第五十話.『始まりの化物』
すみません。なんかいろいろと書いているうちに話がごっちゃになって書くのが止まっていました。あと今回ちょっと長いです。あと試しに後半会話多めにしてみました。
※2020.3.4
ラストのセリフを若干変更しました。キャラ的に違うので。はい。
男の身体を中心に、漆黒の霧が立ち込めていく。警戒して下がるアベルだが、もぎ取られた左腕の痛みが今更襲い掛かり、膝を地に付けて傷口を抑えた。その間にも霧は進行を止めず、アベルの姿も飲み込んでいく。
そして気付くのは、この霧が魔力の塊で出来ていると言う事だった。アベルの傷口が立ち込める霧に当たった瞬間に塞がり、吹き出していた出血も同時に止まる。
(……なんだこれは……何なんだこれは……ッ……!!)
おかげで出血による寒気は収まったものの、触れただけで傷を癒やす程の魔力が辺り一帯を包んでいるかと考えると、身体の震えが止まらなかった。アベルにとってこのような現象は初めてで、何故自分の身体がこんなにも震えているのかが自分でも理解できなかったのだ。
すると、十分な視界が確保出来ない状態で男の声だけが不気味に反響する。
「人は俺の事を化物だとか悪魔だとか好き勝手に呼んでる。魔王軍なら分かってくれるだろ? 生まれたその時から化物と忌み嫌われるこの気持ちが」
呟きに近いその言葉は、何処か哀愁に包まれていた。だがそれとは別で、楽しんでいる雰囲気も感じられる。
すると突然、漆黒の霧が一斉に晴れた。
「……ぁ……は……」
相変わらず天候は悪く、男の背後は燃え盛っている。だが今のアベルには、そんな事も気にならないくらい目の前の『何か』に縛られた。
「…………だ……これは……」
それは、表現するならば、『地獄へと通ずる門』だろうか。男の背後にそびえ立つのは、何十メートルとある巨大な門。その門には鎖が何重にも掛かっているが、それが何度も激しい音と共に揺れ、『何か』が必死に出ようとしているのが分かる。そしてこの大きさの門を揺らす程のものなのだから、それが普通のものでない事は理解できた。
ヘルムで顔を隠しているアベルだが、その顔は恐怖で染まっていたに違いない。対して男は悪魔の様な笑みを浮かべており、この状況を楽しんでいるように見える。
「何者なのだ……キサマ……ッ……!!」
ぎりぎりと喉が絞まる錯覚を覚えながらも何とか声を絞り出したアベル。その声は小刻みに震えていたが、それでも何とか男には伝わったみたいで、男は肩をすくめて反応した。
「さぁ? それは俺が一番知りたい」
男の言葉と同時に『何か』による門への攻撃が行われ、鎖が一本破壊される。
このまま行けば門が破壊されるのも時間の問題だろう。あの門の中に何が居るのかは分からないが、まだ姿を見ていないのにアベルの脳、身体でさえもが勝てる相手では無いと警鐘を鳴らし続けている。
──こんな事はしたくなかったが、とアベルが唇を噛む。それを余所に、男は考え事をする為か顔を伏せた。
「でもまぁ……何者かなんて最近は考えていなかったが……そうだな。化物って認識でいいんじゃないか? 昔はよく言われたよ。怪物、化物、魔物、魔族。挙げたらきりが無いが特に一番言われたのが──」
男は話しながら顔を上げると、既にそこにはアベルの姿が無かった。恐らく勝てないと判断して撤退したのだろうが、あまりにも呆気ない終わり方に暫く男は呆然とした。
「……ここから盛り上がる予定だったんだが……まぁいいか」
暫くの沈黙の後男はため息を付くと、背後にある巨大な門は幻影の様にゆらゆらと揺れ、煙の如く消え去る。同時に雷雨が止み、太陽が顔を出し始めた。
一人立ち尽くす男はその太陽光を浴びながら、眩しさに目を細めてフードを深く被り直すと、燃え盛る背後の木を一瞥して溜め息をついた。
「……魔王軍を名乗るからどんな奴かと思ったが……」
あまりの手応えの無さに落胆したのか、声色はいつもより低く重い。男が手を伸ばし軽く手を振ると、激しく踊る炎が一瞬にして全て消え去った。
そして一言、小さく呟く。
「所詮は贋作だな」
その言葉は独り言のようにポツリと呟いたものだった。だがそれは風に流され──木に体重を預けながらも立つマイの耳へと入った。
「──詳しく説明してくれるかしら」
突然の声掛け。だが男は分かっていたと言わんばかりに動揺する素振りは見せなかった。代わりにマイの方へと身体を向けると、「何のことだ?」と、諦めの意味を込めながらもとぼけてみせる。
「……とぼけないでちょうだい」
「そう怒るな。ちょっとしたジョークだ。あぁユーモアって言った方がしっくりくるか? まぁそんな事はどっちでもいいが、取り敢えずアンタが言いたい事は分かってる。俺の正体と、魔王軍について、この二つだ。そう焦らなくても答えてやるから安心しろ」
その言葉を聞いたマイは驚愕の表情を浮かべた。というのも、マイが知りたかったのは『アベルという男が魔王軍では無い』と言うことだけが知りたかったのであり、別に男の正体についてはとやかく言うつもりは無かったのだ。
だが、男自ら教えてくれると言うのなら、その方が助かるのも事実。真偽は分からないが、少しでもこの男を信用する材料にはなるだろう。
マイはこくりと頷くと、男は上機嫌に何度も頷き返す。だがそれも二、三回で終わり、しまったと言わんばかりにフードの上から頭を抑えた。
「あぁー……ただ、俺の正体について話す前にまずは魔王軍が何かを知る必要があるな。まぁ魔王軍と言うよりも、集団って言ったほうがいいかも知れないが」
面倒だと愚痴をこぼしながらも、男はマイの元へと歩いて近付く。
「そうだな……魔王軍ってのは元々、『化物』と差別された者達が集まり、作られたのが始まりだ。と言っても、その頃は魔物がいなかったから差別されるのも仕方ないと言えば仕方ないもんかもな」
「待って。魔物がいない……? それっていつの話なのかしら?」
「いつ? いつだって? 昔過ぎてもう忘れた。俺の脳は腐ってるからな」
男は自然と言葉が出たのか、肩をすくめながらそう笑ってみせた。だがマイはこの言葉に違和感を覚え、無意識に眉をひそめる。
(この言い方だとまるで、その時その場所に実際存在していたみたいな──)
魔物がいない時代となると、それはもう神話やおとぎ話の領域に入る。もしかしたら何千年も前の話かもしれないのに、現在までそんな時間を生きられるとは思えない。例え魔物であったとしても、だ。
そこまで考えたマイは首を振って否定すると、落ち着く為に深呼吸を一回した。
「……それで、貴方は何で魔王軍について知っているのかしら? この前話したときも、魔王軍はもう無いなんて言っていたかしら。何でそんなことを断言できて、そして何故知っているのか。貴方は一体魔王軍の何を──」
マイの急ぎ口調に対し男は顔をひそめたが、それも一瞬の事で、すぐに口角が上がる。
「あぁー……まぁそう焦るな。まだ説明の最中だ」
「……っ。その……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。俺に痛覚なんてないが、その気持ちは痛いほど分かる」
マイの謝罪に対し、男はそう軽く流してみせた。そして話を再開させる。
「……話を戻すぞ。さっきはその魔王軍ってのは差別をされた者達が集まったものって言ったが、聞いたことないか? 魔物の元となった始まりの存在。言い換えるなら、『始まりの化物』の話を」
──始まりの化物。
これまで魔物について調べてきたマイだったが、そんな単語を見たことなんて一度もない。これまで聞いたことがあるのは、魔物は悪魔の使いだという説や、人々を強くする為の神による試練だという説という、ぶっとんだ考えのみだった。
マイは首を振って否定を示すと、男は「そうか」と軽く返事をする。
「始まりの化物。人間達の感情に魔力が帯びて創られた存在だ。例えば、『恐怖』とか『後悔』とか、そういう負の感情。そう言った強い感情が形になって生まれたのが魔物の始まりだ」
「感情が……形に……?」
「あぁ──」
男は懐かしそうに空を見上げると、ふんと鼻を鳴らして笑った。その仕草に何の意味があったのかは分からない。でもそれは、何処か自分に対して嘲笑している様にも見えた。
男はマイの瞳を視界の中心に戻す。その際に風が吹き、揺れたフードの隙間から入った太陽光が紅色の瞳を不気味に照らした。
「──魔物ってのは元々人間達によって創られ、そして無情にも人間に迫害された生物なんだよ」
「なっ……」
男の信じられない言葉に、マイは思わず息を呑んでしまう。
それもそうだろう。この男の言う通りならば、今まで敵だと思っていた魔物が、人類を脅かすとされていた魔物が、誰でもない『人間』から作られ、そしてその生み出した人間自身が存在を拒み、敵として攻撃したと言うことなのだから。
男は肩をすくめる。
「別に責めるつもりなんてない。その頃の人間達は魔力なんて無縁で、しかもそれぞれの見た目はまさに『化物』と呼べるものだった。悪魔だとか何とか言って迫害するのも無理はないとは思う」
「……また、実際に見たような言い方をするのね?」
マイは一か八かで男に問いを投げた。
もしかしたら地雷を踏んでしまうかも知れない問い掛けだが、それに対し男は意外にも笑って対応した。
「実際にその場に居たから、じゃ駄目か?」
「……それは冗談かしら」
「あいにく俺は女に嘘を付かないって決めてるんでな」
プラプラと力なく手を振りながら、立ち話も何だと湿った地面に腰を下ろす男。それに合わせて「まぁいいわ」とマイも座り、また話は再開する。
「さっき魔王軍を結成したと言っていたけれど……生まれたばかりでそれだけの知能を持っているものなのかしら?」
当然の疑問だろう。知能が無ければ魔王軍など作れない。例えるならば、生まれたばかりの赤ちゃんは様々な知識や経験を得て成長する。それは人間だけでなく、生物ならば誰でも通らなければならない道なのだ。
そんな疑問に対し、男はこう返す。
「人間の感情から生まれたんだ。嫌でも人間が築き上げてきた知識は残ってる。だからこそ言葉も話せるし、人間が自分達に持つそれぞれの感情も理解出来た」
男は淡々と説明したが、マイは納得しなかったのか頷く事は無かった。
というのも──
「なら、それだけの知能があれば和解だって出来たんじゃ──」
「出来ない」
まさに即答であった。
男の口調は力強く、まるで本当に不可能であった事を体験したのかと思えてしまう程悲しみに満ちた声だった。
それは思わず出てしまった言葉だったのか、すまないと男は軽く謝る。
「……まぁ何ていうか、人間達に聞く耳なんてもんは無かったんだ。勝手に化物とか言われて攻撃されるし、それに抗えば更に敵とみなされて攻撃される。そんな悪循環に入ってしまった結果、魔王軍なんてもんが生まれた」
「人間に対抗するため……ね……」
「あぁそうだ」
「なら、さっき貴方が言った魔王軍がもう無いと言うのはどういう事なのかしら? あの道化師は魔王軍と名乗っていたけれど……」
「その言葉通りだ、魔王軍はもう無い。勇者が最後の魔王を殺したからな。知ってるか? 『勇者タロウと魔王アレクサンドロスの戦い』って絵本を」
「──っ!」
心臓が跳ね上がるとはまさにこの事だろう。自分のことでは無いのに、ドクドクといつもより早く脈打つ心臓に違和感を感じながらも、マイは声を絞り出す。
「それは……知っているもなにも私が大好きな本だもの……」
「なら内容は知ってるよな? 悪い悪い魔王が人間を滅ぼそうとして勇者がそれを討つ話。あいつが最後の化物だよ。人間達に対抗する意志を見せた奴の括りで考えると、だが」
「…………その言い方だと、まだ居るって事よね?」
「あぁ。あと三人は残ってる」
「それなら、意志が変わって魔王軍を作り直した可能性もあるんじゃないかしら?」
マイの問い掛けに対して、男はゆっくりと首を左右に振る。
「残念ながらそれは無い。俺が見ている限りでは魔王軍とは無縁な生活をしてるし、本人達もそれを望んでる筈だ。もう争いたくないってな。とまあ、あいつらが作ってるのが贋作……偽物ってのはこういう事だ。影響されて魔王軍の真似事をしてるだけだよ」
ここで一旦話は終わりなのか、肩を竦めてから男は口を閉じた。
マイは、この男が最初から否定していたのはこういう理由だったのか、と動きが鈍い脳を働かせる。
魔王は魔物の始まりとされる化物が担当する。人間達と戦い、おとぎ話に登場する様々な『勇者』によって魔王は討ち取られていった。そして、マイの好きなおとぎ話を最後に魔王の意志を継ぐ化物は消えて、魔王軍は完全に消え去った。
ここまで纏めたマイだったが、途中で引っかかりを覚えて男の方を向く。
「その化物たち皆で攻めたら、人間なんて滅ぼせたのでは無いかしら?」
確かにマイの言う通りだろう。魔王は世界を滅ぼす程の力を持つとされているが、そんなに魔王となる化物がいるならば皆で攻撃すればいい。一人でも勇者が居なければ対抗できないのだ。それが何人もいたとすると抵抗するスキも与えずに人間を滅ぼす事だってできたはずだ。
男は「たしかにな」と頷き、呆れたようにため息をついた。
「でも、対抗と言ってもあくまでもアイツらの考え方は対話だ。自身で攻めたりしないお人好し集団だった。自分達の元まで来た勇者達と話して、交渉が上手く行かなければやむを得ず戦う。アイツらが進んで人を殺そうと思った事なんて一度も無い。死ぬその瞬間も例外なくな」
「死ぬ瞬間も……って事は勇者との戦いの時も……!」
「当たり前だ。中には勝てる戦いでもわざと負けて死んだ奴もいた。これで平和になるならとか、そんなことをほざいていたか。その結果がこれだから笑えない冗談にも程がある」
男はため息を付きながらも、その口調は柔らかい。懐かしい思い出でも話しているとも思えるその話し方に、マイはずっと気になっていた事を聞く決心を決め、立ち上がった。
「魔王軍についてはある程度分かったわ。それでだけれど──あなたは一体何者なのかしら」
男は暫く呆然としていたが、鼻で笑うとマイ同様立ち上がる。そしてフードに手を掛けると、深呼吸を繰り返し、ゆっくりと脱がしていった。
マイはハッと息を呑んでしまう。声にならない声とでも言えばいいのか、何か言葉を掛けようとしても空気が抜けていくだけで声は出なかった。
顕わになる彼の素顔。ちょうど風が吹き、雪のように白く手入れのされていない腰まである髪がなびいた。そして白を飲み込む様に赤く充血した瞳は、太陽光に照らされて不気味に輝く。
何よりも死人のように青白い肌をした男は軽く笑うと、握手を求めてか手を差し出した。
「俺はエリカって言うんだ。フルネームはエリカ・ビン・レッター。それぞれ三人の彼女から貰った名を組み合わせただけなんだが、俺のお気に入りだから馬鹿にすることは許さん」
男はそう言って肩をすくめるが、肝心なのは名前ではなくその姿だ。
この見た目からして人間では無いことは明らかである。ならば魔物と呼べばいいのかと言われたら、それも違う気がする。この男の性格からそう感じてしまうのかも知れない。
(最初にフードを脱ぐのが嫌だと言ったのはこういう事なのかしら……)
そんな事を考えながら、マイは差し出された手に握手をするか少し迷いを見せる。だが、これまでの出来事を思い返し、悪い奴ではないだろうと覚悟を決めて手を握った。
「エリカ……いい名前ね」
「知りたいのはそれだけか?」
「私は何者と聞いた筈だけれど?」
「だよな。でもまぁ何というか……先に謝っておく。騙すつもりはなかったんだ信じてくれ」
男はそう言ってマイの瞳をじっと見つめた。
その表情に嘘偽りはなく、心から真剣に向き合っているのがマイも理解できた。何処もおかしくない。何も違和感は無い。
だからこそ、次の言葉でマイの表情が絶望に染まる事になったのかもしれない。
「──俺は『絶望』としてこの世に生まれ、魔王軍を作り、そして絶対悪として最初に殺された『魔王』だよ」
まさかの魔王の登場です。
なんとマイは魔王と出会ってしまっていた! 次からは視点が変わりエミル達に戻ります。
……あれ、マイの心情変化してなくね? いやいや気のせいです。忘れてください。エミルの視点に戻すんで。誰がなんと言おうと戻すので。まぁマイの視点はまだ続けるんですけども。この次の話が終わったらエミル達の視点に戻す予定です。
それと、200人以上のブックマークありがとうございます。自分で言ってはなんですが、見返すと我ながら下手だと思う繰り返しの多い書き方に話の展開なんですよ。なのにこんなにも見てくれているとは……ブックマークをしてくれている人は仏様の生まれ変わりか神様だと思っています。もっと上手くならなければ……。
てか早くタイトル回収したいです。ていうか世界最強のFランクとか書いてるのに全然そう言う話を書いてないのは問題だと思う──いえ、この魔王軍編が終わったら書くので。なんとなくノリでつけたとかそういうのじゃないので。勘違いしないでください。
次はもっと早く投稿できるように頑張ります。




