第五十二話.感情の化物
すみません。スランプ気味でもう一つの方に逃げてました。地道に書いてたやつが1話分出来たので上げます。
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時は少しだけ遡り、三日前。
「奴の正体は──」
魔王軍と名乗る者たちが始まりの街を襲撃し、マイが行方不明になったその日。店長を含めエミルとシズクの三人で、店長が営む飲食店の中に集まっていた。
魔王軍と名乗る者が街を襲撃し崩壊している中、不自然に綺麗な状態が保たれているこの店長の店は、不思議な存在感を示していた。その中では、緊張感からかエミルやシズクが息を呑んで静かに座っていた。
タローについての話となった時、店長は何かを知っているのか、タローの能力について話そうとしていた。
「──失礼するよ」
店長が口を開きかけた時。第三者の声によって、この場にいた者達は店の入り口へと顔を向けた。
そこには見慣れた顔──受付嬢ナズナが手を振りながら立っている。
「……タイミングが悪いな」
「あ、何か話してた? ごめんごめん」
店長は不機嫌に言葉を放つが、ナズナは軽く笑って流し、歩を進めて店長たちの元へと向かう。
店長はため息を付いて視点を元に戻そうとする。
「──ッ」
──その時に、ナズナの後ろで付いてくるティファの姿が視界の端に映しだされた。
瞬間、息苦しくなる程の重圧がこの店にいる者達全てに襲い掛かる。シズクやティファ、更にはエミルでさえ重圧に耐えきれず何か支えが必要な程に抑えつけられてしまう。だが、その中でもナズナは平然と歩いた。
「……どう言うつもりだ」
「どうもこうも 、死ぬ覚悟でアンタに付いていきたいってんだから、あたしはそれを尊重しただけ。それに放っておいたらこの娘、一人でどっかに行っちゃうよ?」
「…………知った事か」
「またまたそんな事言って、少しは素直になったら? そういう所がアンタっぽいっていうか、アレっぽいっていうか」
「……これだから貴様らは嫌いなんだ」
店長は不機嫌に鼻を鳴らすと立ち上がり、厨房の方へと姿を消していった。その時には謎の重圧は消えており、ナズナ以外の者たちは自由に身動きが取れるようになっていた。
ナズナはその後ろ姿を最後まで見届けると、身体をティファの方に向け、暗い表情を作るティファに軽く謝罪する。
「こうなることは分かってたんだけどねー……ごめんね」
「あ、いえ! その……店長に怒られるのは慣れてるので……流石にここまで怒られたのは初めてですけど……」
「あんまり気にしなくていいからね。アイツは何処ぞの純粋くんよりも頭が硬いけど、ちゃんと理解してくれる奴だから」
「……でも……」
「でもじゃないの! あの人は今整理してるだけ! そんなに暗くならないの!」
ティファの背中をバンバン叩くナズナは、確かに気にしていないようにも見える。その気持ちがティファにも伝わったのか、ティファはうっすらと笑みを浮かべた。
「ありがとうございます……」
「礼なんていいって! それで──」
ナズナはエミルとシズクの向かいに座ると、ナズナも呼んで隣に座らせる。
「純粋……じゃなくてタロー君の事はもう聞いた?」
「えっ、あ、いや……」
「ん?」
ナズナは首を傾げる。シズクもエミルも、ナズナとは初対面ではない。それなのにも関わらず、まるで初対面の人と接するような反応をしているのだ。
ナズナは一瞬思考を巡らせ、すぐに理解する。
「あー、ごめんごめん! 分かりにくかったか! あたしって素で話すと言葉が汚いから、普段は隠してるんだ。私はナズナ。ほら受付嬢をしてる所見たことあるでしょ?」
「「えっ!?」」
二人は声を揃えて驚愕の声を発する。
無理もない。普段のナズナは感情を感じられない、それこそ人形の様な対応をする事で有名な受付嬢だ。それがまさかこんな表情豊かに話すとなれば驚愕するのも頷ける。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいですの……」
「いやいや! 謝らなくていいって! そういうの慣れてるし!」
──そういえば、とナズナは周囲を見渡す。
「マイの姿が見当たらないけど……」
その言葉が発せられた瞬間、店内の空気が一気に重くなるのが分かった。エミルは重い口を開き、実は、と訳を話した。
「え、魔王軍の攻撃から庇って死にかけたの?」
「はい、シズクが助けてくれたからこの通り無事ですの。でも……」
「マイは知らずに、復讐するため追いかけていったんだねー……確かにやりそうだー……」
「……? なんか軽くないですの?」
「そりゃまぁ、どうせ数日したら戻ってくるし! いっつもそうだったもんねぇー!」
大口で笑うナズナは目に溜まった涙を指で拭うと、その瞳をエミルへと向けた。
よっぽどマイの事を信用しているのか、それともまた別の理由で確信を持っているのかは本人ではないエミル達にはわからないが、この瞳を見れば誰でも分かる。
嘘は言っていない、と。笑ったのはこの場の雰囲気を柔らかくする彼女なりの配慮だったのだろう。
「そ、それで、あの、マイさんも……ですけど……タローさんは、ど、どういう……」
「あぁそういえばそんな話だったっけ!」
再び豪快に笑うナズナ。そのテンションに追いつけないシズクは、何度もペコペコと頭を下げるだけだった。
「いやー、実は今はあまり状況が良くなくてね。タローくんは魔王軍に引き込まれるし、街は破壊されるし、しかも被害は少ないと来た」
ナズナは唐突に笑みを消すと、これまでとは違った真面目なトーンでこう話す。
「所詮偽物だと思って軽く見ていたけど、完全にタロー君のことを理解してる動き方だよ。このままじゃ1つの国どころか、本当に世界が危ないって感じだね」
「なっ──」
飛躍なんて言葉では表せない。確かにタローは強いが、世界を破壊する程大きいとは到底思えないだろう。それに、エミルには引っかかる点が一つあった。
「ちょ、ちょっと待つんですの! ブタローは魔王軍の事相当嫌っていたんですわ! そう簡単に戻るなんて──」
「戻るよ。絶対にね」
しんと場が静まり返る。だがその沈黙も一瞬の事で、ナズナが話を続ける。
「あたしはこの中にいる誰よりもタロー君の事を分かってる自信あるよ。タロー君が魔王軍の事を毛嫌いしているの知ってるし、魔王軍に所属していたのも知ってる」
「なんで……それを……」
「なんでって言われても……ねー……」
「──後悔」
ナズナは言いづらそうに口籠っていると、厨房の中から店長が姿を現し、そう言い放った。
「てんちょー!?」
突然すぎる店長の介入に驚きを隠せないティファ達。だが一人だけ、浮かない顔をする人物が居た。
その人物──ナズナは、続きを話そうとする店長を制止し、自ら重い口を開く。
「タロー君の事について話す前に、まずは私達の『存在』について理解しないといけないね」
「存在?」
エミルを含め、三人は首を傾げる。
「うん。ティファちゃんなら何となく分かるんじゃないかな」
「えっ、私?」
名指しされたティファは、きょとんとしながら自分を指差した。ナズナは頷くと、
「私が助けた時に見たでしょ?」
あくまでも思い出してほしいのか、具体的には話さないナズナに対し、ティファはうんうんと小さく唸りながら過去の記憶を辿る。
「私を助けた時……魔物が襲ってきて……あ! そうです! ナズナさんの後ろから襲った魔物が、跳ね返されるみたいに飛んで行っちゃったんです!」
それそれ、とナズナは笑い、席から立ち上がった。すかさずエミルは問い掛ける。
「そんな事……出来るんですの?」
「できるよ、私ならね。簡単に言ったら『後悔』の固有能力って所かな? 後悔する、後悔させる、後悔しない、させない。よく分からないだろうけど、私の能力はそれなんだよ」
どこか遠い目をするナズナは視線を店長に向けると、店長は溜息をついて立ち上がった。
「コイツの言うとおりコイツは人間じゃない。そのタロウとやらもな」
「なっ──」
エミルは息を呑んでしまう。
「エミルさん、君なら分かるよね? その固有能力ならタロー君の異常性を十分に理解出来たはず」
……いや、そうだ。
エミルはタローが人間では無い事に驚いたのではない。心の何処かでそう思っていた自分に驚いてしまったのだ。
──彼は人間ではなく、魔物に似た『何か』なのだと。
「……そうですわね。普通に考えたらおかしいですの。自然魔力を取り込んだりしたら身体が耐えきれる訳ありませんわ」
「じゃ、じゃあ……タロー……さんは……何なんですか……?」
店長を除き、この場に居る全員がシズクの存在を忘れていたので、シズクへと視線が集まる。その視線に耐えきれなくなったシズクは無言で俯くと、耳を真っ赤にして固まってしまった。
ナズナは慌てた素振りで返答する。
「あえぇと……そうだなー……凄く簡単に言えば魔物。複雑に言えば、私達は『感情』と言えるだろうね」
「感情……ですか……」
「そう。人間の負の感情に魔力が帯びて生まれてしまったのが私達という存在。魔物達なんだよ」
ナズナの口から放たれる信じられない真実に、エミル達は思わず言葉を失ってしまう。しかし、何も理解が出来なかったティファだけは明るくこう問い掛けた。
「あの! さっきから私達って言ってますけど、もしかしててんちょーも魔物なんですか!?」
「俺は人間だ。そこの化物と一緒にするな」
「にしし……! でも化物って点では合ってるよねー」
「えぇ!? てんちょーって化物だったんですか!?」
「はぁ……」
頭が痛くなると言わんばかりに頭を抑え、首を振る店長。タローの正体については未だ語られないまま、暫くテンションな高いティファが一人で騒ぐのであった。
最近は本当に忙しくて笑えないくらいです。泣いていいですか?




