第五十七話.シズク
仕事がもう疲れました。書いて生きていきたい
最後付け加えました。
マイとエミルが合流し、店長が居るであろう店へ向かう少し前。店長の後を追いかけ店へと入ったシズクは、何故か店長から丁重なおもてなしを受けていた。
「あの……その……」
シズクの前に出される料理。肉は無いが、茹で汁を加えながら卵黄とチーズを温め、混ぜ合わせたものをスパゲティと絡めた簡易的なものである。
いい匂いは漂うものの、あんな事が起きた後では食べる気にわけもなく──というよりも、隣のテーブル席には気絶したティファが毛布を掛けられ寝ている。そんな状態で平然と居られるほど度量もないわけで。
「……」
暫くの沈黙の後、店長が何かに気がついたか人差し指を立てた。
「毒は入ってない」
シズクが気にしている問題とは全く掠りすらしていないが、自慢げな表情を見ると否定する事も出来なくなったシズク。誤魔化すように木製のフォークを持ち、くるくると器用に麺を絡めて口に運びこむ。
「お、おいしい……」
思わずこぼれた本心。それを聞いた店長は満足げな顔をする。
「毒は入っていない」
そもそも毒が入っているとはシズクも思っていないので見当違いも良い所だが、本人は満足そうなのでシズクは訂正することなくフォークをすすめる。
流石に申し訳なく思ったのか、シズクは食べる手を止め、緊張で早くなる鼓動を鎮めながら口を開いた。
「その……さっき……の人……」
それは、自分が思ったよりも小さな声。先程店長が呟いた声量よりも更に小さな声だった。
だが店長はその言葉を聞き逃す事なく、こう返す。
「……話した方がいいだろう」
店長の声がワントーン下がる。
並ならぬ緊張感に、シズクは顔を強張らせた。
「薄々気付いて居るだろうが、俺はただの人間ではない」
「……です……よね……」
……その言葉を聞いたシズクは特に驚く事も無かった。
疑うきっかけとなったのは瀕死のエミルに対して蘇生魔法を掛けたときだ。忘れ去られた筈の蘇生魔法を店長は知っており、更に自身も掛けられた経験があると話していた事があった。
魔族が存在したのは魔女を含めもう五○年以上も前の話だ。更に魔族自身から蘇生魔法を受けたというのだから、少なくとも今の店長の年齢が最低でも六〇あたりでないと辻褄が合わない。
だがどう見てもそこまで年齢がいっているようには見えないのだ。ゴツゴツとした筋肉も関係しているのだろうが、白髪で仏頂面の店長を見ても精々高く見積もって四〇が限界だろう。
以上の事から、シズクは純粋な人間では無い事を密かに感じてはいたのだ。
ならば何者なのか。
「──俺には魔族の血が流れている。それも、魔女の娘の様に薄くなった血ではなく原液とも呼べる魔族の血がな」
「……っ! じゃあ……!」
魔族。そうか、とシズクは一瞬で納得する。寿命が長い事も、妙に魔族に詳しい事も、蘇生魔法について知っている事も。何もかも自身が魔族だったからなのか、と。
だが店長はこう続ける。
「勘違いするな。俺は正真正銘の人間だ。魔族でも無い。ただ血が流れているだけのお前と同じだ、魔女の娘よ」
「……と…、いう……と……?」
「蘇生魔法を受けた、と話した事はあったな」
「は、はい……」
「忘れる筈も無い。あの時、俺は紛れもなく死んだ。己の心臓を己の手で貫いて死んだ。だが友人でもあり敵でもあった、我──奴はそれを許さなかった。それがお前達の祖先──不老不死の魔族だ」
これまで静かに相槌を打ちながら聞いていたシズクだが、店長の最後の言葉に「えっ」と声を漏らす。
「奴は俺にこう言った。『死なせない』と。『これがお前を倒す方法だ』と。奴自身が禁じていた蘇生魔法を俺に施した。だがそれは術者の寿命全てを捧げ蘇生する魔術だ。生き返った俺は年を取ることもなく、死ぬ事すら叶わない。仲間達が老いていく中、俺だけが一人取り残される。死にたいと何度願っても叶えられることはない。──そんな日々が何度も何度も続いた」
……シズクはなにも返すことが出来なかった。店長の一言一言に重く強い後悔に似た念が感じられたからだ。
『死にたいと感じた事はあるか?』
店長の言葉を思い出す。そして、あぁ──そういう事だったのか、と、何とも言えぬ気持ちにやられてしまう。
約八〇年。それはシズクがこれまで生きてきた年数であり、決して短いものでは無かった。
ではそれが、何百年……いや、何千年も続けばどうだろうか。どれだけの別れを、どれだけの苦痛を耐えてきたのだろうか。
「──話が脱線したな。俺の話はもう終わりだ魔女の娘よ」
店長は言うと、すっかり手が止まって冷めてしまったシズクの料理を回収して厨房へと運んでいく。
話を聞いた直後に見たその後ろ姿は、何処か小さく感じられたのであった。
「──話の続きだ。ヤツについて話すとしよう」
店長は雑巾を持ちながら戻ってくると、テーブルを一通り拭いてからシズクの前に座った。
「と言っても、俺も詳しいわけじゃない。話せる事は、ヤツの正体と確かな事の二つだけだ」
「確かな……コト……」
「魔王……という話はしたな。奴らは人間の感情から生まれた原初の魔物であり、人間の敵でありながら和解の道を選んだ愚か者だと」
「は……はい……」
「奴はその魔王にも当てはまらない特殊な存在だ。魔王だった……と話せばいいか。が、さきも言ったように間違いなく言えることは一つある」
店長は一拍置き、こう切り出す。
「奴は敵だ。奴の本質は淀んだ【悪】だ。そこに善意など存在しない」
シズクは背筋に寒気が走り、シズクのクリっとした大きな瞳は店長から顔を逸らすことが出来なくなる。
フードで顔を隠す男の素性など知らない。急に現れ、とてつもない強さで店長と渡り合った。話の内容までは詳しく分からないがそんなに悪と呼べる人にも見えなかった。
だが、これは──そう。話をする店長の目は何かに取り憑かれたかのように、まるでそれが絶対的に正しいと言わんばかりに、憎悪を込めた目を限界まで見開いて話していた。
シズクはちらつく過去の記憶を無理に振り払い、店長から顔を逸らす。
「な……んで……そんな事……」
逃げては駄目だ。そう自分に言い聞かせてやっと絞り出した言葉も、声が震えていて聞き取りづらい。
「何故……か」
シズクは恐る恐る顔を戻すと、その時にはもう、店長はいつも通りの仏頂面に戻っていた。
「──魔女の娘よ」
「は、はい」
さっきのは何だったのか。そんな事を考える暇もなく店長は話を切り出す。
「この話がお前に当てはまるかどうかは知らん。お前がどう感じるかも知ったことでは無い。だがこれは……そうだな……」
そう前置きを話す店長の表情は暗い。
言うべきかどうか迷っているのだろうか。口を手で覆って言い淀む姿に緊張感が高まっていくシズクは、固唾をのんで話の続きを待った。
そして、暫しの沈黙の後遂に店長はこう続ける。
「ヤツが居なけれあんな悲劇は起きなかった。そう──魔女狩りが起きたのはヤツが原因だ」
……一瞬、話の意味が分からなかった。だが、意味を理解するよりも早く怒りの感情がシズクの内に芽生え始め、意味を理解すると同時に噴水の如く感情が爆発する。
(お母さん……っ……!)
記憶に鮮明に残る燃え盛る炎。すっかりと焼き付いてしまったその記憶はシズクの心さえも支配していく。
「詳しくお願いします」
「──もちろんだ」
頷いた店長の口元にはうっすりと笑みが浮かんでいた。
こうして、各々の正義が動き出す。
ある者は謎の男──元魔王エリカと出会い考えを改めた。
ある者は店長と出会い、エリカに対する不信感を得た。
この選択の良し悪しはまだ分からない。まだ彼女らには選択肢が無数にも残されている。
だが──彼はどうだろうか。
「準備は整いました」
特徴的なねっとりとした口調。その声も相まって、聞いてるだけでも鳥肌が立つその人物──アーケインは、隣で空ばかりを眺める男に対し、呆れた口調でこう続ける。
「曇り空ばかりみてどうしたのですか?」
「……何もない。だから見てる」
声に抑揚が無い男はぶっきらぼうに答える。アーケインはそんな男に肩を大きく上下させると、気持ちを切り替えるためか道化の仮面で顔を隠した。
「では、世界の救済を始めるとしましょう。最初は……やはりその名に相応しい場所が良いですねぇ。だから、えぇ、えぇ、最初はここだ」
──始まりの街。ここにしましょう。
遂に魔王軍が動き出す。世界の救済という大義名分を掲げて。
「──早く行きますよタロー君」
「……その名で呼ぶな。もうそれは……捨てた」
「おや、おやおや、これは失礼しました。では行きましょうか、始まりの──原初の恐怖フォボスさん?」
無理矢理感凄いですが、これ以上過去だとかタロー抜きでの話が増えてしまうと終わらないので、回収してないものは何とか後で回収します。




