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始まりの冒険者  作者: えあもどき
~エミルの変化~
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第五十八話.再会──

久しぶりに出てきます。ここから駆け足で進むのでお気をつけください。


11/5.追記


あと半年ほどすれば仕事を辞めることにしました。何度も迷いましたが、やはり書くこと以外あり得ないと思い至った結果です。これからもよろしくお願い致します。


 エミル達は店長達が待っているであろう店に向かっていた。泣いていたマイも暫くすれば落ち着きを取り戻し、瞼を赤く腫らしながらもいつもの調子に戻りつつある。


 しかし、一瞬だったとはいえいつもとは全くの真逆の立場になっていたのだ。二人の間には何とも言えない微妙な気まずい空気が流れており会話は生まれない。


 いつもならば構わずお姉さま大好きと連呼しては抱き着いていたのに……と今の状態に不満を抱きながらも、しかしその前に匂いを堪能出来たことで良しとするエミルは思考を切り替える。


(あの男……)


 あの男を見ていると、懐かしい、と言うよりかは、何かを忘れている気になる。フードの奥から覗く見慣れた真紅の瞳が、霧がかる記憶の中で淡く光り、嘲笑うかのごとく霧散していく。

 それはまるで、タローが言っていた記憶にもやもやが掛かったかのように。


 考えても仕方がない。そう頭ではわかっている筈なのに、頭の片隅ではどうしても意識をしてしまうそのもどかしさに苛立ちを感じながらも、エミル達は路地裏から出てきた。


(……曇り……? またあの男が原因ですの……?)


 さっきから雨が降ったり太陽が出たりと忙しかったが、今はそのどちらでもなく曇り空となっていた。路地裏に入るまでは晴れていたはずだが、ものの数十分でこんなにも曇るものなのか、とエミルは疑問を感じる。


 だが今は気にする必要もない。どうせまたあの男が何かをしたのだろう。


 そう思い込むことで疑問を解消したエミルは、復興しつつある街をぐるりと眺め、また歩き出す。


「……酷いわね」


 後ろを付いて歩いていたマイは、もはや見慣れた街が崩壊した様を見て零す。


「ここ数日……冒険者や生き残った街の人達で瓦礫の掃除や建物の修理をしたりしてますの。人手は足りてますが……それでもあと一月は掛かりますわね」


「そう……」


 住民や冒険者達が声を掛け合い、瓦礫をどかしたり家を再建しようと試みたりしている。それでもまだ、こんなにも(、、、、、)地面のひび割れや倒壊した家屋、そこら中に飛び散る真っ赤な血液が残っている事を踏まえると、どれだけ悲惨な出来事だったか考えるまでもない。


(血にはなれてるけれど……これはあまりにも酷いわね……)


 鉄臭い匂いが鼻について離れない。


 ──ふと、マイの記憶の片隅にタローの姿がチラついた。


 そう言えば彼はどうしたのだろうか。もう帰ってきているのだろうか。突如として姿を消してからもう数日。未だに何処に行ったかの手掛かりも得られていない。


「ブタローは帰ってきてませんわ」


「っ……そんなに顔に出てたかしら?」


 頷くエミルに、マイは苦笑する。


「昔からお姉さまは分かりやすいのですわ」


「そ、そんなこと無いわよっ!」


 いつもの何気ない会話。街が、人々がこんな状態に陥ってしまっているからか、そこにいつも以上の幸福を感じてしまう。

 だからこそ言わなければならない。タローは魔王軍の元へと行ってしまったのだと。戻ることはもう無いのだと。


 何故ならば、敵なのだから。


「お姉さ──」


 ──ふと、視線を動かした先に、一人の男が立っていた。崩壊した街を、家屋をぼーっと眺めているその背中に、不思議と目が吸い寄せられてしまう。


「え、エミル──?」


 マイの言葉にすら反応できなかった。耳に入らなかった。それ程信じられなかった。

 目の前にある筈の情報が上手く処理する事が出来なかった。

 すると、理解するよりも早くマイが動き出した。


「──タローっ!?」


 マイはあまりの嬉しさからか駆け出す。

 それを、反射的にマイの手首を力づくで掴んで制止した。


「駄目ですわッ!」


 手が震える。


「な、どうしたのよエミル? タローが帰ってきたのよ?」


 マイの顔を直視できない。 


 エミルには見えていた。

 見えてしまっていた。


 確かにその後ろ姿はタローに酷似している。


 だが違うのだ(、、、、、、)


 根本的に違う。


 魔力が──いや、ドス黒い何かがあの男を中心に渦巻いている。魔力でもなんでもない『何か』は、まるで餌に群がる蟻の様に男に纏わっている。


 そう、この感じは知っている。

 それはまるで──


「ば……けもの……」


 自分が馬鹿らしくなるほど、目の前の『何か』は化け物じみている。


 本能が警鐘を鳴らす。

 今すぐこの場から立ち去るべきだと体が反射的に動き出す。


 そんな様子に、マイは顔をしかめてエミルの手を掴み制止した。


「どこ行くつもり? そんな魔物を見るような目でどうしたのよ?」


「お、ねぇ……さま……」


 言葉が上手く出てこない。

 早く逃げなければならない。そんな思考で埋め尽くされてしまい、話す事すらままならない。


「もういいわ。私だけでも行ってくるから」


 マイがエミルの手を離してしまう。

 エミルは止める事が出来なかった。身体が言う事を聞かなかったのだ。離された手には感触だけが残り、それが段々と無くなっていく。

 その感覚が、エミルには耐えられなかった。


「タローっ!」


 マイは声を張り、駆け足であの男に近付いていく。

 行かないと。止めないと。彼は違うのだ。もはやタローではないのだ。


 タローだとしても、もう彼は──


「……マイちゃん?」


 男が身体ごと身を翻し、マイの姿を捉える。

 瞬間。まさに一瞬だけだが黒い『何か』が爆発したかの様に男から放たれた。しかしそれはすぐに男の元へと集まり黒い塊となって元に戻る。


「……その名前は捨てたはず……なのに何で……」


「だ、大丈夫かしらタロー?」


 俯向きながらぶつぶつと何かをつぶやく男に不信感を抱いたのか、マイはそう言って男の肩に手を置こうとした。

 その時。タローの顔がグイッと持ち上げられ、マイと視線を交えた。


「……えっ?」


 その表情(かお)は、酷く怯えていた。


「そうか──君も僕を殺しに来たんだね」


 それは、とても知り合いに向かって放つ言葉ではなかった。尋常ではないほど重い声色で、まるでマイのことを敵として見ているかのように感じられる。


 見せたことも無かった笑顔以外の負の感情に、マイの頭はひどく混乱状態に陥いってしまう。 


「ど、どういうことかしら? 何かの悪い冗談か何かかしら?」


「──お姉さま後ろに避けてっ!」


 エミルの呼び掛けに身体が反射的に動き、マイは飛びのいて男から大きく距離を取った。


「……外した」


 そう呟く男の腕は、さっきまでマイが立っていた場所に突き出されていた。エミルの掛け声が無ければ、今頃あの腕がマイの身体を貫通していた事かと思うと、背筋に寒気が走る。


「な……どうして……!」


 信じたくもない光景に、マイはそうこぼすしかなかった。

 エミルが路地裏から出てマイに駆け寄り合流する。


「なんで……どうしてタローが私を殺そうとしてるのよっ!」


「お姉さまだけじゃないですの」


 エミルは辺りを見渡しそう答える。


「どういう事かしら」


 周囲には今や瓦礫となった家屋の残骸や、真っ赤な血だけが残っている。


「襲撃があったんだし何処にもおかしいところなんて……」


「おかしいと思わないんですの? 襲撃があったのは三日前。そのときに流れた血がまだ乾かないなんて事はあり得ないんですの」


 そう、真っ赤な血が(、、、、、、)残っているのだ。血は乾けば黒く変色する。だがここに残っているものは赤く三日前に出たものとは考え辛い。


(今日は少しながら雨も降ったんですの……でもこれは間違いなく雨が降ったあとに出来た血痕……ですの)


 それはつまり、つい三〇分程度前に起きた出来事だということ。


「ブタローは……殺したんですわ」


「こ、殺した……? そんな事タローがする筈が──」


 言い終える前にマイは自ら口を閉ざした。

 そうだ。彼はついさっきマイを殺そうとしてきたではないか。それが何よりもの証拠になるのではないだろうか。


 認めたくない。だが認めるしかない。そんな心の矛盾が渦巻き、消化できないまま心に残る。


「……今は逃げるしかないですわ。ブタローは……彼は……もう……」


 男はこちらの様子を伺っているのかこちらまで来る気配は無い。だが、少しでも近付けば再び殺しに来ることはその怯えた表情から見て明白だろう。


 だからこそ提案した。今は離れるべきだと。


「逃げないわよ。私はもう……逃げないのよ」


 マイはまだ状況が理解できていない。それもそうだろう。タローが魔王軍の一員だなんて知る由もないのだから。

 だからだろうか。またタローに向かって歩き始めているのは。


「ま、また死ぬつもりなんですのッ!?」


 エミルはもう我慢の限界だった。普段ならば絶対に放つ事のない言葉を腹のそこから叫ぶも、マイは反応を示さなかった。


(……なんで……なんでですの……)


 何よりも、これ以上この場にいれば気が狂いそうで怖かった。なぜマイがこの『恐怖』に打ち勝てるのかが理解できなかった。今すぐこの化物から逃げてしまいたい。死ぬのは嫌だ。だが失うのはもっと嫌だ。そうだまた自分が庇えばいいじゃないか。だが身体は動かない。吐き出す息も震えている。こんな状態で守る事なんで出来るのだろうか。


「お姉さまああああああぁぁあぁぁあぁぁ──ッ!」

 

 だからこそ──ただ、叫ぶ事しか出来なかった。


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