第六十四話.エミルの想い
お久しぶりです。もう書くのを辞めようと思っていたところなんですが、もう書くのは避けようと意識していると逆に書くことを意識してしまう現象に悩まされ、約半年から一年くらいの時を経て帰ってきました。
でも更新頻度は上がるか分かりません。あと昔の馬鹿な僕が何も考えずに鼻水垂らしながらあほみたいにばらまいた伏線は全部回収できるわけないので、とりあえず必要最低限まで回収したのちに話のオチまでは持っていくつもりです。
ラスト付近はある程度もう書き終わっているのですが、そこにいくまで結構時間がかかりそうで……でも多分あと20話もかからないと思います。多分。
結構駆け足になるとおもいますが(見返したらいつも言ってた)、よろしくお願いいたします。
「光が……消えた……?」
空を見上げていたナズナがポツリと呟く。
先程まで圧倒的な存在感を放っていた光の柱 は消えてなくなり、そこにはただ青空だけが残されていた。
絶望に飲まれかけていたナズナが呆然としていると、そこにマイが近寄る。
「ね、ねぇ。さっきのは何かしら?」
「…………あっ。あぁ──なんだろう」
「なんだろうって何よ……。さっきは勇者とか何とか言ってたじゃない」
あまりの衝撃からか譫言を発するナズナに、呆れ口調でマイは返した。
「し……死ぬかと思いましたわ……」
片目を押さえながらエミルは呟く。
そんな様子を見かねたマイはエミルの下へ近寄ると肩に手を置いた。
「私でもわかるくらいの魔力の塊だったから、魔力を視覚化できるエミルにはキツイでしょうね。よく耐えたわ」
「お、お姉さま……ありがとうございます……」
「……なんか調子狂うわね。いつもならもっとこう、抱きついてきてもいいのに」
その言葉によりさらに怪訝な表情を浮かべたエミルはただ一言、そうですわねと返す。
何か思うところがあるのか、一向に表情は明るくならない。状況が状況であるため仕方ない所ではあるのだが、マイの目にはまた違った様に見えた。
するとエミルはナズナの方へと目をやり、こう問いかける。
「……さっきのは本当に"勇者"の仕業で間違いないですの?」
「う、うん。まちがいないよ。何故か消えちゃったけどね」
「それと、さっきのはブタローに対する攻撃で間違いないですの?」
「……それも、合ってる」
「分かりましたわ。魔王を討つのが勇者の使命……ですわよね」
先程まで光の刃が存在していた空を見上げたエミルは、快晴となったその空とは真逆に顔を曇らせる。
「ね、ねぇ。私だけ理解できてないんだけれど……」
「お姉様は知らなくていいですわ。知る必要ないですの。勇者がブタローを殺すつもりな事だけ分かれば、それでいいですわ」
「勇者が……」
勇者がタローを? なぜ?
マイの頭に、疑問が一瞬過る。
しかし考えてみればそれは当然な事なのだ。
勇者は魔王を討つもの。タローが魔王だと言うならば、それを討つのが勇者の役目なのだ。
頭が回っていなかった。なぜこんなことも理解できなかったのがマイ自身も困惑を隠せなかった。
(絵本に出てくる勇者が好きだった。魔王を討つ勇者に憧れていた。それは今も変わらないけれど……でも何でこんなに……)
──心が締め付けられるのだろう。
(タローは魔王で、それを討つ勇者が現れた。こうなった以上、それが世界にとって喜ばしい事なはず。絵本と同じシナリオであり、それが物語のハッピーエンドになる)
マイにとっての勇者とは憧れの存在であり正義の象徴であった。
世界が危機に瀕しているいま勇者が現れたのはきっと偶然なんかじゃない。
そしてさっきの光が本物の勇者が放ったものだとすると、マイ達が向かった所で戦いの邪魔になるだけだ。
「ならもう──」
唇が震えた。
何故、そんな言葉が出たのかも分からない。
ただ一つ、彼女の中にある感情を言葉にするならそれは──
恐怖だ。
「──もう……勇者に全部任せたほうがいいんじゃないかしら……?」
ナズナはマイへと顔を向けた。その顔は驚愕でもあり呆れでもあり、怒りでもあった。何かを言いたげに口をパクパクとさせるが、言葉が出ずに終わってしまう。
「だって……私達が行ったところで何もできないかもしれないじゃない……?」
違う。こんな事を言いたいわけじゃない。
それはマイ自身が一番分かっている。しかし動き始めた口は止まらず言葉を吐き出し続ける。
「確かに私もエミルもSランク冒険者だけれど、その上のランクだってあるし私たちより強い人たちがまだいるわよね」
それは制御できない感情の揺れ。人のいない帆船と同じで止まることが出来ない。
「なら私たちはこのまま街に残って魔物を倒していくほうがいいんじゃないかしら? そしたらきっと、勇者がタローを──」
バチン、と湿りを帯びた力強い破裂音が勢いよくなる。
それは、エミルがマイの頬を叩いた音だった。マイ自身も何をされたのか理解が追い付けず、その顔は呆気に取られていた。
「ふざけないでくださいましッ!?」
到底エミルの口から発せられたものとは思えない程迫力のある声で、思わずマイの体もビクリと震える。
「『何もできないかもしれない』ですって? それは何もしていない者の戯言にしかなりませんわっ!! 勇者に全部任せる? そんな必要どこにあるんですの!? これは絵本なんかじゃありませんのッ! 勇者と魔王の話ではありませんのッ!! 世界を救う話じゃないんですの!! これは!! バカで間抜けで鈍感でッ! でも優しくて強くて間抜け笑いがよく似合うタローを助けるだけの話ですわッ! それにはお姉さまがいないといけないんですの! お姉さまじゃないといけないんですの! 勇者でも魔王でも……! わたくしでもない……お姉さまじゃないといけないんですの……! 」
言葉を発するたびに、大粒の涙がエミルの頬を撫でて落ちていく。声量は徐々に小さくなっていき、嗚咽が混じっていく。
「わたくしの声では……タローには届きませんの……もう……お姉さましか……お願いですの……タローを……ブタローを……わたくしの大好きな人を助けてほしいんですの……」
エミルは理解していた。自分の声では今のタローに届くことはない。
あの時、暴走しかけていたタローに叫んで呼び掛けたとき、彼の口から発せられたのはマイの名前だけであった。もちろん、マイがすぐそばにいたからというのもあるかもしれない。あの時あの場にマイではなくエミルがいれば、もしかしたら自分の名前を呼ばれたかもしれない。
だが彼女は考えた。仮に後から来たのがマイだったとしても、彼はマイの方へと顔を向けたのちに、マイの名前を呼んでいただろうと。あの時のタローの表情からは、それだけの説得力があったのだ。
エミルは、これまでお姉さまと慕ってきた彼女に初めて嫉妬した。そして同時に、タローを救えるのは彼女しかいないのだと確信した。
しばらくエミルの嗚咽だけが聞こえる。
マイは顔を俯かせたままで言葉を発することはなかったが、その顔には迷いが見られた。しかしそれも一瞬のことで、すぐにマイは鼻を鳴らして自分自身を嘲笑った、
(……ばかみたいね)
間違いなくさっきのは恐怖の雨による影響だが、それは同時に本音でもあるということだ。あれは心の奥底の言葉が表面に浮き出ただけに過ぎない。
心のどこかでは魔王に対する恐怖を感じていた。自分では勝てないと。自分では世界を救うことはできないと。
当たり前だ。
マイは勇者ではない。世界を救う救世主ではない。そんなのは勇者の仕事でありマイのものではない。
自惚れもいいところだ。
「ごめんね」
一言。
マイはぽつりと零した。
迷いが完全に晴れたマイの瞳がきらりと光る。
そうだ。相手は魔王じゃない。
仲間を助けるのに勇者の力なんて必要ない。これは勇者の仕事ではない。これはマイの、仲間達のものだ。
顔を上げたマイは、タローの元へと続く樹が茂った道なき道を見据えた。太陽が世界を照らす中、茂る木たちにより光が遮断された森の中。
さぁ行こう。仲間を助けに行くために。
そうして足を進めようとして――しかしどうしてか、一つの影が邪魔するかのように現れた。
「――まるで感動的だな。反吐が出る」
まるで拍手でもをしているのか、カチャカチャと金属同士が重なる音がなる。まだ木陰によって姿の全容は見えないが、その声から誰が来たのかは明白であった。
「――アベルッ」
やがて木陰から出ることで太陽の光が当たり、全容が明らかになる。
それは、全身を黒に近い赤紫の鎧を身に纏う男――アベルである。腰には鞘に収めた剣を携えており、佇まいからも相当な剣の使いだと一目でわかる。
しかしマイたちの知っているアベルとは少し姿が異なっている点が一つ。
「前見た時よりも、だいぶ軽そうになったじゃない」
「口を閉じろ下種が……!」
左腕のないアベルに対してマイが煽りを入れると、明らかにその声色が変わる。
「貴様なぞこの世界に不要な人間だ。己の私欲のために動くだけの下種め。くそっ……あの化物の邪魔さえなければこんな事には……!」
「あいにくさま何のことかはわからないけれど、あんたが邪魔するならさっさとアンタを倒してタローの元へと行かないとね」
そうやって剣を抜いて構えるマイだったが、その間にエミルが割り込む。
「いいえ……お姉さま。ここはわたくしがやりますの」
マイからはエミルの背中しか見えない。だがその鼻声から察するに、きっとまだ涙で頬を濡らしているはずだ。
「何言ってるの? 私も一緒に戦うわよ」
「いいえ、勇者が動き出した以上もう時間はないはず。だからわたくしがここで食い止めておきます。その隙に早くブタロ―の元へと向かってほしいんですの」
「でも――いや、そうね」
マイは抜いていた剣を収め、アベルなど眼中にないかのように森の奥へと視線をやる。その後エミルの後ろ姿を一瞥し、随分と逞しくなったとマイは口元を緩めた。
それがまた癪に障ったのかアベルの残った右腕に力が入り、小刻みに震えだす。
「俺の狙いはその女を殺すことだ。逃がすわけないだろう」
「そうですの。でも申し上げにくいのですが……相手はわたくし一人ではないんですわ」
それは突然の事だった。アベルの体が突然吹き飛び、倒壊した瓦礫群にへと衝突したのだ。
先ほどまでアベルが立っていた場所にはナズナが代わりに立っており、いつものハイライトのない目で砂埃立つ瓦礫群を眺めていた。
「あたしってそんなに存在感薄いかなぁ。まぁ、魔王軍を名乗る不届きものを制裁出来るならなんでもいいや。ほら、早く行きなよ、マイ?」
そういってナズナはマイに視線をやると、マイは静かに頷いて森の方へと駆け出した。その時エミルの方へと顔をやり、マイは叫ぶ。
「もうあの時みたいに無茶して死ぬのは許さないわよ! ちゃんとタローは連れて帰ってくるから!」
「……分かっていますわ。だって、この思いを伝えずに死ぬなんていやですもの」
返した言葉はマイに届くことはない。しかしエミルはそれでよかった。
「ぐっ……この訳のわからない攻撃は……さては貴様もあの化物の仲間か」
砂埃の中からふらふらと出てきたアベルはナズナへと顔を向け、まるで苦虫でもかんだかのような声を出す。
「仲間? やめてよね。あれと同じ仲間なんてあたしは嫌だよ。ま、似た存在ではあるけど」
「そうか……ではまずは貴様から殺すとしよう。あの下種はいつでも殺せる」
「殺す? 今あたしを殺すって言った?」
「あぁ」
残った右腕で器用に鞘から剣を抜いたアベルは、その切っ先をナズナへと向ける。
それに対しナズナは感心したかのように「へぇ」と口角をにやりと上げた。
「その言葉、後悔する事になるけど大丈夫?」
「後悔などしない」
「そう? でも君――」
――もう死んでるよ。
そんな呆気ない言葉が終わると同時に、アベルの体は力なく倒れるのであった、
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話のテンポが速い気がする? 大丈夫です。気のせいじゃありませんよ。
でもアベル戦はまだ終わりません。大事な所なのでしっかりとエミルにも頑張ってもらいます。




