。ここは素直に謝らせてくらないかしら」
その言葉にタローは俯くと、渋々と頷く。
マイにはそんな様子がおかしく感じたのかくすりと笑い、タローに隣に座るようにと促した。
タローは少し困惑気味に、恐る恐ると言った感じでマイの隣へと座る。
「私に何か出来る事はない? 私に出来る事なら何でもするわよ」
「いやいや! そんな事別に──」
ギリッ、とマイの鋭い目つきがタローを睨みつける。
もうマイは譲らない様だ。
それを察したタローは苦笑し、それならと申し訳なさそうにこう提案した。
「パーティを組んでくれませんか?」
二人は暫く沈黙し、静かな時間が続いた。
すると段々とタローの額から汗が流れ始め、それはやがて滝の様になっていく。
「ご、ごごごごめんなさい!! ちょっと図に乗りました死んできますごめんなさい!!」
「あぁいや! そう言うつもりじゃないのよ!」
マイは慌てて否定すると、立ち上がろうとするタローの肩を掴み、無理やりベッドに座らせた。
「ただちょっと拍子抜けというか……もうちょっと難しい要求をされるのかと思ったから……その……あなたも男だし……」
マイは膝の上に手を置き、落ち着かないのか忙しなく指を動かしながら呟いた。
タローはその言葉の意味が分からなかったのか首を傾げると、「どういう事ですか?」と純粋にマイへと問いかける。
そんなタローの純粋すぎる心と言葉によってマイは赤面させると、「何でもないわよ!」と頬を膨らまし、タローから顔を逸した。
「私がバカみたいじゃない……」
「え? えっ?」
タローは最後まで意味が分からず、あたふたとし始めた。
そんな時に、近くにある扉からノックが鳴る。そして扉が開いた先に居たのは、タローが親しく思ういつもの受付嬢の姿であった。
タローは助けに来た冒険者達になんと説明したんでしょうか……それが分かるのはまた次回!