第六十・五話.善と悪
これは本編にあまり関係ありませんが、挟みたかったので挟みました。もうちょっと後のほうが良かったんですが、モチベーションの為にも許して下さい。
「……これは」
時は少し遡る。
ファニが起きるのを待っていた店長だったが、何か気配を感じたのか顔が引き締まった。
「な……なにかあったん……ですか」
そんな突然の出来事にシズクは問いを投げると、店長は頷いて返す。
「想定よりも早い。暴走するのも時間の問題だが……都合がいいな」
「暴走……?」
「お前の仲間だった者だ」
店長はそれだけを言うと厨房へと入り、鞘に入った一つの剣を取り出してきた。それはあの時見た剣とは違う、金色の装飾が目立つ派手な鞘へと収められている剣であった。
(オーラが……違う……)
剣について詳しくないシズクでも感じ取れる異質な雰囲気。ただの剣ではない事は間違いなかった。
「魔女の娘よ。そこで呑気に寝ている馬鹿が起きてもこの店からは絶対に出すな」
店長はそれだけを言い捨て店の外に出ると、脚に力を入れた。
(邪魔が入る前に……排除する)
込めた力を開放した瞬間、地面が爆ぜる。
まさに一瞬であった。はるか上空へと飛んだ店長は、漂う魔力を頼りにある『排除するべき者』を探す。
幸いにも目的の者はすぐに見つかった。垂れ流された魔力によって探すまでもなかったのだ。
店長は再び脚に力を入れると、蹴ることで空気を強く押し出した。それによって目にも止まらぬスピードで目標へと近付き、鞘から剣を引き抜こうとした──その時だった。
「待たせすぎだ英雄さん」
店長の耳に入る筈もない声が届いてきたかと思うと、横腹に痛みが走り、大きく軌道がずれ、目標から遠く離れた場所へと墜落してしまった。
まるで何かが爆発したかのようなその音が街中に響き渡った。せっかく再建された家をを破壊して墜落した店長は、身体が瓦礫に埋もれてしまった。
悲鳴が聞こえた。近くに市民が居たのだろう。
不幸中の幸いか家の中に人は居らず死人は出ていない。被害もこの家だけなので規模で見ると大きいとは言えない。
しかし、住民達に植え付けられたトラウマを刺激するには、十分な出来事過ぎた。
悲鳴が連鎖し、瞬く間に恐怖が伝染していく。噂がひとり歩きするかの様に、人々の恐怖が家の崩壊音を『襲撃』だと認識され広がっていく。
そんな店長は無理やり身体を起こして瓦礫の山から抜け出すと、すぐ目の前に佇む人物を捉えた。
店長は、ギッと、強く歯ぎしりをする。
一方で、フードを奥まで被る男は肩をすくめた。
「そんなに敵対心を剥き出しにしなくてもいいだろ? 昔は仲良くやったじゃないか」
それは、店長にとって最も憎き存在であり、唯一の敵であった。
「黙れ」
店長は迷いなく鞘から剣を引き抜き目の前の男に下から上へと切り上げた。その速度は音速を優に超えており、遅れて衝撃波が発生する。
しかし、そんな不可避な攻撃を男は身を反らして避けてみせた。衝撃波によってフードが脱げないよう手で抑えながら、バック転して店長から距離を取る。
「懐かしいなその剣。そんなに殺したかったのか?」
男の視線は、店長が持つ剣に折れたのか刀身は途中で無くなっているが、その存在感はなお強く放たれている。
「お前を殺すためのものではない」
「そんな事わかってる。だから止めてるんだこの堅物め」
短い会話の後、店長の姿が突如として消え去り男の背後へと現れた。折れている筈の刀身に確かな質量を持たせながら、横に一閃する。
しかしそんな攻撃を屈んで避けた男はその流れのまま両手を地に付けると、身体を捻った力を利用して足で店長の脚を強く払った。
瞬間、店長に攻撃した筈の足は見るも無残に千切れ吹き飛んだ。店長は何もしていない。自らの攻撃に耐え切れなくなり吹き飛んでしまったのだ。
そして、それ程の威力で蹴ってもなお店長には傷一つ入っていなかった。
「ははっ! 勇者ってのも所詮化け物の仲間か?」
おどける男に対し、勇者と呼ばれた店長は千切れたはずの足がもう再生している男の姿を見て舌打ちをする。
「その名で呼ぶな。勇者などもう居ない」
「ならまずはそのへんてこな剣を今すぐ捨てろ。勇者の代名詞だろ?」
「このままいけば奴は世界を滅ぼす。そうなる前に俺が殺す。だから必要だ」
「でもまだ完全に呑まれてない」
「早いか遅いか。その違いでしかない」
店長が持つ剣。それはただの剣ではない。
神剣。
魔を討ち滅ぼす神々の剣。勇者が魔王を倒すべく使用すると呼ばれる伝説の剣。
折れてしまっているが、その刀身は輝きを増していく。
店長は両手で柄を持つと、まるで切り取られたかのような動作で突き出した。遅れて、押し出され、爆発した衝撃波が男に向かって一直線に襲い掛かるが、男は腕を犠牲にして横に薙ぎ払い消し去る。そんな片腕となった男の隙を狙い距離を詰めた店長は、隙だらけのその身体に剣を振るった。
ただそれだけで、男の背後に存在していた筈の家が崩壊していく。それはまるで、巨大な剣で家ごと斬ったかのように。
寸前の所で腰を反って避けた男は、体勢を戻すなり後ろの惨状を確認し、口笛を吹く。
「今ので何人死んだ?」
「知るか」
「ははっ、ただの冗談じゃないか。そう機嫌を悪くするなよ」
男は首を振り、呆れた口調でそう返した。
だがしかし、姿勢は一変して続けてこう言う。
「あー……実はアンタと戦いたくはないんだ。戦えばこの街は消える。動物も、植物も、この街の住人だって生き残れやしない。この戦いを収める方法は一つだ、それは──アンタが傍観者になる事その一つだけ。アンタが動けば世界は救われるが……でもそれは一時しのぎにしかならない。それが『魔王』という存在だからだ」
「ならばまた殺すだけだ。数百年先だろうがそれは変わらん」
「その数百年で壊れたのは何処のどいつだ間抜けめ。俺は嬉しい事に純粋無垢な元魔王様だった。孤独には慣れてるし身体も精神も不死に適応してる。でもアンタは違う。アンタは元人間だ。身体は死ななくても精神は摩耗し続ける。その成れの果ては……ただの化物だぞ。アンタも薄々気づいてるんじゃないか?」
「……だとしても、俺は使命を全うするだけだ」
店長は落とした鞘を拾い上げると、鞘に戻した。そしてくるりと身体の向きを変え、脚に力を込める。
対して、男は溜息を付いた。
「頼むよ勇者。俺はアンタと争いたくない」
「ならその呼び方をやめる所から始めろ『絶対悪』」
「あぁー……ははっ、なるほど。確かに殴りたくなるな」
男が店長との距離を詰めるため地面を蹴った。店長もそれに応戦しようと鞘から剣を抜こうとし──
──突如として二人に、鉛にでもなったかのように空気が重くのしかかった。
その異変を感じ取った二人は動きを止めると、空を見上げる。
「──っ!」
「──あぁ、失敗か」
──雨が降る。
ただの雨ではない。黒い雨。墨かと間違うほどの黒い粒。その一粒一粒が身体に当たる度に、ある『感情』が刺激される異様な雨。
「くそっ……」
店長は悪態をつきながら鞘に剣を戻すと、脚に力を入れて飛び上がろうとする。
「まぁ待てよ」
しかし男が制止する。店長の前に立ち、ここから先には行かせないと言わんばかりに。
「邪魔をするなッ!」
何時にもなく声を荒げる店長。その声に呼応してか持ち手の鞘が黄金色に強く光りだした。
「神剣モラルタ……怒りに呼応する剣か。ははっ、既に勇者の名を捨てたアンタには相応しくないな」
対して男はあくまでも冷静を保っていた。
店長は鞘から剣を引き抜く。その瞬間辺り一体が光によって埋め尽くされた。
何も見えぬ白い世界。それはすぐに収まりを見せるが──黄金色に輝く刀身。店長が持つ剣には、先程まで存在しなかった折れた先の部分が形成されていた。
「完全に目覚める前に殺す。早くそこをどけ」
店長が刀身を少し動かすたびに、まるで蜃気楼でも見ているかのように空間がネジ曲がり、ゆらゆらと揺れた。
ただならぬ質量。ただならぬ力。圧倒的な存在感を放つその剣に男は溜息を付くと、両手を上げて降参の意志を見せる。
「はいはい降参だ降参。あぁでも、俺は優しいから忠告はしておいてやる」
男はフードを外した。ふわっ、と、長い白髪が空気に揺られた。まさに風になびく旗のように堂々とその存在を知らしめる。
「俺はしつこいぞ?」
「……」
店長が地面を蹴った。
まるで隕石でも落ちたかの様な衝撃と音が男の鼓膜を揺らして、店長はこの場から消え去る。
その姿を見送った男は、店長に釣られたのかふんと鼻を鳴らし、なびく髪をそのままに溜息を付くのであった。
次からは本編を進めます。マイの視点です。




